188 / 605
第187話 柿
しおりを挟む
通学路の途中に古い民家があって、塀の隙間から木の枝が道路にはみ出ていた。
今まで気づかなかったのは、その割れ目が最近できたものだからだ。
この塀に酔っ払い運転の車が衝突して、ブロック塀の一角が崩れたのである。
枝は、その割れ目から競い合うようにしてはみ出てきている。
折から季節はちょうど10月に入ったところで、葉っぱの間に実る橙色の果実が見えた。
「柿だね。いっぱいなってる」
友人が言った。
私たちは中学校へ向かう途中で、ちょうどその民家の前にさしかかったところだった。
最近衣替えがあったばかりで、冬服の黒いセーラー服がまだ少し暑かった。
「けっこう大きいね。まさに食べ頃って感じ」
額に手をかざして枝々を見上げた私は、あることに気づいて「ん?」と眉根をよせた。
「でも、なんか変じゃない? あの柿の実」
「変って、何が?」
「よく見てよ」
「どこ?」
友人も私にならって右手をひさしににして目の上に当て、日光を遮った。
「あ」
息を呑む気配。
「やば…」
「…でしょ」
私たちは顔を見合わせた。
「なんか、ニンゲンの顔、みたい」
そうなのだ。
枝についている柿の実ひとつひとつはなんだか凸凹していて、その陰影がつくる模様が、人面に見えるのである。
私は、壇ノ浦に生息するという甲羅の模様が人の顔をしているという、ヘイケガニを思い出し、ぞっとなった。
「壇ノ浦の戦いでさ、海に身を投げた平家一門の怨念が乗り移った、平家蟹っているでしょ? あの柿も、それみたいな呪物だったりして」
「気味の悪いこと言わないでよ」
友人が半泣きの表情で抗議する。
彼女、ホラー映画のたぐいが大の苦手なのだ。
「馬鹿なこと言ってないで、行くよ。でないと、遅刻しちゃうよ」
怒ったように友人が私のセーラー服の袖を引っ張った、その時だった。
頭上にまではみ出た枝の先から、ぽとりと柿の実が一つ、落ちてきた。
ぐちゃ。
地面に落ちて潰れた橙色の実をひと目見るなり、
「きゃっ!」
叫んで友人がわたしにしがみつく。
気づくと私も彼女の小柄な体を抱きしめていた。
半分潰れて血のように赤い果肉が流れ出したその柿の実は、なんだか笑った人間の顔のように見えたのだ。
その民家に住む独身の中年男性が、連続児童殺害事件の犯人として逮捕されたのは、その数日後である。
男の家の庭から、数人の男子児童の頭蓋骨が発見されたのだという。
事件が起こったのは、八年前。
死体を埋めた地面に落ちた柿の種が、その養分を存分に吸って、今年、ようやく実をつけたのだろう。
だって、ことわざにもあるじゃない。
『桃栗三年、柿八年』って…。
今まで気づかなかったのは、その割れ目が最近できたものだからだ。
この塀に酔っ払い運転の車が衝突して、ブロック塀の一角が崩れたのである。
枝は、その割れ目から競い合うようにしてはみ出てきている。
折から季節はちょうど10月に入ったところで、葉っぱの間に実る橙色の果実が見えた。
「柿だね。いっぱいなってる」
友人が言った。
私たちは中学校へ向かう途中で、ちょうどその民家の前にさしかかったところだった。
最近衣替えがあったばかりで、冬服の黒いセーラー服がまだ少し暑かった。
「けっこう大きいね。まさに食べ頃って感じ」
額に手をかざして枝々を見上げた私は、あることに気づいて「ん?」と眉根をよせた。
「でも、なんか変じゃない? あの柿の実」
「変って、何が?」
「よく見てよ」
「どこ?」
友人も私にならって右手をひさしににして目の上に当て、日光を遮った。
「あ」
息を呑む気配。
「やば…」
「…でしょ」
私たちは顔を見合わせた。
「なんか、ニンゲンの顔、みたい」
そうなのだ。
枝についている柿の実ひとつひとつはなんだか凸凹していて、その陰影がつくる模様が、人面に見えるのである。
私は、壇ノ浦に生息するという甲羅の模様が人の顔をしているという、ヘイケガニを思い出し、ぞっとなった。
「壇ノ浦の戦いでさ、海に身を投げた平家一門の怨念が乗り移った、平家蟹っているでしょ? あの柿も、それみたいな呪物だったりして」
「気味の悪いこと言わないでよ」
友人が半泣きの表情で抗議する。
彼女、ホラー映画のたぐいが大の苦手なのだ。
「馬鹿なこと言ってないで、行くよ。でないと、遅刻しちゃうよ」
怒ったように友人が私のセーラー服の袖を引っ張った、その時だった。
頭上にまではみ出た枝の先から、ぽとりと柿の実が一つ、落ちてきた。
ぐちゃ。
地面に落ちて潰れた橙色の実をひと目見るなり、
「きゃっ!」
叫んで友人がわたしにしがみつく。
気づくと私も彼女の小柄な体を抱きしめていた。
半分潰れて血のように赤い果肉が流れ出したその柿の実は、なんだか笑った人間の顔のように見えたのだ。
その民家に住む独身の中年男性が、連続児童殺害事件の犯人として逮捕されたのは、その数日後である。
男の家の庭から、数人の男子児童の頭蓋骨が発見されたのだという。
事件が起こったのは、八年前。
死体を埋めた地面に落ちた柿の種が、その養分を存分に吸って、今年、ようやく実をつけたのだろう。
だって、ことわざにもあるじゃない。
『桃栗三年、柿八年』って…。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
10秒で読めるちょっと怖い話。
絢郷水沙
ホラー
ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる