【完結】逃げ出した王女は隣国の王太子妃に熱望される

風子

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婚約者

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庭園から王宮に入ると、部屋に戻る為長い回廊を歩く。
窓から差し込む光が等間隔に嵌め込まれた鏡に反射し、アーチ型の回廊は明るい。
思いのほか、ひと気のない回廊に急に大きな足音が響いてきた。

「ルリア!」

突然大声で名を呼ばれて振り返る。
そこには長い間婚約者であったカイト•ブロイドが走ってくる姿があった。

「カイト‥」

息を切らせて私の元まで来ると、両肩をギュッと掴んだ。

「ルリア、聞いてくれ!話があるんだ」

「先程、王妃から聞きましたわ」

肩にあるカイトの手をそっと外した。

「私達の婚約が解消されたそうですね。本当なのですか?」

「違うんだ!あれは父と王妃が勝手に決めたことで、私はまだ受け入れていない!
私はルリアと」

「あら~?カイト様?何のお話ですの?」

「メルディナ!」

いつの間にか王妃の娘であるメルディナがカイトの後ろにやって来ていた。

「私達の結婚式に招待するお話かしら?カイト様はとても楽しみにされていますものね」

笑いながらカイトの腕に手を添えた。

「う、嘘をつくのはやめてくれ!まだ承諾したわけではない」

「式の日取りも決まりましたのに、何を仰っているのかしら?」

驚いて目を見開いてしまう‥

「もう、式を挙げるのですか?」

「まぁ、ルリア様ったら無粋ですのね。愛し合ってる私達は、今すぐにでも式を挙げたいのですわ」

勝ち誇ったようにメルディナが笑う。
婚約を解消したばかりでもう式を挙げるだなんて、きっと私が王宮を去ってからすぐに準備をしていたのだろう。

メルディナは、昔から私の婚約者であるカイトを気に入っていた。
由緒あるブロイド公爵家の長男である彼は、この大国でも指折りの美丈夫である。
そのうえ、誠実で優しい人柄である彼は女性の憧れの的だった。
私の婚約者に決まったのは五年前、私が十三の時だった。
一つ年上の、仲の良かった彼の人柄を両親が気に入り、カイトも幼いながらに「ルリア王女を守って生きてゆきたいです」と皆の前で宣言した事が決め手となり婚約者となった。
穏やかで優しいカイトとは、気を張らずに過ごせる為居心地が良かった。
私の両親の事故が無ければ今頃はもう式を挙げていたはずだった。
それが喪が明けてからと延期になっていたのだ。

「私達、一ヶ月後には式を執り行いますのよ。そうそう、ルリア様もカールフラン公爵とご結婚をされるとか。おめでとうございます」

カイトに腕を絡め、これ見よがしにぴったりとくっついている。

「何?カールフラン公爵だって?」

カイトは琥珀色の美しい瞳を大きく開いた。

「私はするつもりはございません」

はっきり言うと

「王妃様に背くおつもりですか?」

後ろからケリーが間髪入れずに言ってくる。

「ルリアと話をさせてくれ」

そう言ってカイトがメルディナを離そうとするが、メルディナは余計に力を入れてしがみついている。
相変わらず品のない女だと呆れてしまう。
母親のライナ王妃にそっくりね‥‥

「婚約者の私がいながら、他の女と話がしたいだなんて、母とブロイド公爵に言いつけますよ!いいのですか?」

「なっ、いや‥それは‥‥」

しがみついたままメルディナが強く言うと、カイトは急に黙ってしまった。
やはり‥そうなのね‥‥
彼の優しさは時に優柔不断でもあった。
父親に逆らえない性格は変わらないままだ。
昔から私とのお茶会を邪魔しに来るメルディナを、仕方ないと受け入れていた彼は今後もメルディナには強く言えないだろう。
それは父親であるブロイド公爵が、ライナ王妃の実家であるバンホワイト家と親しい関係であったからだ。
カイトが私をいつも気遣ってくれていたことは実感していた。
けれど、何もかも捨てて私と一緒になりたいと言ってくれる強さは感じない。
たとえカイトが私と一緒になりたいと言ってもメルディナは離さないだろう。
そして両親を失った後ろ盾のない私との結婚はブロイド公爵も許さないだろう。
ならば、カイトと私が一緒になることなどできないと悟った。

「メルディナ様、カイト様、どうぞお幸せに」

一言そう言い残すと私は踵を返して歩き出した。

「ルリア!待ってくれ」

カイトの声と同時に

「さぁ、カイト様行きましょう」

メルディナの嬉しそうな声が聞こえる。

「ルリア!ルリア!」

もうどうでもいいわ‥‥
今すぐこの王宮を出て行きたいだけ‥‥

私はカイトの呼ぶ声に振り返ることなくその場を去った。

部屋に入ると侍女のケリーが付いてくる。

「あなたはもう下がって」

「ですが、明日の準備を手伝うように王妃様から言いつかっております」

「結構よ!あなたが部屋に入るのなら、カールフラン公爵とは顔も合わせないわ」

「王妃様に背くおつもりですか?」

ケリーは詰め寄るように声を荒げた。

「背いてほしくなかったら、あなたが出て行くことね」

「‥‥かしこまりました」

バタンッ
強く扉を閉められた。

私はベッドにうずくまり声を殺して泣いた。
この三ヶ月、何度こうして一人で涙を流してきたかわからない。
お母様‥お父様‥何故私を一人置いていってしまったの‥‥


私の名はルリア•アルンフォルト。
父は先代国王であり母は王妃であった。
ひとり娘の私は十七年間、王女として大切に育てられてきた。
三ヶ月前、バンホワイト公爵領に良質の鉱山が発見されたことを受け、視察に訪れた父と母はそこで事故に遭い亡くなった。
それは、私の十八の誕生日二週間前の出来事だった。
カイトとの結婚式は、私の十八の誕生日に執り行われるはずだった。
バンホワイト公爵家は、ライナ王妃の実家である。
結婚式目前の視察と事故。
私にはどうしてもライナ王妃が無関係とは思えなくなっていた。

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