325 / 605
第301話 古井戸
しおりを挟む
Kと俺は高校時代からの親友で、大学生になって暇ができると、ふたりで廃墟めぐりをするようになった。
とはいっても、動画を撮ってユーチューブにあげるとか、そんなに本格的なものではなく、せいぜいがインスタに写真をアップするくらいのレベルである。
これは、昨年の夏休みの話。
Kが見つけてきたのは、同じ県内にある廃村だった。
村全体が過疎化して、今は住む人もいないという。
さっそく行ってみることにした。
小さな山と山の間にあるその土地は、見るからにさびれており、家々の大半は壊れて傾いていた。
昔は目抜き通りだったと思われる道を上がっていくと、突き当りが廃寺の山門だった。
ここも人気がなく、本堂の中は泥棒でも入ったのか、仏像ひとつ見当たらない始末である。
その本堂の裏に、井戸があった。
「なんか変な匂い、しないか?」
Kが言って、井戸に近づいた。
「やめようぜ。写真もたくさん撮ったし、もう帰ろう」
嫌な予感がして、俺は言った。
ここまで人気のない場所に長時間いると、さすがに精神が病んできそうな気がした。
よく晴れた午後で、頭上にはさわやかな夏空が広がっているのだけれど、なぜだかこのあたり一帯だけ、薄いベールでもかかったように景色が黒ずんでいる。
「中に水がある」
よせばいいのに、井戸を覗き込んでKが言う。
「不思議だな、とっくに涸れ井戸になっててもおかしくないはずなのに」
「よ、よせよ」
僕が思わず叫んだのは、Kがその後、中に石ころを投げ落としたからだった。
ぽちゃん。
遠くで水音がしたかと思ったその瞬間である。
「うわっ!」
Kが悲鳴を上げた。
見ると、井戸の中から赤黒い液体に濡れた腕が伸びて、Kの手首をつかんでいる。
「た、助けて!」
必死の形相で俺に助けを求めるK。
俺は凍りついた。
恐怖で身体が動かない。
それでも、なんとか気力をふり絞って、Kの背中に抱きついた。
もみ合うこと数分。
ふいに引っ張る力が緩んで、俺はKを抱きかかえたまま、後ろにひっくり返った。
「びびった」
Kが泣き笑いの表情で俺を見た。
「助かったよ。ありがとう」
その右手首にははっきり指の痕とわかる青黒い痣ができ、腕は肘のあたりまで赤茶色の液体に濡れている。
血だった。
井戸の底には、なぜか大量の血がたまっていたのだ。
その後、古い郷土史を調べて、俺はその村の秘密を知った。
村には、廃村になる寸前まで、ある忌まわしい風習があったのだという。
間引き、である。
ほとんどが公的扶助の対象である村人たちには生活に余裕がなく、赤ん坊や高齢者たちを殺していたというのだ。
そう。
邪魔者をすべて、あの井戸に放り込むことで…。
あの体験を機に、俺とKは疎遠になった。
Kが原因不明の病気で死んだと聞いたのは、それから1年経った、つい先日のことである。
とはいっても、動画を撮ってユーチューブにあげるとか、そんなに本格的なものではなく、せいぜいがインスタに写真をアップするくらいのレベルである。
これは、昨年の夏休みの話。
Kが見つけてきたのは、同じ県内にある廃村だった。
村全体が過疎化して、今は住む人もいないという。
さっそく行ってみることにした。
小さな山と山の間にあるその土地は、見るからにさびれており、家々の大半は壊れて傾いていた。
昔は目抜き通りだったと思われる道を上がっていくと、突き当りが廃寺の山門だった。
ここも人気がなく、本堂の中は泥棒でも入ったのか、仏像ひとつ見当たらない始末である。
その本堂の裏に、井戸があった。
「なんか変な匂い、しないか?」
Kが言って、井戸に近づいた。
「やめようぜ。写真もたくさん撮ったし、もう帰ろう」
嫌な予感がして、俺は言った。
ここまで人気のない場所に長時間いると、さすがに精神が病んできそうな気がした。
よく晴れた午後で、頭上にはさわやかな夏空が広がっているのだけれど、なぜだかこのあたり一帯だけ、薄いベールでもかかったように景色が黒ずんでいる。
「中に水がある」
よせばいいのに、井戸を覗き込んでKが言う。
「不思議だな、とっくに涸れ井戸になっててもおかしくないはずなのに」
「よ、よせよ」
僕が思わず叫んだのは、Kがその後、中に石ころを投げ落としたからだった。
ぽちゃん。
遠くで水音がしたかと思ったその瞬間である。
「うわっ!」
Kが悲鳴を上げた。
見ると、井戸の中から赤黒い液体に濡れた腕が伸びて、Kの手首をつかんでいる。
「た、助けて!」
必死の形相で俺に助けを求めるK。
俺は凍りついた。
恐怖で身体が動かない。
それでも、なんとか気力をふり絞って、Kの背中に抱きついた。
もみ合うこと数分。
ふいに引っ張る力が緩んで、俺はKを抱きかかえたまま、後ろにひっくり返った。
「びびった」
Kが泣き笑いの表情で俺を見た。
「助かったよ。ありがとう」
その右手首にははっきり指の痕とわかる青黒い痣ができ、腕は肘のあたりまで赤茶色の液体に濡れている。
血だった。
井戸の底には、なぜか大量の血がたまっていたのだ。
その後、古い郷土史を調べて、俺はその村の秘密を知った。
村には、廃村になる寸前まで、ある忌まわしい風習があったのだという。
間引き、である。
ほとんどが公的扶助の対象である村人たちには生活に余裕がなく、赤ん坊や高齢者たちを殺していたというのだ。
そう。
邪魔者をすべて、あの井戸に放り込むことで…。
あの体験を機に、俺とKは疎遠になった。
Kが原因不明の病気で死んだと聞いたのは、それから1年経った、つい先日のことである。
3
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
10秒で読めるちょっと怖い話。
絢郷水沙
ホラー
ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる