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第9部 倒錯のイグニス
#182 イベント準備⑨
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「カラオケルームね?」
杏里が訊くと、ルナがうなずいた。
「港の近くに新しい店ができたらしい。一度行ってみたいと思ってた」
もっくんの店の更衣室から連想したのだろう、と杏里は思った。
ルナとカラオケというのは、なんだか合わない気もする。
シンガポールからやってきたという、スタイリッシュな美少女、ルナ。
その怜悧な美貌は、ロシア人の血を引いているのではないかと、ひそかに杏里は思っている。
考えてみると、不思議な成り行きだった。
手加減をせず念動力をふるうせいで、最初のうちは怖くて近寄り難かったルナ。
そのルナが、いつのまにか由羅に代わってパートナーの座につき、しかも杏里に恋焦がれているのだ。
あまつさえ、不純な目的でカラオケルームへ誘ってくるのだから、ある意味苦笑を禁じえなかった。
「それならチラシで見た気がする。あ、ちょうどいいから、何か食べよっか。私、カラオケルームで食べるフライドポテトと唐揚げ、大好き」
表面的には、いかにも女子中学生らしい、のどかな会話である。
だが、その割にはルナの顔は緊張に張り詰めたままだ。
「食べて、歌って、踊って、踊りながらするの」
いたずらっぽい目でルナを見つめて、杏里は言った。
「どうせなら愉しみましょ。だからいつまでも、そんなこわい顔してないの」
市の南側に位置する商業港周辺は、最近再開発が進んでいて、アウトレットをはじめとするレジャー施設の進出が著しい。
その駐車場に大型のワゴン車を止めると、百足丸は後部座席を振り返った。
「おまえたちはここで待ってろ。あのサイキッカーに気づかれたら一巻の終わりだ。俺がやつをここに運んでくるから、それまでは動くんじゃない」
何人もの人影が無言でうなずいた。
井沢に借りてきた”作業員”たちである。
全員優生種だから身体能力は申し分ないが、それだけで念動力に太刀打ちできるとはとても思えない。
百足丸が車を降りると、反対側からベージュのコートをまとったサングラスの女が降り立った。
ショートボブの髪型に大きめのイヤリング。
見る者をそそらずにはいられない、形のいい白く華奢な首。
コートからのぞく足首は細く、きゅっと締まっている。
「井沢さん抜きで、本当にうまくいくかしら?」
百足丸と向かい合うと、少しかすれた声でヤチカが言った。
サングラスに顔半分が隠れているせいで、どんな表情をしているのかまでは、わからない。
が、その口調に揶揄するような響きを感じ取り、百足丸は少なからずむっとした。
「あの零を捕獲したのは、この俺だ。駆け出しのパトスなんて、別にこわかねえよ」
半分、空威張りだった。
正直、こわい。
どうやったら射程内に近づけるか、その不安で頭が一杯だ。
「そうだったわね。ふたりほど、犠牲を出したようだけど」
ヤチカが皮肉混じりにつぶやいた。
「今度は綺麗に片づけてみせるさ。この人混みの中だ。いくらルナだって、むやみに力を使ったりしないはずだ」
アウトレットにひしめく人の群れを見やって、百足丸は言った。
杏里の動向を監視していた”瞑想室”から突然命令が下ったのは、ついさっきのことだ。
杏里とルナが港の複合施設に向かっている。
拉致のチャンスだ。
すぐに行動に移れ。
と、そういうわけだった。
拉致の対象は、タナトスの杏里ではなく、パトスの富樫ルナ。
イベントの前に、障害物を排除するのが目的だという。
「杏里のほうはいいのか? 元はと言えば、そっちが本命のはずだろう?」
ケータイに電話をかけてきた井沢に、百足丸はそう疑問をぶつけたものだった。
杏里とルナが工房にやってきた時、あえてヤチカに追い返させたのは、ルナの暴発を警戒してのことである。
杏里を放っておいて、その危険極まりないルナを捕まえて来いとは、これはいったいどういうことなのか?
「ばあさんとも話したんだが、イベント後の杏里を見てみたいんだ。彼女は日に日に進化しているようだ。今度の大イベントで、その肉体にどんな変化が訪れるのか…。拉致はそれを確認してからでも十分だということになってね。それには、先に邪魔者を排除しておかねばならない、とまあ、そういうわけさ」
「あんたは来ないのか? あんたの邪眼を使えば、たとえサイキッカーでも、簡単に無効化できるだろう?」
「俺はできるだけ目立ちたくないんだ。いつか、杏里の前に、足長おじさんみたいに味方のふりをして現れる。そんな可能性も残しておきたいのさ。それに、ルナの排除は、おまえとヤチカに任せたと言ったはずだろう?」
「こんなに早いとは思わなかった。相変わらず勝手なやつだ」
「ヤチカがいるから大丈夫だろう。今の杏里に対抗できるのは、ヤチカしかいない。ヤチカが杏里を牽制している間に、おまえがルナにとどめを刺す。それでめでたく、ジ・エンドさ」
「その後はどうする? 本部に連れ帰って、殺すのか?」
百足丸は、いつか画像で見たルナの美貌を思い出し、少し嫌な気分になった。
「いや」
スマホを通して、井沢が含み笑いする気配が伝わってきた。
「調教する。調教して、こっちの手駒にしてやるんだよ」
杏里が訊くと、ルナがうなずいた。
「港の近くに新しい店ができたらしい。一度行ってみたいと思ってた」
もっくんの店の更衣室から連想したのだろう、と杏里は思った。
ルナとカラオケというのは、なんだか合わない気もする。
シンガポールからやってきたという、スタイリッシュな美少女、ルナ。
その怜悧な美貌は、ロシア人の血を引いているのではないかと、ひそかに杏里は思っている。
考えてみると、不思議な成り行きだった。
手加減をせず念動力をふるうせいで、最初のうちは怖くて近寄り難かったルナ。
そのルナが、いつのまにか由羅に代わってパートナーの座につき、しかも杏里に恋焦がれているのだ。
あまつさえ、不純な目的でカラオケルームへ誘ってくるのだから、ある意味苦笑を禁じえなかった。
「それならチラシで見た気がする。あ、ちょうどいいから、何か食べよっか。私、カラオケルームで食べるフライドポテトと唐揚げ、大好き」
表面的には、いかにも女子中学生らしい、のどかな会話である。
だが、その割にはルナの顔は緊張に張り詰めたままだ。
「食べて、歌って、踊って、踊りながらするの」
いたずらっぽい目でルナを見つめて、杏里は言った。
「どうせなら愉しみましょ。だからいつまでも、そんなこわい顔してないの」
市の南側に位置する商業港周辺は、最近再開発が進んでいて、アウトレットをはじめとするレジャー施設の進出が著しい。
その駐車場に大型のワゴン車を止めると、百足丸は後部座席を振り返った。
「おまえたちはここで待ってろ。あのサイキッカーに気づかれたら一巻の終わりだ。俺がやつをここに運んでくるから、それまでは動くんじゃない」
何人もの人影が無言でうなずいた。
井沢に借りてきた”作業員”たちである。
全員優生種だから身体能力は申し分ないが、それだけで念動力に太刀打ちできるとはとても思えない。
百足丸が車を降りると、反対側からベージュのコートをまとったサングラスの女が降り立った。
ショートボブの髪型に大きめのイヤリング。
見る者をそそらずにはいられない、形のいい白く華奢な首。
コートからのぞく足首は細く、きゅっと締まっている。
「井沢さん抜きで、本当にうまくいくかしら?」
百足丸と向かい合うと、少しかすれた声でヤチカが言った。
サングラスに顔半分が隠れているせいで、どんな表情をしているのかまでは、わからない。
が、その口調に揶揄するような響きを感じ取り、百足丸は少なからずむっとした。
「あの零を捕獲したのは、この俺だ。駆け出しのパトスなんて、別にこわかねえよ」
半分、空威張りだった。
正直、こわい。
どうやったら射程内に近づけるか、その不安で頭が一杯だ。
「そうだったわね。ふたりほど、犠牲を出したようだけど」
ヤチカが皮肉混じりにつぶやいた。
「今度は綺麗に片づけてみせるさ。この人混みの中だ。いくらルナだって、むやみに力を使ったりしないはずだ」
アウトレットにひしめく人の群れを見やって、百足丸は言った。
杏里の動向を監視していた”瞑想室”から突然命令が下ったのは、ついさっきのことだ。
杏里とルナが港の複合施設に向かっている。
拉致のチャンスだ。
すぐに行動に移れ。
と、そういうわけだった。
拉致の対象は、タナトスの杏里ではなく、パトスの富樫ルナ。
イベントの前に、障害物を排除するのが目的だという。
「杏里のほうはいいのか? 元はと言えば、そっちが本命のはずだろう?」
ケータイに電話をかけてきた井沢に、百足丸はそう疑問をぶつけたものだった。
杏里とルナが工房にやってきた時、あえてヤチカに追い返させたのは、ルナの暴発を警戒してのことである。
杏里を放っておいて、その危険極まりないルナを捕まえて来いとは、これはいったいどういうことなのか?
「ばあさんとも話したんだが、イベント後の杏里を見てみたいんだ。彼女は日に日に進化しているようだ。今度の大イベントで、その肉体にどんな変化が訪れるのか…。拉致はそれを確認してからでも十分だということになってね。それには、先に邪魔者を排除しておかねばならない、とまあ、そういうわけさ」
「あんたは来ないのか? あんたの邪眼を使えば、たとえサイキッカーでも、簡単に無効化できるだろう?」
「俺はできるだけ目立ちたくないんだ。いつか、杏里の前に、足長おじさんみたいに味方のふりをして現れる。そんな可能性も残しておきたいのさ。それに、ルナの排除は、おまえとヤチカに任せたと言ったはずだろう?」
「こんなに早いとは思わなかった。相変わらず勝手なやつだ」
「ヤチカがいるから大丈夫だろう。今の杏里に対抗できるのは、ヤチカしかいない。ヤチカが杏里を牽制している間に、おまえがルナにとどめを刺す。それでめでたく、ジ・エンドさ」
「その後はどうする? 本部に連れ帰って、殺すのか?」
百足丸は、いつか画像で見たルナの美貌を思い出し、少し嫌な気分になった。
「いや」
スマホを通して、井沢が含み笑いする気配が伝わってきた。
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