激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【激闘編】

戸影絵麻

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第9部 倒錯のイグニス

#1 抑圧

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 わずか3日間の連休を間にはさんだだけなのに、ずいぶん久しぶりな気がした。
 正門を入ると、杏里は登校する生徒たちの流れの中で立ち止まり、玄関ホールの上の時計塔を見上げた。
 文字盤は午前8時ちょうどを指している。
 10月2週目の火曜日。
 あれからたった3日しか経っていないのに、本当に、遠いところまで来てしまった…。
 胸に刺すような痛みを覚え、改めてそう思う。
 脇を通りすぎる生徒たちは、話しかけてはこないものの、誰もが例外なく杏里に鋭い視線を投げてくる。
 バスの中の被害を軽減するために、きょうは校則通りのスカート丈だ。
 それでも杏里のフェロモンは抑えようがなく、立っているだけで周囲に影響を及ぼしつつあった。
 故意に速度をゆるめた男子生徒たちに囲まれながら、ぶらぶらと歩き出した時である。
「おっす、杏里、朝から何冴えない顔してんのさ」
 高い位置からよく通る声が降ってきて、見上げると隣に長身の少女が並んでいた。
 クラスメートのひとり、純だった。
 よもや自分に話しかけてくる生徒がいるとは露とも思っていなかった杏里は、つかの間声を失った。
 が、やがて、ああ、そうだった、と思い直す。
 純だけは、”浄化”に成功しているのだ。
 つまり彼女は、杏里に対して何のわだかまりも持っていない。
 だからこうして、平気で声をかけてくることができるのに違いない。
「杏里はさ、どうせクラスメートの名前なんて覚えちゃいないだろうから、改めて自己紹介しとくよ。あたしは入江純。よろしくね」
 純はいかにも運動部のレギュラーといった感じの少女である。
 一流アスリートを思わせる体格の持ち主だ。
 彼女の出現に水を差された格好で、周囲を遠巻きにしていた男子生徒たちが、夢からさめたような表情をして、杏里からそそくさと遠ざかっていった。
「相変わらず人気者だね。杏里ってばさあ」
 その様子を横目で見ながら、呆れたように純が言う。
 どう返事をしていいかわからず、まごついていた時である。
 ふいに校内放送が入る前触れのマイクの音がして、放送部の女生徒の声が流れ始めた。
 -8時40分から、緊急の全校朝礼を始めます。生徒の皆さんは、至急、体育館に集まってください。繰り返します。8時40分から、緊急の…-
「全校朝礼?」
 玄関脇に立つポールの上のラッパ型スピーカーを見上げながら、純が薄い眉を吊り上げた。
「何よそれ? 急もいいとこじゃない?」
「そうね。何かしら?」
 杏里も首をかしげた。
 生徒たちの流れは途中で針路を変え、体育館のほうへと向かっていく。
 先に着いていた生徒たちが、わらわらと教室から出てくるのが校舎の窓越しに見えた。
「ま、それで少しでも授業が潰れるんなら、あたしとしては大歓迎なんだけどね」
 純はニッと笑うと、杏里の腕を取った。
「取り合えず、行ってみるべか」

 学年、クラスごとに並んだ生徒たちで、体育館はいっぱいだった。
 秋の肌寒い朝とはとても思えない、むせ返るような熱気である。
 クラスの列の最後尾に、杏里と純は立った。
 列の真ん中あたりに、肉まんじゅうのようなふみの巨体がはみ出している。
 そのすぐ後ろにいる小柄な女子は、璃子のようだ。
 ふたりとも、きょうは登校しているとみえる。
 ほかに、山田唯佳、佐伯忠雄あたりが、ようやく杏里が名前を覚えた生徒たちだ。
 正面ステージの下には、教頭の前原を筆頭にして、浮かぬ顔をした教師たちが勢ぞろいしていた。
 その中には担任の木更津や、あの新米社会科教師の姿もあった。
 壇上に長身で恰幅のいい大山校長が姿を現すと、生徒たちのざわめきが次第に収まり始めた。
 モアイ像に似た大山は、腹の底から選挙演説のような大きな声を出す。
 それを知っているためか、生徒たちの反応は素直なものだった。
 集まった生徒たちをぎょろりとした目で睥睨すると、その大山が、何の前置きもなく、突然声を張り上げた。
「全校生徒の諸君。よおく聞きなさい。きょうから学園祭までの二週間、学内での性的行為は一切禁止する。違反者は1か月の自宅謹慎。質の悪いものは即刻退学とする。いいな?」
 声にこそ出さないが、生徒たちの間に目に見えぬ不満のマグマのようなものが急速に膨れ上がるのがわかった。
 それを敏感に察した大山が、しめたとばかりににやりと笑う。
「その代わり、学園祭には、君たち全員に満足してもらえるような、ある一大イベントを計画している。どうか、それまでの辛抱だと思って、あと二週間、なんとか我慢してほしい」


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