花びらは掌に宿る

小夏 つきひ

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最終章~桜~

桜②

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「どうして肝心なところを把握してないのよ!」
経理の山下さんの声が事務所に響いた。
「すみません、色々質問されるから答えるのに必死で…」
「言い訳でしょ!大きな注文なのにこんないい加減な事して、この得意先から今後の注文断たれたらとんでもない損失が出るわよ」
「今から電話して聞きます」
「出なかったらどうするの?」
「すみません、急ぎますから」
受話器を持ち上げて取引先担当者の電話番号をダイヤルした。手に力が入る、繋がれ、繋がれ、と祈った。虚しくもガイダンスが流れて電話に出られないと言った。留守電にさえならない。
次に会社の代表電話番号へ掛けた。事務所の女性が出て、担当者に確認したい事があると伝えると今日は会議が立て続けにあり恐らく夜8時まで連絡はつかないと言った。そして事務所の女性もやはり変更については知らされていないという事だった。
「あなたに頼むんじゃなかった、どうするのよ…」
山下さんの声は急降下した。
業者への発注締切まであと30分程だ。それまでに折り返しの電話が掛かってくる可能性は極めて低い。
ミスをおかしたのは確かだけど、私にも言い分がある。
担当者がギリギリになって発注数の変更を連絡してきた。戸惑いながら13種類もある各項目の変更をメモした。しかし途中で質問攻めに合い、頭の中を整理しながら話しているうちに度々言い直される内容をメモする手がついていかなくなった。復唱する間もなく電話を切られ、再提出した発注用紙を見た山下さんは合計数が大幅に合わない事を私に指摘した。
「もういいわ。それぞれ多めに発注しておくから、残った在庫は消費できるようあなたが管理して。但し、足りない場合は外回りの人に頼みまわってもらう事になるけど」
「本当に、すみません」
確かに私が悪い。でも、一方的に電話を切られた状況でどうしろというんだ。
腑に落ちないまま途中だった書類整理に手をつけた。発注はなんとかなるとしても、納品する正確な数がわからない。明日は土曜日で電話は掛けられない、月曜日に電話したとして、どうしたそんなに遅い連絡になるんだと担当者に怒鳴られそうだ。
溜め息をつきにトイレに行った。事務所へ戻ると山下さんと横山さんが話していた。
「ありがとう、横山さんさすがだわ。どうなる事かと思ったけどまだ間に合いそう」
「良かったです。先方も特に疑ってなかったので、大丈夫だと思います」
横山さんは私に気が付くと憐れみの目を向けてから自席に戻った。
「橋詰さん、横山さんにお礼言って」
山下さんがコピー機から紙を取り出しながらそう言ってくる。
「今先方から電話があって、横山さんがうまく発注数聞き出してくれたの。これで安心して納品できるわ」
「え…」
複雑だ。でも、助けられたことにお礼は言うべきだ。
「ありがとうございます」
横山さんは顔をパソコンに向けたまま「どういたしまして」と言った、その声は棒読みに聞こえた。



インターホンを押して耳を澄ますように待った。ドアが開いた。タケルは昨日より顔色がマシになっている、でもまだ全快ではなさそうだ。
「お疲れ様」
「毎回夜に来てごめんね」
「いいよ、呼んだのは僕だから。入って」
「お邪魔します」
タケルは鍋に火をかけておかずを温めだした、胃袋がほっとするような匂いが漂ってくる。メインのおかずは肉じゃがだった。座っててと言うのでかじかんだ指先を擦り合わせながらテレビを観て待った。運ばれてきたのは1人分の用意だった。
「私の分だけ?」
「うん、先に食べたんだ」
「そっか、じゃあいただきます」
タケルはソファに持たれた。
「肉じゃが美味しい!料理ほんと上手になったね」
「よかった」
「ねえ、携帯どうしたの?」
「この家にあった。あの子、妹には言ってない」
「そうなんだ。あ、これさあ」
さっきテーブルに置いたビニール袋から箱を取り出した。会社を出て駅についた時、水色のワゴンが停まっていてドーナツの販売をしていた。
「駅前で売ってて美味しそうだったから買ってみた。これくらいならまだ食べる余裕ある?」
「うん」
「たくさん種類があってさ、ほら見て」
段折りになっているショップカードを渡そうとした、でもタケルは苦い顔をする。
「ドーナツ嫌いなの?」
「嫌いじゃない。ちょっとトイレ行ってくる」
「うん」


10分経っても戻らない。最近胃腸風邪が流行っていることを思いだし、こっそりトイレを見に行った。タケルは洗面所にいた。
「タケル?」
鏡の前でタケルが洗面台に両手をついている、その背中はひどく項垂れている。ドーナツではなく頭痛薬を買っておけば良かったと思った。

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