激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【激闘編】

戸影絵麻

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第9部 倒錯のイグニス

#138 麻衣②

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 とっさに体の向きを変えようとした。
 だが、美穂の時のようには、簡単にはいかなかった。
 麻衣の爪が、しっかりと杏里の乳房のつけ根に食い込んでいるからだ。
 ユニフォームを貫き、杭のように脂肪層深くまで突き刺さっているのである。
 くう。
 杏里は歯を食いしばった。
 痛いからではない。
 痛みはすでに快感に変わり始めている。
 問題はそうではないのだ。
 この体勢では、攻撃に移れない。
 麻衣にされるがままなのである。
「ほうら、まずこれでどうだ!」
 乳房を取っ手代わりにして、麻衣が杏里の身体を持ち上げた。
 そのまま胸の高さまで抱え上げると、突き出した右膝の上に力任せに叩きつけた。
「あうっ!」
 尾てい骨を割られ、杏里は前のめりにマットに倒れ込んだ。
 そのまま突っ伏して、血反吐を吐き出した。
 逃げようにも、腰からが麻痺したように、足がまったくいうことをきかなくなっていた。
「いい表情だ」
 傍らに膝をつくと、髪の毛をつかんで麻衣が杏里の顔を持ち上げた。
「うちは、こういうのが好きなんだよ。可愛い女を徹底的に痛めつけ、ふた目と見られぬ顔にしてやるのがさ」
 ぞっとするような声だった。
 この子、サディスト…なの?
 杏里は暗澹たる思いに囚われた。
 天性のサディストといえば、かつての宿敵、黒野零がそうだった。
 サディストの始末に負えないところは、単に性的快感を与えるだけでは満足してくれない点である。
 零がまさにそれで、杏里の内臓を引き出し、心臓に口づけして初めてエクスタシーを覚える始末だったのだ。
 まさか麻衣がそこまでの変態とは思えないが、普通の相手よりやっかいなのは間違いない。
 両腕をついて上体を起こすと、杏里は己の鎖骨のあたりに視線を走らせた。
 幸か不幸か、刻印は現れていないようだ。
 すなわち、麻衣は外来種ではない。
 ならば、たとえサディストであるにしろ、チャンスさえつかめば杏里にも十分勝算はあるはずだった。
「いつまでも寝てるんじゃないよ。さあ、起きるんだ」
 麻衣が杏里の股の間に入り、両腕を太腿に絡め、ぐいと抱え上げた。
 杏里の身体が、下半身から先に宙に浮く。
 せめて寝技に持ち込んでくれれば色々方法もあるのだが、麻衣にはまだその気はないらしかった。
 太腿を両腕で抱えたまま、麻衣が大きく身体を旋回させた。
 踵を支点にして麻衣が回るたびに、遠心力で杏里の身体がマットと水平に浮き上がり始める。
「喰らいな、ジャイアントスイング!」
 叫びざま、麻衣が杏里の足を離した。
 杏里の身体がロケットのように飛んだ。
 頭からリングポストに激突し、杏里は壊れた人形のように跳ねた。
 仰向けに倒れて見上げた目に、今にもリングポストによじ登らんとする麻衣の姿が見えた。
 や、やめて!
 眼を皿のように見開き、叫ぼうとしたが、声が出なかった。
「行くよ!」
 支柱の上に立った麻衣が、ふわりと宙を舞う。
 下向きにそろえた膝が、石礫のように落下する。
 げぼっ。
 鳩尾に全体重をかけたニードロップが炸裂し、杏里は身体をくの字に折って血の塊を吐き出した。
 気を失いかけた杏里の顔を、麻衣が頑丈なリングシューズの底でギリギリと踏みつけてくる。
「まだだよ。失神するのはまだ早いって」
 杏里の顔面をマットに押しつけながら、麻衣が勝ち誇ったように言う。
「なんだい、情けないねえ。お楽しみはまだこれからじゃないか」
 更に下腹を硬いつま先で何度も蹴ってきた後、今度は腰をかがめて杏里の股の間と首の後ろに腕を差し入れた。
 オラウータン並みにリーチの長い麻衣だからこそ、為し得る技である。
 次の瞬間、気合とともに麻衣が一気に杏里の身体を肩に担ぎあげた。
 麻衣の骨張った肩の上で、自分の重みに耐えかねて、杏里の背骨がみしみし軋む。
 麻衣は杏里を担いだまま、器用にコーナーポストによじ登ると、ロープで足を固定して仁王立ちになった。
「さあ、まず、そのぶりっ子顔から潰してやろうか。それともそのデカパイを先にするか。うちはどっちからでもいいぜ。ま、やってみなきゃ、わかんないか。そこんとこは、重力と相談ってとこかな」

 

 
 

 

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