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【1】変わるきっかけ

モノローグ

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 この世に希望なんてなかった。

 理不尽と不条理に満ちた世界で希望を抱けず、ただ流されて何となく生きていた。いつも強がっていただけだった。ごまかして逃げていただけだった。もっと生きたい人にこの命が渡せるのなら、とうに渡していただろう。明日を生きたい人が死ぬ。突然どこかで命を奪われる。
 そんな理不尽がはびこる世界で、今日も何となく生きていた。

 いくら気をつけていても、理不尽なことは向こうからやって来る。

 第一の転機は幼少期。魔法都市の貴族令嬢に見初められた。得たのは容姿端麗な許嫁と不自由のない生活。名門の魔法学校にも入学した。金と権力で、努力などしなくても勝手に進級した。ぬるま湯に浸かったような自堕落な生活をおくった。
 そこへ突然降りかかった理不尽。これが第二の転機。魔法都市で『魔導士狩り』と呼ばれる無差別殺人が起きた。当時を知るものは、誰もが塞ぎ込む惨劇だ。もちろん、俺も例外ではない。何もかも失ってしまった。どん底に突き落とされた。
 何もできなかった自分が悔しかった。その事件をきっかけに、絶対に這い上がってやると躍起になった。
 今までしなかった努力。魔法学校とは正反対の剣術学校へ行き、卒業が困難なクラスを志願した。入学したときに比べて卒業した人数が半分以下になるクラスだ。それだけの強靭な精神と体力、生き残るための知恵が試された。根性だけはあったらしく、意外にも功績を残せてしまった。国の兵士、騎士団、街の警備をする役人、どこもほしがる人間になれる場所だった。
 引く手あまたのはずだが、卒業しても仕事をしなかった。這い上がった自己満足の果てで、自分が本当にやりたいことは何だったのか。どこかで何かに納得していなかった。

 仕事に就くのは気が進まなかった。また自堕落な生活へ逆戻りした。
 なし崩しに学校の寮を出て、祖国にでも帰ろうかと思っていたころ、日常は堕落に拍車をかける。ずるずると兄の居候になった。

 将来の夢は何?

 誰もが一度や二度は聞かれる。子どものころは、思ったままの夢を答える。大人になってもその夢が貫けるのはひと握り。いや、ほんのひと摘みかもしれない。将来何をやりたいのか、立ち止まって見つめる機会もなかった。
 今、俺がほしかったのは地位でも安定した職でもなく、至極単純なただのきっかけだった。
 そう、堕落する日常を抜け出すための、第三の転機を求めていた。

 転機なんてものは理不尽と紙一重で、突然訪れる。日常に潜んでいることだってある。
 第三の転機は、いつもの森で美人を拾ったこと。間違いなく俺の人生が変わった。
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