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【5】親と子どものカタチ

破滅への招待状

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 街中を吹き抜ける風が冷たい。
 ジェフリーの発言により、ミティアの気持ちは沈んでしまった。残った一同が気持ちを上向かせようと試みるが、食事しか対処がなかった。食事と言っても、軽い物しか食べられなかった。
 店の食器を片づけて整えたが、ジェフリーもコーディも来なかった。
 場所は通りから目立つ店だ。テラス席もあり、皆はそこを利用していた。一般の人や市場の利用客も見受けられたが、注視してもジェフリーとコーディの姿はなかった。
 会計を終えて街の通りに出るも、二人の姿はない。
 ローズは店の前で爪楊枝を咥えながら腕を組んだ。
「おかしいデスネ」
 ジェフリーはギルドに依頼を出すと言っていた。その依頼内容は、竜次の捜索だ。ギルドでの手続きが難航しているにしてもおかしい。時間がかかるようならば、何らかの形で知らせに来るはずだがそれもなかった。
 時間を弄ぶようになり、こちらからギルドに赴くか迷う。
 キッドとミティアが店内を覗く。念のため店の中も見ていたようだが、首を振っていた。
 キッドは腰に手を当て、大きくため息をついた。
「コーディちゃんが一緒だから、迷子はないでしょうけど。本当にあいつ、どこをほっつき歩いているのかしら」
 戻らないジェフリーにご立腹の様子だ。それ以前に、ジェフリーを毛嫌いしているが、今回は心配も見え隠れしている。
 ミティアは不安そうな顔をしながら猫背だ。記憶が曖昧な状態で、ジェフリーの冷たい言葉を受けた。記憶は戻りつつあるが、まだ完全ではない。
 再び沈みそうな空気だが、サキが変えようと試みる。
「あ、物探しの魔法でも使ってみますか?」
 サキがポーチから本を引っ張り出した。ここで待つよりはずっといいだろうと思ったからだ。
「えぇっと、特徴的な持ち物……」
 サキは人差し指を八の字に回している。
「ジェフリーさんの剣、コーディちゃんのトランク!」
 身につけていたもので特徴的なものを言う。サキは空に向かって光を弾いた。
「これは?」
 ミティアは頭上に浮かんだ小さい光を見つめながら質問をする。答えたのは圭馬だった。
「これは物探しの魔法だよ。でも、何かおかしいね」
 光は停滞したまま消えもしないし、行く方向を迷っているようにゆらゆらとしている。
「別行動をしているようですね。光が迷子になっています」
 サキは指をパチンと鳴らし、いったん魔法を消した。
「どちらを優先しますか?」
 今度は皆の意見を求めた。結果から言うと、ジェフリーとコーディは別行動をしている可能性が高い。
「普通に探すならトランク。昼ドラっぽく泥沼を期待するなら……」
「サキ君、トランクで」
 圭馬が余計なことを言いそうだったので、ローズが遮った。話がややこしくなる前に防衛したという立ち回りだ。
「サガシモノ・コーディちゃんのトランク!!」
 サキはもう一度物探しの魔法を放った。
 光は迷いなく、繁華街近くの裏階段へと導いた。

 階段の中腹で、お腹を抱えたコーディが倒れている。
「コーディ!!」
 ローズが駆け寄って抱き上げた。階段下にはトランクが置いてある。
「一体何が……」
 サキが周囲を警戒しに離れた。
「あんたまで一人になっちゃダメよ!」
 キッドは駆け上がって、戻るように説得した。
「この状況、普通じゃないわ。単独行動は絶対にしないで!!」
「わ、わかりました……」
 今は少しでも一緒にいるべきだ。奇襲を受けて、これ以上仲間が崩れるのは避けたい。
 ローズの呼びかけに応え、コーディはすぐに覚醒した。顔を歪ませながら、自力で起き上がる。
「うぅぅ……せ、背中が、痛い……」
 コーディは背中が痛いと言いながら、前のめりになってうずくまる。今は触らない方がいいとローズは判断した。
「ここで何があったのデス? ジェフ君は?」
 ローズの問いかけに、コーディが思い出してハッとした。
「そ、そうだ!! ジェフリーお兄ちゃんはどこ!?」
 コーディは階段下に目を向け、慌てていた。顔面蒼白だ。
「ジェフリーお兄ちゃん、すごい熱を出して倒れちゃって。私、助けを呼ぼうとしたの。そしたら、おじさんが通りかかって。もしかしたらその人がお兄ちゃんを連れて行ったのかも……」
 コーディの言葉で今度はミティアが青ざめる。
「ジェフリー、倒れちゃったって……ど、どうし…………」
 ショックを受けているようだ。あれだけ、ひどいことを言った男を心配するとは、ミティアも心が広い。彼女はすぐに自分を責めた。
「まさか、倒れたのはわたしを心配して、付き添っていたそのせいで……?」
 ミティアは首を振りながら後ずさる。
「いや、もう、こんなの……」
「えっ、ちょっと、ミティア!」
 ミティアが猛疾走して行った。キッドはサキに気を取られていた。瞬時に反応できず、彼女の手を掴み損ねた。
 キッドは判断に迷った。
 階段下からローズが声を上げた。
「キッドちゃん、ミティアちゃんを追って! コーディはワタシに任せてください!!」
 キッドは頷き、サキの手を掴んだ。一緒にミティアを追う。
 
 ローズはコーディが自力で立って話せるようになっていることを確認した。そのうえで質問をした。
「コーディが見たおじさんとはどんな人デス?」
 ローズはコーディのトランクを持って階段を上る。
 コーディはしぐさを交え、詳しく話す。
「えっと、金髪で、なんかこう、襟足のある髪型して、緑のネクタイをして、両方の腰に剣があったかも……」
 聞いたローズはトランクを落としかけ、持ち直した。心当たりがあるようだ。
「し、四角い眼鏡……」
「うん、してた。お兄ちゃん先生を知ってたし、呼び捨てにしてた……」
 ローズはさらに特徴を言う。コーディは該当していたと付け加え、覚えていたことを話す。
 疑惑が確信になり、ローズの顔が悲痛を帯びる。
「まさか、ケーシス…………」
 ローズの唇のルージュが震え滲む。

 自分のせいでジェフリーが体調を崩した。倒れた。連れ去られた。
 自分のせいで、自分なんかのせいで。世界の生贄のくせに、生きたいと思ったせいで。
 あんなにひどいことを言われたのに。それでもまた会いたい。もっと声を聴きたい。もっと一緒にいたい。
 
 気を遣うのをやめるって言っていたのに。
 ――嘘つき!!
 こんなに、こんなに好きなのに。覚えている限りの思い出が軋む。
 憎い。
 憎い……? 憎むって、何? この、汚い感情は何?
 胸の奥がズキズキと胸が痛んで膝をついて屈んだ。
 思い出した。思い出してしまった。

 今はまだ、答えを言ってはいけない。
 ――この関係を壊さないために。

 ミティアは抑えきれない負の感情に襲われた。衝動的に走り出し、やり場のない感情が気持ちを吹っ切れさせた。
 奇しくも、渦巻いた感情によって記憶は掘り起こされ、欠けていた記憶は戻った。裏路地で膝をつき、両腕を抱え込む。
 自分がこんなに感情を抑え込んでいたとは信じられなかった。
 規則正しく整った石畳が視界に入る。乱れてしまった気持ちを整えるように言われているようだった。
 ミティアの背後から足音が近づいた。
「ミティア! 一人にならないで、あなたまでいなくなったらあたし……」
 キッドの声だ。彼女は足が速い。追いついてミティアの肩を抱く。その声は涙声だ。
「お願いだから、一人で抱え込まないで。あたしたち、仲間でしょ?」
 ミティアは返事もなく、呆然としている。何かに夢中になり、我に返るとこうなるだろう。現実に引き戻されたと言ってもいい。ミティアは記憶が欠けていたのだから。
 遅れてサキと圭馬が到着した。
 サキは膝を支えに屈みながら息をしている。今日のサキは走ってばかりだ。体力がつくかもしれない。
 ミティアは呆然としながら、自分の中の汚い感情に驚き震えている。汚い感情だ。知らなかった憎む気持ち。それが今、好きな人に向いていた。そんな自分が何よりも怖い。呆然としているのは記憶が戻った反動かもしれないと、自身で考えが行き着いた。
 ぼうっとしたまま反応が薄いミティアを、キッドは過保護なほど心配した。
「あいつは自分で体調管理を怠った。ただそれだけよ。最近は無理をしていたかもしれないけど、ミティアのせいじゃないから」
 キッドの心配の声にミティアは反応しない。呆然としたままの彼女に、今度はサキが声をかけた。
「あの、ミティアさんも具合が悪いとか、気分がすぐれないとか、ありませんか?」
「えっ、あ、ううん……」
 ミティアはぴくりとした。体調を心配されたのだと理解した。今は体調よりもこの感情が、今までの自分ではないような気がして気分が悪かった。
 ミティアが大丈夫だと知り、圭馬がまとめる。
「よし、大丈夫なら、ローズちゃんたちと合流して、どこかでお兄ちゃんを探す作戦会議をしよう」
 キッドとサキはこれに頷く。崩れてしまった情勢を立て直さなくては。
 
 再び合流した際、コーディに大きな怪我はなく、普通に歩けていた。この様子にはローズも安心しているようだ。
 昼を回っておやつ時だ。これから夜に向けて、飲食店は仕込みのところが多い。ゆっくりできるお店もなく、繁華街を歩きながら話した。
「さっきはごめんなさい。勝手な行動をして……」 
 まだ暗い表情だが、先ほどよりは落ち着いた。ミティアは皆に向かって頭を下げた。
「気持ちはわからなくはないデス。でも、今は単独行動を起こせば色々不利になる……カモ?」
 ローズは真剣な時以外、フランクに接する。ミティアにとってはこれが助かった。
 大きな問題は、これからどうするかだ。
 サキは物探しの魔法で、ジェフリーの剣を導き出そうとするも、今度は反応しなかった。効果範囲を越えた、と考えるのが妥当なのだろうか。
 ローズが状況を整理して、推測を話す。
「ご兄弟、二人が連れて行かれたとすれば、連れて行った人物に心当たりがありマス。コーディが言っていた特徴から、ケーシス……彼らの父親の可能性が高いデス」
 ローズの話を聞き、皆は嫌な予感を抱いた。
 サキが深く考え込んだ。小さく唸りながら、首を傾げる。
「お二人のお父様が関与……どうして?」
「そうしなければならない理由があった。と、今は……」
 ローズも考え込んだ。ここで考えたところで答えは出ない。
 コーディはトランクのサイドポケットから依頼書を取り出した。
「じゃあ、もしかして行く先は……」
 ローズは深く頷く。
「おそらくは……そこデス」
 さすがに温厚な話ではない。冗談も口ずさめず、緊張が張り詰める。コーディが依頼書を握りながら、皆に確認を取る。
「どうしよ、この話、乗った方がいいのかな?」
 そこが問題だ。これは罠かもしれない。機密情報とはいえ、釣り針が大きい。
「で、ですが、このまま先生とジェフリーさんを助けに行かないのもどうかと……」
 サキは弱気ながらも、行った方がいいのではと意見した。
 キッドもどちらかというと、その話には乗りたいようだ。浮かない親友のためにも、解決に向けて行動したい。
「仮にケーシスが自身の企みのために誘拐したとして。あの二人なので、父親をぶん殴りに内側から暴れかねないと思いますケド」
 ローズの個人的な考えではあるが、その線は有り得える。ただ、体調を崩していたジェフリーは、あまり期待してはいけない。大事になっていないことを祈るばかりだ。
 懸念事項はこれだけではない。竜次も、スプリングフォレストと沙蘭で負った怪我が完治していない。
 そしてもし二人が一緒ならば、色恋沙汰で揉めそうだ。亀裂が入らなければいいのだが、これは心配しすぎかもしれない。
 圭馬も手放しな意見を述べた。
「ま、やらない後悔よりは、やって後悔の方がいいんじゃない?」
 確かにこのままモヤモヤしたままもよくはない。依頼はフィリップスのギルドで出されている。依頼を見るだけなら各地のギルドでも可能だが、請けるのは依頼元のギルドだけである。
 つまり、この依頼を請けるのならノアを出発し、街道を抜けてフィリップスに赴かなくてはならない。
 コーディはフィリップスのギルドに詳しいようだ。
「フィリップスは街道を抜けてすぐだから、今から向かえば夜までに着けるかも。あそこのギルドは大きいから遅くまでやってるよ」
 コーディの言葉を聞き、キッドは奮起する。
「急ぎましょう。あたしが先頭に立つわ。あの馬鹿がいなくたって、やれることを証明してやろうじゃないの」
 キッドがいつになくやる気だ。ジェフリーが不在のせいかもしれない。
 ミティアは冴えない表情をしたままだが、進むしかないと決意した。
 街を抜け、一つの真実を知らされた思い出の街道を抜ける。歪みがあった場所も、何もない静けさ。その先は小動物が出て来た程度で、大きな襲撃はなかった。
 とても静かな街道だ。途中を流れる小川の水が澄んでいる。茜色の空と夕日が水に反射し、なんとも趣のある景色だ。

 王都フィリップス。
 繁華街、住宅街、港、城もあった。街中を川が流れ、レンガで整った橋も見受けられる。港が入り組んでいるせいもあって大きく、賑わいもあるが、貿易都市ノアよりも品のある賑やかさだった。こんな街は初めてだ。
 探索が楽しそうだが、今は優先するべきものがある。少し歩けば案内板があり、親切だった。役人も、城の兵士らしき人も街中を歩いている。一般の人も貴族も冒険者らしき人たちもいる。腰から武器を下げていても大丈夫そうだ。
「ギルドはこっちデス」
 この街はローズも詳しいようだ。
 全国を渡り歩くコーディもそうだが、街の構造や店などをよく覚えているものだ。
 案内板に大図書館もあった。これは楽しみが増えた。
 この街のギルドは繁華街の中にあった。
 ギルドは木造の古い建物だ。街の明かりで外壁が緑色に見えた。年季が入っているようにも思える。
 ギルドを訪れたはずなのに、ほのかに甘い匂いが一行の胃袋を刺激する。隣がチーズケーキ専門店だ。誘惑が過ぎるが、今は我慢だ。
 揃ってギルドの中に入ると、貿易都市ノアのギルドに比べて綺麗な造りをしていた。床には整列の目張りがされている。街の規模のせいか、壁の張り出しは多かった。
 項目が古い日付から片付いていないのは、ここも人手がないのを予想させられる。
 この街の北には森と天山、そこを抜けると今はゴールドラッシュで賑わっている、炭鉱の街ノックスがある。金がほしい人はそちらに向かうだろう。
 ほかの者が壁の張り出しを眺める中、コーディがカウンターに依頼書を出した。
 カウンターには老人がいる。鼠色のコートに身を包み、白髪すらおしゃれに見える黒い帽子。くたびれたシャツと丸眼鏡が、熟練の従業員であることを示唆する。コーディを見ると、目を細め大きく頷いた。
「おや、コーディじゃないか。珍しいね、誰かと組んでいるのかい?」
「うん、まぁね。これ、受けたいんだけど……」
 コーディは紙束をめくり、一番後ろの機密依頼を指さしている。
 老人は眉をぴくりと動かし、小さく唸った。
「うぅむ、何かの間違いじゃないよねぇ? これは危険な依頼だと思うよ?」
「知ってる。サイン頂戴」
 受付の老人は渋りながら、大きい封筒と小さい封筒をコーディに渡した。それから手帳にサインをした。
 小さい封筒は前金のようだ。危険な依頼は前金が支払われる場合がある。大きい封筒を開けると、依頼主の待ち合わせ場所が書いてあった。
 大判の紙に、少し文章が書いてあるだけ。これも小さい封筒でいい気がするが、間違えない配慮なのだろうか。
 手続きを済ませ、コーディが戻った。コーディ以外の者は雑談をしていたようだ。
「ローズさん、依頼を出してありますね」
 サキが壁の依頼書の項目を指した。
「持ち家があるので、不在の時に掃除してくれる人を探してあるのですが、まぁ見つからないデスネ」
 世間話に近い話をしていた。
 コーディは割って入るように話を持ち込んだ。
「あのさぁ、依頼主、ギルドの隣なんだけど……」
 ギルドの隣と聞き、キッドが首を傾げる。
「隣って、あのおいしそうな匂いがしてたチーズケーキ屋さん?」
 コーディは深く頷いた。
「正確には上の階みたい。行って確認してみよう?」
 足早にギルドをあとにした。外に出て一同はチーズケーキのお店を凝視する。
「美味しそうなチーズケーキ屋さん、だよね?」
 ミティアも苦笑いだ。食べたい気持ちを今は抑え込んで、脇の階段を上がった。
 物置か倉庫だろうか。人が住むにしては狭い。
 コーディが大きい方の封筒を持ったまま大声を上げる。
「ごめんください」
 返事はない。段ボールや木箱がひしめき、人がいる雰囲気ではない。チーズケーキ屋さんだけの資材置き場ではないようだ。書類の入った籠や、違うお店の領収書が入った紙袋も見受けられる。こんな場所に依頼主がいるのだろうか。
 罠かもしれないと疑いをかける。
「ねぇ、いたずらじゃないよねぇ?」
 圭馬も不満そうだ。罠も疑ったが、ただのいたずらかもしれない線もある。
 コーディは真っ向から否定した。手にしている大きな封筒の影には、小さい封筒が見える。
「それはないよ。前金出てるし……」
 お金を出していたずらをするだろうか。しかも機密依頼だ。絶対ここに何かあるはずだ。
「すみません。誰か、いませんか?」
 サキが資材の山に声をかけた。
「……た」
 微かだが、何か聞こえた。
「んん?」
 ローズが胸ポケットからペンライトを取り出し、積まれている物資の隙間を照らした。
 木箱や段ボール箱の隙間は埃やごみだけではなく、虫の死骸も転がっている。手が行き届き、整っているとは言い難い。
 流れるライトがぴたりと止まった。ローズは小難しい表情で目を凝らす。
「奥に何かいますネ」
 茶色、黒色、灰色、その中に目を引く白色を見つけるが、手が届かない。
 ライトを構えるローズの肩に、圭馬がよじ登る。
「ふふーん、こういう時ってボク大活躍だよねぇ?」
 小動物の化身であるこの姿を存分に利用しようと協力的だ。
 お調子者の圭馬を気遣ってか、キッドが注意をした。
「ちょっと、大丈夫なの? 潰されないでよ?」
 キッドに心配されながらも、圭馬は奥に潜り込んで行った。さすが小動物。するすると隙間に入り込む。フサフサの尻尾は瞬く間に埃だらけになり、通った道がモップをかけたように綺麗になった。
「うえええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
 圭馬の声で、積まれた箱の上にあった何も入っていない紙袋がバサバサと落下した。
 何があったのかと聞く前に、圭馬の声が奥から聞こえる。
「ちょっと手伝ってぇ!! 誰か引っ張ってよぉ!!」
 ローズがペンライトで確認すると、圭馬は一生懸命に何かを引っ張っているようだ。
「少し、動かしますね?」
 ミティアが隣の木箱に手を引っかけて隙間を広げた。
 上から物が落ちて来ないか、サキは警戒をしている。
 キッドが隙間に弓を突っ込んだ。
「あ、頭いい!」
 コーディが手を叩いて驚いている。
 ここまで来ると、共同で大きな作業だ。弓に圭馬の体を引っかけて、キッドが引っ張った。
 隙間から飛び出したのは圭馬と、もう一匹。圭馬によく似たウサギだ。圭馬より少し大柄だが、やけに埃をかぶっている。
「たたた、たい、へん……」
 ミティアはポーチからハンカチを取り出し、大柄なウサギの埃を払った。そのまま抱き上げる。よく見たら、左の腕が短い。
「ねぇ、ボクは放置ぃ!?」
 せっかく大活躍したのに、圭馬の心配は誰もしない。こういうときに普段からの行いが物語る。
 世話をしているミティアが圭馬に質問をした。
「この子、圭馬さんのお知合いですか?」
 埃まみれの圭馬は不機嫌そうに答えた。
「ソレ、ボクのお兄ちゃん……」
 この大柄のウサギの正体は圭馬の兄、圭白だ。ここにいる者は、圭馬の兄に会ったことがない。ゆえに全員が驚いた。
 キッドが苦笑いをする。
「もしかして、依頼主って……」
 わざわざこんな場所で依頼を待つなど、よほどのことだ。だが、依頼主が自分たちと関わりがある人物だと知ると、不思議にも胡散臭さを感じてしまう。
「なんか、あんまりいい気分じゃないなぁ……」
 圭馬も表情こそわからないが、声質と態度で何となく察せる。
 ミティアは圭白の元気がないのを心配し、背中をさすっている。
「ローズさん、何とかならないですか?」
 ローズは獣医ではないが、渋々様子を見る。お腹を触ったら急に凹み、「きゅう」と鳴いた。体に電気が走ったようにぴくりと手足が動き、圭白がか細い声を上げた。
「お、なか、す、きました……」
 やっと喋ったと思ったら、お腹が空いたと言う。唖然とした空気の中、サキが足を動かした。
「な、何なら食べられますか?」
 何か買って来るつもりのようだ。これには圭馬が答えた。
「ニンジン! トウキビも好きだったはずだよ」
 サキは頷き、ぱたぱたと階段を下りて行った。
 コーディはほかには何かないかと探しながら言う。
「すごく埃っぽいよね。具合悪くなりそう……」
 特に目ぼしいものはない。ウサギとは違う動物や虫は出て来そうだ。
 ものの数分で、サキは野菜スティックを持って戻った。繁華街なのだから、少し探せばサラダの入手は可能だろう。
 サキがニンジンを差し出すと、圭白は無我夢中だった。高速でカリカリと食べて可愛いらしい。圭白はボクにも頂戴とせがむ圭馬を無視し、ほとんどの野菜を食べて元気になった。
 圭白は一同に向かって陳謝した。
「や、やれやれ、死ぬかと思いました。お助けいただき、ありがとうございます。もう三日以上放置されていましたので、がっついてしまって面目ない」
 やっとまともに喋ったと思ったら、やけに落ち着いた話し方だ。
「どうも、弟の圭馬がお世話になっています。私は圭白と申します」
 律義なことに自己紹介から入った。
 皆も軽く自己紹介をする。だが、圭馬は相変わらず機嫌が悪そうだ。
「白兄ちゃんは読心術が使えたんじゃないの?」
 聞き慣れない言葉だ。読んで字のごとく、人によっては恐怖を抱くだろう。
 ミティアが首を傾げる。興味があるようだ。
「どくしんじゅつ?」
 サキも興味があるようだ、質問はなぜか圭馬にされた。
「もしかして、人の心が読める術のことですか?」
 圭馬は深く頷いた。
「ボクは使えない特技だけど、だいたい予想の通りだよ。おっかない術だよねぇ」
 人の心を読み取る能力で正解のようだ。この能力を日常的に使われては厄介だ。調子を狂わされ、腹の探り合いと争いのもとだ。
 圭白は誤解をされているとあたふたしている。
「聖域を出た、今の私に力はありません。主は不在、私の魔力はすっからかんです」
 圭白は能力を封じられているようだ。お腹を空かせていたくらいなのだから、使えなくて当然だろう。
 コーディが圭白に問う。
「確認なんだけど、依頼主ってあなた?」
「そうですよぉ。主が囚われてしまったようなので」
 圭白は長い耳を上下させ、身を震わせている。
 圭馬は不信感を募らせた。
「白兄ちゃんの主は誰、って二重契約防止のために言わない約束だよね」
 そんな約束があるのだろうか。一刻を争う緊急事態ではないのかと疑いを抱くかもしれない。だが、魔力共有のため、二重契約をしないためのものだと圭馬は軽く説明した。
 圭白は主について名前は言わなかったものの、言葉にヒントを散りばめる。
「私が成しえなかったことをしようという志を持った人です。種の研究所の場所でしたら主が調べをつけてあるので、私も案内ができます。主はこうなるのではないかと予想していました。だから私に依頼書を託したのです。戻らなかったらギルドに依頼書を出せと……」
 圭白ができなかったことをしようという志を持つ者とは誰だろうか。自分たちと近い位置にいる人物だと予想がついた。
 圭白の言葉を聞き、圭馬はこちらの経緯を話す。
「いやさぁ、奇遇っちゃあ奇遇なんだけど、こっちも多分そこに連れて行かれたお兄ちゃんたちを助けに行くところなんだよね。ボクたちは場所を知らないから、この話に乗ったんだけど」
 目的は、助ける人が誰なのか以外はだいたい一致している。
 おなじみの疑いを、ローズはかけた。
「これも偶然デス?」
 どうも行く先々で自分たちと関わりを見つける機会が多い。情報だけならまだしも、人物まで絡む。最近はその機会が増えた。
 圭白は付け足すように気になることを言った。
「この情報、ギルドでは機密扱いのようですね。しかもそれなりの腕を持った人しか見られないようです。まぁ、大変でした。人手がないと言われましたし、人間って冷たいですねぇ。ウサギさんの言うこと、なかなか信じてくれないんですよ」
 よくこの話がギルドで通ったものだ。もしかしたら、圭白の主はギルド関係者にしかわからないサインでも送っていたのかもしれない。ここを疑っても仕方ないし、先に進まない。
 出発する準備はいいかと、一同はお互いの顔色をうかがう。心の準備はいいようだ。
 圭白は今一度、確認を取る。
「長丁場になると思います。あまりいい場所ではないみたいなのですが、大ボスさんとはぶつかりたくないですね」
 圭白の提案には賛成だ。それは極力避けたい。
 すっかり話し込んでしまった。キッドが出発を促す。
「行きましょ! 先生たちがある程度、内側から暴れてくれているのを期待するのもどうかと思うけど、救出優先でいいわね?」
 キッドが取りまとめる。彼女は強いがあまり無理させたくはない。責任が大きい気がするが、皆で支え合わなくては。
 ジェフリーという司令塔もいないので、何かあった時のばらつきが怖い。
 気になるのは、すっかり元気をなくしてしまったミティアだ。記憶も多少混乱を起こすだろうが、不安定な彼女にもしっかりしてもらいたい。
「ご飯は歩きながらシリアルバーかな……」
 コーディはししょんぼりしながら階段を下りはじめた。今はご飯を食べる時間も惜しい。
 街を出て、圭白の案内に従った。
 王都は海に面している。その街から大きく外れた海岸に高い崖があった。
 大海とフィリップスの街並みが一望できる贅沢な場所だ。しかし街から離れているため、人が立ち入った痕跡はない。草は伸びっぱなしだ。砂利と岩肌で足場が悪かった。
 高所恐怖症なキッドが身震いを起こす。月夜の海辺なのに、景色を楽しむ余裕が彼女にだけはなかった。
 
「この崖下に、潮の満ち引きで一定の時間だけあらわれる洞窟があります。その先に鉄の扉があるはずです」
 圭白が案内する。彼は左手が短く、歩くのが辛そうだ。ローズが抱きながら行動をともにしていた。
「なるほど、王都フィリップスの地下、というのは気がつきませんネ……」
 ローズは洞窟の位置を見て眉をひそめる。
 場所が場所なだけに機密と言われても納得がいく。
 圭馬がサキに注意をした。
「キミは魔法を制御しないといけないね」
「どうしてですか?」
「街が陥没でもしたらどうするのさ」
 場所は地下に値する。どこかを崩せば、地震やひどければ地盤沈下を起こすかもしれない。街で混乱が起きる可能性もある。
 それに気がつき、サキはかぶりを振った。ただでさえ、竜次とジェフリーがいないので戦力が乏しい。
 キッドが上を見ながら強がりを言う。高所恐怖症の自衛で、どうしても下を見ないようにしているようだ。
「要は、変なのに遭遇してもやり合わなければいいのよ。助けるのが優先なんだから」
 武者震いなのか、高所恐怖症なのかはわからない。キッドは声も震えていた。
 コーディが崖下に降りられそうな段差を発見した。
「あそこ、階段じゃないけど、少し段になってるね。気をつけながら降りられそうだよ」
 岩陰になっていて、よく見ないと気がつけない。
 一同は足元に気をつけながら洞窟に足を踏み入れた。
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