激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【激闘編】

戸影絵麻

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第9部 倒錯のイグニス

#129 紅白戦③

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 それが落ちてきた時、山田唯佳てっきり吸血コウモリだと思った。
 ぬらぬら光る皮膜で身体を覆った、漆黒の影。
 ただ、コウモリにしては明らかに大きすぎる。
 なにしろ、身長が成人の男性ほどもあるのだ。
 校庭の隅。
 それは、葉を落としたアカシヤの並木にまぎれて、幹のつくる影のように枝から逆さにぶら下がっていた。
 反応を惹起したのは、足音である。
 水飲み場に今、ひとりの少女が近づいていく。
 その足音に、それは反応したらしかった。
 唯佳は校舎の裏口から、ちょうど外へ出ようとしたところだ。
 2時限目の放課である。
 教室の中が騒がしすぎて、いたたまれなくなったからだった。
 原因は、隣の席の杏里である。
 午後から行われるレスリング部の紅白戦。
 その打ち合わせだとかで、ほかのクラスからメンバーたちが杏里の席に集まってきているのだ。
 クラスメイトの純だけでなく、元柔道部の巨漢やあどけない顔をした1年生の女子生徒までが次々にやってきて、杏里を取り囲んではひそひそ話に興じているのである。
 せっかく杏里の隣の席という好ポジションに居ながら、ここのところ、唯佳はまったくの蚊帳の外だった。
 転校してきたばかりで、周りから白い眼で見られていた杏里に、最初に話しかけたのは私なのに。
 その自負はある。
 初めのうちはうまくいってたのに。
 あの頃は、杏里もちゃんと私に応えてくれていたのだ。
 そう思わないではいられない。
 なのに、杏里がレスリング部に入ってからというもの、何もかもが変わってしまった。
 まず純が杏里に急接近し始めた。
 そしてあの金髪の転校生。
 今や杏里の周りには必ず誰かがいる。
 共通の話題のない唯佳には、もはや入り込む隙がない。
 仲間たちに囲まれ、楽しそうに瞳を輝かせている杏里を見ているのが辛くなり、条件反射的に教室を飛び出してしまった唯佳だったが、行くあてもなく校庭に出ようとしたところで、その異様な光景を目撃してしまったというわけだ。
 真っ黒な雨合羽を頭からかぶったような影は、明らかに水飲み場の少女を狙っている。
 よほど喉が渇いているのか、体操着姿の少女は水を飲むのに夢中で、近づく影には気づいていない。
 どこかで見た顔だ、と唯佳は思った。
 名前まではわからないが、どうやら、杏里や純と同じ、レスリング部のメンバーのようだ。
 レスリング部の入部審査の時に、見かけた覚えがある。
 今この時間にここにいるところからすると、紅白戦では、杏里の敵になるチームのメンバーなのだろう。
 -危ないよー
 唯佳がそう声をかけようとした時だった。
 黒い影が、片足で飛び跳ねるようにスピードを増した。
 気配を感じ、少女が振り返った。
 黒光りする皮膜が広がり、その姿を包み込んだ。
 くぐもった悲鳴。
 べりべりと何かが引き剥がされるような音。
 そして、それに続く不気味な咀嚼音。
 雨合羽の下から、たらりと大量の赤い液体が流れ出してきた。
 な、何、これ…?
 唯佳はショックのあまり、動けない。
 壁に貼りついて、懸命に息を殺し、その光景を凝視している。
 そうして、どれほど時間が経ったのだろうか。
 ふと我に返ると、雨合羽の人影は消え、そこに今さっき襲われたはずの、体操着の少女が立っていた。
 少女はただじっと、足元の何かを見下ろしている。
 その何かに目をやって、唯佳は危うく悲鳴を上げそうになった。
 皮を剥がれた血まみれの人形。
 そんな信じ難いものが、地面に転がっている。
 少女が腰をかがめ、その人形の足首をつかんだ。
 地面に血の跡を残しながら、じりじりと引きずり出す。
 少女は校舎裏に向かっているようだ。
 唯佳はふと、その方向に焼却炉があることを思い出し、背筋に氷塊を押し当てられたような気分に陥った。
 歯の根の合わぬほどの恐怖に襲われ、唯佳は本能的に悟ったのだった。
 そんなこと、有り得ない。
 でも、そうとしか、思えない。
 ”何か”が、あの子と、入れ替わった…?


 

 
 
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