激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【激闘編】

戸影絵麻

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第9部 倒錯のイグニス

#11 入部審査①

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 性的行為禁止令のおかげで、翌火曜日は何事もなく過ぎた。
 ただ、教室内にわだかまる鬱屈の総量は明らかに増加しているようで、杏里はそれを自分に向けられる視線の数々に、嫌というほど感じることができた。
 誰もが、性欲のはけ口を失って、気が狂いそうになっている。
 フェロモンの塊のような杏里がすぐそばにいるのに、手も足も出せないのだ。
 それだけに、杏里は2週間後の学園祭が怖かった。
 臨界点に達した600人に、私はいったいどう立ち向かえばいいのだろう。
 そのことを思うと、どうしようもなく気持ちが塞いできた。
 できれば何もかも捨てて、どこか遠くに逃げ出したい。
 そう、痛いほど思う。
 でも、それではダメなのだ。
 ここで逃げては、由羅に顔向けができないから。
 私を一人前のタナトスにするために、命を張った由羅に申し訳ないもの…。

「行くよ、杏里。噂によるとさ、もうだいぶ集まってきてるみたいだよ」
 終業のチャイムが鳴ると同時に、机の間を縫って長身の純がやってきた。
「う、うん」
 カバンに教科書を詰める手を止めて、仕方なく立ち上がる。
 きのうあんなことがあり、図らずも純の予言が的中してしまった以上、杏里自身、レスリング部には興味が芽生えていた。
 格闘技なら、外来種対策の護身術に使えるのではないか。
 ふとそう思ったのだ。
 別に高度な技を身につけたいというわけではない。
 外来種に襲われた時、ただやられっぱなしではなく、ほんの少しでいいから、こちらが有利な体勢になるための体の動かし方、そんなものが学べれば…。
 つまり、杏里が望むのは、攻撃のためのレスリングではないのだ。
 己の性的魅力を最大限発揮するためのテクニックのひとつ。
 それをレスリングから学べないかと考えたのである。
 ただ、同時に気が進まないのも確かだった。
 体力と運動神経には、からっきし自信がない。
 タナトスの特性で、躰が柔軟であることだけは取り柄だが、逆を言えばそれ以外何もない。
 入部希望者がそんなにも多いのなら、そもそも入部自体難しいのではないか。
 それが正直なところである。
 だが、純はそんな杏里の悩みに忖度する気は毛頭ないらしい。
「ほら、早く。荷物なんて、あとで取りに戻ればいいんだから」
 引きずられるようにして渡り廊下を渡り、体育館の玄関口に来た。
 ご丁寧にも、下駄箱の脇に『曙中学レスリング部 入部審査会場』なる紙を貼り付けたT字が立てられている。
 そこに、女子ばかりの50人ほどの長蛇の列ができていた。
 並んでいるのは、どれも体格のいい生徒たちばかりである。
 さすがにこの時期、3年生はいないにしても、みんなほかの運動部でレギュラーをつとめていそうな強者ばかりだ。
「無理よ」
 杏里はしり込みした。
「純は大丈夫だろうけど、私は絶対無理」 
「そんなのわかんないでしょ」
 そう言う純自身、杏里の体格を一瞥すると、自信なさげに目を泳がせた。
 ブラウスを押し上げる毬のように大きく丸い胸。
 きわどいスカートの下の張り切った尻。
 艶めかしい太腿からふくらはぎにかけての曲線は、ほどよく脂は乗っているものの、筋肉の気配もない。
 審査はかなりのスピードで進められているらしく、済んだ生徒が入れ替わりに次から次へと外に出てくる。
「ひゃあ、きびしーっ」
「いけると思ったんだけどなあ」
 そんな会話が耳に飛び込んできた。
「でも、最初っから10人しか取らないなんて、小谷先生、よっぽど本格モードみたいだね」
 たった10人…。
 杏里は踵を返して教室に帰りたくなった。
 入部不可だったらしい少女たちは、誰もが杏里よりずっと体育会系の体つきをしているのだ。
 あの子たちが受からないのに、私なんかが合格するはずがないじゃない…。
 後ろから押され、純に続いてよろめきながら館内に足を踏み入れると、長机を縦に並べた受付があった。
「ここに学年とクラス、それから名前を書いてねん」
 どこかで聞いたことのある、ねっとりした独特のしゃべり方。
 ハッと顔を上げると、人混みが割れて乳牛を思わせる巨体が視界に飛び込んできた。
「あれ、ふみじゃん。それに璃子も」
 長机の向こう側のふたりに気づいて、純が素っ頓狂な声を出す。
「あんたたち、何やってるの? こんなとこで?」
「何って、ずいぶんと御挨拶だな」
 肉襦袢が体操着を着たようなふみの隣で、璃子が鋭い眼を光らせた。
「あたいらは、レスリング部部員第1号と第2号なんだよ」
 マジで…?
 杏里は絶句した。
 最悪の事態だった。
 まさかこの凶悪二人組が、レスリング部に…?
「ほら、これに着換えて先生んとこ、行くんだよ」
 怯んだ杏里に、ニタリと笑いかけると、璃子が水着のようなものを渡してきた。
 両手で受け取った杏里は、その正体に気づいて息を呑んだ。
 白いレオタードだ。
 しかも、生地が異様に薄く、胸のパットも、股間のクロスもない。
 レスリングって、こんなの着るの…?
 心の中でつぶやいた時、
「さ、杏里、着替えるよ。あそこの衝立の陰が、臨時の更衣室みたいだね」
 杏里の肩を押して、威勢よく純が言った。
 
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