14 / 463
第9部 倒錯のイグニス
#13 入部審査③
しおりを挟む
「え? いきなりそれ?」
杏里のほうを振り向いて、純が困ったような顔をした。
「まいったな、レスリングなんてやったことないってのに」
「カモーン!」
そんな純を、アニスが手招きする。
オレンジ色のレオタードに、黒のハーフパンツといった出で立ちの黒人少女は、細身ながら鍛え上げられたアスリートのような体つきをしている。
「がんばって」
杏里の声援に、
「うん」
軽くうなずいてみせると、純は果敢にマットに立った。
両足を開き、重心を引くして構えるアニス。
どうみても、この子、経験者だ。
その隙のない構えを見て、杏里は思った。
きっと、小谷先生がアメリカンスクールかどこかからスカウトしてきた現役選手に違いない。
まだ入部もしていない私たちを、そんな選手と戦わせるなんて…。
パイプ椅子に戻り、腕組みしている小谷先生が恨めしくなる。
ホイッスルが鳴った。
鳴らしたのは、いつのまにか先生の脇に立った璃子だった。
審判のつもりなのだろう。
持ち前の鋭い眼で、値踏みをするように純のほうを睨みつけている。
と、その純が動いた。
ダっとばかりにダッシュすると、両腕を伸ばし、いきなりアニスにつかみかかったのだ。
純も素早かったが、アニスの動きはそれを更に上回っていた。
相手の突進を紙一重の差でかわすと、躰を斜めに倒しながら右足で純の左足を払った。
「わっ」
大柄な純の身体が宙に浮く。
だが、さすがバレー部の副キャプテンだけのことはある。
純は倒れなかった。
大きくバランスを崩したものの、とっさに両手両足を大の字に広げると、綺麗なフォームでくるりと横転したのである。
どっとどよめく野次馬たち。
-すごーおい!ー
-さすがバレー部!ー
賞賛の声が異口同音に上がった。
「よし、そこまで」
それをかき消すように、小谷先生の野太い声が響く。
やおら立ち上がると、大股に純の元に歩み寄った。
「素晴らしい反射神経だ。腰のばねもいい」
純の肩に両手を置き、その体をほれぼれと眺めた。
純も長身だが、小谷小百合はその更に10センチは背が高い。
「合格だ。ぜひ入部してほしい」
純の背中をひとつ叩くと、かすかに口角を吊り上げた。
どうやら笑ったらしい。
「楽屋で待ってな。あとで正式な入部手続きがあるから」
璃子が顎でステージの裏のほうを示してみせる。
暗幕の陰からふみが半身をはみ出させていて、
「こっちよーん」
と気味悪い声で純を手招きした。
「やったよ、杏里」
振り向いて右の親指を立てる純。
「おめでとう」
笑顔で見送ったものの、杏里は緊張で生きた心地がしなかった。
次は自分の番なのだ。
私には、とてもあんな芸当はできないのに…。
純がステージの下手に姿を消すと、
「杏里、おまえの番だ」
にやにや笑いながら、璃子が呼んだ。
「アニスは、小谷先生お抱えの次期オリンピック候補だ。そんなすごい選手に相手をしてもらえるなんて、幸せだと思え」
オリンピック候補…。
ますます目の前が暗くなる。
「カモーン」
ニコニコしながら、人差し指をクイクイさせてアニスが杏里を招く。
そのチョコレート色の丸顔は、愛嬌たっぷりで可愛らしく、こんな時でなかったら友達になりたいと思うほどだ。
杏里はしぶしぶマットの端に立った。
胸と股の間から手を外せないでいると、
「ほら、挑戦者、ちゃんと構えて」
璃子が審判ぶって注意を促してきた。
そんなこと言ったって…。
しかたなく、手をどける。
対面のアニスがただでさえ丸い目を皿のように見開き、ヒューっと口笛を吹いた。
「タマリマセンネ」
流暢だが、妙なアクセントの日本語でつぶやいた。
「時間だ。始める」
腕時計に目をやり、璃子がホイッスルを吹き鳴らす。
だが、だからといって、杏里には行動のしようがない。
だいたい、何をしていいのかわからないのだ。
さっきと同じ構えをとったアニスが、時計回りにじりじり動き始めた。
杏里にできることと言えば、距離が縮まらないよう、自分も同じ方向に弧を描いて移動するだけ。
「来ナイノデスカ?」
逃げ腰の杏里を不思議そうに眺め、アニスが訊いた。
杏里は答えられない。
躰のラインがむき出しのレオタードが恥ずかしくてならないが、今はそれどころではなかった。
恐怖で口の中がからからに干上がってしまっている。
気を落ち着けるために唾を飲み下したくても、その唾さえ湧いてこないのだ。
「ドシタノデスカ? デハ、ワタシカラ行キマスヨ」
そう口にしたとたん、だしぬけにアニスの姿が視界から消えた。
オレンジ色が視野の隅をかすめたと思った瞬間、背中に強い衝撃が来た。
両腕をつかまれ、後ろに引きずり倒される。
が、完全には倒れない。
アニスが両腕で背後から杏里の腕をつかみ、持ち上げにかかっているからだ。
アニスの足が外側からふくらはぎに絡みつき、杏里の足を左右に押し広げていく。
逆海老の形に反り返ったまま、杏里の身体がじわじわと上昇した。
マットに背中をつけ、両手両足を使って、起重機のようにアニスが杏里を持ち上げているのだ。
「うは、いきなりロメロスペシャルかよ! なんて大技を! しかもこいつはめちゃエロい!」
璃子が嬉しそうに叫ぶのが聞こえてきた。
両腕、両足を後ろに引っ張られ、奇妙な格好で杏里は宙に浮いている。
しなる躰で、薄いレオタードが今にも破れそうだ。
ステージ下から異様などよめきが立ち上ってきた。
それは純の時とは明らかに異なる、暗い興奮に満ちたざわめきだった。
針のように突き刺さる執拗な視線を全身に感じ、杏里の股間がじっとりと濡れ始めるのに、大して時間はかからなかった。
杏里のほうを振り向いて、純が困ったような顔をした。
「まいったな、レスリングなんてやったことないってのに」
「カモーン!」
そんな純を、アニスが手招きする。
オレンジ色のレオタードに、黒のハーフパンツといった出で立ちの黒人少女は、細身ながら鍛え上げられたアスリートのような体つきをしている。
「がんばって」
杏里の声援に、
「うん」
軽くうなずいてみせると、純は果敢にマットに立った。
両足を開き、重心を引くして構えるアニス。
どうみても、この子、経験者だ。
その隙のない構えを見て、杏里は思った。
きっと、小谷先生がアメリカンスクールかどこかからスカウトしてきた現役選手に違いない。
まだ入部もしていない私たちを、そんな選手と戦わせるなんて…。
パイプ椅子に戻り、腕組みしている小谷先生が恨めしくなる。
ホイッスルが鳴った。
鳴らしたのは、いつのまにか先生の脇に立った璃子だった。
審判のつもりなのだろう。
持ち前の鋭い眼で、値踏みをするように純のほうを睨みつけている。
と、その純が動いた。
ダっとばかりにダッシュすると、両腕を伸ばし、いきなりアニスにつかみかかったのだ。
純も素早かったが、アニスの動きはそれを更に上回っていた。
相手の突進を紙一重の差でかわすと、躰を斜めに倒しながら右足で純の左足を払った。
「わっ」
大柄な純の身体が宙に浮く。
だが、さすがバレー部の副キャプテンだけのことはある。
純は倒れなかった。
大きくバランスを崩したものの、とっさに両手両足を大の字に広げると、綺麗なフォームでくるりと横転したのである。
どっとどよめく野次馬たち。
-すごーおい!ー
-さすがバレー部!ー
賞賛の声が異口同音に上がった。
「よし、そこまで」
それをかき消すように、小谷先生の野太い声が響く。
やおら立ち上がると、大股に純の元に歩み寄った。
「素晴らしい反射神経だ。腰のばねもいい」
純の肩に両手を置き、その体をほれぼれと眺めた。
純も長身だが、小谷小百合はその更に10センチは背が高い。
「合格だ。ぜひ入部してほしい」
純の背中をひとつ叩くと、かすかに口角を吊り上げた。
どうやら笑ったらしい。
「楽屋で待ってな。あとで正式な入部手続きがあるから」
璃子が顎でステージの裏のほうを示してみせる。
暗幕の陰からふみが半身をはみ出させていて、
「こっちよーん」
と気味悪い声で純を手招きした。
「やったよ、杏里」
振り向いて右の親指を立てる純。
「おめでとう」
笑顔で見送ったものの、杏里は緊張で生きた心地がしなかった。
次は自分の番なのだ。
私には、とてもあんな芸当はできないのに…。
純がステージの下手に姿を消すと、
「杏里、おまえの番だ」
にやにや笑いながら、璃子が呼んだ。
「アニスは、小谷先生お抱えの次期オリンピック候補だ。そんなすごい選手に相手をしてもらえるなんて、幸せだと思え」
オリンピック候補…。
ますます目の前が暗くなる。
「カモーン」
ニコニコしながら、人差し指をクイクイさせてアニスが杏里を招く。
そのチョコレート色の丸顔は、愛嬌たっぷりで可愛らしく、こんな時でなかったら友達になりたいと思うほどだ。
杏里はしぶしぶマットの端に立った。
胸と股の間から手を外せないでいると、
「ほら、挑戦者、ちゃんと構えて」
璃子が審判ぶって注意を促してきた。
そんなこと言ったって…。
しかたなく、手をどける。
対面のアニスがただでさえ丸い目を皿のように見開き、ヒューっと口笛を吹いた。
「タマリマセンネ」
流暢だが、妙なアクセントの日本語でつぶやいた。
「時間だ。始める」
腕時計に目をやり、璃子がホイッスルを吹き鳴らす。
だが、だからといって、杏里には行動のしようがない。
だいたい、何をしていいのかわからないのだ。
さっきと同じ構えをとったアニスが、時計回りにじりじり動き始めた。
杏里にできることと言えば、距離が縮まらないよう、自分も同じ方向に弧を描いて移動するだけ。
「来ナイノデスカ?」
逃げ腰の杏里を不思議そうに眺め、アニスが訊いた。
杏里は答えられない。
躰のラインがむき出しのレオタードが恥ずかしくてならないが、今はそれどころではなかった。
恐怖で口の中がからからに干上がってしまっている。
気を落ち着けるために唾を飲み下したくても、その唾さえ湧いてこないのだ。
「ドシタノデスカ? デハ、ワタシカラ行キマスヨ」
そう口にしたとたん、だしぬけにアニスの姿が視界から消えた。
オレンジ色が視野の隅をかすめたと思った瞬間、背中に強い衝撃が来た。
両腕をつかまれ、後ろに引きずり倒される。
が、完全には倒れない。
アニスが両腕で背後から杏里の腕をつかみ、持ち上げにかかっているからだ。
アニスの足が外側からふくらはぎに絡みつき、杏里の足を左右に押し広げていく。
逆海老の形に反り返ったまま、杏里の身体がじわじわと上昇した。
マットに背中をつけ、両手両足を使って、起重機のようにアニスが杏里を持ち上げているのだ。
「うは、いきなりロメロスペシャルかよ! なんて大技を! しかもこいつはめちゃエロい!」
璃子が嬉しそうに叫ぶのが聞こえてきた。
両腕、両足を後ろに引っ張られ、奇妙な格好で杏里は宙に浮いている。
しなる躰で、薄いレオタードが今にも破れそうだ。
ステージ下から異様などよめきが立ち上ってきた。
それは純の時とは明らかに異なる、暗い興奮に満ちたざわめきだった。
針のように突き刺さる執拗な視線を全身に感じ、杏里の股間がじっとりと濡れ始めるのに、大して時間はかからなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる