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【6】思惑
子どものプライド
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姿をあらわした今期の邪神龍に向けて攻撃を仕掛ける。
繭から孵ったのは、まだ不安定な存在だった。沙蘭のときよりも小さい。今なら悪さをする前に仕留めることが可能だろう。
竜次が強烈な一撃をお見舞いした。
「月閃ッ!」
太刀筋が伸びる。綺麗な切り抜けだが、空を斬る感覚だ。手応えがなく、邪神龍の本体を捕らえているのかも怪しい
「効いていない気が……」
邪神龍は黒い瘴気をまとっているが正体が見えない。物理は効かないとでもいうのか。だとしたら手強く、嫌な敵だ。
戦線から離れているというのに、ミティアの顔色が悪い。腕の中の圭馬が心配をする。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「何だか、苦しい……」
ミティアは身を屈ませる。瘴気の影響を受けやすいようだ。
「怖いと思っちゃダメだ! 本当に魔女になっちゃうよ」
圭馬の言葉にミティアは大きく頷き、さらに後退した。
ジェフリーが邪神龍に仕掛けた。振った剣に手応えがあり、引っかかった。斬り口から黒い砂のようなものが噴き出ている。
あの時と同じだ。キッドや竜次では大きく削れない。
対峙している一同は疑問に思った。
「どうして、ジェフだけ……?」
竜次は疑問に思った。だが、これはチャンスと見ていいのかもしれない。竜次はジェフリーの背中を押した。
「ジェフ、前に出なさい」
託すように竜次は後退した。ミティアに駆け寄って距離を取るように促す。
「ミティアさん、もう少し下がりましょう。歩けますよね?」
竜次に手を引かれるも、ミティアの足は覚束無い。
「先生、わたし怖いです……」
戦場となる前まで気丈に振る舞っていたミティアが、今度は怖いと言う。それは、一歩間違えば自分が魔女になり、仲間に襲いかかってしまうかもしれない恐怖だ。
今を失いたくない思いが、恐怖を増幅させている。
ミティアが気落ちしているのを見て、竜次が励ます。
「怖いと思ったら何でも怖いですよね。その恐怖心に負けなかったら、ミティアさんはこれからいくらでも好きなことをして自由に生きられますよ!」
竜次は言ってからウインクをした。ミティアは呆気にとられる。
「自由……?」
いつも空回りの冗談で気が利かない竜次だが、励ます術を学んだようだ。孤児院で子どもと同じ目線に立って、不安を取り除くミティアから。
竜次はミティアの手を引いて更に後退させる。
その様子を見て、圭馬が余計なことを言った。
「おぉ、お兄ちゃん先生、珍しくしっかりしてるね」
しっかりしているようで、しっかりしていない竜次だが、いつまでもそういうわけにはいかない。プライドばかり先立ってミスするのはもうしたくない。と竜次も学んだ。
前衛ではサキが行動に出ていた。
「ジェフリーさん! 沙蘭のときのように、剣に魔法をまとわせてみましょう」
ジェフリーの攻撃だけは、なぜか大きなダメージを与えられる。そう察したサキが提案をした。手には杖を握っていた。その杖を詠唱と共に一振する。
「アシストセイント! ジェフリーさん、思いっきり弱らせてください!」
ジェフリーの大剣に聖属性をまとわせた。サキはそのまま邪神龍のうしろへ回り込んだ。サキは走りながら詠唱している。
壁際のコーディと合流する形になった。
「サキお兄ちゃんどうするつもり?」
「うまくできるかわかりませんが、これ以上瘴気が広がらないように結界を張ります! いっけぇっ……!」
大きく息を吸って、床に白い魔石まで弾いた。
邪神龍を囲むように白い線が広がる。白い床なので、あまり目立たない。
ジェフリーが切り崩しをかけた。このまま倒せてしまうのではないかと、希望さえ見えた。
だが、ジェフリーは振る剣に違和感を覚え、手を止めた。
「何か、変だ……」
切り崩し、削った。ダメージも与えた。だが、むしろ瘴気が増している気がした。
封じられるとわかっているのか、それとも……。
「サキお兄ちゃん、どうしたの!?」
コーディがサキの異変を察知した。サキの様子がおかしい。顔色が悪く、杖を握っている手が震えている。
「魔力が、吸われてる……?」
瘴気による影響である可能性が高い。魔力が失われるとは簡単に言うが、立っている気力や集中力にも影響する。無理を押せば当然だが体に響くものだ。
コーディが叫んだ。
「何か、来るよ!!」
邪神龍から影が広がる。正体のわからない攻撃を警戒した。
ジェフリーがその影に切り崩しを試みるが、まるで蛇のように動きが早い。
「サキお兄ちゃん、ごめんね!」
コーディが引っ張って影を回避した。サキは瘴気の影響を受けて瀕死だ。
「どうしよう、結界が……」
これでは邪神龍の行動を抑え込もうとした意味がまったくない。
影の動きがぴたりと止んだ。その理由は、キッドが動き出していたからだった。
キッドは魔封じの力で邪神龍の動きを封じている。ギリギリと歯を食いしばり、両手をかざしている。全身を震わせていた。
「姉さん、無茶だ!」
サキが再び駆け寄ろうとするが、足元が覚束無い。
「サキお兄ちゃん! そんなんじゃ無理だよ」
コーディがサキの腕を引いた。
仲間の情勢は一気に崩れてしまった。
離れていたミティアが心を痛める。
「わたし、わたしは……見ているしかできないの?」
為す術もなく、何もできない自分をもどかしく感じていた。
同じく、特に何か戦力になるわけでもなく、ましてや攻撃が通じずにいるだけの竜次も、その言葉には胸が痛かった。
ミティアは圭馬を床に放つ。当然何をするのかと慌てている。
「えっ、ミティアお姉ちゃん、何するの?」
ミティアは悲痛な表情で両手を組んだ。祈るように一瞬だけ天を仰ぎ、頭を下げた。
「怖いけど……でも、みんなを助けたい!」
なぜこのような行動を取ったのか、ミティアにも理由はわからない。
奇跡なんて信じていない。神なんて信じていない。神が存在するならば、誰も理不尽な思いなんてしない。
この祈りは何のため? 誰のため? 仲間のためだ。祈ったところで何もならないのはわかっている。だが、ミティア自身は目を瞑ってわからないが、結界よりも魔法よりもずっと暖かい光が広がった。
一つ一つは小さくてすぐに消えてしまいそうな儚い光だが、触れると優しい気持ちを思い起こす。その光は邪神龍を苦しめていた。
圭馬が光に触れながら疑問の声を上げる。
「え、何、この祈り……」
「ウサギさんでもわからないのですか? まさか、禁忌の魔法じゃないですよね?」
「この規模だから禁忌の魔法じゃないだろうけど。お姉ちゃん、クレリックか何か?」
圭馬も竜次も禁忌の魔法に警戒した。だが、ミティアは単純に祈っているだけだ。
圭馬は一つの可能性を口にした。
「まさか、人間として覚醒しちゃったのかな……」
人間として覚醒する。その意味を越えているような祈りだ。ミティアの可能性がまた垣間見えた。禁忌の魔法よりも、得体の知れないものだ。危険を孕んでいないか、その心配はあった。
この場の皆は、この暖かい光に元気を取り戻していた。
攻撃の手を止めていたジェフリーが、怪訝な表情をしていた。
「ミティア……また、何かを失うんじゃ……」
嫌な予感が頭を過る。たとえ禁忌の魔法ではないとしても、何らかの反動があるのではないかと心配してしまう。
「ジェフリーさんっ!」
サキが叫ぶ、それは攻撃の合図だった。
ジェフリーはまたミティアを後回しにしてしまう罪悪感に苦しんだ。剣を握る手に力が入る。
「行きなさい! あんたにしかできないでしょ!?」
キッドも声を張り上げた。この場の皆がジェフリーに攻撃を託す形になった。
ジェフリーは幻獣の屋敷で圭白に教えられたことを思い出した。
誰かを守るため、誰かを救うため、誰かに希望を与えるための剣を振るのが邪神龍を倒す鍵となる。実際にそんな思いを込めるのは難しい。戦場ではさまざまな思いが交差する。ただ、仲間を、兄を助けたかった、ミティアを守りたかった、安心させたかった。その想いがたまたま重なった。
今だってその想いは変わらない。
この邪神龍だって、人の憎しみや悲しみが詰まっている。すべて悪では無い。悪いのは人間だけではない。
前へ、進むために。
ジェフリーが大振りした。サキの魔法による光をまとった剣が、邪神龍の本体を捕らえた。邪神龍の傷口から砂のように黒いものが零れ散る。
ジェフリーだけは、憎しみよりも救いが優先されている。
強ければいい。強者は弱者を統べる。弱かったころに味わった屈辱は、強くなれば満たされる。学校ではそう教えられた。だけど、それがすべてではないとこの旅路で気づかされた。
その思いが一振りの剣となる。
両断した。不思議なほど、綺麗に斬れた。
邪神龍はバラバラになって砂のように崩れ、少しずつ消えて行った。
倒した。討伐した。だが、この物悲しさは何だろうか。
虚しさが押し寄せる。過去の勝手な大人が作った事情で、未来を背負う子どもがこんな思いをしている。どうしてこんな悲しい戦いをしなくてはいけないのか。
誰かが犠牲になっても、そんな幸せは偽りだ。
何もない空間。繭さえ消えていた。
沙蘭の邪神龍より小さかったが、増幅する前に仕留められたのはよかったのかもしれない。
静けさが戻った。勝ったのかもしれない。剣を振った本人、ジェフリーは素直に喜べなかった。
ミティアの祈る力によって、総崩れはせずに済んだ。今度はミティアの身に何が起こるのだろうか。また、記憶を失うのか、嫌な予感を誰もが胸に抱いていた。
一番傍にいた竜次がミティアを支えていた。抱えられながら、彼女は泣いていた。
「わたしはただ、もっとみんなと一緒にいたかっただけなのに。こんな簡単な願いも叶わないなんて理不尽だと思った……」
ミティアは自分が思ったままを言った。ただそれだけなのに、なぜか儚くてこの理不尽を嘆くようだった。
作戦で散っていた皆が合流した。
コーディがジェフリーに質問をした。
「ジェフリーお兄ちゃん……終わったの?」
剣を下ろしたまま、ジェフリーがぽつりと声を落とした。
「コーディ、お前は真実の本を書くんだよな?」
「えっ、うん……自分で見たものを書きたい」
「『これ』も、書くんだろ?」
ジェフリーは剣を振って、鞘に収めた。鞘に金属の音が響く。
「全部書け。大きすぎて、嘘じゃないかって言われるかもしれないが……」
「も、もちろんだよ!!」
力強い返事だった。この場の人だけで済ませていい問題ではない。
もちろん、その行為は世界までも敵に回す。世界が一人に背負わせようとする生贄システムに抗おうと言うのだから。ここまで踏み込んでしまったのだから、引き返すことはできない。
何も知らなかった日常へはもう戻れない。
ジェフリーはミティアを気遣った。
「大丈夫か? 体は何ともないか?」
皆はミティアに注目する。
圭馬がミティアの顔を覗き込んだ。じろじろと観察している。
「禁忌の魔法でも、反動でもないみたいだね。意識もあるし。ちょっと疲れちゃっただけだと思うよ」
それを聞いて安心した竜次が胸を撫で下ろす。
「ミティアさんに何も起きていないようで安心しました」
ミティアは情報と感情の入り乱れで疲れてしまったようだ。特に彼女は瘴気の影響も受けている。
キッドとサキも疲労をうかがわせながら、笑顔を見せた。
「やーっと一区切りね……」
「僕も疲れちゃいました」
久しぶりに和やかな空気だ。
だが、これからもっと動き方を慎重にならないといけない。
まずはここを脱出しようと竜次が提案をした。
「ジェフ、皆さんも、まずここから出ましょう。ここってどこなんでしょう? 皆さんが来ることができたのでしたら、貿易都市からはそう遠くはない場所ですか?」
竜次の推測はそう大きく違っていなかった。サキが詳しく説明をした。
「ここは街道を抜けて、王都フィリップスの近くです。ちょうど地下に位置しています。入り口は海沿いでしたので、辿れば帰れると思います」
「海っ!?」
竜次が大袈裟な反応を見せた。彼は海や川、湖も嫌いだと自称している。外で騒がれるよりはいいのだが、苦手なものへの意識が過剰だ。
外に出ると夜明けだった。波に朝日が反射する。
足音に驚いたローズが海から振り返った。彼女は今回、早々に戦線を離脱していた。
「おかえりなさいデス……」
クディフもケーシスの姿もない。状況はすぐに察せた。
「大人は勝手だな……」
ジェフリーは深いため息をついた。
「ケーシスの説得はできませんでした。そういう人ではないと思ってはいましたけどネ……」
ローズも大人の立場と言っていい。彼女は首を振って俯いた。
映画のワンシーンのような、綺麗な朝日だ。潮風も相まって目に染みる。
これから大きな流れに逆らう決意を胸に、気持ちを引き締めるような思いだった。
繭から孵ったのは、まだ不安定な存在だった。沙蘭のときよりも小さい。今なら悪さをする前に仕留めることが可能だろう。
竜次が強烈な一撃をお見舞いした。
「月閃ッ!」
太刀筋が伸びる。綺麗な切り抜けだが、空を斬る感覚だ。手応えがなく、邪神龍の本体を捕らえているのかも怪しい
「効いていない気が……」
邪神龍は黒い瘴気をまとっているが正体が見えない。物理は効かないとでもいうのか。だとしたら手強く、嫌な敵だ。
戦線から離れているというのに、ミティアの顔色が悪い。腕の中の圭馬が心配をする。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「何だか、苦しい……」
ミティアは身を屈ませる。瘴気の影響を受けやすいようだ。
「怖いと思っちゃダメだ! 本当に魔女になっちゃうよ」
圭馬の言葉にミティアは大きく頷き、さらに後退した。
ジェフリーが邪神龍に仕掛けた。振った剣に手応えがあり、引っかかった。斬り口から黒い砂のようなものが噴き出ている。
あの時と同じだ。キッドや竜次では大きく削れない。
対峙している一同は疑問に思った。
「どうして、ジェフだけ……?」
竜次は疑問に思った。だが、これはチャンスと見ていいのかもしれない。竜次はジェフリーの背中を押した。
「ジェフ、前に出なさい」
託すように竜次は後退した。ミティアに駆け寄って距離を取るように促す。
「ミティアさん、もう少し下がりましょう。歩けますよね?」
竜次に手を引かれるも、ミティアの足は覚束無い。
「先生、わたし怖いです……」
戦場となる前まで気丈に振る舞っていたミティアが、今度は怖いと言う。それは、一歩間違えば自分が魔女になり、仲間に襲いかかってしまうかもしれない恐怖だ。
今を失いたくない思いが、恐怖を増幅させている。
ミティアが気落ちしているのを見て、竜次が励ます。
「怖いと思ったら何でも怖いですよね。その恐怖心に負けなかったら、ミティアさんはこれからいくらでも好きなことをして自由に生きられますよ!」
竜次は言ってからウインクをした。ミティアは呆気にとられる。
「自由……?」
いつも空回りの冗談で気が利かない竜次だが、励ます術を学んだようだ。孤児院で子どもと同じ目線に立って、不安を取り除くミティアから。
竜次はミティアの手を引いて更に後退させる。
その様子を見て、圭馬が余計なことを言った。
「おぉ、お兄ちゃん先生、珍しくしっかりしてるね」
しっかりしているようで、しっかりしていない竜次だが、いつまでもそういうわけにはいかない。プライドばかり先立ってミスするのはもうしたくない。と竜次も学んだ。
前衛ではサキが行動に出ていた。
「ジェフリーさん! 沙蘭のときのように、剣に魔法をまとわせてみましょう」
ジェフリーの攻撃だけは、なぜか大きなダメージを与えられる。そう察したサキが提案をした。手には杖を握っていた。その杖を詠唱と共に一振する。
「アシストセイント! ジェフリーさん、思いっきり弱らせてください!」
ジェフリーの大剣に聖属性をまとわせた。サキはそのまま邪神龍のうしろへ回り込んだ。サキは走りながら詠唱している。
壁際のコーディと合流する形になった。
「サキお兄ちゃんどうするつもり?」
「うまくできるかわかりませんが、これ以上瘴気が広がらないように結界を張ります! いっけぇっ……!」
大きく息を吸って、床に白い魔石まで弾いた。
邪神龍を囲むように白い線が広がる。白い床なので、あまり目立たない。
ジェフリーが切り崩しをかけた。このまま倒せてしまうのではないかと、希望さえ見えた。
だが、ジェフリーは振る剣に違和感を覚え、手を止めた。
「何か、変だ……」
切り崩し、削った。ダメージも与えた。だが、むしろ瘴気が増している気がした。
封じられるとわかっているのか、それとも……。
「サキお兄ちゃん、どうしたの!?」
コーディがサキの異変を察知した。サキの様子がおかしい。顔色が悪く、杖を握っている手が震えている。
「魔力が、吸われてる……?」
瘴気による影響である可能性が高い。魔力が失われるとは簡単に言うが、立っている気力や集中力にも影響する。無理を押せば当然だが体に響くものだ。
コーディが叫んだ。
「何か、来るよ!!」
邪神龍から影が広がる。正体のわからない攻撃を警戒した。
ジェフリーがその影に切り崩しを試みるが、まるで蛇のように動きが早い。
「サキお兄ちゃん、ごめんね!」
コーディが引っ張って影を回避した。サキは瘴気の影響を受けて瀕死だ。
「どうしよう、結界が……」
これでは邪神龍の行動を抑え込もうとした意味がまったくない。
影の動きがぴたりと止んだ。その理由は、キッドが動き出していたからだった。
キッドは魔封じの力で邪神龍の動きを封じている。ギリギリと歯を食いしばり、両手をかざしている。全身を震わせていた。
「姉さん、無茶だ!」
サキが再び駆け寄ろうとするが、足元が覚束無い。
「サキお兄ちゃん! そんなんじゃ無理だよ」
コーディがサキの腕を引いた。
仲間の情勢は一気に崩れてしまった。
離れていたミティアが心を痛める。
「わたし、わたしは……見ているしかできないの?」
為す術もなく、何もできない自分をもどかしく感じていた。
同じく、特に何か戦力になるわけでもなく、ましてや攻撃が通じずにいるだけの竜次も、その言葉には胸が痛かった。
ミティアは圭馬を床に放つ。当然何をするのかと慌てている。
「えっ、ミティアお姉ちゃん、何するの?」
ミティアは悲痛な表情で両手を組んだ。祈るように一瞬だけ天を仰ぎ、頭を下げた。
「怖いけど……でも、みんなを助けたい!」
なぜこのような行動を取ったのか、ミティアにも理由はわからない。
奇跡なんて信じていない。神なんて信じていない。神が存在するならば、誰も理不尽な思いなんてしない。
この祈りは何のため? 誰のため? 仲間のためだ。祈ったところで何もならないのはわかっている。だが、ミティア自身は目を瞑ってわからないが、結界よりも魔法よりもずっと暖かい光が広がった。
一つ一つは小さくてすぐに消えてしまいそうな儚い光だが、触れると優しい気持ちを思い起こす。その光は邪神龍を苦しめていた。
圭馬が光に触れながら疑問の声を上げる。
「え、何、この祈り……」
「ウサギさんでもわからないのですか? まさか、禁忌の魔法じゃないですよね?」
「この規模だから禁忌の魔法じゃないだろうけど。お姉ちゃん、クレリックか何か?」
圭馬も竜次も禁忌の魔法に警戒した。だが、ミティアは単純に祈っているだけだ。
圭馬は一つの可能性を口にした。
「まさか、人間として覚醒しちゃったのかな……」
人間として覚醒する。その意味を越えているような祈りだ。ミティアの可能性がまた垣間見えた。禁忌の魔法よりも、得体の知れないものだ。危険を孕んでいないか、その心配はあった。
この場の皆は、この暖かい光に元気を取り戻していた。
攻撃の手を止めていたジェフリーが、怪訝な表情をしていた。
「ミティア……また、何かを失うんじゃ……」
嫌な予感が頭を過る。たとえ禁忌の魔法ではないとしても、何らかの反動があるのではないかと心配してしまう。
「ジェフリーさんっ!」
サキが叫ぶ、それは攻撃の合図だった。
ジェフリーはまたミティアを後回しにしてしまう罪悪感に苦しんだ。剣を握る手に力が入る。
「行きなさい! あんたにしかできないでしょ!?」
キッドも声を張り上げた。この場の皆がジェフリーに攻撃を託す形になった。
ジェフリーは幻獣の屋敷で圭白に教えられたことを思い出した。
誰かを守るため、誰かを救うため、誰かに希望を与えるための剣を振るのが邪神龍を倒す鍵となる。実際にそんな思いを込めるのは難しい。戦場ではさまざまな思いが交差する。ただ、仲間を、兄を助けたかった、ミティアを守りたかった、安心させたかった。その想いがたまたま重なった。
今だってその想いは変わらない。
この邪神龍だって、人の憎しみや悲しみが詰まっている。すべて悪では無い。悪いのは人間だけではない。
前へ、進むために。
ジェフリーが大振りした。サキの魔法による光をまとった剣が、邪神龍の本体を捕らえた。邪神龍の傷口から砂のように黒いものが零れ散る。
ジェフリーだけは、憎しみよりも救いが優先されている。
強ければいい。強者は弱者を統べる。弱かったころに味わった屈辱は、強くなれば満たされる。学校ではそう教えられた。だけど、それがすべてではないとこの旅路で気づかされた。
その思いが一振りの剣となる。
両断した。不思議なほど、綺麗に斬れた。
邪神龍はバラバラになって砂のように崩れ、少しずつ消えて行った。
倒した。討伐した。だが、この物悲しさは何だろうか。
虚しさが押し寄せる。過去の勝手な大人が作った事情で、未来を背負う子どもがこんな思いをしている。どうしてこんな悲しい戦いをしなくてはいけないのか。
誰かが犠牲になっても、そんな幸せは偽りだ。
何もない空間。繭さえ消えていた。
沙蘭の邪神龍より小さかったが、増幅する前に仕留められたのはよかったのかもしれない。
静けさが戻った。勝ったのかもしれない。剣を振った本人、ジェフリーは素直に喜べなかった。
ミティアの祈る力によって、総崩れはせずに済んだ。今度はミティアの身に何が起こるのだろうか。また、記憶を失うのか、嫌な予感を誰もが胸に抱いていた。
一番傍にいた竜次がミティアを支えていた。抱えられながら、彼女は泣いていた。
「わたしはただ、もっとみんなと一緒にいたかっただけなのに。こんな簡単な願いも叶わないなんて理不尽だと思った……」
ミティアは自分が思ったままを言った。ただそれだけなのに、なぜか儚くてこの理不尽を嘆くようだった。
作戦で散っていた皆が合流した。
コーディがジェフリーに質問をした。
「ジェフリーお兄ちゃん……終わったの?」
剣を下ろしたまま、ジェフリーがぽつりと声を落とした。
「コーディ、お前は真実の本を書くんだよな?」
「えっ、うん……自分で見たものを書きたい」
「『これ』も、書くんだろ?」
ジェフリーは剣を振って、鞘に収めた。鞘に金属の音が響く。
「全部書け。大きすぎて、嘘じゃないかって言われるかもしれないが……」
「も、もちろんだよ!!」
力強い返事だった。この場の人だけで済ませていい問題ではない。
もちろん、その行為は世界までも敵に回す。世界が一人に背負わせようとする生贄システムに抗おうと言うのだから。ここまで踏み込んでしまったのだから、引き返すことはできない。
何も知らなかった日常へはもう戻れない。
ジェフリーはミティアを気遣った。
「大丈夫か? 体は何ともないか?」
皆はミティアに注目する。
圭馬がミティアの顔を覗き込んだ。じろじろと観察している。
「禁忌の魔法でも、反動でもないみたいだね。意識もあるし。ちょっと疲れちゃっただけだと思うよ」
それを聞いて安心した竜次が胸を撫で下ろす。
「ミティアさんに何も起きていないようで安心しました」
ミティアは情報と感情の入り乱れで疲れてしまったようだ。特に彼女は瘴気の影響も受けている。
キッドとサキも疲労をうかがわせながら、笑顔を見せた。
「やーっと一区切りね……」
「僕も疲れちゃいました」
久しぶりに和やかな空気だ。
だが、これからもっと動き方を慎重にならないといけない。
まずはここを脱出しようと竜次が提案をした。
「ジェフ、皆さんも、まずここから出ましょう。ここってどこなんでしょう? 皆さんが来ることができたのでしたら、貿易都市からはそう遠くはない場所ですか?」
竜次の推測はそう大きく違っていなかった。サキが詳しく説明をした。
「ここは街道を抜けて、王都フィリップスの近くです。ちょうど地下に位置しています。入り口は海沿いでしたので、辿れば帰れると思います」
「海っ!?」
竜次が大袈裟な反応を見せた。彼は海や川、湖も嫌いだと自称している。外で騒がれるよりはいいのだが、苦手なものへの意識が過剰だ。
外に出ると夜明けだった。波に朝日が反射する。
足音に驚いたローズが海から振り返った。彼女は今回、早々に戦線を離脱していた。
「おかえりなさいデス……」
クディフもケーシスの姿もない。状況はすぐに察せた。
「大人は勝手だな……」
ジェフリーは深いため息をついた。
「ケーシスの説得はできませんでした。そういう人ではないと思ってはいましたけどネ……」
ローズも大人の立場と言っていい。彼女は首を振って俯いた。
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彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
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わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
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