激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【激闘編】

戸影絵麻

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第9部 倒錯のイグニス

#169 偵察⑪

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 ヤチカさん…!
 間違いなかった。
 薄物をまとったしなやかな影。
 それは紛れもなく、ヤチカのものだった。
 ショートカットの髪型は記憶と違っていたが、薄い布から透けて見える裸身に見覚えがあった。
 杏里の胸の奥底から、たとえようもない熱い感情が沸き上がる。
 郷愁と飢えがない混ぜになったようなその感情につき動かされ、杏里は駆けた。
 女が姿を消したのは、長い渡り廊下に面した部屋のうちのひとつである。
 確か、ここのはず…。
 年季の入った板戸の前に立った。
 窓のない黒塗りの戸に手をかけて、思い切って引き開けた。
 ぼんやりとした照明に照らされて、異様な光景が浮かび上がった。
 壁龕にランプの灯された、薄暗い洋間である。
 そこに、おびただしい数のヤチカがいた。
 四つん這いになり、双頭の人造ペニスで突き出した尻同士をつないだふたりのヤチカ。
 鎖で天井から吊るされて、全身の穴という穴にバイブを挿入されて悶え狂うヤチカ。
 立ったまま、己の乳房と股間を弄び、恍惚とした表情を見せるヤチカ。
 ソファの前で逆さまになり、尻に造花を植えられ、花瓶の代用品と化してしまっているヤチカ…。
 杏里はあわてて後ろ手で引き戸を閉めた。
 これがみんな、人形であることはすぐにわかった。
 匂いである。
 ヤチカさんの匂い、じゃない…。
 これは、ラブドールだ。
 いくら精巧につくられていても、匂いだけはごまかせない。
 それでもあわてて戸を閉めたのは、ここまで恥辱に満ちたヤチカの痴態をルナに見せたくはなかったからだ。
 目を凝らすと、さまざまな格好で佇むラブドールたちの林の奥に、さっき見た白いベールがちらりと見えた。
「ヤチカさん…無事だったんだ」
 右手を伸ばし、杏里は夢遊病者のように、裸人形たちの間を歩き出した。
「杏里ちゃん、お久しぶり」
 どこからか、懐かしいヤチカの声がした。
「よかった…ヤチカさんが、無事で」
 杏里は、喜びで胸が張り裂けそうだった。
「私なら、心配いらないわ。ちょっと追われて、ここにかくまってもらってるだけ」
 淡々とした口調で、ヤチカが答えた。
「いずなちゃんも一緒よ。だから、心配しないで」
「追われるって、誰に、ですか?」
 人形の間をかき分けて進みながら、杏里はたずねた。
「杏里ちゃんも、知ってるんじゃないかしら? 新種薔薇育成委員会って、長い名前の組織。言ってみれば、裏委員会」
「やっぱり…」
 杏里はひとりごちた。
 新種薔薇育成委員会…。
 どんなものなのか、実体はわからない。
 わかっているのは、それが、外来種たちの手でつくられた、謎の組織であるということ。
 そして、その集団は、どうやら杏里を狙っているらしいこと…。
「でも、ここなら安心だから。そのことは、杏里ちゃんもよく知ってるでしょ?」
 工房の主、沼真布が作り上げたドールズ・ネットワーク。
 その中枢であるここなら、確かに街で一番安全な場所であるに違いない。
 手の届くところまで来た。
 人形たちの間からのぞく、薄いベール。
 たまらず杏里は手を伸ばした。
 が、その白いベールに指を触れたとたん、ぎょっとなった。
 やわらかく、温かい。
 でも、違う。
 これも、人形だ…。
「近いうちに、また会えるわ」
 どこからか、またヤチカの声がした。
 声の聞こえる方角は、その都度変わるようだった。
「だから、きょうはもう帰って。今度会う時は…ふふふ、たっぷり可愛がってあげるから。そう、昔みたいにね」




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