349 / 604
第325話 離島怪異譚(26)
しおりを挟む
深い水底から水面に浮かび上がるように、徐々に意識が戻っていく。
手首と足首に結束バンドで縛られた感覚が蘇り、私は顔をしかめた。
呼吸が苦しい気がして胸いっぱいに息を吸うと、空気に混じって異様な臭気が鼻孔をついた。
生臭さと鉄錆の匂いが混じり合ったようなこれは…?
嫌な予感がした。
たまらなく嫌な予感に、胸がざわついてならなかった。
目を開くのが怖かった。
耳を澄ますが、あたりは静まり返っているようだ。
欲情を隠そうともしないあの髑髏男のハアハア言う喘ぎ声も、耳障りな魚面看護師の忍び笑いも聞こえない。
どうなったのだろう?
手術は、終わったのだろうか?
結局、恐怖に勝ったのは、好奇心だった。
おそるおそる目を開ける。
まぶたの間から見える視界が、縦方向にだんだん広くなっていく。
最初に見えたのは、正面の壁だった。
壁にかかった役立たずの古いカレンダーに、ペンキをぶちまけたように何やら赤い液体が飛び散っている。
その赤い模様はどうやら壁を伝い落ち、床にまで続いているようだ。
視線を下げていくと、壁と床の境目に、あの魚面の看護師が座り込んでいた。
そのさまをひと目見るなり、猛烈な吐き気が込み上げてきた。
魚面女は、死んでいた。
頭部がスイカのように潰れて、壁にめり込んでいたのだ。
割れた額から溢れる灰色の脳漿と赤黒い血液が、恨めしげな老婆の顔をまだらに染めている。
そしてー。
更に視線を動かすと、”鉄の処女”のちょうど足元あたりに、その血まみれの肉塊が落ちていた。
ズタズタの白衣が絡みついていることから、かろうじて乾医師の死体だということがわかった。
死体とすぐにわかったのは、その肉塊がほとんど人間の形をとどめていなかったからだ。
肩や股関節の所で、無造作に引きちぎられた手足。
胸には大きな穴が開き、鳥籠みたいな肋骨が肺や心臓を中に収めたまま、身体の外に引きずり出されている。
顏も悲惨極まりない状態だった。
潰されて赤い血だまりと化したふたつの眼窩。
口は牙ごと左右に引き裂かれて、伸び切って破れたゴムマスクみたいになってしまっている。
「な、なに、これ?」
震えが止まらなかった。
ふたりが何者かに殺されたことは、もう、間違いない。
でも、誰が…?
手術室の窓には、みんな内側からクレセント錠が降りている。
出入口のドアにも、私を招き入れた直後、看護師が閂錠をかけていたのを見た気がする。
だとすると、まさか、この私が…?
あり得なかった。
私はまだ、全裸で鉄の処女に拘束されたままなのだ。
両手首と両足首には結束バンド。
挙句の果てには、上半身を鉄の処女の檻みたいな肋骨に左右から抱きしめられている…。
気を失う直前、何かを見た気がした。
けれど、今となっては、頭に霧がかかったようになって、そのあたりだけ、記憶が飛んでいる。
「誰か、誰か、助けて…」
どうしようもなく心細くなり、ついそんな泣き言を口にのぼせた、その時だった。
ふいに、カーテンの向こうで、ドアがガタガタ鳴る音がした。
「大丈夫か? まだ生きてるなら返事をしろ!」
あ…。
目の前がパッと明るくなる気がした。
あの声は…?
手首と足首に結束バンドで縛られた感覚が蘇り、私は顔をしかめた。
呼吸が苦しい気がして胸いっぱいに息を吸うと、空気に混じって異様な臭気が鼻孔をついた。
生臭さと鉄錆の匂いが混じり合ったようなこれは…?
嫌な予感がした。
たまらなく嫌な予感に、胸がざわついてならなかった。
目を開くのが怖かった。
耳を澄ますが、あたりは静まり返っているようだ。
欲情を隠そうともしないあの髑髏男のハアハア言う喘ぎ声も、耳障りな魚面看護師の忍び笑いも聞こえない。
どうなったのだろう?
手術は、終わったのだろうか?
結局、恐怖に勝ったのは、好奇心だった。
おそるおそる目を開ける。
まぶたの間から見える視界が、縦方向にだんだん広くなっていく。
最初に見えたのは、正面の壁だった。
壁にかかった役立たずの古いカレンダーに、ペンキをぶちまけたように何やら赤い液体が飛び散っている。
その赤い模様はどうやら壁を伝い落ち、床にまで続いているようだ。
視線を下げていくと、壁と床の境目に、あの魚面の看護師が座り込んでいた。
そのさまをひと目見るなり、猛烈な吐き気が込み上げてきた。
魚面女は、死んでいた。
頭部がスイカのように潰れて、壁にめり込んでいたのだ。
割れた額から溢れる灰色の脳漿と赤黒い血液が、恨めしげな老婆の顔をまだらに染めている。
そしてー。
更に視線を動かすと、”鉄の処女”のちょうど足元あたりに、その血まみれの肉塊が落ちていた。
ズタズタの白衣が絡みついていることから、かろうじて乾医師の死体だということがわかった。
死体とすぐにわかったのは、その肉塊がほとんど人間の形をとどめていなかったからだ。
肩や股関節の所で、無造作に引きちぎられた手足。
胸には大きな穴が開き、鳥籠みたいな肋骨が肺や心臓を中に収めたまま、身体の外に引きずり出されている。
顏も悲惨極まりない状態だった。
潰されて赤い血だまりと化したふたつの眼窩。
口は牙ごと左右に引き裂かれて、伸び切って破れたゴムマスクみたいになってしまっている。
「な、なに、これ?」
震えが止まらなかった。
ふたりが何者かに殺されたことは、もう、間違いない。
でも、誰が…?
手術室の窓には、みんな内側からクレセント錠が降りている。
出入口のドアにも、私を招き入れた直後、看護師が閂錠をかけていたのを見た気がする。
だとすると、まさか、この私が…?
あり得なかった。
私はまだ、全裸で鉄の処女に拘束されたままなのだ。
両手首と両足首には結束バンド。
挙句の果てには、上半身を鉄の処女の檻みたいな肋骨に左右から抱きしめられている…。
気を失う直前、何かを見た気がした。
けれど、今となっては、頭に霧がかかったようになって、そのあたりだけ、記憶が飛んでいる。
「誰か、誰か、助けて…」
どうしようもなく心細くなり、ついそんな泣き言を口にのぼせた、その時だった。
ふいに、カーテンの向こうで、ドアがガタガタ鳴る音がした。
「大丈夫か? まだ生きてるなら返事をしろ!」
あ…。
目の前がパッと明るくなる気がした。
あの声は…?
3
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる