1 / 463
第9部 倒錯のイグニス
プロローグ
しおりを挟む
古びた門をくぐると、そこは一面の花畑だった。
色とりどりの秋の花々が見渡す限り視界を覆い、低い丘を取り巻いている。
沼人形工房の、その屋外展示場の入口である。
七尾ヤチカは、花畑の上に広がる空の青さに目を細めると、ゆったりした足取りで歩道を歩き出した。
黒いブレザーに黒のスラックスを穿いたヤチカは、髪を短く切り、いつになくボーイッシュなスタイルだ。
それでも下半身にぴったり張りついたスラックスが強調する尻は、小ぶりながらなかなかエロチックである。
丘の中央は浅い池になっている。
その池を取り巻く歩道には、所々に人形たちが佇んでいる。
人形といっても、よほど近づかなければそれとわからない、至極精巧なフィギュアたちである。
中世ヨーロッパの上流階級の令嬢風の娘もいれば、セーラー服の少女、和服姿の日本女性もいる。
その間を通り抜け、池を取り巻く歩道を中ほどまで歩くと、花壇の中へと逸れた小路のつきあたりに、木造のあずまやがあった。
「遅くなりました」
頭を下げて中に入ると、銀色の髪を3段のお団子にした大きな頭部が動いた。
その下から凶悪なほど立派な鷲鼻と、皿のように大きい目玉が現れる。
この工房の主、沼真布だ。
「お座り」
三等身の身体を派手な和服に包んだ老婆が、鼻でヤチカを促した。
「は、はい」
恐縮して老婆の前を足早にすり抜けると、奥に座っていたジャンパー姿の男が腰を浮かせ、お辞儀をした。
黒いサングラス以外は、どこといって特徴のない中肉中背の中年男である。
「あんたに紹介したいのはね、この人だよ」
ヤチカが木製のベンチに座るや否や、老婆が言った。
「井沢義男さん。雑誌の編集者さ」
「は、はあ…」
軽く会釈して、ヤチカは戸惑ったような眼を男に向けた。
「あの、挿絵のご依頼か、何かでしょうか…?」
職業画家であるヤチカの許には、たまにイラストの依頼が来ることがある。
そのひとつかと思ったのだ。
「いや、仕事じゃなくてね」
老婆が意味ありげに口角を吊り上げた。
「本人は、あんたの同類だと言っている」
「え…?」
ヤチカの躰に緊張が走った。
まさか…。
知られている?
私の正体…。
私が、外来種だってことが…。
「このサングラスはね。伊達眼鏡なんですよ」
ふいに、笑いを含んだ口調で男が言った。
「はずしてもいいのですが、そうすると、面倒なことになりかねない。だから、あなたには、まだ早いかと思いましてね」
何の話かわからない。
呆然としているヤチカに、老婆が妙なことを言い出した。
「それはそうと、池の中を見てくれたかい? 正三の新作を並べておいたんだが」
「池の中、ですか…?」
「ここからでも見えるよ。ほら」
老婆に言われて手すりに近寄ったヤチカは、花壇越しに垣間見える池のほうに目をやって、あっと声を上げた。
浅い池の中に、思い思いの格好で、裸の少女たちがが何人も寝そべっている。
よく見ると、髪型こそ違え、皆同じ顔立ち、同じ体つきをしていた。
「杏里ちゃん…」
ヤチカはつぶやいた。
「そう、杏里だ。いつかおまえも絵に描いていた、あのとびっきりの美少女さね」
「どうして、こんなに…?」
以前正三が制作した杏里をモデルにしたラブドールは、黒野零に持ち去られ、由羅をおびき寄せる道具に使われた挙句壊されたので、今は存在しないはずである。
度肝を抜かれ、言葉を失ったヤチカに、老婆が言った。
どこか面白がっているような口調だった。
「私がつくらせたのさ。最近、急に、あの子が恋しくなっちゃってね。正直に言うと、今、私は、あの子がほしくてたまらないんだよ」
色とりどりの秋の花々が見渡す限り視界を覆い、低い丘を取り巻いている。
沼人形工房の、その屋外展示場の入口である。
七尾ヤチカは、花畑の上に広がる空の青さに目を細めると、ゆったりした足取りで歩道を歩き出した。
黒いブレザーに黒のスラックスを穿いたヤチカは、髪を短く切り、いつになくボーイッシュなスタイルだ。
それでも下半身にぴったり張りついたスラックスが強調する尻は、小ぶりながらなかなかエロチックである。
丘の中央は浅い池になっている。
その池を取り巻く歩道には、所々に人形たちが佇んでいる。
人形といっても、よほど近づかなければそれとわからない、至極精巧なフィギュアたちである。
中世ヨーロッパの上流階級の令嬢風の娘もいれば、セーラー服の少女、和服姿の日本女性もいる。
その間を通り抜け、池を取り巻く歩道を中ほどまで歩くと、花壇の中へと逸れた小路のつきあたりに、木造のあずまやがあった。
「遅くなりました」
頭を下げて中に入ると、銀色の髪を3段のお団子にした大きな頭部が動いた。
その下から凶悪なほど立派な鷲鼻と、皿のように大きい目玉が現れる。
この工房の主、沼真布だ。
「お座り」
三等身の身体を派手な和服に包んだ老婆が、鼻でヤチカを促した。
「は、はい」
恐縮して老婆の前を足早にすり抜けると、奥に座っていたジャンパー姿の男が腰を浮かせ、お辞儀をした。
黒いサングラス以外は、どこといって特徴のない中肉中背の中年男である。
「あんたに紹介したいのはね、この人だよ」
ヤチカが木製のベンチに座るや否や、老婆が言った。
「井沢義男さん。雑誌の編集者さ」
「は、はあ…」
軽く会釈して、ヤチカは戸惑ったような眼を男に向けた。
「あの、挿絵のご依頼か、何かでしょうか…?」
職業画家であるヤチカの許には、たまにイラストの依頼が来ることがある。
そのひとつかと思ったのだ。
「いや、仕事じゃなくてね」
老婆が意味ありげに口角を吊り上げた。
「本人は、あんたの同類だと言っている」
「え…?」
ヤチカの躰に緊張が走った。
まさか…。
知られている?
私の正体…。
私が、外来種だってことが…。
「このサングラスはね。伊達眼鏡なんですよ」
ふいに、笑いを含んだ口調で男が言った。
「はずしてもいいのですが、そうすると、面倒なことになりかねない。だから、あなたには、まだ早いかと思いましてね」
何の話かわからない。
呆然としているヤチカに、老婆が妙なことを言い出した。
「それはそうと、池の中を見てくれたかい? 正三の新作を並べておいたんだが」
「池の中、ですか…?」
「ここからでも見えるよ。ほら」
老婆に言われて手すりに近寄ったヤチカは、花壇越しに垣間見える池のほうに目をやって、あっと声を上げた。
浅い池の中に、思い思いの格好で、裸の少女たちがが何人も寝そべっている。
よく見ると、髪型こそ違え、皆同じ顔立ち、同じ体つきをしていた。
「杏里ちゃん…」
ヤチカはつぶやいた。
「そう、杏里だ。いつかおまえも絵に描いていた、あのとびっきりの美少女さね」
「どうして、こんなに…?」
以前正三が制作した杏里をモデルにしたラブドールは、黒野零に持ち去られ、由羅をおびき寄せる道具に使われた挙句壊されたので、今は存在しないはずである。
度肝を抜かれ、言葉を失ったヤチカに、老婆が言った。
どこか面白がっているような口調だった。
「私がつくらせたのさ。最近、急に、あの子が恋しくなっちゃってね。正直に言うと、今、私は、あの子がほしくてたまらないんだよ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる