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え?わたくしは通りすがりの元病弱令嬢ですので修羅場に巻き込まないでください。
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わたくしはリィナ=ユグノア、伯爵令嬢です。
王立学園に通って半年、先日16歳になったばかりのピチピチの女生徒です。只今一人で教室移動をしています。
………ええ、ボッチ令嬢ですが何か?
それには理由がありますが、淋しくありません。……ええ、本当ですよコノヤロウ。
まあ、デビュタントもしていませんから同じ学年に知り合いもいませんし、身内からは見た目で遠巻きにされているだろうと言われていますが、失礼な話です。
そんなわたくしですが入学して半年、ボッチ以外平穏に過ごしています。授業でパートナーが必要になったり、グループになる際は持ち回りでクラスの方がご一緒してくれるので疎外感はございません。それに随時侍従が後ろに控えているので厳密に言えばボッチではないのですよ。
「リィナ様~、今日は家庭教師の方が来るので早く帰りましょうね。ね~ね~」
「………うっざ」
くだけた言い方でわたくしの後ろでうざ絡みしている者はハル、わたくしの侍従です。
黒髪茶目の浅黒い肌で執事服を来ていますがれっきとした女性で、周りの女生徒から『黒衣の麗人』ともてはやされていますが、わたくしから見たら只のチャラくて主人を敬わない乳姉妹です。
「あ、きちんと教室についた。リィナ様えらーい」
「…………」
ハルの馬鹿にした言い方に腹が立つものの、こればかりは反論できません。学園に入学するまで殆ど屋敷から出た事がなかったわたくしには広い学園の敷地は迷路のようで、半年の間で何度迷ったことか……思い出すと遠い目になってしまいます。しかもハルは迷子になってもこれも勉強と言って助けてくれません。逆に迎えの方が心配して何度かわたくしを回収するという事がありました。
しかしお迎えは有り難いのですが迷ったバツとして荷物を抱えるように連れて行くのはいかがなものかと。羞恥プレイ?
迷うのはどうにかしたいと思いますが迷った先で普段見れないものが見られるのは悪くはありません。先日も面白いものを見ましたもの。
そういえば最近、あまり良くない噂が生徒間で流れているようで。まあ、わたくしには関係ない事ですし信憑性に乏しいので我関せずを貫いていたのですがこの数日後、運悪く噂の集団に鉢合わせてしまったのです。
だ…断じて迷子になったからではありませんわ。ちょっと回り道しようと思っただけ……ゴニョゴニョ
◇◇◇◇◇
「あれ~、リィナ様また迷子ですか~?」
「ちょっ、人聞きの悪い事言わないで!ちょっと回り道しようと思っただけなんですからねっ!」
「あ~や~し~い~」
「煩いですわ!……ほら、知ってる場所に出…た……」
ニヤニヤするハルに言い訳をしながら歩いていると、見覚えがある噴水と花壇が美しい少し開けた場所に出たのを、ドヤ顔で言いかけたわたくしの目の前で不穏な雰囲気を出している集団に出くわしてしまいました。
小柄だけどボンキュッボンの女生徒を囲むように立っている数名の男子生徒とそれに向かい合うように佇んでいる数名の女生徒。何か言い合いをしています。
どうやらわたくし修羅場に遭遇してしまったようです!
あ、こら、後ろでワクワクした顔をするんじゃありません!
これは暇すぎて見ていた貴族名鑑の知識を活かす時!頭の中で捲りあげバチバチしている子息令嬢を確認ですわ!
(ボンキュッボンの女生徒の隣にいるのは第四王子のイルマイン様、その周りは侯爵家次男のハーツ様と伯爵家三男のゼフ様。
向かい合う中心にいるのが侯爵家のサラ様、両隣にいるのが伯爵家次女のユミーナ様と子爵家のマイナ様。
……うーん…ボンキュッボンの女生徒だけ分からない……面倒だからボンさんでいいか)
頭の中で顔と名前を一致させているわたくしには気づいていないようでボンさんが悲しげな表情でイルマイン殿下に何やら訴えている。
「……ミクはこうして訴えているが」
「身に覚えがありませんわ」
「嘘よ、後ろの取りまきにさせたんだわ!」
「なっ!」
ほほう、どうやら噂の渦中にいる人達でしたか。やれ教科書を破られたとか、やれ水をかけられたとか、やれ足を引っ掛けられたとか……噂を広めていたのは彼女でしたか。
わたくしに関係ない話ですし、気づかれていないようなのでそっとその場から離れようと歩き始めると、ボンさんに気づかれ「あっ、あの人っ!」と指を差されてしまいました。指を差すなチクショウめ。
まあ、侍従に日傘を差され歩いていれば目立ちますものね。「はい?」と返事をするとボンさんはとんでもない事を言い出しました。
「あの人、私に意地悪を言ったのぉ。ミク怖かったぁ」
はいーーー?
ボンさんとわたくし初めましてなんですが?何でわたくし巻き込まれてしまったのかしら?ボンさん当たり屋かしら?マズい、ハルが暗器に手をかけた音がします!
「……お前は誰だ?」
「…お初にお目にかかります。ユグノア伯爵家のリィナです。イルマイン殿下にご挨拶申し上げます」
急な飛び火に驚きながらも優雅にカーテシーをする。
「ユグノア……ああ、あの令嬢か」
家名を申し上げるとボンさん以外分かったようでイルマイン殿下がボンさんに本当か確認する。
「本当よぉ、イル信じて!」
そう言って殿下の腕に絡みつきボンさんのボンの部分を押し当てる。鼻の下のびてますよ、殿下。サラ様の咳でキリッとされても今更です。
「リィナ様ごきげんよう」
「はい、サラ様。数日ぶりですね」
「ほら、あの二人知り合いなのよ。だから共謀して私を貶めたんだわっ!」
はいーーー?(呆れ)
挨拶しただけで共謀したとか凄い発想力ですね!ハル、後ろで暗器を構えない!
何か面倒事に巻き込まれてしまったようですが顔には出しません、淑女だから!
面倒だけど…面倒だけど降りかかった火の粉くらいは自分で払いましょうか。
「殿下、発言宜しいでしょうか」
「うむ」
「わたくし先ほどここを偶然通りかかったものですから話の全容が分かりません。なので説明を…」
「それはあの人が取りまきに命令をして私の教科書を破いたり水をかけたのよ!それにこの前なんか足を引っ掛けられてタンコブまで作ったんだから!」
ボンさんわたくしまだ話している途中でしたわ!うーん、話す礼儀もなっていない、殿方にベタベタする……彼女は貴族ではなくて平民なのかしら?
「ミクさん、リィナ様がまだ話している途中でしたわよ。話を遮るのはいけませんわ」
「ほら、何でそうやって私に酷いこと言うの?」
貴族として当たり前の事がボンさんには分からない様子。ほら、殿下注意して!って無理かぁ。
「大体の事は分かりました。まずわたくしとボン…ミクさんは今、初めて話しましたわ」
「嘘よ!4月に『話し方が汚い』って言ったわ!」
「4月……それでは益々わたくしではありません」
初めの弱々しかった話し方が無くなりヒステリックに叫ぶボンさんに事実を話す。
「わたくし5月から学園に通い始めましたので」
「へっ?」
「理由は…まあ…1か月風邪で寝込んでました」
そう、入学前に風邪を引いてしまったわたくしはなかなか治らず5月から登校したのです。
「それは大変でしたわね。ユグノア伯爵家のリィナ様といえば病気がちで殆ど外には出ないことで有名でしたものね。わたくし今年からご一緒に学べると喜んでましたのよ」
「わたくしもサラ様と学べるようになって嬉しいです」
にっこり微笑み合っていると焦ったように話し始める。
「でもでもっ…この前足を引っ掛けたのあなたでしょ!私見たんだからねっ!」
「んー、それはさっき取りまきの方がしたと言っていたような?」
「そんな事言ってないわ!引っ掛けて走って逃げたでしょ!」
なんか色々つじつまが合わなくなってきましたね。
「僭越ながらお嬢様は病弱だったため運動をすると倒れてしまいます。ましてや走るなどできません」
「なっ……!」
あらあら焦っているようですね。ふふっ、ハルの過去形の喋りにサラ様は気づかれたようですがボンさんは気づいていないようですね。わたくしが病弱で寝込んでいたのは二年前までで今は健康です。ただまだ体調を崩しやすいので運動は禁止されていますが。
さて、疲れてきたのでそろそろおしまいにしましょうか。
「そういう事ですのでボン…ミクさんを罵ったり足を引っ掛けたのはわたくしではありません。それにサラ様もやっておりません」
「そんなことないっ!私が可愛くて婚約者よりイルと仲がいいから嫌がらせをしてるのよ!」
「いや、そこまで仲良くは……」
「殿下、鼻の下をのばしながら首を振っても説得力ありませんよ。……一応立場を弁えているようですしそこは何も言いませんがボンさん、サラ様があなたに危害を加えようとしたらそんな分かり易いやり方はしませんのよ」
「はあ?」
「サラ様は侯爵令嬢、本気を出せば既にボンさんはここに立っていません。静かに処理されてます。それほど彼女の家の力は大きいのですよ。それに取りまきといいましたが、取りまきとは家に寄って来る者達の事でそちらの方々は友人、とても仲が良ろしいと聞いております。ボンさん分かりましたか?」
「ボンさんって私の事?!あー、もういい!そんな屁理屈どうでもいい!私がもてすぎてるのが気に食わないから虐めたのを認めないのよ、そうでしょ!」
屁理屈ではなく事実を言っただけなんですけどね。どうやっても自分を『虐められてる私』にしたいのですね。
「……ふう、あまり言いたくなかったのですが仕方ないですね」
「なによ⁉」
「3日前、東校舎端のベンチの木陰、アイヅ令息。5日前、体育用具室前、ゼフ様、6日前、男子寮裏の林、エディカ令息」
「は⁉えっ⁉」
「この1週間、わたくしが見かけたボンさんと令息方の逢瀬です」
にっこり話すと皆様驚いた顔でボンさんとゼフ様を交互に見ています。あら、ゼフ様お顔が青いですね。
「放課後たまたま通った場所から見えまして。いやー凄いなーほーあんな事までしてしまうのねって感じで」
「ちょっと、何見てんのよ!つーか、あんなトコ誰も通らない場所でしょ!……もしかして私のストーカー⁉」
「いえ、お嬢様は迷子になっていただけです」
「迷子になりすぎじゃね⁉」
ハルーーー!何故バラすのです⁉そんなことを言うから皆様が残念な子を見る目でわたくしを見てるんですが⁉ほらそこニヤニヤしない!
「お顔が赤いですよ(ニヤニヤ)」
「誰のせいだと……!」
ハルにぷんすこ怒っていると先ほどわたくしが歩いて来た道から走って来る人影が見えた。
「リィナ!」
「ヴァルレジア殿下」
「兄上!」
白銀の髪をなびかせ爽やかな笑顔で走り寄り、わたくしの手を取るヴァルレジア殿下はイルマイン殿下の2つ上の第三王子です。まだ幼さが残るイルマイン殿下とは違い、細身ながらしっかりと筋肉が付いた躯体で甘い笑顔は男女関係なく魅了します。
「あまりにも遅くて心配してたら影から連絡が来て慌てたよ!」
「それは申し訳ありません。修羅場に巻き込まれていました」
「修羅場?」
眉根を寄せるその表情ですら麗しいですね。そしてアイスブルーの瞳はわたくしだけを映しています。
「ええ、実は…」
「ヴァル様ですよね⁉私あの人達に虐められてたんですぅ。助けてくたさぁいっ痛っ!」
ボンさんが甘ったるい声で話しかけヴァルレジア殿下の腕に手をかけた途端、後ろに控えていた御学友の方が剣の鞘で叩き落とし、触った箇所を拭かれています。ボンさんバイキン扱いされてますね。
そんなヴァルレジア殿下は一瞬ピクリとしましたが、わたくしから視線を外しません。うん、平常運転です。
「んー、あの子が原因かな?イールー報告を」
「はいっ、兄上!」
相変わらず察しが良い方で助かります。報告を聞きながら目線はわたくしをとらえ手をにぎにぎしています。可愛らしい方ですね。
「……なるほどね、その話はこちらでも把握しているよ」
「じゃあ!」
「それが全て自作自演だってこともね」
「そんな……!本当の事なんです!信じて下さいヴァル様!」
「……きみに私の名前を呼ぶ許可は出していないが?」
「…………!!」
やっとわたくしから逸らした瞳はその色の如く冷徹にボンさんを射抜きます。あら、これはかなり怒ってらっしゃいますね。
「私達王族には影で護衛する"影"が常に付いている。そしてそれに近しい者達や我々に害を為しそうな者にもね。だからリィナやサラ嬢にも常時付いている。もちろんきみにもね。……この意味分かるよね?」
顔を青くしたり赤くしたりして震えるボンさん。きっとあんなことやこんなことが見られていたと頭の中でぐるぐるしている事でしょう。6日前は凄かったですものね。
「さて、話は終わったね。私に心配させたリィナにはお仕置きだよ」
「えっ、わたくし巻き込まれただけなのですが」
えー、わたくし悪くありませんよね?やだ、そんな怖い笑顔を向けないでくださいませ。
「あの………兄上?」
「なんだい?」
「仲睦まじいようですが、兄上とユグノア嬢はどういう関係なのですか?」
「ああ、リィナは私の婚約者だ」
あら、皆様物凄く驚いていらっしゃいますね。目線を戻したヴァルレジア殿下はそれはもう蕩ける笑顔をわたくしに向けられております。
「知っての通りリィナは病弱でね、婚約を打診していたんだが病弱を理由にずっと断られ続けていて最近やっと婚約を了承してもらえたのだよ。そして先日16歳になったから今度の王家主催の夜会で発表するんだ。出会って13年、長かったよ」
「知らなかった……」
「伏せていたからね。知っているのは陛下夫妻と伯爵夫妻、第一、第五王子、それに同じ王子妃教育を受けているサラ嬢だけだ」
ヴァルレジア殿下の言う通り婚約を知っているのは一部の方のみ。王太子である第一王子と第五王子は国の中枢で働く事が決まっているので情報共有されています。もちろんサラ様はわたくしと一緒に王子妃教育を受けているので知っています。隣国へ王配として行った第二王子と第四王子はこの国に携わる事が無いので知りません。
そこでわたくし、ある事に気づきました。
「あのボンさん?」
「な、なによ?」
「イルマイン殿下の婚約者とは誰ですか?」
「はあ?あの女に決まっているでしょ⁉」
そう言って指を差した先にいるのはサラ様でした。……やはりボンさんは勘違いをしているようです。
「サラ様は第五王子の婚約者ですよ。第四殿下ではありません」
「えっ⁉」
ボンさんに驚きの顔で見られたイルマイン殿下は頭を縦に振り続けます。そんなお人形ありましたねぇ。
……あら、先ほどと違い気まずい雰囲気が漂っていますね。ちょっとヴァルレジア殿下、ここでわたくしを小脇に抱えるのはやめてくださいな。小っ恥ずかしいのですが。
「………ジア様、恥ずかしいので抱えないでくださいまし」
「お仕置きだからね。部屋でじっくり(学園の間取りを)指導してあげよう」
「無理です!わたくしのキャパはいっぱいですわ!ハル助け……こら、ニヤニヤしているんじゃありません!」
「殿下、いつもより激しくお願いします」
「任せなさい」
ハルの言葉に嬉々としてわたくしを抱えて歩くジア様に「じっくり…」「激しく…」とこぼしながら顔を赤くする面々に、変な意味ではないのよという言葉は聞こえていないようだった。
その後ジア様の指導が実ったかは度々抱えられているわたくしが目撃されている事で察してくださいな。
◇◇◇◇◇
おかしな騒動に巻き込まれてから数日後、わたくしは王宮の四阿でサラ様と王子妃教育の後にお茶を共にしています。もちろん話題はこの前の騒動です。
「お互い大変でしたね」
「そうですわね。しかしリィナ様は完全にとばっちりでしたわね」
同意するように肩を竦めると、サラ様は優雅にカップを持ち苦笑しながら紅茶を飲み小さく息を吐くとわたくしがジア様に連れられて行ってからを話してくださいました。
ボンさんはどうやらイルマイン殿下の婚約者はサラ様だと思っていたらしく、殿下を問い詰め婚約者は隣国の公女様で殿下には王位継承権が無いと聞いて発狂したそうです。
サラ様の見解では殿下に近づき仲良くなり婚約破棄させ、自分が婚約者になろうとしたのではないかと。
「無謀ですね。いくら殿下が婚約破棄したとしても上位貴族ではない、平民のボンさんが婚約者になる事などできないのに」
「本当にそうですわ。ましてやイルマイン殿下の婚約は国の繋がりを強固にする為のもの。破棄など出来るはずがないのに」
「仕方ないですね、この国では正妃様がお産みになられたお子だけが王位継承権を持っていて側妃様のお子は政治的に婿へ行かれるか降臣しかないのはあまり知られていないですから」
「そうですわね。王太子殿下とヴァルレジア殿下、マルグリット殿下があの人に狙われなくて良かったですわ」
「王太子殿下はもう学園を卒業してらっしゃいますし、マルグリット殿下は来年ご入学ですから手出しは出来なかったでしょう。ヴァルレジア殿下は……まあ、あの性格なので」
「ふふっ、愛されてらっしゃいますものね。……ほら、噂をすれば」
サラ様の目線の方を見るとヴァルレジア殿下とマルグリット殿下が足早にこちらへ向かって来る姿が見えます。
薔薇が咲き乱れる道を歩くお二人はとても絵になるお姿で見惚れてしまいます。
「リィナ!」
「サラ!」
満面の笑みで名前を呼ぶお二人は既に愛しい者しか見ていません。さすがご兄弟、婚約者しか目に映らないところまで似ていますね。
「ああ、リィナ…愛しい君…少しでも離れているのは辛いよ」
「私もサラといつでも一緒にいたいよ」
蕩けるようなアイスブルーの瞳に見つめられながらサラ様と顔を見合わせくすりとし、相手を見つめ
「「ええ、わたくしもです」」
今日もわたくししか見ない甘やかさが永遠に続きますようにと胸を温かくし、ヴァルレジア殿下に寄り添う。
王立学園に通って半年、先日16歳になったばかりのピチピチの女生徒です。只今一人で教室移動をしています。
………ええ、ボッチ令嬢ですが何か?
それには理由がありますが、淋しくありません。……ええ、本当ですよコノヤロウ。
まあ、デビュタントもしていませんから同じ学年に知り合いもいませんし、身内からは見た目で遠巻きにされているだろうと言われていますが、失礼な話です。
そんなわたくしですが入学して半年、ボッチ以外平穏に過ごしています。授業でパートナーが必要になったり、グループになる際は持ち回りでクラスの方がご一緒してくれるので疎外感はございません。それに随時侍従が後ろに控えているので厳密に言えばボッチではないのですよ。
「リィナ様~、今日は家庭教師の方が来るので早く帰りましょうね。ね~ね~」
「………うっざ」
くだけた言い方でわたくしの後ろでうざ絡みしている者はハル、わたくしの侍従です。
黒髪茶目の浅黒い肌で執事服を来ていますがれっきとした女性で、周りの女生徒から『黒衣の麗人』ともてはやされていますが、わたくしから見たら只のチャラくて主人を敬わない乳姉妹です。
「あ、きちんと教室についた。リィナ様えらーい」
「…………」
ハルの馬鹿にした言い方に腹が立つものの、こればかりは反論できません。学園に入学するまで殆ど屋敷から出た事がなかったわたくしには広い学園の敷地は迷路のようで、半年の間で何度迷ったことか……思い出すと遠い目になってしまいます。しかもハルは迷子になってもこれも勉強と言って助けてくれません。逆に迎えの方が心配して何度かわたくしを回収するという事がありました。
しかしお迎えは有り難いのですが迷ったバツとして荷物を抱えるように連れて行くのはいかがなものかと。羞恥プレイ?
迷うのはどうにかしたいと思いますが迷った先で普段見れないものが見られるのは悪くはありません。先日も面白いものを見ましたもの。
そういえば最近、あまり良くない噂が生徒間で流れているようで。まあ、わたくしには関係ない事ですし信憑性に乏しいので我関せずを貫いていたのですがこの数日後、運悪く噂の集団に鉢合わせてしまったのです。
だ…断じて迷子になったからではありませんわ。ちょっと回り道しようと思っただけ……ゴニョゴニョ
◇◇◇◇◇
「あれ~、リィナ様また迷子ですか~?」
「ちょっ、人聞きの悪い事言わないで!ちょっと回り道しようと思っただけなんですからねっ!」
「あ~や~し~い~」
「煩いですわ!……ほら、知ってる場所に出…た……」
ニヤニヤするハルに言い訳をしながら歩いていると、見覚えがある噴水と花壇が美しい少し開けた場所に出たのを、ドヤ顔で言いかけたわたくしの目の前で不穏な雰囲気を出している集団に出くわしてしまいました。
小柄だけどボンキュッボンの女生徒を囲むように立っている数名の男子生徒とそれに向かい合うように佇んでいる数名の女生徒。何か言い合いをしています。
どうやらわたくし修羅場に遭遇してしまったようです!
あ、こら、後ろでワクワクした顔をするんじゃありません!
これは暇すぎて見ていた貴族名鑑の知識を活かす時!頭の中で捲りあげバチバチしている子息令嬢を確認ですわ!
(ボンキュッボンの女生徒の隣にいるのは第四王子のイルマイン様、その周りは侯爵家次男のハーツ様と伯爵家三男のゼフ様。
向かい合う中心にいるのが侯爵家のサラ様、両隣にいるのが伯爵家次女のユミーナ様と子爵家のマイナ様。
……うーん…ボンキュッボンの女生徒だけ分からない……面倒だからボンさんでいいか)
頭の中で顔と名前を一致させているわたくしには気づいていないようでボンさんが悲しげな表情でイルマイン殿下に何やら訴えている。
「……ミクはこうして訴えているが」
「身に覚えがありませんわ」
「嘘よ、後ろの取りまきにさせたんだわ!」
「なっ!」
ほほう、どうやら噂の渦中にいる人達でしたか。やれ教科書を破られたとか、やれ水をかけられたとか、やれ足を引っ掛けられたとか……噂を広めていたのは彼女でしたか。
わたくしに関係ない話ですし、気づかれていないようなのでそっとその場から離れようと歩き始めると、ボンさんに気づかれ「あっ、あの人っ!」と指を差されてしまいました。指を差すなチクショウめ。
まあ、侍従に日傘を差され歩いていれば目立ちますものね。「はい?」と返事をするとボンさんはとんでもない事を言い出しました。
「あの人、私に意地悪を言ったのぉ。ミク怖かったぁ」
はいーーー?
ボンさんとわたくし初めましてなんですが?何でわたくし巻き込まれてしまったのかしら?ボンさん当たり屋かしら?マズい、ハルが暗器に手をかけた音がします!
「……お前は誰だ?」
「…お初にお目にかかります。ユグノア伯爵家のリィナです。イルマイン殿下にご挨拶申し上げます」
急な飛び火に驚きながらも優雅にカーテシーをする。
「ユグノア……ああ、あの令嬢か」
家名を申し上げるとボンさん以外分かったようでイルマイン殿下がボンさんに本当か確認する。
「本当よぉ、イル信じて!」
そう言って殿下の腕に絡みつきボンさんのボンの部分を押し当てる。鼻の下のびてますよ、殿下。サラ様の咳でキリッとされても今更です。
「リィナ様ごきげんよう」
「はい、サラ様。数日ぶりですね」
「ほら、あの二人知り合いなのよ。だから共謀して私を貶めたんだわっ!」
はいーーー?(呆れ)
挨拶しただけで共謀したとか凄い発想力ですね!ハル、後ろで暗器を構えない!
何か面倒事に巻き込まれてしまったようですが顔には出しません、淑女だから!
面倒だけど…面倒だけど降りかかった火の粉くらいは自分で払いましょうか。
「殿下、発言宜しいでしょうか」
「うむ」
「わたくし先ほどここを偶然通りかかったものですから話の全容が分かりません。なので説明を…」
「それはあの人が取りまきに命令をして私の教科書を破いたり水をかけたのよ!それにこの前なんか足を引っ掛けられてタンコブまで作ったんだから!」
ボンさんわたくしまだ話している途中でしたわ!うーん、話す礼儀もなっていない、殿方にベタベタする……彼女は貴族ではなくて平民なのかしら?
「ミクさん、リィナ様がまだ話している途中でしたわよ。話を遮るのはいけませんわ」
「ほら、何でそうやって私に酷いこと言うの?」
貴族として当たり前の事がボンさんには分からない様子。ほら、殿下注意して!って無理かぁ。
「大体の事は分かりました。まずわたくしとボン…ミクさんは今、初めて話しましたわ」
「嘘よ!4月に『話し方が汚い』って言ったわ!」
「4月……それでは益々わたくしではありません」
初めの弱々しかった話し方が無くなりヒステリックに叫ぶボンさんに事実を話す。
「わたくし5月から学園に通い始めましたので」
「へっ?」
「理由は…まあ…1か月風邪で寝込んでました」
そう、入学前に風邪を引いてしまったわたくしはなかなか治らず5月から登校したのです。
「それは大変でしたわね。ユグノア伯爵家のリィナ様といえば病気がちで殆ど外には出ないことで有名でしたものね。わたくし今年からご一緒に学べると喜んでましたのよ」
「わたくしもサラ様と学べるようになって嬉しいです」
にっこり微笑み合っていると焦ったように話し始める。
「でもでもっ…この前足を引っ掛けたのあなたでしょ!私見たんだからねっ!」
「んー、それはさっき取りまきの方がしたと言っていたような?」
「そんな事言ってないわ!引っ掛けて走って逃げたでしょ!」
なんか色々つじつまが合わなくなってきましたね。
「僭越ながらお嬢様は病弱だったため運動をすると倒れてしまいます。ましてや走るなどできません」
「なっ……!」
あらあら焦っているようですね。ふふっ、ハルの過去形の喋りにサラ様は気づかれたようですがボンさんは気づいていないようですね。わたくしが病弱で寝込んでいたのは二年前までで今は健康です。ただまだ体調を崩しやすいので運動は禁止されていますが。
さて、疲れてきたのでそろそろおしまいにしましょうか。
「そういう事ですのでボン…ミクさんを罵ったり足を引っ掛けたのはわたくしではありません。それにサラ様もやっておりません」
「そんなことないっ!私が可愛くて婚約者よりイルと仲がいいから嫌がらせをしてるのよ!」
「いや、そこまで仲良くは……」
「殿下、鼻の下をのばしながら首を振っても説得力ありませんよ。……一応立場を弁えているようですしそこは何も言いませんがボンさん、サラ様があなたに危害を加えようとしたらそんな分かり易いやり方はしませんのよ」
「はあ?」
「サラ様は侯爵令嬢、本気を出せば既にボンさんはここに立っていません。静かに処理されてます。それほど彼女の家の力は大きいのですよ。それに取りまきといいましたが、取りまきとは家に寄って来る者達の事でそちらの方々は友人、とても仲が良ろしいと聞いております。ボンさん分かりましたか?」
「ボンさんって私の事?!あー、もういい!そんな屁理屈どうでもいい!私がもてすぎてるのが気に食わないから虐めたのを認めないのよ、そうでしょ!」
屁理屈ではなく事実を言っただけなんですけどね。どうやっても自分を『虐められてる私』にしたいのですね。
「……ふう、あまり言いたくなかったのですが仕方ないですね」
「なによ⁉」
「3日前、東校舎端のベンチの木陰、アイヅ令息。5日前、体育用具室前、ゼフ様、6日前、男子寮裏の林、エディカ令息」
「は⁉えっ⁉」
「この1週間、わたくしが見かけたボンさんと令息方の逢瀬です」
にっこり話すと皆様驚いた顔でボンさんとゼフ様を交互に見ています。あら、ゼフ様お顔が青いですね。
「放課後たまたま通った場所から見えまして。いやー凄いなーほーあんな事までしてしまうのねって感じで」
「ちょっと、何見てんのよ!つーか、あんなトコ誰も通らない場所でしょ!……もしかして私のストーカー⁉」
「いえ、お嬢様は迷子になっていただけです」
「迷子になりすぎじゃね⁉」
ハルーーー!何故バラすのです⁉そんなことを言うから皆様が残念な子を見る目でわたくしを見てるんですが⁉ほらそこニヤニヤしない!
「お顔が赤いですよ(ニヤニヤ)」
「誰のせいだと……!」
ハルにぷんすこ怒っていると先ほどわたくしが歩いて来た道から走って来る人影が見えた。
「リィナ!」
「ヴァルレジア殿下」
「兄上!」
白銀の髪をなびかせ爽やかな笑顔で走り寄り、わたくしの手を取るヴァルレジア殿下はイルマイン殿下の2つ上の第三王子です。まだ幼さが残るイルマイン殿下とは違い、細身ながらしっかりと筋肉が付いた躯体で甘い笑顔は男女関係なく魅了します。
「あまりにも遅くて心配してたら影から連絡が来て慌てたよ!」
「それは申し訳ありません。修羅場に巻き込まれていました」
「修羅場?」
眉根を寄せるその表情ですら麗しいですね。そしてアイスブルーの瞳はわたくしだけを映しています。
「ええ、実は…」
「ヴァル様ですよね⁉私あの人達に虐められてたんですぅ。助けてくたさぁいっ痛っ!」
ボンさんが甘ったるい声で話しかけヴァルレジア殿下の腕に手をかけた途端、後ろに控えていた御学友の方が剣の鞘で叩き落とし、触った箇所を拭かれています。ボンさんバイキン扱いされてますね。
そんなヴァルレジア殿下は一瞬ピクリとしましたが、わたくしから視線を外しません。うん、平常運転です。
「んー、あの子が原因かな?イールー報告を」
「はいっ、兄上!」
相変わらず察しが良い方で助かります。報告を聞きながら目線はわたくしをとらえ手をにぎにぎしています。可愛らしい方ですね。
「……なるほどね、その話はこちらでも把握しているよ」
「じゃあ!」
「それが全て自作自演だってこともね」
「そんな……!本当の事なんです!信じて下さいヴァル様!」
「……きみに私の名前を呼ぶ許可は出していないが?」
「…………!!」
やっとわたくしから逸らした瞳はその色の如く冷徹にボンさんを射抜きます。あら、これはかなり怒ってらっしゃいますね。
「私達王族には影で護衛する"影"が常に付いている。そしてそれに近しい者達や我々に害を為しそうな者にもね。だからリィナやサラ嬢にも常時付いている。もちろんきみにもね。……この意味分かるよね?」
顔を青くしたり赤くしたりして震えるボンさん。きっとあんなことやこんなことが見られていたと頭の中でぐるぐるしている事でしょう。6日前は凄かったですものね。
「さて、話は終わったね。私に心配させたリィナにはお仕置きだよ」
「えっ、わたくし巻き込まれただけなのですが」
えー、わたくし悪くありませんよね?やだ、そんな怖い笑顔を向けないでくださいませ。
「あの………兄上?」
「なんだい?」
「仲睦まじいようですが、兄上とユグノア嬢はどういう関係なのですか?」
「ああ、リィナは私の婚約者だ」
あら、皆様物凄く驚いていらっしゃいますね。目線を戻したヴァルレジア殿下はそれはもう蕩ける笑顔をわたくしに向けられております。
「知っての通りリィナは病弱でね、婚約を打診していたんだが病弱を理由にずっと断られ続けていて最近やっと婚約を了承してもらえたのだよ。そして先日16歳になったから今度の王家主催の夜会で発表するんだ。出会って13年、長かったよ」
「知らなかった……」
「伏せていたからね。知っているのは陛下夫妻と伯爵夫妻、第一、第五王子、それに同じ王子妃教育を受けているサラ嬢だけだ」
ヴァルレジア殿下の言う通り婚約を知っているのは一部の方のみ。王太子である第一王子と第五王子は国の中枢で働く事が決まっているので情報共有されています。もちろんサラ様はわたくしと一緒に王子妃教育を受けているので知っています。隣国へ王配として行った第二王子と第四王子はこの国に携わる事が無いので知りません。
そこでわたくし、ある事に気づきました。
「あのボンさん?」
「な、なによ?」
「イルマイン殿下の婚約者とは誰ですか?」
「はあ?あの女に決まっているでしょ⁉」
そう言って指を差した先にいるのはサラ様でした。……やはりボンさんは勘違いをしているようです。
「サラ様は第五王子の婚約者ですよ。第四殿下ではありません」
「えっ⁉」
ボンさんに驚きの顔で見られたイルマイン殿下は頭を縦に振り続けます。そんなお人形ありましたねぇ。
……あら、先ほどと違い気まずい雰囲気が漂っていますね。ちょっとヴァルレジア殿下、ここでわたくしを小脇に抱えるのはやめてくださいな。小っ恥ずかしいのですが。
「………ジア様、恥ずかしいので抱えないでくださいまし」
「お仕置きだからね。部屋でじっくり(学園の間取りを)指導してあげよう」
「無理です!わたくしのキャパはいっぱいですわ!ハル助け……こら、ニヤニヤしているんじゃありません!」
「殿下、いつもより激しくお願いします」
「任せなさい」
ハルの言葉に嬉々としてわたくしを抱えて歩くジア様に「じっくり…」「激しく…」とこぼしながら顔を赤くする面々に、変な意味ではないのよという言葉は聞こえていないようだった。
その後ジア様の指導が実ったかは度々抱えられているわたくしが目撃されている事で察してくださいな。
◇◇◇◇◇
おかしな騒動に巻き込まれてから数日後、わたくしは王宮の四阿でサラ様と王子妃教育の後にお茶を共にしています。もちろん話題はこの前の騒動です。
「お互い大変でしたね」
「そうですわね。しかしリィナ様は完全にとばっちりでしたわね」
同意するように肩を竦めると、サラ様は優雅にカップを持ち苦笑しながら紅茶を飲み小さく息を吐くとわたくしがジア様に連れられて行ってからを話してくださいました。
ボンさんはどうやらイルマイン殿下の婚約者はサラ様だと思っていたらしく、殿下を問い詰め婚約者は隣国の公女様で殿下には王位継承権が無いと聞いて発狂したそうです。
サラ様の見解では殿下に近づき仲良くなり婚約破棄させ、自分が婚約者になろうとしたのではないかと。
「無謀ですね。いくら殿下が婚約破棄したとしても上位貴族ではない、平民のボンさんが婚約者になる事などできないのに」
「本当にそうですわ。ましてやイルマイン殿下の婚約は国の繋がりを強固にする為のもの。破棄など出来るはずがないのに」
「仕方ないですね、この国では正妃様がお産みになられたお子だけが王位継承権を持っていて側妃様のお子は政治的に婿へ行かれるか降臣しかないのはあまり知られていないですから」
「そうですわね。王太子殿下とヴァルレジア殿下、マルグリット殿下があの人に狙われなくて良かったですわ」
「王太子殿下はもう学園を卒業してらっしゃいますし、マルグリット殿下は来年ご入学ですから手出しは出来なかったでしょう。ヴァルレジア殿下は……まあ、あの性格なので」
「ふふっ、愛されてらっしゃいますものね。……ほら、噂をすれば」
サラ様の目線の方を見るとヴァルレジア殿下とマルグリット殿下が足早にこちらへ向かって来る姿が見えます。
薔薇が咲き乱れる道を歩くお二人はとても絵になるお姿で見惚れてしまいます。
「リィナ!」
「サラ!」
満面の笑みで名前を呼ぶお二人は既に愛しい者しか見ていません。さすがご兄弟、婚約者しか目に映らないところまで似ていますね。
「ああ、リィナ…愛しい君…少しでも離れているのは辛いよ」
「私もサラといつでも一緒にいたいよ」
蕩けるようなアイスブルーの瞳に見つめられながらサラ様と顔を見合わせくすりとし、相手を見つめ
「「ええ、わたくしもです」」
今日もわたくししか見ない甘やかさが永遠に続きますようにと胸を温かくし、ヴァルレジア殿下に寄り添う。
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