トレジャーキッズ

著:剣 恵真/絵・編集:猫宮 りぃ

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【6】思惑

嘘つき探し

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 ここは種の研究所。場所は王都フィリップスのちょうど地下に位置する。
 一行のうち、竜次とジェフリーが欠けた状態で挑むことになった。理由はわからないが、この二人はさらわれてしまったものだと見ている。関与しているのが、二人の父親であるケーシスではないかと疑惑が浮上する。
 そんなときに目を引いたのが、種の研究所へ同行を願う機密依頼だった。

 白い床、白い壁、天井、時折現れる白い空間、阻むものはなかった。ここが悪い場所だとしたら、刺客を差し向けて来るだろう。
 方向感覚が狂いそうだ。
 男手はサキ一人。彼は不在の兄弟ほど皆を引っ張れる力はないが、根性だけは誰よりも逞しい。物探しの魔法で方向のヒントを得るものの、中は迷路のようだ。
 場所が場所なだけに、どうしても口数が少なくなる。
「なんか埃っぽいし、方向感覚が狂うし、気が滅入っちゃうね。お姉ちゃん?」
 うしろを警戒するコーディが、ミティアの異変を察知した。顔色が悪い。
「ミティアお姉ちゃん?」
「う、うん……」
 ミティアは寒さを感じるように腕を抱え、身を縮めながら歩いている。気分が悪そうだ。きゅっと唇を噛み締め、憐れむ様に息をついて首を振った。
 圭馬がローズの手を離れ、わざとミティアに抱っこをせがんだ。
 ミティアは圭馬を拾い上げた。彼は体毛のせいか、温かい。そして、小動物を抱くとなぜか安心する。気を遣ってくれたのだと感謝した。
「ありがとう、圭馬さん」
「こんな場所、気が狂って当たり前だと思うね。一面真っ白で病院かよってカンジぃ?」
「ふふふ……」
「微かだけど、瘴気を感じるよ。気をしっかり持ってね」
 男手とまでは期待していなかったが、圭馬は空気を乱した。もちろんこれは、いい乱し方だ。緊張した空気が和らいだ。
 そもそも圭馬は人間の観点ではない。その意見はいつも第三の立場から言う。誰もが見落とす、盲点を突く場合もある。
「ボクはずーっと思っているんだけど、思惑を持った人はどうしてストレートにお姉ちゃんをさらわないのかね?」
 一同は足を止めた。先頭を行くサキが小さく唸る。
「そういえば……」
 さらわれる手前はあった。シフの襲撃だ。彼は明らかに誰かの手下だった。クディフは目的が違っていた。悪の親玉が直接手を出して来たことはこれまでにない。
 ローズも悩ましげに眉を吊り上げた。
「今までガードが固かったからデス?」
 ローズの手元の圭白が話に加わった。
「本当は誰も、ミティア様をさらう理由がないのでは?」
「白兄ちゃん、それじゃ物語成立しないじゃん」
「うーん、ここが聖域、もしくは主から魔力をいただけたら、誰が何を思っているのかもわかるのですけれど……」
 圭馬が指摘を入れる。圭白は読心術が使えるが、今は封じられている。その能力は怖い。そんな能力をむやみやたらと使われたら、それこそ物語が成立しないだろう。
 足を止めて休憩も兼ねて話をしたが、場所が悪い。
 いったんは落ち着いたが、キッドの機嫌が悪くなった。
「さっさと進むわよ。こんな場所、長居するもんじゃないわよね……」
「あぁ、お姉ちゃん、一人で進んじゃ危ないよぉ!」
 キッドが前進したのをコーディが引っついて行く。
 そのうしろを、ため息をつきながらローズが続いた。
「はぁ……嫌なこと思い出しそうな場所デス……」
 ローズは昔、施設関係者だった。嫌な思い出もあるだろう。ローズの背を見ながら、ミティアも進もうとする。だが、サキが呼び止めた。
 目の届く範囲で内緒話だ。
 サキはミティアにこそこそと耳打ちする。ものの二言、三言なのだが、言い終えるとミティアの表情が明るくなった。
「えー、なーにぃ、今の?」
 圭馬が、不満を爆発させている。おかまいなしにサキはミティアの手を引いた。サキは悪巧みをするような笑みを浮かべる。
 ミティアは動揺というよりは、不意を突かれたような表情だ。もちろん、変なことを言われたわけではない。
 これはサキなりに考えがあっての行動だ。ミティアの心が動いた。
「会ったら思いっきり言ってあげてください!」
 サキは何か言わせたいようだ。不思議とミティアは小走りになった。賢いサキの目論見だ。これがいい方に転ぶとミティアは期待していた。

 しばらく進むと、開けた空間に出た。今まさに死闘でも始まりそうな展開がされている。
 金髪の男性を挟んで向こうにジェフリーと竜次、怪我を負ったアイラの姿もある。それぞれの思いが交差した。
「さて、来たか……」
 金髪の男性はゆっくりと振り返る。まず視線が合ったのはローズだった。
「ケーシス……あなた、なの?」
 ローズが金髪の男性に向かって声をかけた。
「ラシューブライン博士、よくもまぁ来れたモンだ」
 金髪の男性、ケーシスはにやりと笑う。この二入りの間ではただならぬ因縁があるようだ。
 血に染まったストールに身を包むアイラを見て、サキが身を乗り出した。
「お師匠様!!」
「待ちなさい、今はそんな場合じゃなさそうよ!!」
 キッドが腕を強く引き、サキを静止させた。
「お師匠様、あんなにひどい怪我をしているのに……」
 サキは悔しそうだ。拳を握り、震わせている。
「先生、ジェフリー……」
 ミティアも対面した二人に声を上げた。向こうも気がついているが、心苦しさが表情から読み取れる。

「ジェフ、ここは抑えないと……」
 竜次が小声でジェフリーに言う。
 二人はケーシスから『答え』を聞いてしまった。黙っているのがもどかしいが堪えないといけない。告げるのはケーシスの役目なのだから。
 二人の背後から足音がした。
 振り返ると、足と両腕に深手を負っているクディフの姿があった。引きつった顔で部屋全体を見渡している。
「お前は黒マントの剣士……」
 ジェフリーの声に動じる様子はない。
 アイラと同じだ、深手を負っている。クディフは宿敵ともいえるアイラを見ても、手を出そうとはしない。ケーシスはここで争わないように、わざと手当てを施さなかったのだろう。
「茶番だな……」
 クディフがケーシスを睨みつけた。
 深手を負っている限り、クディフはこちらには手を出して来ないだろう。彼も、このままではそう長く持たない。
 アイラと同じく連れて来られたと、考えが行き着いた。
 これから何が始まるというのか。
 これではまるで、ケーシスがわざと人を集めたように捉えられる。

 ケーシスは前髪を搔き上げた。
「俺は世間的には良く思われていないらしいな。それはどうしてだと思う?」
 先に答えを知っている兄弟は黙っていた。クディフが言うように、これは茶番だ。
「誰が広めたんだろうな、ラシューブライン博士?」
「おおよそはワタシ……でも、世界はあなたを悪い人と見るでしょうね」
「じゃあ、どうして世界は悪くない? 賛成した各国の責任者はなぜ悪くないんだろうな。不思議なものだ」
 ケーシスの言い方は演説のようだ。ローズはこのパフォーマンスを不思議に思い、考え込んだ。
「世界を統べる者がいるから……とか?」
 会話に入るようで申し訳なさそうだったが、コーディが二人の顔色をうかがいながら意見を言った。
「そうだ。もっと上、『神』がいるから」
 ケーシスが鼻で笑いながら天井を指さした。冗談かと思える言動だ。
 天井には瘴気を纏った繭がある。だが、その指は例えであって、この繭の中に神が存在するわけではなさそうだ。 
「天空都市と言ったか、そこに人間を見下してる奴がいるらしいな」
 現実離れした話だ。
 ケーシスはこの場の皆に『何か』を知らせたいアプローチをかけている。
 ローズやコーディは心当たりがある話だ。ギルドに出入りしていれば、天空都市の話は耳に入る。
 では、ケーシスは何を訴えたいのか。
「こんな生贄システムも、邪神龍も、すべてが茶番ってことだ。その神をぶっ潰さない限り、人間は縛られ続けて生贄を作り続けないといけない」
 ケーシスは呆れた息をつきながら、クディフに視線をおくった。
「そいつだけは若干、目的が違うけどな」
 確かにクディフだけは、ミティアに禁忌の魔法を使わせるという明白な目的がある。彼女の中の半分を反転させたいという、半ば不安定なものだ。
 ケーシスはクディフに言う。
「現実を受け入れてもらわないと、人手が足りねぇだろうからなぁ……」
「俺は自分の目的を曲げるつもりはない」
「曲げなくてかまわない。ただ、生贄にさせない目的だけは一致している。だから俺はお前を生かす。俺は……な?」
 ケーシスはあえてクディフを生かすと言った。アイラには生きていようがどちらでもいいような言いぶりだったのに、ずいぶんと対応が違う。兄弟は不満に思いながら反応を待った。
 邪神龍を倒す目的も、守り怯えることも、今はすべてが小さい。そこに生きている人間にとっては大きな問題かもしれないが。
 ケーシスの言葉を聞き、ミティアは両腕を抱えて視線を泳がせた。
「じ、じゃあ、わたしは……」
「お前さんは最後の生贄になるか、その任を逃れられるかもしれない」
 ケーシスは解決策を口にした。
「ここでこいつをぶちのめせば、いったんは自由の身だ。俺はコイツを突き止めるのに苦労したがな」
 まるで見せびらかすように、ケーシスは天井の繭を指さした。
 今までは、積み重ねてきたことは何だったのだろう。こんな争い自体、規模が小さい。もっと上が、神がいるとは誰が想像しただろうか。
 ケーシスの言葉だけでは現実味に欠ける。ましてや、一行にとってはほとんどが初対面だ。彼の言葉をそう簡単に信じられないだろう。
 竜次が言葉を直し、皆を説得する。
「お父様は、不毛な争いをしている場合じゃないと言いたいのだと思います。どうやら、私たちの知らない『裏の情勢』があるようです。お父様はそれを探っていた。ですが、私たちはお父様が黒幕だと思っていた。それは違っていた……」
 情報が錯綜する。特に、ケーシスが悪人面であることが余計に混乱を引き起こす。

 竜次はケーシスの言葉を理解した上で、クディフに向き直った。
「お父様はあなたを生かすと言っていましたが、私はあなたがしたことを許せません」
「貴殿がその判断なら殺すがいい。この深手だ。抵抗はせん……」
 クディフは深手を負っている。今なら、容易く決着がつくだろう。父親であるケーシスは生かすと言っていたが、竜次は個人的に殺意を持っていた。それは、クディフが竜次に対して『だけ』敵意を向けていた跳ね返りでもある。それ以上に、ミティアを傷つけたことが許せなかった。
 竜次は小太刀の柄に手を掛けた。
「先生、待って!!」
 ミティアが駆け寄る。竜次を止めようと割って入った。
「ミティアさん、誰を庇っているのですか。この人はあなたを……」
「知っています! だけど、みんなを傷つけていない。だから、わたしからお願いです。どうかこの人を殺さないで……」
 ミティアは竜次の手を引いている。それだけ強い意志で反発していた。
「この人のしたことは許せないと思う。だけど、わたしに選択肢をくれなかったら、みんなと一緒に歩んで来ることはできなかった。まだ、わたしはこの人を知らない。わたし自身の禁忌の魔法だってもっと知りたいです! だから、この人の言う半分のわたしを、探せる方法を考えたい!」
「ミティアさん……」
 彼女の慈悲深さには本当に驚く。ただ優しいだけではなく、どこか気高く、誰よりも力強い。一番つらい境遇だというのに。
「先生、わがままなのはわかっています。お願い……」
 ミティアのわがままだ。だが、これには知る目的も含まれている。
 竜次はクディフを生かすのは危険だと思っていた。だが、その考えに気付いたのか、クディフは竜次と視線を合わせる。
「勝負……預ける、だったか」
「そう、ですね……」
 竜次が自分で言った約束だ。こればかりは沙蘭の剣士として忠実にあろうとした。不意打ちなどしない。お互いが戦う理由を納得して戦うのが対人の筋だ。竜次は渋りながらも納得し、踵を返した。

 クディフを助けるのは正直ジェフリーも気が進まなかった。だが、やり取りを見てしまった。ミティアがそうしたいのならその意志を尊重しようと思っていた。
 ジェフリーはミティアと目が合った。あまりにも真っすぐなミティアの視線に、ジェフリーは記憶が戻ったのだと察した。
「……言いわけはしない。すまなかった」
「わたし、嘘つきなあなたが大っ嫌いっ!!」
 あまりに真っすぐな視線で言われ、ジェフリーは奥歯を噛み軋ませた。今、目の前に立っているミティアは、出会った当初のか弱い女の子ではない。
 ジェフリーは大きく息を吐いた。
「こういう気持ちになるのか。わかった」
 ミティアがしたことは、サキの入れ知恵だ。はっきり言ったらどうかと、先ほど耳打ちで提案された。
 ジェフリーは自分から遠ざけようとミティアへ嘘を言った。それに対し、ミティアからの送れた反撃だ。同じ気持ちになった。彼女の方が上手だ。迷いがなく、受け止めて心が痛い。
 だが、ジェフリーは憎めなかった。ミティアが好きだから、気持ちを理解したかった。今は私情に流されている場合ではないと切り替える。
「ミティアはサキとおばさんを見ていてくれ。ちょっと、親父に話しがある」
「あっ、うん……?」
 ジェフリーは仲間との再会をよろこぶことはなく、父親から受け止めた情報で頭がいっぱいだった。

 サキは泣きながらアイラに駆け寄った。
「お師匠様!  気休めにしかなりませんが……」
   微々たるものだが、回復の魔法を放つ。黙って話を聞いていたアイラが口を開いた。
「……あんたを巻き込みたくなかった」
「お師匠様、意地にならないで」
   決別してすぐに再会。偶然か、必然か、または運命なのか。切っても切れない縁だ。
   そろそろ諦めた方がいいかもしれないほど、アイラに遭遇している。
   金を稼ぐ。その目的の裏で本当に危険なことに首を突っ込んでいたのは、アイラの方だった。邪神龍を倒すという目的は金を稼ぐことで隠されていた。優先度はお金だったのかもしれないが、自分なりにケリをつけるつもりだったのかもしれない。果たせなかった目的を達成し、家を構え、サキと平和に暮らしたい。ただそれだけだったのかもしれない。
   
   ケーシスはキッドをじっと見ていた。
   警戒したコーディもケーシスを見上げている。
「こういう気の強いのが一人いた方がいいんだろうな。道を誤っても注意をしてくれる。呼び止めてくれる。さぞ救われた奴がいるだろうな」
 キッドは怪訝な顔をしながら、ケーシスを警戒している。彼女にとってケーシスは、親友を生贄に仕立てた悪者だ。それ以外の意味が込められているかもしれないが、今は何も言わない。
 ケーシスはコーディにも目を向けた。
「そっちの礼儀のなってないチビはドラグニーか。混血だろうが、案外天空都市に行くヒントかもしれないぞ」
「えっ? 何のこと……?」
 意味深だったが、どう捉えていいのかわからず、コーディも警戒を解かない。

「親父……」
 ジェフリーだ。空気が悪いのに、さらに悪化した。
「これからどうするんだ。俺たちにこれから何をしろって言うんだ」
 ケーシスは振り返らない。
 言うだけ言って、自分は本当の敵ではないと主張し、これからどうしようというのか。
 諸悪の根源かとも思っていた。だが、違った。
「そいつは言わずともわかってるんじゃねぇのか? お前たちは自分で選んだ道を信じて歩いてきた。それがどんなにこれまでの『平和』を捻じ曲げようと、な。俺もやったことには変わりない。なんならここで本当にやり合うか? 俺を殺しても何も変わらないが、せめてぶん殴りたいだろう?」
 ケーシスはジェフリーと睨み合うように目を合わせる。
「一つ言っておくが、ここは実験動物しか残っていない旧施設だ。本元はほかにある。そもそも、俺はここの所長でも何でもない。逸脱したことはした。その事実は変わらないし、正すつもりはない。俺の名前を泳がせておく方が、真の黒幕には都合がいいだろう。現行の種の研究所はもっとひどい研究をしているからな」
 ケーシスはここで大きなヒントを落とした。ほかに目論見を持った者がいる。そのヒントの先は答えてはくれないだろう。ジェフリーはその考えを持ったまま、ケーシスに最後の質問をした。
「どうして俺たちに手荒なことをした?」
「こうでもしないと話を聞かねぇだろ。乗り込んで、総攻撃で俺がボスキャラだと勘違いされてフルボッコで終わるじゃねぇか。何も知らないで、また生贄システムに踊らされて、考えることを止めた人間がどんどんアホになる」
「じゃあ、あのガラの悪い刺客は誰だったんだ!?」
 ケーシスは眉を吊り上げた。
「はぁ?」
 この反応にはキッドも反発した。
「下品な笑い方する男の話よ。頭にターバンみたいなもの巻いた変な魔法使いは、おじさんが仕向けたわけじゃ……」
 名前はシフと言ったか。ジェフリーの行動が制限され、キッドがほとんど一人で戦った少ない対人だ。よく覚えている。
「誰だぁ、そいつ?」
 ケーシスは唖然とした様子で口を開けている。
 ジェフリーは思い出しながらケーシスに訴えた。
「そいつ、俺と兄貴を殺してミティアをさらう目的を……」
 ジェフリーは嫌な予感がし、当事者だったキッドと目を合わせた。
「殺したいなら今こんなこと、やっていないわね?」
「あいつはまた別か……」
 誰が敵なのか、中立なのか、だいたいの人の動きを再認識した。
 当然のようにケーシスは笑い飛ばす。
「理由もなく実の息子を殺す親がいるか? どうせ沙蘭を襲わせたのも俺だと思っているんだろうな」
 諦めるように吐き捨てた。汚名まで被せられて、ケーシスはなぜ平気なのだろうか。
「なってないガキに躾はする。だが、命を奪うまではしない」
 ジェフリーは黙ったまま考え込んでいた。どこまで信じていいのだろうか。自分の父親なのだから信じたい気持ちはあった。
「その方は、嘘を申していません」
 声の主はサキの足元にいた圭白だ。おそらく、読心術を使っている。アイラの魔力をもらって心を透視している。大体の想像はついていたが、やはり圭白の主はアイラだった。圭白の恐ろしさはジェフリーも知っている。だが今、最も信頼できる情報だ。
「この場所、邪神龍はケーシス様が突き止めたもので正解のようです。フィリップスの地下でこの事実をそれなりのギルド関係者に見せ、もっとギルドの手を入れて調査をさせる。そうすることによって、現行の種の研究所の支配者、つまりは『神』を演じている者を裏の世界からあぶり出し、情勢を変える。魔封じの彼女と浄化を行える彼を呼び寄せるため。そして、自分の息子に邪神龍を倒してもらいたいから」
 ケーシスは舌打ちをし、表情を歪ませる。読心術とは厄介だ。圭白の読心術があると、物語の全貌が一気に理解できる。だが、同時に今知りたくないことも知ってしまう。
 得る情報が多すぎる危険な術だ。
「あ、私、ただのウサギさんなのでそんなに気持ち悪く思わないでください」
「白ちゃん、ほどほどにしてくれないかい?」
「そうですね、アイシャ様……」
 圭白はひとしきり思惑を汲み取り、満足したようだ。アイラに寄り添った。
「主が無事で本当によかった。ここまでありがとうございました」
 圭白はアイラが契約者だと暴露し、一礼した。引きずるような足取りで、アイラの人情カバンの中に潜り込んだ。
 魔力の消費をされ、アイラは呆れるように息をついた。圭白の読心術により、ケーシスの言っていることは偽りがないと判明した。だが、心身ともに消耗が激しい。
「あたしが見て来たものなんて、世界全体に比べたらちっぽけなものだったんだね」
 アイラはよろめきながら自力で立った。
 すかさずミティアとサキが止めに入る。
「あ、あの、まだ立っちゃ……」
「お師匠様、無茶です」
 アイラは二人の手を振り払った。もう次の手を考えている。
「あたしゃ金稼ぎだ。金にならない茶番からは身を引かせてもらうよ」
 この場にいてもただの迷惑だと、アイラは自身で判断したようだ。
 左肩を気遣いながら、右手でカバンの中の圭白から緑の魔石を受け取る。
「竜ちゃん、ありがとね……」
「ちゃんと手当てを……」
「わかったから」
 アイラが竜次の忠告を遮りながら大股で退き、足元に魔石を弾いた。
「お師匠様?」
 アイラはサキと目を合わせるが、何も言わなかった。
 足元にサークルが展開され、音もなく、アイラの姿が消えた。
「えっ……?」
 匂わせはあったが、挨拶もなくいきなりの別れに一同は驚いた。中でも一番驚いたのは圭馬だった。
「風の超上級魔法、テレポートじゃん……そんな魔法を使う余力、あのお師匠さんは残してたんだね」
 圭馬は呆れるように言う。アイラは圭白に魔力を使うなと苦言を申したのかと、ここで理由がつながった。
 別れてしまった。消えてしまった。去ってしまった。サキはショックを受けていた。
「サキ、今は立たなきゃ……」
 ミティアに励まされるも、挫けてしまいそうだ。何もかもが突然すぎる。座り込んでしまいそうだった。
「サキ!!」
 サキまで落ち込まないでもらいたい。ミティアは力強く訴えた。
「……すみません」
 気を持ち直し、サキは頷いた。
 
『キシッ……キシキシ……』
 この空間に不釣り合いな音が響いた。
「あぁ……嫌だなぁ……」
 竜次が上を見上げた。そう言えばこの繭、中は今期の邪神龍などとケーシスが言っていた。嫌な音だ、本当に卵でも孵るかのような軋む音。
「うし、そろそろ俺もずらかるか……」
 ケーシスは疾走し、キッドとコーディの横を抜けた。
 ジェフリーもこの行動には驚いた。
「はぁっ!? 親父?」
 ケーシスは茶番を展開して、この場を放棄するつもりだ。逃走とも取れる。
「俺が手を汚すまでもねぇ!! 言っておくが、そいつは倒さないとまた街が滅ぶぞ」
 ケーシスは不敵な笑みで振り返った。
「どうせ鰭もつきまくった噂をばら撒かれて、悪名高い野郎なんだ。もう少し悪党になって裏を探ってみるのも悪くない」
「親父は一緒に戦ってくれないのか……?」
「あー……なんつったか、『勇者』に悪党が混ざるなんざ、ねぇな」
 一行がギルドでどう呼ばれているのか、ケーシスは知っていた。
 ジェフリーが説得をするが、そんな気質の人ではない想像はついた。
「生きていたらまた会うかもな。それまで大人は黙って子どもの支えになるものだ……」
 ケーシスはさよならを言わずに走り抜けて行った。その足は速く、盗賊か忍者のようにも思える。
 追いかけようとするジェフリーに対し、キッドがここぞとばかりに腕を振り上げた。
「こんの、クソ野郎!!」
 見事なまでのラリアットだ。豪快に張り倒されていた。
「目の前を見て!! 今、仲間を見捨てんじゃないわよ。自分勝手!!」
 今まで散々振り回され、溜まりに溜まった鬱憤だ。
「……ってぇ」
 勢いで踏み潰しそうな迫力だ。
「さっさと立ってみんなに指示を出して!」
 手厳しいが、これもキッドらしい。
 キッドの厳しさに、なぜかサキが反応をする。
「姉さんらしい……」
「お姉さん……?」
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「あとで聞かせてくださいね」
 竜次は小さく笑って柄に手を添えた。たとえそこに愛はないとしても、ミティアを守るためにこの剣は奮う。

 繭が震えている。今まさに孵ろうとしていた。亀裂からは瘴気があふれていた。
 ジェフリーが皆に向かって叫んだ。
「全員で、生きてここから帰るぞッ!!」
 皆はジェフリーの言葉で武器を抜いた。臨戦態勢だ。
 ジェフリーはミティアをうしろに追いやった。
「ミティアは下がってろ!」
「でもっ……」
 ミティアは皆と一緒に戦おうとしていた。ジェフリーが退けようとするには理由がある。それを圭馬が代弁した。
「キミが戦うのは、とってもハイリスクだよ、世界の生贄でしょ? この場を離れることをおすすめするよ」
 圭馬はわざとミティアの胸に飛び込んだ。ミティアは絶対に圭馬を抱える形になった。
「『アレ』が生まれて理性を持ったら、キミに襲いかかるだろうね。そうなってから、キミは動けばいいんだ。今は黙って守られて」
 ミティアは渋りながら後退した。もどかしいけど、生贄になりたくない。魔女になりたくない。それだけは絶対に嫌だ。仲間の足を引っ張るのだけは避けたい。
 俯いているミティアに竜次が声をかけた。
「心配しなくても、私がお守りします。帰ったら、今度はおいしいサンドイッチを食べたいですね!」
 貿易都市ノアでは家族や境遇などの深い話をしてしまい、あまりおいしくなかったかもしれない。
 後方で圭馬が助言をする。
「削って弱らせれば、キッドお姉ちゃんの魔封じが効くと思うよ」
 圭馬の助言に、サキも反応を示した。キッドと作戦会議だ。
「姉さん、魔封じの感覚、覚えていますか?」
「な、何となくは……」
「また僕と一緒に頑張ってくれますか?」
   答えを聞かなくともわかっているはずなのに、サキは回りくどい質問をした。キッドは鼻で笑って答える。
「あんた以上の人がいると思えないわ。よろしくね」
「えへへ、よかった……」
   あどけなさが残る顔でサキも笑み返す。
 キッドは正直自信がなかった。街道で歪みを抑え込み、閉じたときの精神集中は相当のものだった。もう一度あれをやるのかと、不安だった。だが、自分がやるしかないのだと奮い立たせた。
「兄貴、動けるよな、削るぞ!  コーディは見えない場所から適所で援護、回避の補助をしてくれ。無理はしなくていい!」
 先に応えたのは竜次だ。腕を回している。
「調子、いいので頑張っちゃいますよ」
   繭の亀裂から不安定などす黒いものが流れ落ちる。液体か、固体なのかも判断が怪しい。瘴気をまとい、そのどす黒い物体は膨らみ始めた。
「これじゃどう叩けばいいのかわからないよ。とりあえず様子は見るけど、お兄ちゃんたち、気をつけて!」
   コーディが壁に沿って飛びながら旋回する。
   戦場と化した。

   ローズは会話に混ざるわけでもなく、戦場から身を引いていた。繭のあった開けた場所から通じる通路で待ち構えていた。
 ローズの目の前をケーシスが抜けた。
「おっ?」
 ローズの存在に気がついたようだ。ケーシスは足を止める。
「ふん。待ち伏せとは性格が悪いな」
「ケーシスこそ……」
 ケーシスは足を戻し、ローズを睨んだ。
「追い駆けなくてよかったのか?」
 意味深な言葉だ。ローズは唇を噛み、俯いた。ケーシスはさらに言う。
「白狼はお前の『父親』だったよなぁ? 一発ぶん殴ってやりたかったんじゃねぇのか?」
 仲間には進んで話すことはなかったローズの秘密だ。ケーシスが言うには、クディフはローズの父親のようだ。クディフはケーシスが思惑を話し込んでいる最中、どこかへ去ってしまった。深手を負っているため、しばらくはおとなしいだろう。
 指摘を受け、ローズは首を振った。
「ワタシを目の前にしても何も触れない。もはや他人デス……」
「俺にはお前たちの事情は関係ねぇけどな」
 ローズの心中は複雑だった。彼女にとってケーシスは信頼できるはずだった同士。そして一線を越えてしまった相手。
   話せなかった因縁、苦痛でしかなかった人生の歩み、汚点。
「ケーシス……」
「何の因果だと思っただろうな。俺のガキに遭遇するなんざ」
「そんなのは、別に……」
「お前だよな。俺の良くない話を、ギルドを通じて世の中にばら撒いたのは」
   ローズは何かされるのだろうかと警戒した。恋仲になったが破局。半ば腹いせにギルドに撒いたのは、紛れもないローズだ。
   一般を逸脱した研究、止められず逃げた罪。他人事ではないはずなのに。
「そうです。ワタシが撒きました。恨みますよね……」
「助かった。ありがとう」
   ケーシスが礼を言うなど、何かの間違いだ。ローズは耳を疑った。
「表の世界じゃ生きられなくなったが、俺はこの方が動きやすくなった。シルビナが助からなくなったのはほかでもない俺のせいだ。そして一度は蘇生させようと、禁忌の魔法に目がくらんだ。そもそも、それが間違いだと気がついたときはもう遅かった」
「じゃあ、やっぱりミティアちゃんを……」
「ヤバい方の研究所は死んだ人から遺伝子だとか能力だとか、生きた人間に付与する実験をしている。あの娘は俺が手がけた。そいつは間違いないが、『奴』は利用したがっているらしいな?」
   ケーシスの言う『奴』はクディフに限らない。もう一人、大きな人物がいる。その話をあえてここでしている。
 ローズは息を飲んだ。彼女にもその人物に心当たりがある。
「もしそれが本当なら、ミティアちゃんは深く傷つきます」
「いや、間違いないだろ。お前の親父はあの娘の中のお姫様に会いたい、それは能力を探した中でたまたま中身がかの姫君だっただけだ。有名だからな」
   クディフが探す力を宿したのが、たまたまミティアだった。
   そういう話の流れになる。そして、ローズの嫌な予感は的中した。
「本当にイカれた奴は生きてる。俺は裏から奴を叩くぞ……」
   意味深な言葉だ。ローズもミティアも知っている人物。
「まだ伏せとけ。ギルドにも話さない方がいい。俺が悪党にしておいた方が奴も尻尾を出すはずだ。その機会を待ってくれ」
   ローズは深く頷いた。大きい敵はまだいるというのにモヤモヤする。
「迷惑をかけたな、ラシューブライン博士」
「恨んでないと言ったら間違いデス。でも、これでよかったと思います」
「頼りないガキだが、頼んでいいか」
   かつての愛人に、自分の子どもを見守らせるのはどんな思いだろうか。
   信頼、とでも捉えるべきか。この大人の世界に翻弄される。
「ワタシはママハハにはなれません……ヨ?」
   怪訝な返しだ。皮肉かもしれない。
「ガキは知らない間に大人になって行くけどな。恩に着る」
   ケーシスはローズの横を抜ける。この人を止めることは不可能だ。進む道は同じかもしれないが、ケーシスはもう表の世界では生きていけない。
   そうしたのはローズ自身だが、ケーシスはこれを恨まなかった。
   泣きたい。後悔もある。大人はいつも、自分の都合で子どもを振り回す。
   ケーシスはどうだろうか。本当は子どもを思っている親だ。

   もう少し、また少し、大人も成長する。
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