トレジャーキッズ ~委ねしもの~

著:剣 恵真/絵・編集:猫宮 りぃ

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【2‐5】導くもの

諸刃の意志

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 魔法都市フィラノス。その宿で一行は朝を迎えた。ジェフリーが倒れ、ローズも付き添いで不在だ。
 少し寂しい空気にケーキという、しばらく縁がなかった食べ物に舌鼓を打った。
 サキは女性部屋でスイーツを配り、男性部屋に戻る。男性部屋には竜次しかいない。寂しいかと思ったが、使い魔も一緒だ。
 寝起きが悪く、起き抜けはいつも機嫌が悪い竜次も、クリームの乗ったプリンには驚いていた。
「サキ君、ずいぶんと気が利きませんか?」
「あ、先生にはコーヒーありますよ。どうぞ」
 当たり散らされる前に目を覚まさせたい。サキはスプーンですくい上げ、急いで口に入れさせた。竜次は寝ぼけ眼で食べる。プリンは、直接脳にも作用した。
「むぐっ、おいふい……」
 年を取ったらこんな話し方になるだろう。竜次の人柄からして、和菓子を手に緑茶でもすすりながら縁側でおとぼけしていそうだ。
 朝を迎えるたびにヒヤヒヤするこのイベントも、今日はうまくやり過ごせた。
 ローズやジェフリーにうしろめたいとは思いつつ、今は食べる。残りは取っておくことにした。

 今日の空は晴れ晴れとしている。街は活気に溢れていた。だが、どうせサキがこの街に留まるつもりはない。
 そして驚いたのが、魔法学校に入学したい志願者が続出しているらしい。素直によろこんでよいものか。沈んでいた街に活気が戻ったのはうれしかった。
 一行が街を歩くだけで街行く人にも挨拶されたり、手を振られたり、祝福の声をかけられる。落ち着かないが仕方ない。
 これも今だけだと割り切る。
 サキはやけに人気者だ。その様子を見て、キッドが突き放すような発言をした。
「すっかり英雄扱いね。あんた、この街に残ったら?」
「姉さんはすぐそうやって、心にもないこと言うんですね」
 サキは不満そうに口を尖らせた。
 キッドはサキをからかっただけで、もちろん本気ではない。にんまりと笑っていた。
 
 一行がまず向かったのは、すずらん通りにあるメルシィのお店だ。金属加工のほかにも、立ち寄らねばならない理由があった。
 キャラメルシィのお店では先日、試作と言っていた変わり種の総菜パンが販売されており、お母さんとメルシィが対応に追われていた。先日の感想や、一行が食べたことによっての売り出し文句が書かれていた。
 メルしいが忙しい合間に挨拶をした。
「わわっ、いらっしゃい。ごめんなさい、パパぁーっ!!」
 メルシィは対応してくれそうな父親を呼んだ。
 その間に、一同は総菜パン売り場の様子を見る。ブルーベリーとチーズのパンを持った人が目立つ。サキが食べたものだ。これも売り出しの宣伝に使われていた。
 サキは深くため息をついて肩を落とした。
「確かにブルーベリー大好きですけど、目に優しいのはともかくとして頭が良くなるはキャッチコピーとしては盛り過ぎです」
 サキはメニューの書き出しを見て、ぶつぶつと小言をぼやく。
 コーディはサキを引っ張った。
「いいから街の人に捕まらないうちに奥に行こうよ。私たちの用事は総菜パンじゃないでしょ?」
 コソコソと総菜コーナーを避け、雑貨など取り扱っている店の奥に進む。
 店の主人である、メルシィの父親が出迎えた。
「おう、いらっしゃい。例の物はできているぞ。裏の工房に来てくれ」
 一同は店の裏口に案内された。
 売り物の武具、あれだけの技術を持っていたのだから、工房があると思っていたがやはりそうだった。
 石床で火釜もハンマーもあり整った環境だ。石床には細かい硝子が散乱している。そういえば、売り物の中に硝子細工もアクセサリーもあった。職人の技術がこの場所で生かされていると思うと、剣一本も粗末に扱えない。
 作業台の上にガラスのケース二つと金属のボトル。さらに、設計図らしき紙が置かれた。
 店の主人は鉛筆を持ち、椅子に座る。実はすでに話を通してある。金属の鑑定、入手した材料、解読した錬金術のレシピ。何をしたいのかまで伝えてある。ゆえに、話が進むのは早かった。
「魔石とやらは高純度だから、粉にしたらご覧の通りのサラッサラ。金色の粉は不純なものは除いておいた。問題はこのオリハルコンって金属だ。不安定で、どう加工していいのやら、微妙な力加減でダメになる可能性もある。そいつを押さえつけるのが魔法とその不安定を封じる力だっけか?」
 ローズが同席した方がよかったかもしれない。この場で、このまま錬金術が始まる空気だ。『魔法と封じる力』と聞き、サキとキッドは目を合わせた。二人は深く頷いて、覚悟を決める。
 ここからは職人と専門家の腕が光る。店の主人は皆の顔を見渡す。
「さて、モデルさんはどちらの人だ?」
 モデルと言われ、何かと思った。だが、コーディがミティアの袖を引く。
「このお姉ちゃんだよ、おじさん」
 確認が取れると、ミティアは腕の太さを図られた。
「よし、ちょっと待ってろ。火を入れる」
 火釜が煌々と灯る。次いで金型が取り出された。バングル式になるようだ。
 トントンと作業へ進む。ミティアは、自分に何ができるのかと困惑した。
「あ、あの、わたし、他には何をしたら?」
 作業に参加しないのは竜次も一緒だ。
「んー、ミティアさんは、私たちと待っている。で、しょうね」
 何もできないかとそわそわするミティア。だが、残念ながら待つしかないと、竜次が告げた。しいて挙げるなら、成功を祈るくらいだろうか。
 少なくとも、邪魔をしてはいけない。
 圭馬はここに残ると告げる。
「ボクは調整とアシストのためにここに残るよ。ババァはのんびり待っていれば?」
「そうじゃのぉん……」
 ショコラはのそのそと歩き、ミティアの足元で座った。そのままミティアを見上げ、言う。
「お嬢さんの衰退が、大きく制御される腕輪なのよぉ? うれしくはないかねぇ?」
 そうだった。ミティアは本来の目的を見失いつつあった。今、ミティアの頭の中はジェフリーでいっぱいだった。
「あ、わたし……」
「あとは生きる術を考えれば、普通の人間と同じ生活が可能なのぉん。減ってしまった命はどうにもならんが、これ以上削られることはないじゃろうなぁ」
 ショコラの言葉に重みを感じた。やっとここまで来たのかと。ミティアは俯き、心を痛めた。
 ここまでの道のりは長かった。自分がこんなに特別な存在だったとは思わなかった。何度も危機を乗り越えて、ここまで辿り着いた。感慨深い。
 キッドとサキは皆に見送られて残る。
「ちょっと頑張って来るわね!」
「不安がらずとも、大魔導士の僕に任せてください!! なんて、えへへ」
 二人と圭馬以外は工房を出た。
 熱気が流れて来る。作業が始まる合図だ。外の空気を吸いながら話をするのも悪くないだろう。
 青空には雲が流れ、太陽が輝いている。
 ここは工房と店舗の絶妙な中庭・連絡通路。一般の人の目には触れない場所だ。
 丁度いい頃合いだろう。竜次はミティアへ向き直る。
「さて、ちゃんと話しておかないといけませんね」
 竜次の行動にコーディが納得する。
「あぁなるほどね」
 コーディは真剣な話の内容を察した。
 竜次は質問から入った。
「ミティアさん、禁忌の魔法、またその力がほしいと思っていませんか?」
 ミティアはびくりと反応し、視線を泳がせる。
 どれだけ説得できるかはわからないが、このままにしておけない。竜次は丁寧に、順を追って向き合う。
「ジェフが危機に瀕していたとき、ミティアさんは禁忌の魔法が使えたらいいと言っていた。一番望んではいけないものです。助けたい気持ちは痛いほどわかります。でも、そんなものを望めば、一番つらいのはミティアさん自身ですよ?」
 励ましが下手な竜次だが、彼なりに言葉を選んで頑張っている。コーディは黙って聞いていて、要所で口を出すように心がけた。
「それこそ『一緒に生きる』を、壊してしまうかもしれません」
 何に心を動かされたのかはわからない。ミティアは唇を噛み締めながら頷いた。黙って忠告に耳を傾けている。
「人にはそれぞれの命があります。私は違う形で、『一緒に生きる』を抱えて生きています。一緒に年老いて、楽しかったと、寄り添って生涯を終えるのが理想かもしれませんけれど」
 ミティアはなぜここまで言われるのかをわかっていた。わかっていながら、反抗するように力強く言う。
「でも、一緒に生きたい。可能なら、一緒がいいに決まっています!」
 難しい話なのは百も承知だ。ミティアの視線が竜次とぶつかる。
 竜次は怯んでしまった。だが、ここである程度の念を押しておかないと、ミティアは進むべき道を誤ってしまうかもしれない。それだけは、どうしても阻止したかった。
「では、もしミティアさんがジェフと同じ立場だったら、どうですか? 今までしてきたことを無駄にして、禁忌の魔法によって命を削って助けられたいですか?」
 同じ立場だったら、どう考えるかを説いた。大切な人が自分のために命を削る行為は悲しい。
「そんなこと、してほしくない、です」
「よかった。それが正しい判断です」
 少しでも理解を示してくれたなら、それだけでうれしい。そう、たった少しでも。竜次はほっと胸を撫で下ろした。芯が強いミティアを簡単に説得できるとは思わないが、またそんな立場になったら思い止まってもらいたい。
 命の在り方、倫理を再認識する気持ちだった。
 追い打ちのようになってしまうが、コーディも言葉を添えた。
「お姉ちゃんは優しすぎると思う。もっと自分を大切にしなきゃ。お姉ちゃんがいなくなったら、今まで私たちが何をして来たのかわからないよ。築いて来たものが、一瞬で全部崩れちゃう。友だちも親友も好きな人だってそうだよ?」
 ミティアはそれでも暗い表情を落とす。
 どこか、納得していないミティアに反応するように、男性の声がした。

「だから、後悔しないように、今日を一生懸命に生きる」

 その先の答えを紡ぎ出す言葉。その声は、とても力強かった。
 声の主にミティアが声にならない声を上げる。
「あ、ぁ……」
 白衣を着たローズと、青いジャケットを着た男性、ジェフリーの姿だ。ミティアが急ぐあまりに足を滑らせる。尻もちを着いてぺたりと座り込んでしまったところ、包帯を巻かれた手の平が差し出された。
「ジェフリー!! よかった、よかった……」
 ミティアは思い切り抱き着き、顔を埋めている。
 まだ少し気だるそうなジェフリーだが、再会を喜ばずにはいられない。ミティアの髪を撫でながら、笑って見せた。
「おそらくここだろうと思って」
 ジェフリーは竜次と目を合わせた。
「兄貴、すまなかった」
「ジェフ……」
「もう喧嘩して、謝らずに逃げるのはやめる」
「もう大人なんだから、細かいことはよしましょう?」
「心配かけて悪かった」
 兄弟だからこそ照れ臭いのかもしれない。再会の言葉は少なめだった。
 ジェフリーが次に挨拶を交わしたのはコーディだった。
「よぉ、凄腕のギルドのハンター」
「思ったより早かったね」
「ゆっくりしたかったが、親父に出て行けって言われたしな」
 コーディは再会しても起伏は少なく、いつものように落ち着いて挨拶を交わした。これが彼女らしくて助かる。ジェフリーは日常を取り戻したと、実感していた。
 ジェフリーの復帰をよろこぶのは、人間だけとは限らない。鯖トラ猫のショコラもそうだった。
「のぉん、ジェフリーさぁん!!」
 ショコラはジェフリーの足元ですりすりと再会をよろこんでいる。細かい毛が散っていた。
「ばあさん、毛が抜けて来たんじゃないか?」
「もうすぐ冬毛じゃのぉん」
 すりすりとされること自体は悪い気はしないが、最近は毛玉が増えた。人間と同じ風呂に同行するし、嫌がる様子はない。不思議な関係だが、大切な仲間だ。
 ローズは脇役らしく、話の輪には入らずにあくびをしていた。白衣のポケットに手を入れて見守っている。竜次が声をかけた。
「ジェフがお世話になりました」
「んン? ほとんどバイタル見ていただけデス」
 気が付いているのかは謎だが、ローズの首には聴診器が引っかけられたままだ。
「それよりもケーシスとの喧嘩の方が面白かったデス」
「そうだ、お父様は?」
「ジェフ君と同じようないびきをかいて、サテラと一緒に寝ていますヨ」
 挨拶に行こうとは思っていたが、これは時間を置いてからがいいだろう。竜次は悩ましく思った。
 ケーシスは目の下にクマを作っていたし、髭も随分と伸びていた。サテラの件もあったし、根を詰めていたのは想像できる。
 ケーシスの話になり、ジェフリーは触れてほしくない反応をした。
「親父ならもういいだろ。ほっといてやれよ」
「そうはいかないデス。ジェフ君がケーシスとちゃんと和解したところを皆は見ていませんネ?」
「博士、親父とはちゃんと話し合っただろ。ちゃんと謝ったし、もういいじゃないか」
「はいはい。ソーデスネ」
 疲労なのか、あしらうのを覚えたのか、ジェフリーの噛みつき文句にローズは軽い返事で返す。
 やり取りを聞いていた竜次は、声に出さずににやにやと笑っていた。親子としての会話ができたのであれば、大きな進展だ。だが、兄としてその動向は気になる。機会があれば聞いてみようと思っていた。
 ジェフリーは工房を見上げる。レンガ造りで厚そうな木の扉。煙突からは熱気を帯びた煙が出ていた。
「命の恩人の大魔導士は作業に行ったんだな?」
 妙な言葉だ。竜次は軽く指摘を入れる。
「おや? 知らせを聞いていました?」
「聞かなくても、サキは自分の信念を貫く奴だ。俺と違ってしくじったりしない。とはカッコつけてみたが、昨日ぼんやりと聞いた。サキに起こされた気がしたんだ。親父が言うには、意識がなくなっても耳は聞こえているものらしい。ただ、俺は危険な状態だったんだと思うが、途切れ途切れにか覚えていない」
 ジェフリーはサキへの思いを語る。一番感謝しないといけない親友だ。
 喧嘩もした。言い合いもした。つまらない嫉妬もした。そう思うとやっぱり生易しい関係ではない。
 鉄を叩く音がする。カンカンと気持ちがいい音だ。作業が始まったことを知らせる。
 ジェフリーはしがみついたままのミティアを見て言う。
「この次に頑張らないといけないのは、ミティアだな?」
「えっ?」
 ミティアは泣き腫らした顔を上げる。何をしたらいいのか、まだわかっていない。自分が頑張るとか何だろうか。心当たりを探りながら、ミティアは目を擦った。
 ジェフリーは竜次たちに向き直る。
「サキたちは、まだ時間かかるよな? 体が慣れなくて、少し街を歩きたい」
 寝たきりだったのだから、歩きたい願望は何ら不思議ではない。危機的状況から脱したかもしれないが、身体面での回復はまだまだである。
 竜次はある提案をした。
「せっかくなので、ミティアさんと街中を歩いては?」
 文句を言いそうなキッドは、今は作業に集中している。ジェフリーはコーディとローズにも視線をおくる。
 その視線に気が付いたのか、竜次はコーディを誘うような振りをする。
「私もギルドに行って、今日の世界情勢を見たいですね。お小遣いを稼ぐような依頼が請けられるかもしれませんし」
「えぇっ、それって私も付き合わされるの!?」 
「つれないコーディちゃんは今日も素敵ですよ」
「やめてよ、お兄ちゃん先生」
 急に人を立てる手でも覚えたのか、竜次の気遣いにコーディは身震いを起こした。
 邪魔をしないようにと、ローズは空気を読んだ。何も言わずにジェフリーから離れる。
 意外にもあっさりと街を歩くことが許されそうだ。ジェフリーは竜次に確認をする。
「いいのか?」
「街中で物騒な事件が起きるとしたら、物盗りとかスリでしょう?」
 竜次の考えは楽天的だった。お祝いムード一色のこの街で、何が起ころうか。
 そうと決まれば行動開始だ。
 ジェフリーはミティアの手を取った。
「行くか?」
「うんっ!!」
 ミティアはジェフリーの手をぎゅっと握った。うれしいのはお互いだが、羽目を外さないようにしなくてはいけない。


 二人きりで街を歩くなんて最近では滅多にない機会だ。石畳のフィラノスは歩き慣れて面白くないかもしれない。だが、ミティアはちょこちょこと隣を歩いた。
 ジェフリーは何も言わないミティアに話題を振った。
「何か食うか?」
「え、そ、それはみんなと一緒のときでいいかな」
「いつもなら食べ物の話に食らいつくのに、珍しいな」
「そ、それよりも、一緒にいるこの時間が貴重なんだもの……」
 食べ物の話を振っても、少し照れながら一緒の空気を堪能している。
 何も事情を抱えていない状態で、ただ楽しめればどんなにいいだろうか。
 そしてジェフリーは、妙な気持ちに気が付いた。ミティアはこんなに可愛かっただろうか、と。
 正直、竜次からこんな快気祝いをもらうとは思わなかった。本調子ではないので、羽目を外しようがないのもおそらく読まれている。だが、どうも落ち着かない。
 ケーシスに変な薬でも打たれたのだろうか。このモヤモヤが消えずに困っていた。
 ミティアはじっとジェフリーの腕を見つめた。
「ねぇ、手は大丈夫なの?」
 包帯が巻いてあるが、腕はまだ赤い。他にも話すことがたくさんあったはずなのに、二人きりなのだから、切り出しにくい。ゆえによそよそしく無難な話題となる。
「腕は、まだ重い、あまり動かない。体も重いし」
 ジェフリーは自分の左腕を見つめる。変色してしまった部分もそうだが、注射やテープの跡が痛々しい。
「寒くなって来たし、俺も服買うか」
「ど、どうしたの、突然」
「ん、デートかな?」
「で、デートぉ!?」
 淡々と会話をしていたが、突然飛び出した『デート』という単語にミティアが顔を真っ赤にする。
「い、一緒に歩くだけじゃないの!?」
「あぁ、じゃあやっぱりやめておくか」
「い、行く!! 行こうよっ!!」
 流れで服選びになった。フィラノスの街中にある適当な店に入り、一緒に男物の服を眺めている。
 ジェフリーは手袋を買う前提で手に持っているが、肌着を見ている。
 ジェフリーは下に黒いシャツを身に着けているが、上着はいいのだろうか。ミティアは眺めながら疑問に思っていた。
「全然温かそうじゃないね」
「もこもこした生地は動きにくくなるから好きじゃないな。傷だらけの腕が隠れてくれればいいと思っている」
 左腕に赤みが残るのもそうだが、注射の跡が気になっているらしい。針を刺した痕や痣がある。
 ミティアは別の指摘を入れた。
「上着はいいの? ぼろぼろのような気もするんだけど?」
「よくしてくれた先輩にもらったものだから、何となく愛着があって変えられないんだ。その先輩はもういないけどな」
「そうだったんだ」
 服の話をした記憶がない。ミティアも服装を気にしなかった。竜次が身分を隠すために変装や服を着崩したところは見た。肥えたせいで服がきついとサキが新調したこともあった。今の服に思い入れがあると自称するのはジェフリーが初だ。
 ほとんど一緒に選んでいないが、手袋と黒いロングシャツを購入した。その場で長袖のシャツに着替えた。
 黒いシャツが長袖になっただけ。そしてこのお金は自分のお金ではない。
 また怒られないかと、ミティアは少し心配だった。
 外に出て繁華街を抜け、噴水広場でいったん休憩をする。
 ジェフリーは屈伸したり、片足を浮かせて足首を回したりしている。本当に体が訛ってしまっているようだ。
 ミティアは心配をしていた。
「大丈夫?どこかで休む?」
「休むって何が?」
「んー、近いから宿で寝るとか?」
 宿で休む。寝る。ミティアと二人きり。ジェフリーの思考は停止した。
「どうしたの?」
「いや、何を言ってるのかわかってるのか?」
「顔が赤いけど、本当に大丈夫?」
「だ、誰のせいで!!」
 ジェフリーは喧嘩腰になりかけて、ぐっと抑え込んだ。昨日の今日で、過剰なまでに自制を意識する。意地を張って、悲しい思いをさせたくなかった。
「ジェフリー? やっぱり具合悪いの?」
「いや、ごめん。今夜ゆっくり休むから、心配しなくていい」
 仮にも唆されて宿に行ったら、それこそ男女の関係に発展してしまいそうだ。自制が効かなくなるのは今後のためにも困る。活動に支障が出るのだけは避けたい。今そんな羽目を外したら、再起不能になるかもしれない。
 やはりおかしい。何を考えているのかとジェフリーは自己嫌悪に陥る。絶対に変な薬を盛られたに違いない。かぶりを振って気持ちを落ち着かせる。
 ミティアはジェフリーの様子がいつもと違うと、必要以上に心配をした。
「どこか悪いの? わたし、これ以上ジェフリーに何かあったら……」
 ジェフリーはミティアの変化を見付けた。ミティアが覗き込んでじっと見ているせいだ。ジェフリーは右手でしっとりとした頬に触れる。
 ミティアは驚き、肩を震わせた。この仕草が可愛らしい。ジェフリーはそのまま親指で目尻に触れる。
「ひゃっ、う、痛い」
「たくさん泣いたんだな?」
 何度も擦ってしまったのだろう。ミティアの目尻は赤く腫れていた。
 再会したときもうれし泣きをしていた。自分のために泣いてくれる人がいる。こんなに思ってくれるのかと、ジェフリーは込み上げるものがあった。
「だって、わたしは、その……」
 ミティアが何か言いかけたところで、ジェフリーは頭を下げた。
「ちゃんと謝ってなかったよな。昨日は、カッとなって悪かった。あのまま一生別れるなんて、どう考えても後味が悪すぎる。ごめん……」
 ミティアは戸惑いながらも頷いて、ジェフリーの言葉に耳を傾ける。彼が謝りたいのはこれだけではない。
「突き放すようなことを言ってすまなかった。親父とはうまく話せたし、これからちゃんと向き合えると思う」
「そんな、謝らないで……」
「いや、俺が嫌なことから逃げてばかりだからいけないんだ。今回、死の淵に陥ってわかった。カッとならずにいるのは難しいが、踏み止まれるようには心がけようと思う。それで面倒なことが後回しになることは防げるだろう」
 もっと向き合ってやればよかったという後悔だ。
 話し合えば、気持ちが離れずに防げたかもしれない。両想いだったのに、意地がぶつかってこじれてしまった。
「俺はどんなミティアだって好きだ。嫌いになんてなれない。苦しいなら一緒に乗り越えたいし、支えたい。俺は本当に頼りない奴だけど、一人で抱え込まないでほしい。隠しごとなんてせず、変な気回しなんてしないでほしい」
「わたしにもわからないの……」
 ただこの場で謝って終息させるには、わだかまりが残ったままだ。ミティアは納得していないのか、ゆっくりと息を吐いた。
「わたしがひとりぼっちになってしまったら、どうすればいいの?」
 今のジェフリーには正しい答えを導けない。
「……」
 ジェフリーは言葉に詰まってしまった。昨日のせいで、絶対に一人にさせないと、言えなくなってしまった。
 どう答えればいいのかわからない。噴水の音がうるさく感じて苛立たせる。
 二人の会話に、別の声が加わった。
「それは簡単な答え、でしょう?」
 聞き覚えのある声だ。この場に緊張が走った。
「もう一度、『禁忌の魔法』得ればいい。そうでしょう?」
 最も恐れていた言葉だ。背筋が凍る。二人は声のした方へ目を向けた。声の主に見覚えがあった。赤毛で短髪、白衣ではなく茶色いマントを身に纏った男性と対峙した。
 物盗りやスリだったら、どんなによかっただろうか。
 男性はゆっくりと歩み寄り、セールスマンのように感情が読めない笑顔を見せた。
「やあ、ジェフリー・アーノルド・セーノルズ。それからミティア」
「兄さん……」
 ルッシェナだ。ミティアがジェフリーを庇うように身を乗り出そうとする。ジェフリーはそれを止めようとした。よりによって、本調子ではないときに遭遇するなど最悪だ。
 ルッシェナはゆっくりと歩み寄った。
「そんなに怖い顔しないでください。ここは魔法都市フィラノスです。街中で武器を振り回すほど、わたしも愚かではないですよ」
 ルッシェナはマントを上げ、丸腰だとアピールする。両手には痛々しい包帯が巻かれていた。大袈裟な怪我を見せびらかせた。だが、これを信じてはいけない。
「兄さん、どうして……」
「どうしてって、ミティアが望んでいたから迎えに来たんだよ?」
 ジェフリーは嫌な予感がした。ルッシェナはミティアを連れて行くつもりだ。
「こいつの話に耳を貸すな」
「えっ……」
「自分の兄貴だと思うな。こいつは悪魔だ!!」
 ルッシェナが狂ったように歯を見せて笑う。
「戦いますか? ボロ雑巾のように、ズタズタにして殺してしまってもいいのですけれど、あなたにも使い道がありますからね」
 ミティアは呆然としている。本性を知っているからこそ、『知られたくない秘密』をジェフリーに知られてしまうかもしれない。彼女の心は、嵐のように吹き荒れていた。
「今ここで、病み上がりでほとんど動けないこの男を殺すことも可能です。ミティア、一緒に来るならここは見逃してあげます。これから先、禁忌の魔法が使えた方がいいですよね? だって、大切な人たちが死ぬかもしれない」
「ジェフリーだけは、助けてくれるの?」
「あぁ、この場は見逃してあげるよ?」
 禁忌の魔法が得られる。ジェフリーが助かる。ミティアの心は傾いていた。
 ジェフリーはミティアの手を握り、思い止まるように諭す。
「行くな!! 行けば二度と戻って来られない。こいつがミティアにして来た仕打ちを思い出すんだ」
 ミティアはジェフリーの言葉に震えた。その理由は、ルッシェナから受けた『仕打ち』に反応をしている。戻って来られないことよりも、自分の秘密に震えた。
 通行人もいる。そこには出店だって、買い物をしている人だっているのだ。
 迫られる選択。時間がないと示す臨戦態勢。だがルッシェナの妙な落ち着きが気になる。通行人はミティアとジェフリーは認識しているのか、目を向けはする。
 ルッシェナには目もくれない。何かがおかしい。
「わたし、わたしは……」
 ミティアはジェフリーの手を解こうと抵抗した。
 その頃合いで威勢のいい声を耳にした。
「あぁっ、いたわ、あそこっ!!」
 二人は声がした方へ振り向く。
 ちょうど背後だった。腰に手を当ててご立腹のキッドと、圭馬を抱えたサキだ。
 ずかずかと二人のもとに歩み寄るキッドに、ミティアが大声で叫ぶ。
「ダメ!! 来ちゃダメっ!!」
「えっ? な、何?」
 せっかく合流したのに、様子がおかしいとサキは察知した。一歩も動かないまま、この場に魔法によるな『何か』を疑った。なぜそんなことをするのかというと、サキの勘が訴えたからだ。ミティアとジェフリーが二人きりでいるのに、楽しそうに見えなかった。
 サキは圭馬に確認を取る。サキの腕の中では圭馬が耳を立てていた。
「圭馬さん」
「ババァの方が詳しいだろうけど、幻影術かもね。二人の表情、あれはマジだよ」
 サキは圭馬を石畳に下ろし詠唱を開始する。手慣れてしまったもので、以前は三十秒から一分はかかったのに、早口で何とでもなってしまう。
「ディスペル!!」
 向かって正面に指を弾いた。魔法はミティアとジェフリーの間を抜ける。
 すり抜けた魔法の影響か、買い物に来ていたと思わしき男の子が持っていた青い風船が割れた。直後に男の子が喚き、母親と思わしき人に慰められていた。
 一般人に、術主がサキだと把握はできない。
「え、あれ?」
 ミティアはキョロキョロとしている。ジェフリーも辺りを見渡した。ルッシェナの姿はなかった。どういうことだろうか。
 サキはキッドとともに歩み寄った。何が起こっていたのか、全くわかっていないキッド。サキは含みのある笑みを浮かべていた。
 サキはわかっていて、わざとらしくジェフリーに言う。
「お邪魔しましたか? ちなみに僕は、探しに行くって言っていた姉さんを止めましたけどね」
 圭馬も追い打ちをかける。
「まーったく、お化けでも見た顔をしちゃって。デートどころじゃなかったね?」
 デートなんてとんでもない。キッドは口をあんぐりとさせ、呆れているようだ。
 普段ならこういうお節介には世話になりたくないのだが、今回は助かったとしか言いようがない。ジェフリーは再会をよろこぶより前にサキに礼を言う。
「助かった。お前には、一生頭が上がらない」
「では、下げっぱなしでいいですよ」
「あのなぁ……」
 とんだ茶番だ。ジェフリーは調子を崩した。崩されたおかげで頭が冷えた。煮詰まった思考が緩む。少し考えればわかることにジェフリーは気が付いた。
 サキは『それ』を語る。
「僕なりの考えですが、何か本当に危なかったら、あの剣士さんが飛んで来ると思いますよ。まだフィラノスにいるみたいですし」
 相変わらずキレのいい頭だ。褒めたいが、ジェフリーは完全に緊張が解けていない。
「よくないことが起こっていた。としか、今は言えない。みんなにも聞いてもらいたいから、先に合流しよう」
 ジェフリーはミティアの手を引く。彼女も気持ちが沈んでいた。
 それを見たキッドは気に食わない顔をしていたが、以前のように強引には引き離そうとしない。
 引き離すまではしないが、むしろ、サキの行動が目立つ。ジェフリーに恩を押し付けることが多くなったかもしれない。その活躍でミティアに好感を持ってもらうことが目的だ。恋愛対象ではなくても、自身の行動によってミティアの笑顔に貢献している。
「ジェフリーさん」
「何だよ」
「死んだら僕に恩返しができないから、死なないでくださいね」
 この憎まれ口がどんなに救いか。自慢げに鼻を鳴らし、勝ち誇ったような笑い方をしているが、嫌らしさは感じない。むしろこれで助かっている。
 ジェフリーはサキとは切っても切れない関係だと察した。期間限定の友だちから仲間、親友、もう悪友かもしれない。
「死んでも死にきれない」
 すずらん通りへ戻る途中は沈黙が続き、どうにも気まずかった。何気ない世間話を振るミティアも黙っている。
 気まずさを破るように、ジェフリーがキッドに話しかけた。
「キッド」
「え、何?」
 苛立っているのは返し方でわかっているが、あえて言っておこう。ジェフリーは神妙な態度で、キッドに詫びた。
「その、いつも喧嘩してすまない」
 キッドは急に足を止め、勢いでミティアが背中にぶつかった。
「わふぁ、キッドぉ?」
 キッドはいつものゴキブリを見るような蔑む目をジェフリーに向けている。
「あのさぁ、気色悪いからやめてくれない?」
 やめてくれと言われても、ジェフリーがやめるはずがない。特に今の彼は、痛悔したばかりなのだ。意識をあらためようと必死である。
「意見がぶつかってばかりで、心底不快に思っているなら、今のうちに謝っておく」
 倒れて多大な心配を掛けた自覚があるからこそ、いつもの態度を詫びたい。ジェフリーはそう思っていた。
 キッドは悪寒を訴えるように、腕を抱えてさすっている。本当に気持ち悪がっている様子がうかがえる。だが、ここまでいつもの態度だ。
「ホント、気色悪い。あたしに対してはいつもと同じでいいわ。今さら、変に優しくされると、今度は吐きそうになるから」
「なら、キッドに対しては今まで通りでいいのか?」
 特別扱いではないが、キッドに対しては、これまでが異常だったのかもしれない。
 勢い付いたキッドは深呼吸し、引きつった笑いを作った。
「じ、じゃあ、今からあたしと仲良くなりますか? ジェフリー君?」
 サキとミティアが、凍ったように動きを止めて目を丸くした。あのキッドが、ジェフリーを初めて名前で呼んだ。しかも『君』 までついている。
 ジェフリーは何度か瞬き、眉間にシワを寄せた。
「ダメだ。俺も気分が悪い」
「よしましょ。ずっとこのままが普通だから」
 キッドが先に歩き出した。不機嫌に見えるが、これもいつもと変わらない。何を思ったか知らないが、彼女はジェフリーの心境の変化を拒んだ。
 もしも二人が恋仲だったら、泣いてよろこぶかもしれないが、残念ながらそういう関係ではない。気配もない。微塵も。微粒子レベルでも。
 やり取りを聞いていたサキは苦笑いでアドバイスをする。
「変にご機嫌を取ろうと媚びを売るより、素直になる方が先かもしれませんよ」
「お前の助言はいつも正しい。そうだな、意識を変える」
 ジェフリーは死に際に直面したせいもあり、考えあらためるように意識をした。だが、あらためるものを履き違えているかもしれないと自身に疑惑を持った。
 それも気になるが、ミティアは相変わらずおとなしいのが気になる。
 
『わたしがひとりぼっちになってしまったら、どうすればいいの?』
  
 ジェフリーは頭に鈍い痛みを感じた。答えを探さないと、取り返しがつかなくなる。
 正しく導いてやらなければ。 
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