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封筒
封筒⑲
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今日は会えて良かったです、ありがとう。気を付けて帰ってね―――
絵文字のないシンプルなメール、印象は悪くない。返信を打つ。
こちらこそありがとうございました、機会があればまた―――
メールを送信してから気が付いた。機会があればまた、なんて入れないほうが良かったかもしれない。頬を膨らませた智香の顔が浮かんだ。
電車がホームに到着し足を踏み入れると酒の匂いの漂うサラリーマンが掴んだ吊革に体重を預けて居眠りをしていた。隣に立って携帯を触っていると視線を感じて目を向けると私を睨みつけながら一言呟いた。
「携帯ばっか弄って、ろくな付き合いでもないくせに」
前の席に座っている人が顔を上げた。電車が大きく揺れてサラリーマンは足をもつれさせ右隣の人にぶつかった。謝罪の言葉はなく、座っている何人かがまた顔を上げる。腹を立てながらもさっきの一言が違う意味で引っ掛かった。ろくな付き合いだとまでは思っていない、でも最近、本当の自分を知っている人が周りにいないという孤独を感じる。心地良く過ごせる人は誰だったかと尋ねる自分を振り払いながら、再び静かになった車両で窓を見た。真っ暗な窓ガラスに映る自分の姿を見て、なんの取柄もない子だなと思った。
アラームの音で目を覚ました。目を細めながら携帯電話の画面を指でなぞり安西さんからの返信がないか確認した。既読がついているけどメッセージはない。花火大会に誘ったのは迷惑だったかもしれない。
服を着替えてオーブントースターにパンを突っ込んだ、焼かずにジャムを塗ったパンは苦手だ。引っ越した時に量販店で一番安かったこのトースターを購入した。使ってみると、焼き目にムラがあることがわかり毎回焼くときはその場で見張っていなければいけない。トーストがの窓ガラスを見ながら、今日も横山さんと顔を合わさなければいけないと考えると肩が重くなった。どうして朝からあんな人の事を考えているんだろう。
昨日は楽しかったか、とでも訊かれそうだ。ちょっと干渉されたくらいでこんなになるのなら、安西さんはこの10倍は憂鬱と思われる。
ロッカーで制服に着替えているとドアノブを回す音が聞こえて急いでシャツを羽織った。ボタンをいくつか閉めて振り返ると既に制服を着た安西さんが立っていた。
「おはよう。忘れ物しちゃった」
昨日安西さんのミスによって残業になった事を気にしているのかどこかぎこちない。
「おはようございます。あ、昨日のメール、もし都合が悪かったら全然断ってください」
「花火大会、誘ってくれてありがとう。でも仕事のミスも多いし、行くとなんだか悪いような気がして」
安西さんは自分のロッカーからリングタイプの小さなノートを取り出した。
「そんな事ないです!プライベートを大事にした方がきっと仕事だってうまく行きますよ。安西さんは多分疲れてるんです」
「橋詰さんありがとう。ずっと気にしてくれてるんだよね。だけどもういいの、柳瀬さんとは別れたから」
ベストに通した腕が止まった、ボタンを閉じながら質問を整理する。
「どうして、もういいんですか?」
「写真が入れられてた事、私言えなかったでしょ。なんだか聞くのが怖くて。でもそれって相手を信用できてないんだろうし、そんな状態で結婚してもうまくいくのかなって」
「でもそれはマリッジブルーで」
「マリッジブルーかあ。それだけだったら良かったんだけどな」
安西さんはロッカーの扉を静かに閉めた。鍵を掛けると力ない目元で笑った。
「退職したら暫くゆっくり過ごしてみようと思うの。鹿児島の実家に帰るつもり」
「鹿児島に行っちゃうんですか!?」
「うん、だから橋詰さんとも当分会えなくなるの」
「そんな・・・」
「ごめんね、立ち話しちゃって」
安西さんは壁の時計を見ながらドアに向かった。
「安西さん!」
足が止まった。
「私が絶対に真実を突き止めます、だから柳瀬さんのこと、信じて下さい」
ロッカーの隙間から微かにあの香水の匂いが漂っている。
絵文字のないシンプルなメール、印象は悪くない。返信を打つ。
こちらこそありがとうございました、機会があればまた―――
メールを送信してから気が付いた。機会があればまた、なんて入れないほうが良かったかもしれない。頬を膨らませた智香の顔が浮かんだ。
電車がホームに到着し足を踏み入れると酒の匂いの漂うサラリーマンが掴んだ吊革に体重を預けて居眠りをしていた。隣に立って携帯を触っていると視線を感じて目を向けると私を睨みつけながら一言呟いた。
「携帯ばっか弄って、ろくな付き合いでもないくせに」
前の席に座っている人が顔を上げた。電車が大きく揺れてサラリーマンは足をもつれさせ右隣の人にぶつかった。謝罪の言葉はなく、座っている何人かがまた顔を上げる。腹を立てながらもさっきの一言が違う意味で引っ掛かった。ろくな付き合いだとまでは思っていない、でも最近、本当の自分を知っている人が周りにいないという孤独を感じる。心地良く過ごせる人は誰だったかと尋ねる自分を振り払いながら、再び静かになった車両で窓を見た。真っ暗な窓ガラスに映る自分の姿を見て、なんの取柄もない子だなと思った。
アラームの音で目を覚ました。目を細めながら携帯電話の画面を指でなぞり安西さんからの返信がないか確認した。既読がついているけどメッセージはない。花火大会に誘ったのは迷惑だったかもしれない。
服を着替えてオーブントースターにパンを突っ込んだ、焼かずにジャムを塗ったパンは苦手だ。引っ越した時に量販店で一番安かったこのトースターを購入した。使ってみると、焼き目にムラがあることがわかり毎回焼くときはその場で見張っていなければいけない。トーストがの窓ガラスを見ながら、今日も横山さんと顔を合わさなければいけないと考えると肩が重くなった。どうして朝からあんな人の事を考えているんだろう。
昨日は楽しかったか、とでも訊かれそうだ。ちょっと干渉されたくらいでこんなになるのなら、安西さんはこの10倍は憂鬱と思われる。
ロッカーで制服に着替えているとドアノブを回す音が聞こえて急いでシャツを羽織った。ボタンをいくつか閉めて振り返ると既に制服を着た安西さんが立っていた。
「おはよう。忘れ物しちゃった」
昨日安西さんのミスによって残業になった事を気にしているのかどこかぎこちない。
「おはようございます。あ、昨日のメール、もし都合が悪かったら全然断ってください」
「花火大会、誘ってくれてありがとう。でも仕事のミスも多いし、行くとなんだか悪いような気がして」
安西さんは自分のロッカーからリングタイプの小さなノートを取り出した。
「そんな事ないです!プライベートを大事にした方がきっと仕事だってうまく行きますよ。安西さんは多分疲れてるんです」
「橋詰さんありがとう。ずっと気にしてくれてるんだよね。だけどもういいの、柳瀬さんとは別れたから」
ベストに通した腕が止まった、ボタンを閉じながら質問を整理する。
「どうして、もういいんですか?」
「写真が入れられてた事、私言えなかったでしょ。なんだか聞くのが怖くて。でもそれって相手を信用できてないんだろうし、そんな状態で結婚してもうまくいくのかなって」
「でもそれはマリッジブルーで」
「マリッジブルーかあ。それだけだったら良かったんだけどな」
安西さんはロッカーの扉を静かに閉めた。鍵を掛けると力ない目元で笑った。
「退職したら暫くゆっくり過ごしてみようと思うの。鹿児島の実家に帰るつもり」
「鹿児島に行っちゃうんですか!?」
「うん、だから橋詰さんとも当分会えなくなるの」
「そんな・・・」
「ごめんね、立ち話しちゃって」
安西さんは壁の時計を見ながらドアに向かった。
「安西さん!」
足が止まった。
「私が絶対に真実を突き止めます、だから柳瀬さんのこと、信じて下さい」
ロッカーの隙間から微かにあの香水の匂いが漂っている。
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