463 / 463
第10部 姦禁のリリス
エピローグ
しおりを挟む
杏里たち5人が運ばれたのは、県外の総合病院だった。
山に囲まれた扇状地の扇の要の位置に、その白亜の建物はひっそりとたたずんでいた。
大きくはないが、できて間もないらしく、ロビーも通路も病室も磨き上げられたばかりのように綺麗だった。
「ここは昔からの友人が建てた医院でね。委員会とは別に、長い間タナトスやパトス、そして外来種の研究に携わっているんだ。委員会には知られていないから、完全に回復するまでゆっくり休むといい」
初日にそう言い残すと、御門塔子とともに富樫博士はすぐに姿を消してしまった。
委員会が信用できないのはもう明らかだったから、いわばこれは渡りに船だった。
あの怪物が委員会の本部からやってきたのなら、今頃本部はどうなっているかわかったものではない。
現に冬美の様子はずっとおかしかったのだ。
小田切ひとりまともそうだったが、あれは彼が一種の”宦官”みたいなものだからなのだろうと杏里は思った。
あの怪物の胎内に取り込まれた時の、すさまじい快感を思い出す。
おそらく”あれ”は、周囲に悪のフェロモンを撒き散らし、そばにいる者をことごとく色情狂に変えてしまうのに違いない。
あれからあの化け物はどうなったのだろう。
最後にふみに形を変え、多量の脂肪を燃料に、巨大な松明みたいに燃え尽きていった。
あれで本当に零は死んだのだろうか。
増殖し、融合した、ふみと美里と杏里の細胞と一緒に…。
入院3日目の午後。
杏里はレストルームで重人と向かい合っていた。
ふたりとも病衣を着ているが、どこも悪い所はない。
杏里は己の治癒力でここに来るまでにすでに全快していたし、重人はといえば今回は全くの無傷だったのだ。
今はルナと由羅、そしていずなの回復を待つだけである。
「まあ、医院長が物分かりのいい人でよかったよ」
紙コップのジュースを舐めながら、重人が言った。
「沢渡先生って言ったっけ。富樫博士が北海道のラボに就任する前からの友人なんだって」
杏里は小太りの白衣の医師を思い出した。
沢渡医院長は、丸眼鏡をかけた温和な顔つきの初老の男性である。
頭はほとんど禿げていて、医院長という肩書に似合わぬ優しい物言いをする人物だった。
-君たちのことなら、よく知ってるよ。だから大船に乗った気でいてくれたまえ。なに、みんなすぐ治るさ。笹原君の応急処置のおかげで、重症の榊君ですら、もう快方に向かいかけている。
初対面の時、ボロボロの杏里たちを前に、柔和な眼を細めて、医院長は言ったものだ。
「まあね。ただ、信用しすぎるのもどうかと思うけど」
紙コップの中のウーロン茶をストローで掻き回し、杏里は気のない返事をした。
だいたい、あの富樫博士という人物からして謎なのだ。
ルナの祖父で、杏里たちの生みの親という触れ込みだったのに、ろくに話もしないうちに行方をくらませてしまった。
沢渡医院長の話によると、海外から緊急の呼び出しがかかったのだという。
委員会、裏委員会以外に、まだ第三の組織が存在するということなのだろうか。
だとしたら、その目的は…?
「大人は信用できない。特に、人間の大人はね」
窓の外に広がる紅葉を眺めながら、杏里はつぶやく。
もうすぐ冬が来る。
そのあと、私たちは無事春を迎えられるのだろうか。
「これからどうするの?」
重人が訊いてきた。
「まだ委員会の仕事、続けるつもり?」
少し考えて、
「うん」
と杏里はうなずいた。
「委員会の機能が元に戻って、もしまだ依頼が来るようならね」
小田切には携帯で連絡を取ってある。
今は博士に紹介された病院の世話になっているが、みんなが完治したら家に戻ると言っておいた。
小田切は、
「そうか。好きにしろ」
そう返してきただけである。
「杏里はタフだね。あんな目に遭って、まだ懲りないんだ」
半ば呆れ顔の重人を、杏里はキッと睨みつけた。
「だって私はタナトスだよ。この体を使って人を浄化することしか、できることなんて他にないんだから」
山に囲まれた扇状地の扇の要の位置に、その白亜の建物はひっそりとたたずんでいた。
大きくはないが、できて間もないらしく、ロビーも通路も病室も磨き上げられたばかりのように綺麗だった。
「ここは昔からの友人が建てた医院でね。委員会とは別に、長い間タナトスやパトス、そして外来種の研究に携わっているんだ。委員会には知られていないから、完全に回復するまでゆっくり休むといい」
初日にそう言い残すと、御門塔子とともに富樫博士はすぐに姿を消してしまった。
委員会が信用できないのはもう明らかだったから、いわばこれは渡りに船だった。
あの怪物が委員会の本部からやってきたのなら、今頃本部はどうなっているかわかったものではない。
現に冬美の様子はずっとおかしかったのだ。
小田切ひとりまともそうだったが、あれは彼が一種の”宦官”みたいなものだからなのだろうと杏里は思った。
あの怪物の胎内に取り込まれた時の、すさまじい快感を思い出す。
おそらく”あれ”は、周囲に悪のフェロモンを撒き散らし、そばにいる者をことごとく色情狂に変えてしまうのに違いない。
あれからあの化け物はどうなったのだろう。
最後にふみに形を変え、多量の脂肪を燃料に、巨大な松明みたいに燃え尽きていった。
あれで本当に零は死んだのだろうか。
増殖し、融合した、ふみと美里と杏里の細胞と一緒に…。
入院3日目の午後。
杏里はレストルームで重人と向かい合っていた。
ふたりとも病衣を着ているが、どこも悪い所はない。
杏里は己の治癒力でここに来るまでにすでに全快していたし、重人はといえば今回は全くの無傷だったのだ。
今はルナと由羅、そしていずなの回復を待つだけである。
「まあ、医院長が物分かりのいい人でよかったよ」
紙コップのジュースを舐めながら、重人が言った。
「沢渡先生って言ったっけ。富樫博士が北海道のラボに就任する前からの友人なんだって」
杏里は小太りの白衣の医師を思い出した。
沢渡医院長は、丸眼鏡をかけた温和な顔つきの初老の男性である。
頭はほとんど禿げていて、医院長という肩書に似合わぬ優しい物言いをする人物だった。
-君たちのことなら、よく知ってるよ。だから大船に乗った気でいてくれたまえ。なに、みんなすぐ治るさ。笹原君の応急処置のおかげで、重症の榊君ですら、もう快方に向かいかけている。
初対面の時、ボロボロの杏里たちを前に、柔和な眼を細めて、医院長は言ったものだ。
「まあね。ただ、信用しすぎるのもどうかと思うけど」
紙コップの中のウーロン茶をストローで掻き回し、杏里は気のない返事をした。
だいたい、あの富樫博士という人物からして謎なのだ。
ルナの祖父で、杏里たちの生みの親という触れ込みだったのに、ろくに話もしないうちに行方をくらませてしまった。
沢渡医院長の話によると、海外から緊急の呼び出しがかかったのだという。
委員会、裏委員会以外に、まだ第三の組織が存在するということなのだろうか。
だとしたら、その目的は…?
「大人は信用できない。特に、人間の大人はね」
窓の外に広がる紅葉を眺めながら、杏里はつぶやく。
もうすぐ冬が来る。
そのあと、私たちは無事春を迎えられるのだろうか。
「これからどうするの?」
重人が訊いてきた。
「まだ委員会の仕事、続けるつもり?」
少し考えて、
「うん」
と杏里はうなずいた。
「委員会の機能が元に戻って、もしまだ依頼が来るようならね」
小田切には携帯で連絡を取ってある。
今は博士に紹介された病院の世話になっているが、みんなが完治したら家に戻ると言っておいた。
小田切は、
「そうか。好きにしろ」
そう返してきただけである。
「杏里はタフだね。あんな目に遭って、まだ懲りないんだ」
半ば呆れ顔の重人を、杏里はキッと睨みつけた。
「だって私はタナトスだよ。この体を使って人を浄化することしか、できることなんて他にないんだから」
0
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
お久しぶりです。
またこの作品が読めるようになって本当に嬉しいです。
改めて最初から読んでみると、杏里には常に環境が敵になって味方の行動も敵対的になるのが気の毒ですね。
だから良いのですが(笑)
ありがとうございます。
あんまり長いので、分冊にして整理しながら上げています。
またよろしくお願いします。