激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【激闘編】

戸影絵麻

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第9部 倒錯のイグニス

#183 イベント準備⑩

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 カラオケルームは、アウトレットの一角、ゲームセンターの奥にあった。
 さまざまなアーケードゲームが電子音を奏でる迷宮の中を、杏里はルナの手を引いて歩いた。
 リズムゲームに興じて踊る女子小学生、格闘ゲームに歓声を上げる男子中学生のグループ。
 UFOキャッチャーを取り巻き、大騒ぎする女子高生たち。
 杏里とルナがそばを通り過ぎると、その誰もが手を止めて振り向いた。
 セクシー系の杏里と金髪美少女ルナのコンビは、否が応でも人目を引く。
 そのふたりが訳ありげに手をつないでいるのだから、尚更だ。
 目当ての店にたどりつくと、杏里はカウンターで2時間分の料金を払い、ついでにファーストフードのセットを注文した。
 提案したのはルナだが、今や主導権は完全に杏里が握っている。
 個室に入り、ソファに身を投げ出すと、テーブルの脇に立ったままのルナに声をかけた。
「まずは軽く何か食べてからでいいかな? それに、せっかくだから、何か歌おうよ」
 テーブルからマイクを拾い上げ、ルナに手渡した。
「わたし、最近の歌なんて、知らないから」
 ルナが力なく、かぶりを振った。
「歌いたいなら、杏里ひとりで歌いなよ。わたしは、聴いてるだけでいい」
「変なの。じゃ、遠慮なく」
 タッチペン片手に、リクエスト画面をのぞきこむ杏里。
 杏里はいつになくハイになっている。
 視聴覚室で、AV男優を浄化した経験が、自信を取り戻させたのだ。
 一昨日、沼人形工房の”ヤチカの部屋”で姿の見えないヤチカにいいように弄ばれ、へこみかけていた時である。
 今朝の一件は、杏里にとって、明らかにプラスに働いたようだった。
 続けざまに2曲入れると、ステージに上がってイントロに合わせ、ミニスカ姿で腰を振り始める。
 選んだのは、誰もが知っているアイドルグループのヒット曲だ。
 声量もなく、歌もうまくないが、杏里は身体を動かすことは嫌いではない。
 コスチュームによっては、自分をよりセクシーに見せることができるからだ。
 下着をこれみよがしに見せながら、ルナを挑発するように歌い、踊った。
 ようやくソファに座ったものの、まるで初夜を目前にした花嫁のように、ルナの表情は硬いままである。
 そのくせその眼は杏里の一挙手一投足をぴったりと追い、1秒たりとも離れようとしない。
 2曲目を歌い終わる頃、オーダーしたフード類と飲み物が運ばれてきた。
「あー、おなかすいた」
 フライドポテトに手を伸ばし、むしゃむしゃやりながら、そっとルナの様子をうかがった。
 ルナは食べ物にも飲み物にも手をつけず、じっとテーブルの上に視線を落としたままだ。
 この美少女を、どんな具合に屈服させようか。
 空腹を満たしながら、さっきから杏里はそんなことばかり考えている。
 不思議と甘酸っぱい感情はなく、性的な興味が前面に出てしまっていた。
 恋愛感情が薄れたのは、ルナが完全に自分の軍門に下ったのがわかってしまったからだろう。
 かつての由羅との関係の変化から、杏里はそんな教訓を学んでいた。
 欲しかったものがいったん手に入ると、興味自体が薄れてしまう。
 杏里にはどうもそんな薄情な性向があるらしいのだ。
「なあ、杏里、やっぱりこんなの、間違ってるよな」
 杏里の内面の変化も知らず、ルナが力のない声でぽつりとそう言った。
「パトスとタナトスは、浄化し合うものじゃない。もともと、信頼で結ばれたパートナーなんだから」
「それはそうだけど」
 今頃になってのルナの変心に、さすがの杏里も戸惑った。
「少なくとも、シンガポールでの生活はそうだった。そこでは、相棒を守って外来種と戦うことだけが、私の人生だったんだ。こんな気持ちになったのは、杏里、おまえが初めてだよ」
「あなたのパートナーは、どうなったの?」
「今も向こうにいる。快活でさっぱりした気性の中国人の少女さ。おまえとは、真逆のタイプだな」
「ドロドロしてて、陰気くさくて悪かったわね」
 ぷいとそっぽを向く杏里。
 心の中では、ほくそ笑んでいる。
 ルナをいじるのが、こんなに楽しいとは思わなかった。
「そんなことは、言ってない」
 気色ばむルナ。
 その過剰な反応が、今の杏里には面白くてならないのだ。
「わたしは、彼女、マオマオにそんな気持ちを抱いたことはない。抱きたいとか、自分だけのものにしたいとか…だいたい、私はレズでもなんでもなかったし…」
 苦渋に満ちた口調ながら、ルナの言葉はいつもストレートだ。
「抱きたいから、ここに誘ったんでしょ? なのに今更、何ぐずぐず悩んでるの?」
 唐揚げに手をつけ、おいしそうに頬張りながら、あっけらかんとした口調で、杏里は言った。
「ちらっと思ったんだ。浄化されてしまったら、わたしとおまえの関係は、終わってしまうんじゃないかって」
 ルナは痛々しい眼をしている。
「そうだね」
 杏里はゆっくりうなずいた。
「今と同じには、もう戻れないと思うよ」
 それはね。
 あなたの中の私への”衝動”を、私がすべて吸い取ってしまうから。
 性欲が消えた時、恋愛関係は終わるのだから。



 
 

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