花びらは掌に宿る

小夏 つきひ

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赤⑪

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「…み、あゆみ!」
ずっと動かせなかった手足にようやく感覚が戻ってきた、母が私の体をゆすっている。
「もう5時よ、起きて」
母は心配そうな顔をしている。天井を見た、横になったまま眠ってしまったみたいだ。
「どこか具合悪いの?」
母の顔をじっと見た、声を出せず目を閉じて僅かに首を振った。
「明日仕事でしょ?車で送ってあげるから起きて」
目を閉じたまま暫くすると階段を降りていく音が聞こえて静かになった。意識が朦朧としたまま目を開くと茶色いエプロンがくたびれた様子で床に落ちているのが見えた。また階段を上ってくる足音とともに祐大と母の話声が近づいて来た。
「姉貴まだ寝てんの?」
「そうなのよ、休みに手伝ってくれてるから疲れて当然だとは思うけど…」
「俺、姉貴送ってくよ」
「いいの?」
「おい姉貴」
祐大が部屋に入って来た。母がドアの前に立っている。
「送ってくから車で寝ろよ」
「……」
体を起こし、結ったままにしていた髪を解いた。
「忘れ物ないようにね」
母が小声で言った。
鞄ひとつ抱えて階段を降りようとすると祐大が私の携帯電話を渡してきた。通知がないか確認しようとボタンを押した、充電が切れている。
階段を降りると父が玄関に立っていた。腰がまだ完全に治ってはいない事が見て分かる。
「悪い、あゆみ。お前も疲れてるのにな」
「別に。たまたま調子悪かっただけ」
「もう少しで治るから」
「寝てなよ」
「ありがとな」
父は不器用に笑顔を作った。


運転する祐大の横でぼんやりと明日の仕事について考えた。
「姉貴だいぶ疲れてるんだな」
座席シートに伝わる車体の揺れが居心地悪く感じる。黙ったままの私に構わず祐大は話し続ける。
「うちの店って結構忙しいよな。そういえば、今日特注の花束があっただろ?」
血液が心臓の中を湧くように流れているのを感じる。あれが夢ではなかったという事を体が覚えている。
「バラ、高いのにあれだけの本数渡すなんてよっぽど勝負掛けてるんだろうな。取りに来た人どんなだった?」
「…男よ」
「そんなのわかってるよ、若かった?」
「知らない」
「知らないって、姉貴店にいたんだろ?」
「いたわよ」
窓の外に顔を向けた。まともに答えない私に痺れを切らしたのか質問は途切れた。車のライトが行き交うのを眺めながら動悸が治まるのを待った。目を瞑ると赤い花の色が蘇り瞼を開いた。


翌朝、疲れの取れていない体を無理矢理起こして出社した。朝陽が目に痛く眩しい。
「横山さん、随分疲れた顔してるけど大丈夫?」
経理の山下さんが言った。
「最近父が腰を痛めて、週末は実家を手伝いに行ってるんです」
「実家ってお花屋さんだったわよね?」
「はい」
「大変ね。あなたも無理しないようにね」
「ありがとうございます」
「あ」
山下さんは私の後ろの方に目を向けた。
「あそこにある観葉植物、だんだんと枯れてきてるんだけど手入れの方法がわからなくて。どうしたら良くなるかしら?」
コピー機の横にある観葉植物を見た。確かに一部が枯れて根本に黄色い葉が落ちている。
「多分日光が全く当たらないから弱ってきてるんだと思います。時間ある時にでも綺麗にしておきます」
「お願いするわね。ありがとう」
「はい」
頼まれた観葉植物に手をつけたのは昼食の時間になってからだった。食欲がなく、時間潰しに手入れをしようと鉢を移動させることにした。鉢を抱えて掃除道具の物置きがある所へ出た。誰の目にも触れず話しかけられない場所にいたかったからだ。
鉢を地面に置き、座って枯葉を取り除いていると話声が聞こえた。顔を上げると隣接する休憩室の窓が開いていた。安西と橋詰の声だ。こっちから窓を閉めれば私がここにいるのがわかってしまう。諦めてそのまま観葉植物の手入れを続ける事にした。

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