トレジャーキッズ ~委ねしもの~

著:剣 恵真/絵・編集:猫宮 りぃ

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【2‐1】生と死と

失った半分の行方

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 気持ちよく晴れた空。今日は雲もない快晴だ。
 沙蘭の乾いた石畳を七人と二匹で歩いた。
 今のところ、ミティアに目立った変化は見受けられない。
「さぁて、何を食べたいですか?」
 歩きながら沙蘭のことなら任せろと、竜次が率先して皆に希望を募った。実際、成人過ぎまでここで暮らしていたのだから、だいたいの勝手は知っている。一度は邪神龍の襲撃を受けた。復興してから外装などのリニューアルこそしたが、元気に営業している箇所が多い。
 食べ物の話になって、ミティアが目を輝かせている。彼女は本当に食べることが大好きだ。何でもおいしそうに食べるのだが何も希望はないのだろうか。
「ミティアは何かないのか? 兄貴が案内してくれるぞ」
「んー……沙蘭のお料理なら?」
 ジェフリーが一応聞いてみるとあまり欲がないのか、沙蘭らしいものとざっくりとした希望だった。だが、このざっくりでも竜次は柔軟な対応を見せる。
 いつもこうなら、どんなに皆がスムーズだろうか。
「では、定食屋さんがいいですね」
 何か特別なものをというわけではなく、ありふれた回答だ。だが、自由度があっていいかもしれない。ここは独特の食文化も光る、沙蘭なのだから。
 キッドは歩きながらミティアに質問をした。
「ねぇ、ミティアは何ともないの?」
「ん? 何ともないと思うけど?」
 ミティアは持ち前の明るい表情で首を傾げている。この小動物のような仕草に、ジェフリーも竜次も一度は邪な思いを抱いた。
 ミティアは美人で可愛らしく、女性の視点からも反則的な部分が多い。とぼけた部分があり、そこがまた憎めない。
 一同は定食屋さんへ足を運んだ。久しぶりに皆での食卓を囲む。
 ミティアが一緒だと、食卓が和やかになる。彼女は何でもおいしそうに食べるのが特徴だ。それは非常食のシリアルバーも例外ではない。それが一行を和やかな空気にしてくれる。
 沙蘭の食事は慣れ親しんでいない者には輝いて見えるだろう。
 定食屋という名にふさわしいお品書きだ。焼き魚定食、豚汁定食、お刺身定食、煮物定食、思い思いのものを頼んでテーブルを囲んだ。箸の使い方は、竜次やジェフリーが教えるので慣れるのも早かった。
 添えられている根菜お新香がパリッとしておいしい。
 食べながらコーディが確認を取る。
「食べ終わったらギルドかな?」
 沙蘭にもギルドがある。特に今は世界が混乱している。少しでも情報がほしい。そして、期待もあった。
「あ、そっか、お師匠様がいるかも……」
 サキはアイラを思い出した。
 自分の指名手配の解除も気になるが、アイラと行動をともにするかもしれない。今はアイラと因縁があるクディフが別行動をしているので、そうなる可能性は高そうだ。
 圭白が気になる話をしていたのも覚えている。しっかり話しておかないと。
 箸を休め、竜次はミティアを気遣った。
「ミティアさんは今のところは大丈夫そうですよね。何もリバウンドはなかったのでしょうか……」
 ミティアに注目してしまう。ミティアは小さく頷いた。
「ないと思います。わたし、また長く眠っていました。だけど、その間にもう一人のわたしとお話ししました。もう禁忌の魔法は使えない……みたいです。旅の目的だった、『普通の女の子』にはなれたと思います」
 ミティアの言葉を聞き、ジェフリーがテーブルを叩きながら立ち上がった。
「これで終わりじゃない」
 ジェフリーは息を吸い、決意を口にする。
「俺たちの目的は果たせたのかもしれない。それは、これから調べればわかってくるだろう。うまく言えないが、俺は世界に何が起こっているのか、知るべきだと思う」
 ここにいる仲間は他人では済まされない。それと同時に、国や世界が巻き込まれている。これを軽視するにはあまりにも深く関わりすぎた。それは沙蘭も例外ではない。
 この決意は、提案でもある。
 ミティアはジェフリーを見上げ力強い口調で話す。
「わたしも知りたい。兄さんが何をしようとしているのか。まだ真意は見えていないけど、きっと悪いことをしようとしていると思う。だったら、止めなきゃいけない。第二、第三のわたしを創り出さないために……」
 意見が合い、ミティアとジェフリーは見つめ合った。
 公言などしなくても、皆は知っている。二人は相思相愛だ。ともに同じ道を歩みたい。入り込む余地も嫉妬をする余裕もない。あまりにこの調子が続くと、いっそ二人だけで頑張れとなりかねないくらいだ。
 だいたいジェフリーが照れ負けてしまう。せっかく格好をつけたというのに、台無しになってしまった。
 熱の入った話もほどほどに、次の目的地の話になる。
 話の切り出しは竜次がした。
「さ、さて、ウサギさんのお兄様が言っていたことが気になりますね」
 この話に、圭馬が反応した。人目があるので姿は見せないが、サキのカバンがごそごそと動いている。
「魔界へ行けって話だね。ミティアお姉ちゃんの半分の魂があるかもしれないって言っていたけど、もちろんその確証はない。でも行くなら、さっさと行こうか。ダメならダメで次のことを考えたいし。それがキミたち、人間でしょ?」
 圭白は前にミティアの半分は魔界にあると言っていた。ならば、自然と目的地は決まりそうなものだ。圭馬が言うように、何も進展がないのなら次の手を考えたい。
 ミティアは次の目的地を悟っているようだった。だが、別の目的も進行させたい思いもある。複雑な気持ちだった。
 圭馬は魔界に行くにあたり、不安があるようだ。
「はぁ、ボクは嫌な予感しかしないよ」
 魔界を知っている素振りはたびたび見せていたが、今回は本当に嫌そうだ。とは言っても、ここまで乗ってしまった船だ。今さら途中で降りる選択肢はない。圭馬は覚悟を決めた様子だった。
 付き合ってやると意思表示した圭馬より、ショコラの方が消極的だった。
「のぉん……わしは魔界に入れないかもしれぬなぁん……」
 圭馬とは違い、ショコラは人間に干渉しすぎて魔界を追放されている。もっとも、第三者が状況を見ると、圭馬や圭白も人間に干渉しすぎていると言っていい。
「あっ!」
 ミティアが手を叩いて声を上げた。何か心当たりがあるのかと、注目してしまう。
 ジェフリーは何かあったのかと声をかける。
「ど、どうかしたのか?」
 ミティアはサキのカバンに声をかけている。相手は圭馬のようだ。
「恵子ちゃんは元気なのかなぁ?」
 張り詰めた空気と緊張が続いたため、忘れていた。ミティアはこういう人だった。いい意味で裏切られた気分だ。何でもないのならよかった。この空気も懐かしい。
 圭馬はあまりその話がしたくないのか、唸っているだけで返事はしなかった。
 どちらにしろ、ここで進みもしない話をしていても仕方がない。
 食事を終えて街中に出る。

 店の外では、正姫とマナカが待っていた。わざわざ待っているなど、緊急事態だろうか。役人や側近を連れておらず、二人だけだった。
 一同は足を止め、何事かと話を聞く姿勢を示した。
 竜次は二人と話す。
「姫子、マナカもどうしましたか?」
 二人の表情はあまり明るくはない。まずは正姫が不満を言う。
「お兄様、ご飯くらい言っていただければ、お出ししましたのに……」
 わざわざ待っていて最初の言葉がこれとは意外だ。
 正姫も抜けた性格ではあるのだが、機嫌でも取りたいのだろうか。
 竜次は苦笑しながらも、厚意だけは受け取った。
「いえ、気持ちだけでいいですよ。せっかくなので、独特の料理や雰囲気を味わってもらいたいと思いまして。それに、私たちがお金を払って好きなものを食べれば、経済的にも潤うでしょう?」
「うぅむ、マナカ……」
 正姫が皆を尻目にしながら、首を垂れる。主に竜次に向けて何か言いたそうだ。
 助け舟を出しにマナカが前に出た。まず竜次に封書を見せる。すでに封が切られており、一度は目を通した痕跡が見受けられる。
「見てもいいものですか?」
 確認を取って封を見ると、ひまわりの印があった。フィリップスからなのだろう。
 クレスト王子からなのだろうか。
 ここで見ていいものか迷ったが、朝で人も少ないし、これを見せたくて待っていたのだからいいのだろう。竜次はカサカサと紙を広げ、文章を凝視した。
 最初の数文字で違和感があり、文面を飛ばして最後を見た。クレスト王子のサインではない。名前がレナードという名だった。これは妙だ。
 整った文字に違和感を抱きつつ、先頭から読み直した。
 ノックスの非常事態の話、王の病床の悪化、行方不明の王子の話、これからフィリップスをどうすればいいものか、知恵をお貸しくださいと丁寧に書かれてあった。
「この字、フィリップスで会った側近のじいさんの文字だな」
 竜次が深く考え込んでいる間に、ジェフリーが横から覗き込んだ。そういえば、側近に年を召された人がいたのを思い出した。
 シフの情報を事細かに伝えていたのはジェフリーだ。その際に文字を見ているはずだ。竜次はジェフリーの記憶力に感心した。
「なるほど、フィリップスの執政の軸が不在というわけですね」
 側近の人が困っている。摂政しようにも、一行が請けた調査の報告と、アイラが言っていたノックスの怪事件、王子も行方がわからないのだから、手が回っていないと考えていいだろう。
 竜次は小難しく考え込んだ。
「沙蘭から、使者として誰かを行かせるべきしょうか」
 マナカも同じ考えのようだ。深く頷いた。
「竜兄さんもそう思いますよね……」
 主にその相談をしに来た。沙蘭がほかの街に助けを求める以前に、こちらに助けを求められてしまった。
 竜次はなぜ自分にこの相談が来るのか、不可解だった。この国を治めているのはほかならない正姫であって、竜次ではない。ここで正姫にしっかりしなさいと言って突き放すのは簡単だが、状況はあまりよろしくない。
 正姫が威厳を崩している。判断を模索しているのだが、自信がないようだ。
「誰かフィリップスに行かせようと、光介に準備をさせているのですが……」
「そう……ですね……」
 正姫は不安そうだ。自分だけ取り仕切るには限界を感じている様子。竜次は渋りながら、助力を決意した。
「万が一も考えてマナカ、あなたも一緒に向かいなさい」
「し、しかし、竜兄さん?」
「光ちゃんだけだと、あなたも不安でしょう?」
「そうですが、では沙蘭は……」
 フィリップスに使者をおくる。それ自体は悪い案ではない。むしろそうするべき状態ではある。ただ、沙蘭が手薄になることは避けたい。ただ、フィリップスの管轄にはノックスも含まれている。
 懸念はそれだけではなく、光介だけではどうしても不安だ。慣れ親しんでいるから理解はできるが、考えはまともでも行動や言動がどうしても未熟だ。マナカが一緒にいれば、それもある程度緩和され、話が進みやすいだろう。
 竜次はマナカと正姫側に立ち、ジェフリーへ振り返った。
「行きなさい、ジェフ……」
 少し寂しそうな笑顔だった。多く言わなくても、今までの話の流れで大体は察せる。
 あまりにも予想外だったのか、察せなかったのだろうか。ミティアが竜次を見ながら声を上げた。
「えっ、先生?」
 ミティアは動揺のあまり、泣き出しそうだ。彼女の行き着いた考えは正しく、竜次はここに残ると言い出した。
「沙蘭に護衛なく姫子を置いては行けませんのでね……」
 一行を離脱する理由は、沙蘭や身内だけではない。口にこそしないが、足を引っ張っている自覚がある。じっくりと考える時間がほしいと思っていた。
 コーディは渋りながら納得している様子だ。
「お兄ちゃん先生が言うように、沙蘭も危ないかもしれないもんね。だけど、いいの?」
 竜次は深く頷いた。もたつくマナカにもう一度言う。
「あなたの方が情勢に詳しい。私に沙蘭を任せて、行きなさい」
 マナカは姿勢を正し、一礼して走って行った。竜次は、自国で動かせる船もあるのを承知している。あの二人ならうまくやれるだろう。そこに血のつながりはないとしても、兄弟として、信用も信頼もしている。
 竜次は極力皆の顔を見ないように気を配った。目を合わせないようにしている。
 突然切り出され、納得するはずがない。ジェフリーは食い下がった。
「兄貴……」
「私は二度も沙蘭を見捨ててしまいました。今回は助けたい……」
「俺も残る! いや、みんなで残って待てばいいだろう?」
「マナカも光ちゃんもいつ戻るのか、定かではありません。時間を無駄にしないために、あなたはミティアさんを助けてあげなさい」
「兄貴がいないと、俺は誰に叱ってもらえばいいんだ!!」
「都合のいいわがままはよしなさい!」
「俺は道を誤るかもしれない。そんな時は兄貴に止めてもらいたいんだ。欠けていい仲間はいない!!」
 ここで兄弟喧嘩でも始まってしまいそうだ。
 いつまでも納得のいかないジェフリーを制止したのは、意外にもキッドだった。
「じゃあ、あたしも残るわ。あんたの代わりにあたしじゃ不服?」
 耳を疑った。キッドまで何を言っているのだろうか、ジェフリーはそんな顔をしている。だが、驚いたのは竜次もそうだった。
「あ、あなたはみんなと行くべきです……」
「そうとも限らないと思いますよ。今のあたし、足を引っ張る要因でもありますから。それに、いつもあたしが頑張っちゃってるから、たまにはあたし抜きで頑張ってもらう意味ではいいと思いませんか?」
「それは……」
 竜次はやっと皆の顔を見る。別れにはならないだろうが、一時的な離脱と考えていた。
 キッドの考えをサキが汲み取った。
「確かに、僕はいつも姉さんに頼っていました。これはいい機会だと思います。あ、でも姉さん、先生に迷惑をかけないでね」
「誰が! あたしはただここに残るわけじゃないわ。剣を磨くつもりよ。用事が済んだらさっさと迎えに来なさいよね!!」
「たまには姉さんに頼らないで頑張ってみます! ね、ジェフリーさん」
 サキは話の流れを作った。念のため、ローズやコーディにも聞いてみたが、反対はしなかった。
「先生サン、沙蘭も見捨てられないですもんネ」
「私、見たもの、ぜーんぶ文章にするから。だから、期待してよね!」
 ローズが言うように、国を見捨てるなんてできるはずがない。理解のある人で助かった。たった一人、ミティア以外は。
「先生やキッドとお別れなんて……」
「今は時間が惜しい。これはミティアのためでもあるんだ。俺も納得していないが、沙蘭に人手が足りないのも事実。だったら、さっさと済ませて帰って来よう。ミティアが何ともなくなったら、ずっと一緒にいられる」
 ミティアは泣きそうだが堪えていた。今の彼女を引っ張るのは、ジェフリーしかいない。
 先に身を引いたのは竜次からだった。
「マダムによろしくお伝えください。帰って来たら、またご飯食べましょうね」
 やはり寂しそうに見える。

 正姫が一礼して竜次に付き添った。彼女はうれしいようだが、心中は複雑のようだ。
「お兄様、無理をしなくても、わたくしもある程度は武芸が身に付いております。今からでも遅くは……」
「私が力を貸すのが、今回だけだといいのですが、ね?」
 竜次はあえて棘のある発言をした。正姫は兄の発言に驚き、慌てて一礼をした。
「わ、わたくし、マナカに親書を持たせます!! 朱雀の間でお待ちください!」
 正姫はぱたぱたと走って行った。相変わらず、少しお転婆なところが目立つ。
 竜次はキッドと二人きりになり、視線を合わせた。
「さぁて……」
「な、何ですか?」
「なぜ、あなたまで残ると?」
 一応キッドの口から聞いておきたい。一応、正姫の約束がある。竜次は歩きながら話すことにした。
「せ、先生、まだ、怪我してるし……」
「あぁ、なんだ。そのお気遣いですか?」
「そ、それだけじゃないです!」
 竜次とは違い、キッドは真剣だ。あまりにむきになるので、キッドの意外な一面を見ている気分になる。
「あいつ、言ってたじゃないですか。欠けていい仲間はいないって。先生がいなくなったら、あたしだって寂しい。だから、先生が変な考えを起こさないように、見張らせてください」
 キッドから笑顔はない。剣の腕を磨くのは建前であり、その奥の真意はジェフリーの代理のようなものだった。
「ありがとう、キッドさん……」
 竜次は涙こそ見せないが、この気遣いに心が温まった。
 キッドは足を止めた。何か言いたいことがあるようだ。
「あ、あの……」
 一瞬だけ、繁華街に向かおうとする一行を振り返った。
「みんなの前じゃなかったら、あたしのこと、本当の名前で呼んでいいですよ」
 キッドの気持ちと、心の距離は計り知れない。竜次は寂しかった気持ちが払われた。
「じゃ、お互い気を遣わないでいい……かな?」
 内緒のつもりなのだろうか。竜次がはにかみ笑いをしながらキッドの手を取った。
 砕けた口調、子どものような笑い方、とてもお兄さんとは思えない。
「や、やめてよ、竜次さん……」
「クレアほど心強い味方はいません。私は前を向けそうです。本当にありがとう……」
 照れくささこそあるが、ひっつき過ぎない程度の距離感を保つ二人。あまり違和感はないが、竜次の過度な猫被りが自然と解けた。
 コーディから言われた『脈ナシ』でも、気を遣わないでいられる仲を大切にしたいと思った。まずは友だちから。その距離感で。


 石畳を歩く人が二人減った。寂しさがあったが、キッドまで残るのなら、さらに帰って来なければならない。
 元気がないのはミティアだけで、ほかの者は意外と前向きだった。特に、いつも引っ張ってもらっていたサキは、率先していた。
「ギルドってこの先でしたっけ?」
 壊滅から復興した沙蘭は真新しい建物が多い。街の構造も区画も変わっている。
 町の構造は大まかにしか知らないが、だいたいの場所は知っている。コーディが方角を指さしながら場所を示した。
「うん。確か、繁華街の役所の隣に仮設であったはず……」
 役所の隣とはずいぶんと場所が悪い。本来はあってはならない。
 今度、正姫に文句を言っておかないと。街の治安を守る役所と、厄介事をお金で解決するギルドだ。ジェフリーは気まずそうだった。
 一行が足を運ぶと、ギルドと役所は本当に隣り合っていた。よく喧嘩しないものだ。もしかしたら、喧嘩するほど人手が足りていない可能性もある。
 外扉の、乾いた木の板をカラカラと鳴らしながら中に入る。手前の椅子でアイラが依頼書のファイルケースを閲覧していた。暇を潰していたらしく、足を組んでいた。
「あぁ、思ったより早かったねぇ。行くのは今日でよかったのかい?」
 陽気な話し方に救われる。アイラはファイルを閉じて立ち上がった。
「お師匠様、おはようございます!」
 サキはアイラに会えてうれしそうだ。尊敬する育ての親であり、魔法の手ほどきをしてもらった師匠だから当然だが、今回は行動をともにする。
 アイラは歯を見せてニッと笑った。そして一同を見渡す。まずは見舞いの言葉から。
「ミティアちゃん、よかったね。みんなに感謝しなさいよ?」
 アイラがミティアに声をかけた。彼女とは会っていたのだから、心配もするだろう。会って間もないのに、圭白がカバンから這いずり出てミティアを凝視している。早速、何かを読み取ろうとしていた。
 アイラは気になることをジェフリーに訊ねた。
「あれ、あの子と竜ちゃんがいないね。どうしたんだい?」
「あぁ、キッドと兄貴ならここに残って姫姉や沙蘭の警備をする」
「ふぅん、やっぱりそうかい」
 ジェフリーから不在者と理由まで聞いたが、予想がついていたような反応だ。
 アイラはファイルケースを同業者のコーディにも渡した。
「見りゃわかる」
 コーディは皆の注目の中でざっと開く。驚く量のものが掲載されている。
「わぁ……一気に物騒になったね」
「今朝もスプリングフォレストからでっかいグリズリーが入って来たらしいけどねぇ」
 アイラの話も耳にしていたが、民家に狂暴化した動物が出現した騒ぎが、沙蘭だけではなく各地で激増している。一日でこんなに増えるものだろうか。
 コーディは違和感を胸に、依頼書のファイルを閉じた。
 整理すると、フィリップスだけではなく、フィラノスでも混乱は起きているようだ。
 ただ、フィラノスは組織としても大きいし、フィリップスのように近隣で異常が起きているわけではない。敵対国の沙蘭には何も来ていないところ、何かする余裕もないのだろう。攻撃して来ないと見た。船を出すのも好機だったわけだ。これは助かった。
 話が一区切りし、圭白が忠告をする。
「あの、お急ぎになった方がいいかもしれません」
 ミティアが、いつの間にか圭白を抱っこして撫でている。てっきり世界の情勢を話すのかと思ったが、どうも違う。一同に向かって、特にジェフリーに強く訴えかけた。
「ミティアさん、本当に半分以上中身がなくなっています。今までは、もう一人によって保たれていた部分はありますから。今は、まったくもって不安定な状態。せまい場所で暮らしていた動物が、突然隠れ家もない野原に放たれたのと等しい適合できない負担が加わっているようです」
 具体的な例え話にまでされ、緊急性が理解できた。
 ジェフリーはアイラに目を向けた。
「兄ウサギと一緒に付き合ってもらうけど、いいか?」
「いいさ。白ちゃんを返すつもりだし」
 アイラが勢いよく椅子から立った。依頼書のファイルケースを返却する。
「魔界だか、どこへ行くんだか知らないけど、隠居前に変な所に行くのも悪くない」
 圭白を返す、隠居など、アイラらしくない言葉が発せられたような気がしたがこの場の流れに沿う。揃って出発する流れになった。
 アイラは付き添うだけのつもりらしい。彼女よりも、圭白が手を貸したがっているように思えた。
 目的地は幻獣の森だ。ティアマラントに出会った場所。
 ミティアが言っていたが、三兄弟のうち二人がここにいるのだ。末っ子の恵子はどうしているのだろうか。これも気になった。


 朱雀の間とは北殿の作業場の名前だ。
 沙蘭は城と神殿と称されたいくつかの作業場から成り立っている。先々代、つまりケーシスの親が大地主だったため、このようなものを築ける財力があった。
 そんな話を壱子から聞いた記憶がある。ここを詰め所にしている感じがうかがえた。ゆっくり来たつもりだったが、誰もいない。何かあったのだろうか。
 キッドと二人で竜次も楽しい話を持っていない。とりあえずキッドは客だ。まずはお茶でも出そうと判断した。
「あ、お茶でもいかがですか?」
 広い部屋に二人きりも気まずいと思い、竜次は座布団だけ置いて部屋を出た。
「あぁっ、いいですったら」
「沙蘭のお茶は嫌いですか?」
「いえ、そうじゃなくて」
 キッドは慌てながら給湯室について来てしまった。
「お客さんにお茶くらい出さないと……」
 お茶くらいなら大丈夫と、適当に急須を蒸らしていた。この時間が地味に空く。
「あ、自室があったはずですので、ちょっと見て来ます。座って待っていてください」
 半壊した東殿と違って、北殿は古くそのまま残っている。
「じ、自室って……」
 ゆっくり座って話でもしようとするキッドの意思は伝わらず、竜次は上の階へ。何となく、キッドもついて行った。
 成人過ぎまでここで過ごしたが、ある程度は片付けてから行ってしまった。何か残っていたりしないだろうか。それこそ、旅路で役に立ちそうなものが。
 ノックもなしに、日当たりの良さそうな角部屋に入った。
 畳十帖か、もう少し小さいだろうか。小さいとはいえ、一人では広めの部屋だった。
 畳の匂いが爽やかで埃っぽさはない。
「掃除くらいはしてくれてたのかな?」
 本棚が多めで、一人用だが広く高めのベッド、刺繍の入った高そうな布団に座布団、絨毯、机の上には教科書や愛用していた筆やペンもあった。
「えぇっ、部屋、広くないですか……?」
 キッドが勝手に入ってしまった。竜次は一応、断りを入れる。
「男性の部屋に入るって、どういう意味かわかってます?」
 苦笑いで聞くと、キッドは顔を真っ赤にさせて慌てふためいた。
「わわわわわ……すみませんっ!! そ、その……」
「あっはは……私も出て行ったきりなので、何もないと思いますけれど。そうだ、いかがわしい物でも探しますか? 意外と聖人君子ではなかったので、えっちなものが見つかるかもしれませんよ?」
 竜次は鼻で笑ってキッドを招き入れた。彼女は見慣れないものが多く、宝探しをしているような目をしている。
「サキ君は好きそうですね。私の趣味のものは少ないのですけれど」
 難しい本ばかり並んでいる。キッドはあまり文字が読めないせいか、さらに難しい顔をしていた。
「礼儀作法とかお金の動かし方とか、人を動かすような力のつけ方とか、話し方とかそういうのばかりです。面白い本は特にないですけれど、こういうのは面白いので持って行こうかな」
 そんなに厚手ではない本を何冊か手にしている。剣や倭刀が描かれているので、剣術書だろう。確かにサキは好きそうだ。
 本を持って行こうなどとんでもない。キッドは指摘を入れた。
「また荷物を増やすんですか? ホントは動けるのに、こういうところですよ」
「うーん、それもそうだなぁ。先日、注意してもらったのに」
 キッドに厳しい指摘をもらった。竜次は時間を作って読みに来てもいいと、本を戻そうとして手を止めた。厚くはないが、大きい本が目に入った。
 アルバムだ。どうしようかと思ったが、引っ張って開いた。当然、中は写真がたくさん挟まれている。
「面白いものはありませんが、こういうのはどうです?」
「あ、若い!! かっこいいー!!」
 キッドは覗き込んで黄色い声を上げる。
 竜次が袴姿だったり、着物姿だったり、妹の正姫やマナカたちと一緒に撮った写真もあった。
 めくっていくと、成人のときに撮ったものであろう、一層華やかな写真と色んな人と杯を交わす姿があった。その中の、寄り添う儚げな笑顔の女性の肩を抱いている写真に注目してしまった。紫がかった長い髪の綺麗な女性だ。身長は竜次より少し低いが、長身でスタイルもいい。
「そっか、この人が竜次さんの彼女さんですか」
「彩姫です」
「あやめさん?」
 竜次は感傷に浸りそうなところを自衛し、アルバムをぱたりと閉じて棚に戻した。
 キッドは目を丸くする。
「えっ、あの……」
「あぁ、いいんです。私が忘れなければ『彼女』は死なないので」
 かぶりを振って、竜次は儚く笑った。心が孤独や罪悪感に支配される前に、現実を見据えなくてはやっていけない。
 竜次は気を紛らわすように、本棚の小箱に手をかける。カラカラと音がした。
「あれ、これ何だろう……」
 沙蘭のお茶の入っていたと思われる缶だ。ミティアのように入れ物にしていただろうか。そんな心当たりはまったくなかったが、開けてみる。すると、不思議と笑顔になった。キッドも中を覗き込んで笑った。
「わぁ、知恵の輪じゃないですか! すっごい数……」
「困ったなぁ、色々な技を思い出してしまいそうだ……」
「あ、そっか。あたし、わかりました! 竜次さんの剣術ってこのパズルを解くのに似ていますよね!!」
 キッドの何気ない気付きの言葉は、竜次の猫被りをさらに崩した。目を輝かせ、キッドの手を取る。
「わ、わかってくれた!!」
「えええ、竜次さん!?」
「本当なら、抱きしめてしまいたいくらいです!!」
「だ、ダメです!! そんなところ、誰かに見られたら誤解されますよ!」
 和やかな空気。その二人を部屋の外で正姫が見守っていた。
 もう少しこのままでいさせておこう、と……。


 幻獣の森。
 以前来たときは木陰から日差しが差し込み、神秘的な雰囲気だった。だが、今回は様子が違った。
「何だか鬱蒼としてますネ? 」
 思わず声を漏らしたのは、あまり荒事に慣れていないローズだ。どうも嫌な予感を察知したようだ。これから魔界に向かおうというのだから、悪い事態を警戒してしまうのも頷ける。
 幻獣の森に異変を感じたのは圭馬もそうだった。
「おっかしいなぁ、聖域なのに魔力が満ちてない」
 本来なら聖域で魔力が満ちている。契約した者の魔力を借りなくても幻獣は人の姿を保てるはずだ。だが、圭白も圭馬も人の姿になれないでいた。
 もちろん圭白も異変を感じていた。
「そうですね。昨日はすぐにここを離れてしまいましたので、そこまで気にはなりませんでしたが」
 アイラの人情カバンから圭白が顔を覗かせた。明らかにおかしいと把握したが、ここに来ないといけないそれなりの理由がある以上は譲れない。
 圭白は目的地を話す。
「鍵を取りに屋敷へ行きましょう」
「そっか、恵ちゃんが魔界への鍵を持っているんだっけ」
 進路を確認する。久しぶりに訪れたというのに、懐かしむ余裕はない。
 案内に従ってしばらく進むと、地面が徐々にぬかるんで足場が悪くなった。
 もう少しで湖畔、その先に屋敷が見えるはずだった。
 大きく地鳴りがする。足を止めて辺りを確認するも、地鳴りの正体はわからない。何度か地鳴りのあと、大きく揺れが起きた。
 何か来るかもしれないと警戒をした直後にあたりに暗い影が落ちた。
 いち早く危険を察知したのはアイラだった。
「上だよっ!!」
 アイラの声に一番早く反応したのはサキだった。何も手に持たないまま体だけが反射的に反応する。
「光の障壁!!」
 両手を真上にかざし、広範囲のバリアを展開する。すると大きく黒い何かが落ちた。じりじりと障壁が押される。
 ジェフリーは剣を抜きながらコーディを頼る。
「コーディ、こいつの正体が何だかわかるか!?」
 コーディはわざわざ自分に声をかけた理由を悟った。障壁の範囲から離脱し、飛んで旋回した。上からなら正体がわかるだろう。
「人じゃない!! 石っぽい巨人!!」
 上空からコーディの大きな声が降って来た。そのままコーディは仕掛け、急降下からの蹴りを食らわせた。だが、大きくは動かない。障壁外にズシンと落ちたのは足だったようだ。泥が跳ねたが、障壁にガードされた。
 コーディが言う『石っぽい巨人』は一行を踏みつけようとしていた。それをサキがガードしていた。コーディが巨人の足を弾き飛ばし、衝撃が和らいだ。
「サキや!!」
 サキは糸が切れたようにふらついた。アイラがサキを支える。
「無茶はおやめ。先は長いんだよ」
 皆を守るため、媒体なしで咄嗟に放った。仕方ないが、確かに無茶だ。
「大丈夫です。まだ……」
 サキはそれでも自力で立った。いつまでも足を引っ張りたくはない。
 コーディが降り立ち、合流した。判断をジェフリーに任せる。
「どうする、お兄ちゃん?」
「まともに相手をしたら、この森が壊れるかもしれない。少なくともウサギの兄妹の屋敷が壊れてもらっちゃ困る」
 少なくともジェフリーは、逃げの手を考えているようだ。何がベストなのかを考えていると、ローズがただならぬ声を上げた。
「ミティアちゃん!? 大丈夫デス?」
 ローズは戦線から外れていたからこそ、この変化に気がついたようだ。
 ミティアは何度か瞬き、不安な表情を浮かべている。ローズは駆け寄ってミティアをじろじろと見ていた。
 特に怪我をした様子はないが、何事だろうか。ジェフリーも気になった。
「どうした? 怪我をしてないよな?」
 ミティアの手には赤い魔石が見えた。その手を震わせている。
「魔法が、使えない……」
 言いづらく零すようにやっと吐いたものだが、ミティアにとっては一大事だ。これを重く見たのは圭白だった。
「なるほど、これが失ったものでしょうか」
 圭白の言葉で焦りが増した。ここで足止めを食らっている場合ではないようだ。
「ここは無視して、先を急ぎたい」
 ジェフリーは判断を下した。だが、逃げられるだろうか。
 ぬかるんだ足場、茂る頭上、この人数ではうまく立ち回らないときついかもしれない。
 ジェフリーはミティアの手を握り引いた。だが、彼女はその場を動こうとしない。
 今度は別の意味で取り乱していた。
「ま、待って! ここで倒さなかったら、沙蘭に行っちゃうかもしれない。沙蘭の人たちや、先生、キッドは……」
 ジェフリーはそこまで頭が回っていなかった。完全に読みミスだ。沙蘭は手薄な状態だ。他の厄介を受けているかもしれない。ここで、新たに選択を迫られるとは思わなかった。迷いが生じた。ここで無理を通すか、それとも――。
 判断を焦るジェフリーに、微かな鈴の音と声が聞こえた。
「先を急ぐならさっさと行くがいい」
 耳障りな声、先を塞ぐように黒いマントのクディフが姿を見せた。カラスのように堂々と地に降り立つ。そこにどうしても得たい獲物があるような執着を感じられた。
 アイラは、会いたくない者の登場に表情を崩す。
「をゑぇぇ……」
 露骨すぎてキッドよりも反応がひどい。
 クディフはアイラを視界に入れないよう、巨人の方を見ながら話す。
「この先は奴のせいで湖の一部が決壊して足場が悪い。戻って、逆から屋敷に回れ。そうすれば移動に無理がないだろう」
 ジェフリーもあまり会話をしたくないと思っていた。
 ローズはこの状況で娘の自分に目もくれないのを不満に思っていた。
 さまざまな思いが交差する中、コーディが積極的に声をかけた。
「おじさんが、ここを? どして?」
 コーディが代わりに質問をする。その間にもまた地鳴りがした。
 クディフはおじさんと呼ばれるのに慣れてしまったのか、注意をしなかった。質問の鍵となる、ミティアに視線をおくる。
「まだ俺を生かした理由を聞いていない。それに、約束をしたからな……」
「えっ、約束……?」
 約束と言われたが、ミティアは直接聞いたわけではない。本格的に聞き返す前に、ジェフリーが手を引いた。
 ジェフリーはクディフに言う。
「正直、お前に頼るのはいけ好かないけど……」
 信用したわけではない。だが、ここは助けに甘えようという判断だ。クディフも自分の腹の内を話す。
「今の沙蘭が滅ぶのは個人的にはかまわない。が、お前や剣神が王となるのは吐き気がするな……」
 わかってはいたが、いい言葉を交わせなかった。
 不本意だが、ジェフリーはクディフにこの場を任せた。彼の力量など知らない。ただ、きっと強いはずだ。そうでなければ、教科書に載ることはないだろう。
 ミティアは走りながら涙を滲ませた。
「みんな、どうして……」
 どうして自分のためにみんなが頑張れるのか、理解できていなかった。
 ミティアがこれまで周りに与えていた温情、優しさの返りなのだ。それにまだ気付けなかった。
 湖の畔まで出た。離れてわかったが、巨人が周辺を荒らしているのがよく見える。
 乾いた土を跳ねながら遠回りをする中、圭馬がサキのカバンの中からやっと顔を出して、状況を確認した。
「ったく、何なのさ!?」
 圭馬はぶるぶると首を振り、一息ついた。カバンの中にいたせいで、走って移動した衝撃に疲れているようだ。しかも、不満そうだ。
 不満に思っていたのはサキもそうだった。
「それはこっちが聞きたいです。圭馬さんはご存じではないんですか?」
「あんなのは魔界の……あぁっ!?」
 圭馬が言いかけていたことが、答えのようなものだった。魔界という言葉は一同を惑わせる。
 サキの近くにいたローズが圭馬に質問をした。
「けーま君? あれは魔界のモノなのデス?」
「思い出した。あれはがーでぃあん。魔界の守護者だよ。めちゃんこ強いゴーレムみたいなもの。本来魔界には、死者しか入れないんだ。うん、あの人大丈夫かな?」
 ぼろぼろとよくない情報をだだ洩れにしている。圭馬のせいで、一気に空気が不穏になった。
 圭白が皆を落ち着かせようと、前向きなことを言う。
「白狼は、ミティア様のために剣を振る約束にだけは忠実のようです。剣豪であることは変わりありませんので、お任せして大丈夫です。お言葉は悪いみたいですが、皆様を羨ましがっておられますよ」
 圭白の言葉を聞き、アイラだけが吐き気を訴えた。
「けっ、あの白狼が? 吐き気がするねぇ……」
 因縁こそあるが、圭白が読み取った真意に心当たりはある。嘘を言わないので、そのまま信じていい。
 一瞬アイラはこの場に残って助太刀をとも思ったが、そうなると魔界の提案をした圭白が何もできなくなってしまう。
 一同はクディフが言うように遠回りをした。ここで幻獣の森が荒れている根源を発見した。
 屋敷の前に地割れのような歪みが走っている。かなり広範囲だ。フィリップスに向かう街道で見たものとは比べ物にならない。
 ティアマラントの兄弟がそれぞれのカバンから出て、降り立った。
「開けっ放しだから、聖域に瘴気が漏れた。これが正しそうですね」
「もぅ、恵ちゃん何してんのぉ?」
 圭馬は恵子がいないことに腹を立てた。歪みが放置され、聖域が侵食されている。
 圭白は耳を立てながら屋敷をじっと透視しているようだ。
「屋敷に誰もいません。明らかに異常です」
 言い切った、圭馬と違って多様な能力を持っている。
「もしかして、恵ちゃんは魔界?」
「そうかもしれません。ですが、この開き方は荒すぎます。悪用されたのも視野にすべきかと」
 知らない人が見たら、喋るウサギが対話しているとしか思えない。そこに少し距離を置いて鯖トラの猫が鎮座している。何も言わないが、ショコラも話を耳にしている。
 幻獣の話にジェフリーも加わる。
「それで、俺たちはどうすればいいんだ?」
 ちょうど対岸では、森の中から守護者が見え、ズシンズシンと響く。
 そのせいで、湖の水面がほんのり揺れ見える。あまりここで時間をかけていると、こちらに向かってくるかもしれない。
 圭白が丁寧な説明をする。
「こちらの歪みに飛びこめば、魔界に行くことが可能です。人間界と魔界への扉のようなものです。もちろん魔界は人間の住む世界ではありません。これが何を意味するか、ジェフリー様はわかりますね?」
「つまり、普通じゃないってことぐらいしか予想がつかないんだが」
「もっと言うと、死者が行き着く世界です」
「……」
 脅しのようなもの言いだ。ジェフリーは黙ったが、嫌な予感がしていた。
 圭馬も補助のような説明をする。
「魔界は瘴気が渦巻いているから、自我が強い人じゃないと、悪霊とか変なのにとりつかれるって聞いたことがあるよ。特に人間は欲深いし、雑念も多いし、そそのかされて付け入りやすいじゃない? 本当に死ぬかもしれないよ。神族やその混血は人間の死霊が多いから肉体的に相性が悪いし、大丈夫だと思うけど」
 圭馬が注意する。混血なら大丈夫と聞いて、何が違うのだろうかと疑問に思う。ジェフリーは別の懸念もあり、確認を取る。
「ちなみにミティアは大丈夫なのか?」
 大丈夫じゃなくても連れて行かないといけない。だが不安ではある。
 丁寧な対応をしてくれたのは圭白だった。
「絶対という保証はありませんが、生に執着があれば大丈夫かと思われます。とは言いましても、死者が行き着く世界。ミティア様よりもジェフリー様の方が心配ですね」
「俺が……?」
 ジェフリーは圭白があえて言う意味を悟れなかった。
 圭白の言葉を聞いて、ミティアは俯いていたがすぐに首を振った。
「もっと皆様と一緒の旅路を歩みたいですものね。その意気です」
 何も言わなくても、圭白はミティアの心の中を読み取った。
「自我、というか、キャラが濃いので。どう表現すれば正しいのか、わかりかねますが」
 圭白はしゃれた言い回しをしようとしたのか、緊張をほぐすために、慣れない冗談でも言いたかったのだろうか。よくよく考えたら、連れ添っている者の中に、キャラが薄い人の心当たりがない。
「あたしゃあんまり気が進まないんだけどさ。死者の行き着く世界ってどんなところなんだい? 直近で死んだ人に会えるのかい?」
 アイラはどんな場所なのかを聞き出す。本当に気が進まないらしく渋い表情だ。
 圭白は魔界について掘り下げた話をする。
「死んだ者の魂が、必ず行き着く場所です。皆平等に、魂の選定を受けます。英雄の魂を持った者は、魔界で我々のように自由に生活する権利があります。あとから来る人を見届けることも、再会を待つこともできます。思ったより悪くない条件です。特に功績もなかった者はすぐに転生してしまいますけれど」
 急に重苦しい話になって誰も話さなくなった。
 圭白の話はある種の哲学のようだ。命の終わりを考える機会など、そうない。特に最近は、禁忌の魔法で蘇生や重い怪我が治るといった知識を得た。そううまい話がないということも、禁忌の魔法による反動で思い知らされている。真剣に考える機会はなかった。それは誰も仲間の『死』に直面していないせいかもしれない。
 ミティアは圭白に気になる点を質問した。
「えいゆうのたましい……って、何かな?」
「英雄の魂とは、簡単に言うと生前に『いい行いをした』となります。轢かれ死ぬ直前に馬車から誰かを助けたり、誰かを庇って命を落としたり、滑り込みもいますけれど。ある程度の基準はあると思いますが、個人的には、皆様も英雄の魂をお持ちではないかと思います」
 死んだら天国だの地獄だのと話はある。今からそんな世界に行くなんて、信じられない。まだ生きているのだから。
「一ついいか?」
 ジェフリーが質問しようとすると、読心術を継続している圭白に先制された。
「もしかしたら待っているかもしれませんよ」
 ジェフリーは黙って頷いた。ミティアも心配している。
「ケーシスさんやサテラがいたらどうしよう……」
 ジェフリーが気にかけていたのは違う。ミティアを深く傷つけてしまうかもしれない人物だ。だが、会いたい気持ちもある。もちろん叶うならの話だ。過去と、皆と歩んでいる今に板挟みにされ心苦しかった。
 いざというときになって、ショコラはそわそわと落ち着きがない。
「わしも行って大丈夫なのかなぁ? 追放されているからダメな気がするのぉん」
 今まで馴れ合いが消極的だった圭馬がショコラを頼る発言をした。
「もう、いいんじゃねぇの。ここまで来ちゃったんだし。それに、ババァがいないと『先生たち』の突破は難しいと思うね」
 口は悪いが、圭馬は反対していない。この先に何が待ち構えているのか、わかっていての発言だ。それなりの覚悟がないと厳しくなりそうだ。
 違う場所で、違う人が頑張っている。自分たちも目的を果たさなくては。

 この瘴気がたぎる歪みに飛び込めと言われた。
 向こう側が見えない。マーブルとも表現しがたい模様が見える。瘴気と、暗闇と、あとは何だろうか。見ているだけで気分が悪くなって来そうだ。
 先頭を行こうというのはジェフリーだ。
「非現実的なのはわかっているが、これからは極力避けたいな。今から死ぬみたいで、生きた心地がしない……」
 思い切って飛び込む。指先から徐々に感覚がなくなる。

 この感覚、どこか懐かしい。
 そうだ、山道で崖から落ちたあとに、こんな感覚だった。

 死ぬ感覚に似ている――。
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