トレジャーキッズ

著:剣 恵真/絵・編集:猫宮 りぃ

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【6】思惑

気持ち、新たに

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 生まれたばかりの邪神龍を倒し、一行は種の研究所を出た。
 海辺で朝日を眺めるが、皆の疲労は限界を越えている。
 ジェフリーが一番元気そうなローズに頼んだ。
「とにかく休みたい。この近くに街があるんだよな? 案内してもらっていいか?」
 ドーピングが切れたのか、足取りが重い。
 ジェフリーだけではなく竜次もつらそうだ。
 真実が見えてきた。だが今は、話すよりもまず休まないと思考も働かない。
「こっちデス……」
 朝日の照り返しがまぶしい。ローズは崖の階段を指さした。
 気がつけば兄弟以外は夜通し。その目はもうゾンビのようだ。

 一行は王都フィリップスに到着した。
 日は昇り、街は明るい。一行は気分も上がらず、元気がない。とにかく休みたい。
 サキが恨めしそうな声を上げる。
「この時間に宿って取れるのでしょうか……」
 朝に宿を取ることはこれまでになかった。朝からこの人数でうろつくのも現実的ではない。
 足を止めてがっくりとしている一同。ローズがとある提案をした。
「ウチ、来ます? 一応とっても広いですが……」
 ジェフリーは虚ろな目でローズに訴える。風邪のせいか、眠いのか、疲労なのか。いや、全部だろうが、元気がない。
「この際何でもかまわないさ。連れて行ってくれないか?」
 ローズは持ち家があると言っていた。
 ローズの家は、ほとんど街外れだが一軒家だった。まるで何かの施設のように、縦に大きい。相当いい家ではないのだろうか。
 ローズが持っていた鍵で開錠する。扉が重く、かなり力を入れないと開けなかった。

 入った瞬間に視界が霞み、大量の埃が舞う。
 いつから人の立ち入りがなかったのか。そんな風に思わせる状態だった。
「ワタシの母親が宿を経営していたので、寝床だけはたくさんあるのですケド……うぅむ、これはちょっと掃除してからがいいデスネ」
 まず入り口の電気が切れている。
 木造の吹き抜けの階段、高い天井、窓から差し込む光で把握する限り、三階まである。
 コーディが蜘蛛の巣を払いながら言う。
「ローズはここを掃除してほしいってギルドに依頼を出してたよね」
 そんな依頼を出していたし、実際にギルドで目にしている。確かに広いがこれではすぐに休めない。
「別行ってもいいけど、王都って泊まるのは高いよな」
「そもそもあまり手持ちがない気がしますが、どうしましょうか?」
 兄弟もこれには困った様子だ。
 キッドが窓を開けに走った。ただ通っただけなのに埃が舞い上がる。
「けほっ……すっごいわね」
 窓を開けたついでにぱたぱたとカーテンも叩くが、埃が無限に出る。
 ローズはこの状況でも引き留めようとする。まるでここをセールスするようだ。
「宿……取ってもいいのですが、ここならタダで使っても問題ないし、凝った話も作戦会議もしやすいとは思いますヨ。生活に必要な設備もありますし、大きめのお風呂も乾燥までできる洗濯機も……」
 掃除をすればタダというのはうれしいが、この疲労困憊の状態。ローズはどうしてもここを掃除してもらいたいようだ。
 キッドは両腕を回し、外の空気をめいっぱい吸い込んだ。
「はぁ、しょうがないわね。やるかー……」
「マジかよ……」
 キッドがやる気になってしまった。それを見たジェフリーが脱力する。
 ここを活動拠点にする案は悪くない。だが、掃除が面倒だ。休み休みでも片づけるしかなさそうだ。
「兄貴は掃除出来ないだろ、ミティアと洗剤とか、みんなの飯を買いに行けよ」
 財布を持っているのは竜次だ。そして、彼がどれだけ家事が苦手でだらしがないかも、半年の同居で知っている。
「ミティアさんと!?」
 先ほどまでの、掃除をするというがっかりから一転し、ミティアと街に出ていいとなって竜次が目を輝かせた。とてもわかりやすい。
 ミティアは苦笑いで応えたが、腕の中にはお休み中の圭馬もしっかり一緒だ。
「コーディは電気や手が届かない上の埃を払ってくれ。博士、洗濯はどうしたらいい?」
 ジェフリーはここでも指示を出している。割り振ってしまえば、自分のペースでやってくれるし、手が空けば手伝ってくれるだろう。チェックアウトの時間を気にしなくてもいいのだから、休憩を挟みながら進めればいいと思った。
 ローズも軽い仕事を割り振る。
「サキ君には水場の掃除をお願いしますかネ……」
 ローズはサキの体を考え、負担の少ない掃除をお願いする。だが、台所も風呂もカビだらけで空気も悪い。
 サキは深いため息をついて上着を脱いだ。せめて軽装で動きたい意志だ。
「はぁ、皆さんがやるなら、僕もやります。はい……」
 渋々掃除を開始した。広い台所もあるとは、料理も可能だ。この中で料理が得意な人が思い当たらず、疑問に思いながら雑巾を手に取った。サキは一応、家事の経験がある。アイラに弟子入りしていた。学生寮に入ってからはあまりやらなくなったが。
 先ほどまで夜通しで活動して戦ってまでしたのに、同日に掃除だ。
 一体何をしているのだろうかと、考えたら負けな気がするが、一同は手を動かした。
 ローズがジェフリーを呼ぶ。先ほどの選択の話を覚えていたようだ。
「ジェフ君、洗濯はコッチデス。この有料ランドリーの鍵を壊せば、いくらでも使えると思うデス……」
 荒っぽい方法だったが、これで洗濯に困らない。地味にありがたい設備だ。

 ローズはいつから帰ってないのだろう。
 埃が層になっている。虫の死骸、ネズミがかじった跡。
 眩しい太陽の光に鞭を打たれる様に大掃除を開始した。
 ローズは自分の家と称していた。母親が宿を経営していたと言っていたが、ベッドは十台ある。うち二台は腐食が激しく、廃棄のことも考えなくてはならなくなった。
 部分的に傷んでいる床板も、張り替えるか補強するか、こちらも手を加えなくてはならない。
 休める程度の清掃を完了し、整った時は窓から茜色の日が射していた。
 一体何だったのだ、今日は。
 この疲労感、今晩は二日分眠れるのではないだろうかと誰もが思った。

 コーディとキッドは疲れ果てて先に眠っている。
 ジェフリーは二階と三階をつなぐ階段でコックリコックリとうたた寝をしていた。トントンと足音がする。カクンと落ちた首で目が覚めた。
「ねぇ、スープ、飲まない?」
 電球が切れていて満足な明かりがないが、赤髪のミティアがマグカップを二つ持っている。わざわざ時間を割いたようだ。
 ミティアは許可もなくジェフリーの隣に座る。
 ジェフリーは反射的にすぐに立ち上がろうとした。
「どうして逃げちゃうの?」
「風邪が伝染る……」
 ミティアはむすっと頬を膨らませる。可愛いくせに面倒な彼女にこれから先、どれだけ翻弄されるのだろうか。仕方がないとジェフリーは座り直した。
 ジェフリーは差し出されたカップを受け取った。生姜の香りがする。
「具合悪いのにお疲れ様。根菜スープ、あったまるよ……」
 ここぞとばかりにミティアは身を寄せる。汗も埃も拭いきれていないというのに、ミティアからはポプリの甘い香りがする。ジェフリーは気まずくなって下の階を覗き込んだ。誰もいないようだ。
「静かだな。兄貴たちは?」
 スープが掃除の埃でやられた喉にじぃんと染みる。スープで気を紛らわせるのもどうだろうか。ジェフリーはやはり逃げ腰が抜けなかった。
 ミティアはにこやかに答えた。
「ローズさんの書物コレクションで盛り上がってるよ。地下にすっごくたくさんの本があって、難しい本も、貴重な本もあるって。圭馬さんまではしゃいでた……」
 ローズの書物コレクションとは何だろうか。職業柄、医学書もあるだろうが、本好きのサキが飛びつくのはもちろんだろう。竜次も興味がありそうだ。賢人である圭馬もはしゃぐとなると、きっと貴重な本があるのだろうと予想はできた。よくも元気だと呆れる。
 ここでジェフリーは、重要なことに気がついた。キッドもコーディも寝ている。つまり、ミティアと二人きりだ。それに気がついたら、気まずくなった。
「や、休める時に休んでおけ」
 ジェフリーは何とかミティアを振り払おうとする。体調も疲労もそうだが、これ以上は正気を保てるのかが怪しい。
「わたしと話したく、ない……?」
 立ち上がろうとして、ジェフリーはまたも脱力した。ミティアはどうしてもかまいたいようだ。女性二人の寝息に耳を澄ませたが、規則正しく、むしろ熟睡のほかに言い当たらない。
 ジェフリーは渋りながらミティアに向き合うことにした。
「何を、俺に話したいんだ?」
「気持ちの話……」
「ぶっ……」
 ジェフリーはズルズルと下品な音を立てた。スープはもうわずかしか残っていない。
 ミティアは頬を赤らめながら、じっとジェフリーを見つめた。この緑色の綺麗で澄んだ瞳は、見る者を魅了する。
 ジェフリーも例外ではなかった。これはもう素直になるしかない。
「好きって気持ちに偽りはない。もう否定しないから、そんな顔しないでくれ」
 風邪の熱か。いや、明らかにそれだけではない。ジェフリーはこれ以上言うのが恥ずかしくて仕方ない。ミティアはまだ言わせたいのだろうか。
「えっと、そうじゃなくて……」
 求めていた答えではないようだ。ミティアは困惑し、小さく首を振った。
「わたし、どうやって返事をしたらいいのかわからない」
 ミティアはもじもじと縮こまって照れている。普通はあざとくて、嫌悪感が勝るかもしれない。だが、ミティアは可愛らしく、反応が初々しい。どうしてこんな仕草ができるのか、竜次だったらきっと卒倒するとジェフリーは思った。
 いつかはきちんと言わないといけないだろうが、選ぶのはミティアだ。それでもジェフリーは翻弄され続けた。カップの中は既に空だ。もうどこで気を紛らわせばいいのかわからない。
「普通の女の子になったら、あなたに返事してもいいの?」
「い、言わなくていい、そんなのっ……」
 どこで記憶を取り戻したのか、そんなことよりも、この落ち着かない状態で言われても困るとジェフリーは思った。
 不意に放たれた『普通の女の子』という言葉に、ジェフリーは焦りを見せた。
「知らなかった。普通の女の子になるのが、生贄に近づくんだって。だから、今のままでいい。普通にならなくて、も……ふっ……!?」
 甘い香りがした。ポプリの香りだろう。唇が暖かい。瞳を閉じたミティアの顔が目の前にある。ジェフリーはキスをされているとわかった。カップを落としそうになった。
 ミティアはジェフリーの手を暖かく包む。
「言わなくていいんでしょ?」
 ミティアは囁いて顔を離した。綺麗な髪の毛がふわりと揺れる。そのままカップを取って立ち上がった。振り返らずに、トントンと階段を下って行く。
「…………はぁっ?」
 言わない代わりに、行動で示されたのだろうか。どう解釈していいのか、ジェフリーにはわからなかった。唇が、顔が、体が自分のものではないかのような熱を帯びている。赤面もしているはずだ。ミティアから、こんな不意打ちを食らうとは思いもしなかった。
 疲労は? 風邪は? 感覚がわからない。
 ジェフリーはしばらく呆然としていた。
 しばらくして、がちゃがちゃとうるさい物音が下から聞こえてきた。
「もう少し掃除しましょう。まだまだ埃っぽいですし、空気も悪いですね」
 煙たい埃にまみれながら、竜次が扉を開く。賑やかになった。
「でも、あれだけの書物、読み耽ってしまいますよ」
 続いてサキがフェアリーライトを指で弾いて消した。彼の腕の中では、圭馬が目を輝かせている。
「空を飛ぶ技術、気になるね。ボクはドラグニー神族が以前はもっと高くまで飛んだってことしか知らないから、そういう技術があるならお目にかかりたいと思うよ」
 圭馬は空を飛ぶ技術の話をしていた。共通の話題で盛り上がっているようだ。
 サキは大きく頷き、考え込んだ。
「あの魔鉱石の話ですよね。僕も気になりました。空を飛ぶのは夢のまた夢だと思っていたので、これが可能だったら大発見ですよ」
 何やら地下室では大盛り上がりだったようだ。
「さて、戸締りして、ゆっくり寝まショ!」
   ローズが家の戸締りを始めた。彼女も疲れただろう。窓を閉めて、カチャカチャと窓枠にブザーを取りつけている。やりすぎな気もするが、念には念を入れているのだろう。
 昨日の今日で襲撃されても困る。
 先に上がっていくローズとサキ。
 竜次は台所の水場で物音がしているのに気がついた。台所ではミティアがこそこそと何かを探している様子だった。
「おや、ミティアさん?」
 ミティアは声をかけられて反応し、苦笑いで振り返る。マグカップを二つ、手にしている。洗うためのスポンジか、布巾でも探していたようだ。
「わ、先生……」
 竜次はカップが二つ、というのに注目していた。
「ずるいなぁ、ジェフばっかり……」
「ち、違います。これは……うぅっ……」
 明らかに竜次はからかっていた。ミティアが慌てふためくのが、あまりにも可愛くて、もっといじりたくなってしまう。
   時間は夜だ。さすがにやめておこうと竜次は自制をかけた。ミティアからカップを取り上げ、台所の漂白に浸かっている山にカップを紛れさせた。
「はい、知らないっと。ふふっ……」
「わっ、あううっ……」
「さ、休みましょう?」
 いじられている、からかわれている。恥ずかしくなって、ミティアはぱたぱたと駆け飛び出した。
 どうやら他人からの『視線』を気にしているようだ。
 竜次はミティアの反応を見て心境の変化を察した。
「ふぅむ、急に可愛くなっちゃいましたねぇ……」
 実はぶきっちょだったミティアが好きだった。それが、好きな人ができて仕草にも言動にも落ち着きが見られ、女性らしさに磨きがかかっている。
 つまらない考えはやめて休もう。竜次は台所を消灯し、階段を上がる。
 三階に上がると、ジェフリーが階段で眠っている。手すりに寄り掛かっているため、中途半端に塞いでしまっている。サキがどうしたものかと困惑していた。
 このまま放置してもいいのだが、治りかけの風邪がぶり返しても困る。仕方なく竜次が担いだ。
「しょうがない子ですね……よいしょっと」
 何とも、幸せそうに眠っていたのが解せないが。察するに具合が悪いわけでもなさそうだが、ベッドに転がして毛布をかける。
「まったく、いつまでも子どもなんだから……」
 竜次もむきになったり、プライドが高かったり。だらしがない部分から、大人かと指摘をすれば怪しい。
   
 久しぶりに、何も気にすることがなく、ゆっくり眠れる。
 貴重な時間に誰しも身を投じた。
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