【完結】逃げ出した王女は隣国の王太子妃に熱望される

風子

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ヨハンの願い

死んだのか?
俺は本当に死んでしまったのか‥?

呼吸も苦しくない記憶もしっかり残っている。
体もあるし痛いところもない。

生きているのか?

ただ目の前に広がるのは白くて何もない部屋だ。
部屋というには広すぎるか‥
遮る物のない上も下も分からない空間に漂っているようだ。

ここはどこだ?

生け贄として死んだはずだ。
もし俺が生きていたならルリアちゃんは助かっていないかもしれない‥

『お前の命は生け贄としてあの世界では消えている』



小さな光の玉が声と共に目の前に降りてくる。
それは手のひらよりも少し大きい光の玉でよく見れば玉ではなく渦だ。
光の渦が玉のように見えている。

この渦が‥神?

『愚かなる人間は神の姿など知らぬだろう
お前達のような姿をしていると思ったか
無知な者ほど思い込むものだな』

『母神様
そのように下界の者を苛めるのは大神の意ではありませんよ
生け贄には時間がないのですから怒りを収めて私にお任せください
母神様とて娘があれほどの念に縛られていては連れ戻すのが難しいことは承知のはず
少し悪戯がすぎたのではありませんか』

光の渦の横には教会で見たことがあるような女神の石像が浮かび上がる。
表情の無い石像から声が聞こえ、これは一体‥なんだというのか‥これも神の姿か?

天国か地獄か、それとも生と死の狭間なのか。
自分が今死んでいるのかさえも分からない。
人は死ぬと皆ここへくるのだろうか‥

『娘を愛しいと思うは神とて同じ
連れ戻したいと思うのは当然であろう』

『あのように念に絡め取られていては諦めるしかないでしょう
さぁここは私にお譲りください』

光の渦は一瞬で消えた。

『カグヤは随分と愛されているようですね
神の子はどうも下界の人間に執着されやすいようで時には宗教や争いのもとになるのは何故かしら
全く本質からずれているのだけれどね
今は時間がないのだから急ぎます
神が生け贄を受け入れるのは慈悲よ』

「慈悲?」

『古来より生け贄となる者は地位の低い者か弱き者幼き者
権力者の犠牲となってきた
大神はその生け贄に新たな生をやり直す機会を与える為に生け贄を受け入れるの
幼き者には最初からの生を
苦しんできた者には望む生を選ばせてあげるのよ
そなたは金のある暮らしを望むのか
地位や名誉ある人間になりたいのか
それとも性別を変えるか
どの人生にするか決めなさい』

頭が追いつかない。
これは夢か?現実か?
真っ白い空間に石像がいて望む人生を選んでいいと言う。
こんな‥都合のいい夢を俺は見ているんだろうか。

『時間がないのよ
生をやり直すには悩んでいる時間がないの
死んでから時間が経ちすぎるとやり直せずに消滅されるから』

「ほ‥本当にやり直せるのならルリアちゃんと出会ったあの日に!
初めて会ったあの日からやり直させてください」

『やはり執着をみせるのか
新たな人生ではなく時の巻き戻しだけでよいというのか』

「はい、もう一度生きられるのならば彼女の側に、どうか彼女の側に戻してください」

『じつに人間らしい
ではそのように』

「あの、もしその時に戻ったら、その‥今までの世界というか現実はどうなるのですか」

『そのまま続いている
そなたが望む人生の世界を新たに作り出すだけのこと
世界がひとつしかないとでも思っているのかしら』

「いえ、私は無知で何も‥知らないものですから」


『何も心配せずともよいわ
神に任せなさい
カグヤとは親神様が同じ姉妹ですからカグヤが愛されていることは喜ばしいことです
カグヤを愛し子をたくさん作り幸せな人生を送るといいわ』

「ありがとうございます、本当にありがとうございます」

『下界でこの話は決してしないことを今ここで約束しなさい
もし万が一にでも天上の話をすればそなたの世界をその瞬間消滅させます』

「‥‥わかりました、お約束いたします。
決して決してここでの話しはしません」

『自分の幸せの為です
約束は守りなさい
ではカグヤと未来永劫幸せにね』



~~~~~~~~~~~~~~~

母神様は随分とカグヤを気に入っておられるようね
まだ諦めていないとは
よほどあの形がうまく作れたと思っているのね
下界で人の子を生むようなものを天上に連れ戻すなど穢らわしい
あのような穢れたものが神のもとに戻るなどあってはならない
いつまでも下界で繋ぎ止めてもらわねばならない
もっと人間に執着され輪廻転生を繰り返し未来永劫あちらの世界にいてくださいましね
こちらにはお戻りになりませんように姉神様









~~~~~~~~~~~~~~~

ん‥
体が重い‥

まるで押さえつけられるような、重力に引っ張られているような不思議な感じだ。
今までそんなことを感じたこともないのに自分の体がやけに重く沈んで感じるのは何故だろう。


コンコン
「ヨハン?」

母さん?‥母さんの声だ。

「はい?」

ガチャ

「まぁあなた!いつまで寝ているの?
今日は船が着く日だから迎えに行くと言ってたじゃない、具合でも悪いの?」

「船?‥ってフェルネス伯父さんが?」

「何を寝ぼけたことを言ってるの?
大丈夫?具合が悪いなら他の者に行かせるわ」

これは現実か?

「まっ、待って母さん!行くよ!
今日ってさ、もしかして‥‥もしかして収穫祭かな?違う?」

胸の鼓動が速くなる。
返事が怖い‥

「何言ってるのよこの子は!
本当にどうかしちゃったのかしら、医者を呼ぶ?頭を打ったの?」

「いいから教えてくれ」

「当たり前じゃないの!
今日は国が一番賑わう収穫祭よ!
忘れる人がいるなんて信じられないわ!」

「本当に収穫祭なんだね?これは現実になったんだね?」

「ヨハン‥‥あなた頭の病気か何かになったんじゃ」

「急いで準備して伯父さんを迎えに行ってくるよ!
大丈夫心配しないで、寝ぼけてただけだから」

母はとても心配そうに青ざめた顔をする。
だが今はそんなことは気にしていられない。
とにかく早く伯父を迎えに行かなきゃならない。

もし‥もし時が本当に戻っていてこれが現実なら、夢でないなら彼女はいるはずだ。
彼女に会えるはずだ。
興奮しすぎて心臓が痛い。
ベッドから飛び起き服を選ぶ。
あの日は確か‥このワインレッドを着てたはず。
やり直すんだ、これが神の与えてくれた世界なら俺の為に作り出された世界なんだから。
絶対に同じ過ちは繰り返さない。
彼女の側にいるのは今度こそ俺なんだ。


馬車の中では緊張で手が震えたままだった。
彼女に会うまではまだ喜べない。
本当にやり直せているのかまだわからない。
落ち着け‥‥落ち着こう。
俺が神に人生のやり直しをさせてもらったことは絶対に言えないことだ。
俺が不自然な行動をとって怪しまれてはいけない。
自然に、いつも通りに伯父を迎えるんだ。


船着場の賑わいはいつにも増している。
今日は国にとって特別な日。
国が一番活気あふれる日だ。
あの日に戻っているのならもう着いたはずだ。
まずは深呼吸‥落ち着いて‥伯父を探してから。

あっ‥

「フェルネス伯父さん!」

「おお!ヨハンか!」

俺を見つけて軽く手を上げる。
すぐ後ろにはショールを深く被った女性。

心臓が痛いほどに早鐘を打つ。
待て、顔を見てからでないとまだ信じられないじゃないか。
自分に言い聞かせて二人の前に立つ。

「私の妹の子です。ヨハン・モーガンといいます」

「まぁ、フェルネスさんの妹さんの?」

彼女がショールを取り軽く膝を曲げる。

「ルリアです」


時が戻った‥‥
あの日に戻ったんだ‥‥
あぁ神様感謝します。
彼女に会わせてくださったこと心から感謝します。
神はなんて慈悲深く優しいのか、感謝してもしきれない。

「初めましてヨハンです。
伯父さん、こんな美人を連れてきてどうしたんですか?」

嬉しさのあまり彼女の顔をじっと見つめてしまう。

「こら!ヨハン、失礼だろう」

「ああ‥これは失礼しました。
ルリアさんがお綺麗でしたので舞い上がってしまいました」

初対面なんだから気をつけなくては‥
そう思ってるのに美しい彼女を目の前にすれば目を離すことなどできない。
あの日のあの時と全く同じ光景だ。
出会ったあの頃に本当に戻っている。

「ルリアさん、甥が無礼で申し訳ありません」

「いいえ、急に付いてきたのは私の方ですから驚かせてしまってごめんなさい」

あぁ‥やっぱり君はなんて綺麗なんだろう。
あの時と同じその仕草、微笑みひとつが目に焼き付いて離れないままだ。

「こら!ヨハン!初めて会う女性をじろじろ見るのは失礼だぞ!早く馬車に案内しろ」

「あっはい、伯父さん」

伯父の声にハッとする。
ここから間違えてはいけないんだ。
もう二度と同じ過ちは繰り返さない。
すべてはここから始まったのだから‥

収穫祭には絶対に行かない。
ベルラードには決して会わせない。
このまま領地へ向かい、そしてすぐに求婚しよう。
受け入れてもらえるまで諦めない。
彼女の事情は知り尽くしている。
どんな手を使おうとも俺の妻になってもらうんだ。
俺の世界だ。
この人生は神が与えてくださった贈り物だ。
一生離さない。
ルリアちゃん‥‥昔も今もこれから先も未来永劫君を愛している。











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