71 / 95
赤
赤⑪
しおりを挟む
「…み、あゆみ!」
ずっと動かせなかった手足にようやく感覚が戻ってきた、母が私の体をゆすっている。
「もう5時よ、起きて」
母は心配そうな顔をしている。天井を見た、横になったまま眠ってしまったみたいだ。
「どこか具合悪いの?」
母の顔をじっと見た、声を出せず目を閉じて僅かに首を振った。
「明日仕事でしょ?車で送ってあげるから起きて」
目を閉じたまま暫くすると階段を降りていく音が聞こえて静かになった。意識が朦朧としたまま目を開くと茶色いエプロンがくたびれた様子で床に落ちているのが見えた。また階段を上ってくる足音とともに祐大と母の話声が近づいて来た。
「姉貴まだ寝てんの?」
「そうなのよ、休みに手伝ってくれてるから疲れて当然だとは思うけど…」
「俺、姉貴送ってくよ」
「いいの?」
「おい姉貴」
祐大が部屋に入って来た。母がドアの前に立っている。
「送ってくから車で寝ろよ」
「……」
体を起こし、結ったままにしていた髪を解いた。
「忘れ物ないようにね」
母が小声で言った。
鞄ひとつ抱えて階段を降りようとすると祐大が私の携帯電話を渡してきた。通知がないか確認しようとボタンを押した、充電が切れている。
階段を降りると父が玄関に立っていた。腰がまだ完全に治ってはいない事が見て分かる。
「悪い、あゆみ。お前も疲れてるのにな」
「別に。たまたま調子悪かっただけ」
「もう少しで治るから」
「寝てなよ」
「ありがとな」
父は不器用に笑顔を作った。
運転する祐大の横でぼんやりと明日の仕事について考えた。
「姉貴だいぶ疲れてるんだな」
座席シートに伝わる車体の揺れが居心地悪く感じる。黙ったままの私に構わず祐大は話し続ける。
「うちの店って結構忙しいよな。そういえば、今日特注の花束があっただろ?」
血液が心臓の中を湧くように流れているのを感じる。あれが夢ではなかったという事を体が覚えている。
「バラ、高いのにあれだけの本数渡すなんてよっぽど勝負掛けてるんだろうな。取りに来た人どんなだった?」
「…男よ」
「そんなのわかってるよ、若かった?」
「知らない」
「知らないって、姉貴店にいたんだろ?」
「いたわよ」
窓の外に顔を向けた。まともに答えない私に痺れを切らしたのか質問は途切れた。車のライトが行き交うのを眺めながら動悸が治まるのを待った。目を瞑ると赤い花の色が蘇り瞼を開いた。
翌朝、疲れの取れていない体を無理矢理起こして出社した。朝陽が目に痛く眩しい。
「横山さん、随分疲れた顔してるけど大丈夫?」
経理の山下さんが言った。
「最近父が腰を痛めて、週末は実家を手伝いに行ってるんです」
「実家ってお花屋さんだったわよね?」
「はい」
「大変ね。あなたも無理しないようにね」
「ありがとうございます」
「あ」
山下さんは私の後ろの方に目を向けた。
「あそこにある観葉植物、だんだんと枯れてきてるんだけど手入れの方法がわからなくて。どうしたら良くなるかしら?」
コピー機の横にある観葉植物を見た。確かに一部が枯れて根本に黄色い葉が落ちている。
「多分日光が全く当たらないから弱ってきてるんだと思います。時間ある時にでも綺麗にしておきます」
「お願いするわね。ありがとう」
「はい」
頼まれた観葉植物に手をつけたのは昼食の時間になってからだった。食欲がなく、時間潰しに手入れをしようと鉢を移動させることにした。鉢を抱えて掃除道具の物置きがある所へ出た。誰の目にも触れず話しかけられない場所にいたかったからだ。
鉢を地面に置き、座って枯葉を取り除いていると話声が聞こえた。顔を上げると隣接する休憩室の窓が開いていた。安西と橋詰の声だ。こっちから窓を閉めれば私がここにいるのがわかってしまう。諦めてそのまま観葉植物の手入れを続ける事にした。
ずっと動かせなかった手足にようやく感覚が戻ってきた、母が私の体をゆすっている。
「もう5時よ、起きて」
母は心配そうな顔をしている。天井を見た、横になったまま眠ってしまったみたいだ。
「どこか具合悪いの?」
母の顔をじっと見た、声を出せず目を閉じて僅かに首を振った。
「明日仕事でしょ?車で送ってあげるから起きて」
目を閉じたまま暫くすると階段を降りていく音が聞こえて静かになった。意識が朦朧としたまま目を開くと茶色いエプロンがくたびれた様子で床に落ちているのが見えた。また階段を上ってくる足音とともに祐大と母の話声が近づいて来た。
「姉貴まだ寝てんの?」
「そうなのよ、休みに手伝ってくれてるから疲れて当然だとは思うけど…」
「俺、姉貴送ってくよ」
「いいの?」
「おい姉貴」
祐大が部屋に入って来た。母がドアの前に立っている。
「送ってくから車で寝ろよ」
「……」
体を起こし、結ったままにしていた髪を解いた。
「忘れ物ないようにね」
母が小声で言った。
鞄ひとつ抱えて階段を降りようとすると祐大が私の携帯電話を渡してきた。通知がないか確認しようとボタンを押した、充電が切れている。
階段を降りると父が玄関に立っていた。腰がまだ完全に治ってはいない事が見て分かる。
「悪い、あゆみ。お前も疲れてるのにな」
「別に。たまたま調子悪かっただけ」
「もう少しで治るから」
「寝てなよ」
「ありがとな」
父は不器用に笑顔を作った。
運転する祐大の横でぼんやりと明日の仕事について考えた。
「姉貴だいぶ疲れてるんだな」
座席シートに伝わる車体の揺れが居心地悪く感じる。黙ったままの私に構わず祐大は話し続ける。
「うちの店って結構忙しいよな。そういえば、今日特注の花束があっただろ?」
血液が心臓の中を湧くように流れているのを感じる。あれが夢ではなかったという事を体が覚えている。
「バラ、高いのにあれだけの本数渡すなんてよっぽど勝負掛けてるんだろうな。取りに来た人どんなだった?」
「…男よ」
「そんなのわかってるよ、若かった?」
「知らない」
「知らないって、姉貴店にいたんだろ?」
「いたわよ」
窓の外に顔を向けた。まともに答えない私に痺れを切らしたのか質問は途切れた。車のライトが行き交うのを眺めながら動悸が治まるのを待った。目を瞑ると赤い花の色が蘇り瞼を開いた。
翌朝、疲れの取れていない体を無理矢理起こして出社した。朝陽が目に痛く眩しい。
「横山さん、随分疲れた顔してるけど大丈夫?」
経理の山下さんが言った。
「最近父が腰を痛めて、週末は実家を手伝いに行ってるんです」
「実家ってお花屋さんだったわよね?」
「はい」
「大変ね。あなたも無理しないようにね」
「ありがとうございます」
「あ」
山下さんは私の後ろの方に目を向けた。
「あそこにある観葉植物、だんだんと枯れてきてるんだけど手入れの方法がわからなくて。どうしたら良くなるかしら?」
コピー機の横にある観葉植物を見た。確かに一部が枯れて根本に黄色い葉が落ちている。
「多分日光が全く当たらないから弱ってきてるんだと思います。時間ある時にでも綺麗にしておきます」
「お願いするわね。ありがとう」
「はい」
頼まれた観葉植物に手をつけたのは昼食の時間になってからだった。食欲がなく、時間潰しに手入れをしようと鉢を移動させることにした。鉢を抱えて掃除道具の物置きがある所へ出た。誰の目にも触れず話しかけられない場所にいたかったからだ。
鉢を地面に置き、座って枯葉を取り除いていると話声が聞こえた。顔を上げると隣接する休憩室の窓が開いていた。安西と橋詰の声だ。こっちから窓を閉めれば私がここにいるのがわかってしまう。諦めてそのまま観葉植物の手入れを続ける事にした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
繰り返す夜と嘘 〜【実録】既婚の僕と後輩の彼女、あの夜のキスから始まった13年の秘密〜
まさき
恋愛
結婚して半年の僕と、同じ職場の彼女。
出会った頃は、ただの先輩と新入社員だった。
互いに意識しながらも、
数年間、距離を保ち続けた。
ただ見つめるだけの関係。
けれど――
ある夏の夜。
納涼会の帰り道。
僕が彼女の手を握った瞬間、
すべてが変わった。
これは恋でも、友情でもない。
けれど理性では止められない、
名前のない関係。
13年続いた秘密。
誓約書。
そして、5年の沈黙。
これは――
実際にあった「夜」の記録。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
Blue Bird ―初恋の人に再会したのに奔放な同級生が甘すぎるっ‼【完結】
remo
恋愛
「…溶けろよ」 甘く響くかすれた声と奔放な舌にどこまでも落とされた。
本宮 のい。新社会人1年目。
永遠に出来そうもない彼氏を夢見つつ、目の前の仕事に奮闘中。
なんだけど。
青井 奏。
高校時代の同級生に再会した。 と思う間もなく、
和泉 碧。
初恋の相手らしき人も現れた。
幸せの青い鳥は一体どこに。
【完結】 ありがとうございました‼︎
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
籠の鳥〜見えない鎖に囚われて✿❦二人の愛から…逃れられない。
クラゲ散歩
恋愛
私。ユリアナ=オリーブ(17)は、自然豊かなオータム国にあるグローパー学院に在籍している。
3年生になって一ヶ月が経ったある日。学院長に呼ばれた。技術と魔術の発展しているフォール国にある。姉妹校のカイト学院に。同じクラスで3年生の男子3名と女子3名(私を含め)。計6名で、半年の交換留学をする事になった。
ユリアナは、気楽な気持ちで留学をしたのだが…まさか学院で…あの二人に会うなんて。これは…仕組まれていたの?幼い頃の記憶。
「早く。早く。逃げなきゃ。誰か〜私を…ここから…。」
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる