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#340話 施餓鬼会⑤
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その夜、テレビでニュースを見ていた私は、
「これか!」
と思わず膝を打った。
画面には見たことのある光景が映し出されている。
崖を背景にした河原だ。
崖の上は車の通る県道で、崖面からは二か所ほど、白い滝が青い淵になだれ落ちている。
いうまでもなく、この家の裏にある清流の風景だった。
その映像を見て、思い出したのだ。
興福寺の秘仏公開の場で、ユーチューバーらしき若者たちがスマホを見て騒いでいたことを。
「川遊びをしていた小中学生で、体調不良を訴える者は30人に及び、保健所の調査によると、それ以外にも、被害が出ているようです…」
アナウンサーの説明に、
「怖いわねえ」
おちょぼ口でお茶を啜っていた母が言う。
今年80歳になる母は、3歳年上の父がほぼ寝たきり状態になっても依然元気である。
「感染症かもしれないんだって? 亜季と勇樹もたぶんそうなんでしょ? だからあれほど夏休みは勉強しなさいって言ったのに。ふたりとも受験生のくせに、遊んでばかりいるからだよ」
嫌がる二人を妹が車で医者に連れて行ったのは、夕方のことだ。
まともな病院がG市まで行かないとないから、車で片道30分はかかる。
私は箪笥の上の置き時計を見た。
それにしても、遅い。
時刻は8時になろうとしていて、私と母は夕食を終え、デザートの西瓜まで食べ終わったところだった。
西瓜は井戸に冷やしてあったものを、母が切って出してくれたのだ。
「ふたりとも、もう受験か。その意味では、双子ってのは、ほんと大変だな。どんな苦労も二倍になる」
「亜季は成績がいいから心配ないけど、勇樹がねえ」
「男子はスロースターターなんだよ。それまで順調だった女生徒が壁にぶち当たる頃、伸びてくる」
学生時代、塾でアルバイトした経験からそうフォローすると、
「そんなもんかねえ」
母は疑わしそうに首をかしげて入れ歯の隙間を楊枝でほじり始めた。
そこに、
「ただいま」
玄関の引き戸が開く音がして、妹の声が聴こえてきた。
「遅かったじゃないか」
迎えるために立っていくと、宵闇を背景にして、戸口に三人が立っていた。
げっそりやつれた感じの妹を挟むようにして、両脇にふたりの中学生。
暗くて表情まではわからないが、二対の眼が猫のそれのように一瞬月光を反射した。
「やっぱりあれだって」
疲れた声で妹が言った。
「ふたりとも、感染症の疑いがあるから、明日も来いって」
「よく帰ってこられたな」
「病床がいっぱいで、色々調整が必要なんだってさ」
「ふーん」
話していると、影の一つがサッと動いて、私を突き飛ばすような勢いで廊下を奥へと去って行った。
いうまでもなく、勇樹である。
「ったく、あの子ったら」
妹が舌打ちすると、その時後から来た母が玄関の明かりをつけ、薄闇の中から亜季の姿が浮かび上がった。
セーラー服の夏服姿なのに、その盛り上がって弾けそうな胸といい、どきりとするほど妖艶だ。
亜季は弟の去った後を熱に浮かされたような眸で、じっと見ているだけだった。
「これか!」
と思わず膝を打った。
画面には見たことのある光景が映し出されている。
崖を背景にした河原だ。
崖の上は車の通る県道で、崖面からは二か所ほど、白い滝が青い淵になだれ落ちている。
いうまでもなく、この家の裏にある清流の風景だった。
その映像を見て、思い出したのだ。
興福寺の秘仏公開の場で、ユーチューバーらしき若者たちがスマホを見て騒いでいたことを。
「川遊びをしていた小中学生で、体調不良を訴える者は30人に及び、保健所の調査によると、それ以外にも、被害が出ているようです…」
アナウンサーの説明に、
「怖いわねえ」
おちょぼ口でお茶を啜っていた母が言う。
今年80歳になる母は、3歳年上の父がほぼ寝たきり状態になっても依然元気である。
「感染症かもしれないんだって? 亜季と勇樹もたぶんそうなんでしょ? だからあれほど夏休みは勉強しなさいって言ったのに。ふたりとも受験生のくせに、遊んでばかりいるからだよ」
嫌がる二人を妹が車で医者に連れて行ったのは、夕方のことだ。
まともな病院がG市まで行かないとないから、車で片道30分はかかる。
私は箪笥の上の置き時計を見た。
それにしても、遅い。
時刻は8時になろうとしていて、私と母は夕食を終え、デザートの西瓜まで食べ終わったところだった。
西瓜は井戸に冷やしてあったものを、母が切って出してくれたのだ。
「ふたりとも、もう受験か。その意味では、双子ってのは、ほんと大変だな。どんな苦労も二倍になる」
「亜季は成績がいいから心配ないけど、勇樹がねえ」
「男子はスロースターターなんだよ。それまで順調だった女生徒が壁にぶち当たる頃、伸びてくる」
学生時代、塾でアルバイトした経験からそうフォローすると、
「そんなもんかねえ」
母は疑わしそうに首をかしげて入れ歯の隙間を楊枝でほじり始めた。
そこに、
「ただいま」
玄関の引き戸が開く音がして、妹の声が聴こえてきた。
「遅かったじゃないか」
迎えるために立っていくと、宵闇を背景にして、戸口に三人が立っていた。
げっそりやつれた感じの妹を挟むようにして、両脇にふたりの中学生。
暗くて表情まではわからないが、二対の眼が猫のそれのように一瞬月光を反射した。
「やっぱりあれだって」
疲れた声で妹が言った。
「ふたりとも、感染症の疑いがあるから、明日も来いって」
「よく帰ってこられたな」
「病床がいっぱいで、色々調整が必要なんだってさ」
「ふーん」
話していると、影の一つがサッと動いて、私を突き飛ばすような勢いで廊下を奥へと去って行った。
いうまでもなく、勇樹である。
「ったく、あの子ったら」
妹が舌打ちすると、その時後から来た母が玄関の明かりをつけ、薄闇の中から亜季の姿が浮かび上がった。
セーラー服の夏服姿なのに、その盛り上がって弾けそうな胸といい、どきりとするほど妖艶だ。
亜季は弟の去った後を熱に浮かされたような眸で、じっと見ているだけだった。
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