超短くても怖い話【ホラーショートショート集】

戸影絵麻

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第130話 言語警察

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 私の通う私立帝国高校は、創業者が国語教師だったとかで、言葉遣いに異様に厳しい。
 間違った言葉を使っているところを見つかると言語警察に捕まり、即刻矯正施設へ入れられてしまうのだ。
 週が明けての月曜日。
 今朝もそうだった。
 開口一番、銀縁メガネの淵を光らせ、冷酷な口調で担任が発表した。
「見ての通り、先週の逮捕者は四人。まず、出席番号1番の浅井だが、SNSで発信する際、『レベルが違う』というべきところで、『レベチ』なる下賤な語を使用。同じく、出席番号6番の酒井、部活で友人にものを頼む際、『なるはやでお願いね、なるはやで」などと、意味不明の語を連発。これはどうやら『なるべく早く』と言いたかったらしいのだが、なぜ縮めなければならなかったのか、わからない。そして出席番号の高橋は、下校時の友人との会話で禁止用語の『それな』を5回使用。最後に出席番号23番の高橋だが、彼は更に重症で、わが校では今や完全に根絶されて死語と化した『ヤバい』と同程度に程度が低い『エグい』を先週一週間で124回使用したかどで逮捕されている。いいか、このような流行語だけでなく、他にも重複表現の『違和感を感じる』や矛盾した言い回しの代表である『難易度が高い』など、世の中には我が国の言語の価値を地の底にまで貶める唾棄すべき表現が蔓延している。各自、生徒手帳の『禁止用語』『準禁止用語』の項をもう一度よく見ておき、日常生活においてうっかりそれらを口にせぬように精進せよ。さすれば君たちも、毎日枕を高くして寝れるだろう」
 誇らしげに、担任がクラスの中を見回した、その時である。
 出席番号35番、学級委員の山田君がさっそうと挙手をした。
「先生!」
「ん? 山田か。なんだ?」
「先生は今、『寝れる』とおっしゃいましたよね」
「あ、ああ…」
 山田君の口元に浮かぶ、勝利の笑み。
 かたや担任は、明らかに動揺しているようだ。
「それって、”ら抜き言葉”ってやつじゃありませんか。『行ける』『読める』など、可能動詞が成立する条件は、元の動詞が『行く』『読む』などの五段活用の動詞に限られます。ところが『寝れる』の元となる『寝る』は五段活用ではなく、下一段活用です。よって本来、可能動詞は存在しないはず。こんな時は、可能の意味を持つ助動詞の『られる』をつけて、『寝られる』と呼称するのが正しいのだと教えてくださったのは、そもそも先生ではありませんか。その天下の国語教師である先生ともあろう方が、低級国民の使用する”ら抜き言葉”を口にされるなんて、僕には信じられません。以上、照明終了」
 と同時に、サイレンが鳴り響いた。
 大勢の人間が廊下を駆けてくる足音。
 朝一番で、言語警察が出動したに違いない。
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