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第9部 倒錯のイグニス
#10 周辺情勢
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「なんだ、その恰好は? また派手にやられたもんだな」
ルナに借りたブレザーから、泥だらけの素足を出した杏里を見るなり、小田切が眼鏡の奥で眉をひそめた。
三和木を上がってすぐの、8畳間である。
この家では居間にあたるそこで、小田切はちゃぶ台に向かって胡坐をかき、新聞から顔を上げたところだった。
「居たの?」
そ知らぬふりを装って、靴を脱ぐ杏里。
ブレザーは股下ギリギリの長さしかないので、どう気をつけても下着が見えてしまうのは否めない。
「ご挨拶だな。会議が続いた後だから今日は非番だよ。今朝、言わなかったか?」
杏里が本部の地下に缶詰めにされ、3回戦を戦っている間、小田切や冬美は上層階で開かれた会議に出ていた。
そのことを言っているのだろう。
「さあ」
気のない返事をして横をすり抜けようとした時、
「外来種か?」
何の前触れもなく、ふいに小田切が言った。
ぎくりと足を止める杏里。
「どうしてわかったって言いたいのか? 刻印が消えてないだろう、まだ」
杏里はハッと胸元に視線を落とした。
はだけたブレザーの前から、ブラジャーに押し上げられた乳房の一部が見えている。
その谷間の上あたりにあるのは、あの五芒星形の白いあざだ。
かなり薄くなっているのだが、その道の専門家である小田切の目はごまかせなかったらしい。
「よく無事だったな。ボディガードの由羅はもういないのに」
頬にも泥をつけた杏里の顔をしげしげと眺めながら、小田切が嘆息する。
「それなんだけど…」
ようやく話す気になり、杏里は小田切の対面に胡坐をかいた。
この姿勢だと、正面からはパンティが丸見えになるが、相手が朴念仁の小田切だから、何の心配もない。
「近くの森の中の道で、襲われたの。たぶん、おとといの通り魔殺人の犯人だと思う。見た目は地味なサラリーマンだったんだけど、すごく力が強くて素早くて…」
そうなのだ。
それが今の杏里の懸念事項だった。
サイコジェニーは、独力で外来種を狩れ、と杏里に言った。
しかし、これほど身体能力に差があっては、こっちのペースに持ち込む前に殺されてしまいかねない。
いくら不死身のタナトスといえ、脳をやられたらおしまいだ。
だから、さっきみたいに気管を塞がれ、脳への酸素の供給が止まるというのもある意味危険なのだ。
きょうの体験で、杏里はそのことを今更のように痛感させられたのだった。
「でも、そこに、変な子が現れたの」
「変な子?」
小田切の眉が吊り上がる。
「富樫ルナって名乗ってた。私といずなちゃんをサポートする、新しいパトスなんだって。勇次、知ってる?」
アクアマリンの瞳。
西洋人形のようなフェイス。
透き通るような肌の、日本人離れした美少女…。
「シンガポールから呼び戻されたんだって言ってた。なんだか、迷惑そうだった」
「冬美が、臨時に誰かつけるとは言ってたが…意外に早かったな」
顎をさすりながら、小田切が宙をにらんだ。
「富樫ルナか…どんなタイプだった?」
「念動力者。念力で外来種を吹っ飛ばして、車にぶつけて殺したの。なんか、血も涙もないって感じだった」
「外来種に同情してどうする」
小田切が苦笑した。
「あのトーナメント戦で消耗したユニットの穴を埋めるために、委員会は海外に助っ人を要請したそうだ。EU圏やアメリカのほうが、わが国より生体移植に対する倫理規定が緩いんでね、向こうでは日々新たなタナトスやパトスが生み出されている。一体つくるのに何年もかかる日本とは、ずいぶんと事情が違うのさ」
「でも、ジェニーは私に、ひとりで戦えって言ったのよ。だから、私には、もうパトスはいらない。由羅じゃないパトスなんて、全然お呼びじゃないんだから」
自然に声が大きくなった。
「しかし、その娘に助けられたのは事実なんだろう? 冬美はまだ無理だと判断したのさ。おまえひとりではね」
「余計なお世話! 冬美さんに言っておいて! あの子を二度と私に近づけないでって!」
「何怒ってるんだ? おかしなやつだな」
小田切のぼやきをしり目に、席を立つ。
自分の部屋に入り、机の上にポケットから取り出したスマホを置いた時だった。
ラインメッセージ着信の表示が目に入った。
純からだ。
-考えてくれた? 体験入部?
-ん? なんだっけ?
手早く返事をすると、
-なんだっけじゃないでしょ。レスリング部だよ。
と怒りの顔文字。
-いいよ。
ためらった末、そう送り返した。
ここに答えがあるかも。
ふとそう思ったからだった。
ルナに借りたブレザーから、泥だらけの素足を出した杏里を見るなり、小田切が眼鏡の奥で眉をひそめた。
三和木を上がってすぐの、8畳間である。
この家では居間にあたるそこで、小田切はちゃぶ台に向かって胡坐をかき、新聞から顔を上げたところだった。
「居たの?」
そ知らぬふりを装って、靴を脱ぐ杏里。
ブレザーは股下ギリギリの長さしかないので、どう気をつけても下着が見えてしまうのは否めない。
「ご挨拶だな。会議が続いた後だから今日は非番だよ。今朝、言わなかったか?」
杏里が本部の地下に缶詰めにされ、3回戦を戦っている間、小田切や冬美は上層階で開かれた会議に出ていた。
そのことを言っているのだろう。
「さあ」
気のない返事をして横をすり抜けようとした時、
「外来種か?」
何の前触れもなく、ふいに小田切が言った。
ぎくりと足を止める杏里。
「どうしてわかったって言いたいのか? 刻印が消えてないだろう、まだ」
杏里はハッと胸元に視線を落とした。
はだけたブレザーの前から、ブラジャーに押し上げられた乳房の一部が見えている。
その谷間の上あたりにあるのは、あの五芒星形の白いあざだ。
かなり薄くなっているのだが、その道の専門家である小田切の目はごまかせなかったらしい。
「よく無事だったな。ボディガードの由羅はもういないのに」
頬にも泥をつけた杏里の顔をしげしげと眺めながら、小田切が嘆息する。
「それなんだけど…」
ようやく話す気になり、杏里は小田切の対面に胡坐をかいた。
この姿勢だと、正面からはパンティが丸見えになるが、相手が朴念仁の小田切だから、何の心配もない。
「近くの森の中の道で、襲われたの。たぶん、おとといの通り魔殺人の犯人だと思う。見た目は地味なサラリーマンだったんだけど、すごく力が強くて素早くて…」
そうなのだ。
それが今の杏里の懸念事項だった。
サイコジェニーは、独力で外来種を狩れ、と杏里に言った。
しかし、これほど身体能力に差があっては、こっちのペースに持ち込む前に殺されてしまいかねない。
いくら不死身のタナトスといえ、脳をやられたらおしまいだ。
だから、さっきみたいに気管を塞がれ、脳への酸素の供給が止まるというのもある意味危険なのだ。
きょうの体験で、杏里はそのことを今更のように痛感させられたのだった。
「でも、そこに、変な子が現れたの」
「変な子?」
小田切の眉が吊り上がる。
「富樫ルナって名乗ってた。私といずなちゃんをサポートする、新しいパトスなんだって。勇次、知ってる?」
アクアマリンの瞳。
西洋人形のようなフェイス。
透き通るような肌の、日本人離れした美少女…。
「シンガポールから呼び戻されたんだって言ってた。なんだか、迷惑そうだった」
「冬美が、臨時に誰かつけるとは言ってたが…意外に早かったな」
顎をさすりながら、小田切が宙をにらんだ。
「富樫ルナか…どんなタイプだった?」
「念動力者。念力で外来種を吹っ飛ばして、車にぶつけて殺したの。なんか、血も涙もないって感じだった」
「外来種に同情してどうする」
小田切が苦笑した。
「あのトーナメント戦で消耗したユニットの穴を埋めるために、委員会は海外に助っ人を要請したそうだ。EU圏やアメリカのほうが、わが国より生体移植に対する倫理規定が緩いんでね、向こうでは日々新たなタナトスやパトスが生み出されている。一体つくるのに何年もかかる日本とは、ずいぶんと事情が違うのさ」
「でも、ジェニーは私に、ひとりで戦えって言ったのよ。だから、私には、もうパトスはいらない。由羅じゃないパトスなんて、全然お呼びじゃないんだから」
自然に声が大きくなった。
「しかし、その娘に助けられたのは事実なんだろう? 冬美はまだ無理だと判断したのさ。おまえひとりではね」
「余計なお世話! 冬美さんに言っておいて! あの子を二度と私に近づけないでって!」
「何怒ってるんだ? おかしなやつだな」
小田切のぼやきをしり目に、席を立つ。
自分の部屋に入り、机の上にポケットから取り出したスマホを置いた時だった。
ラインメッセージ着信の表示が目に入った。
純からだ。
-考えてくれた? 体験入部?
-ん? なんだっけ?
手早く返事をすると、
-なんだっけじゃないでしょ。レスリング部だよ。
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-いいよ。
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