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#349話 施餓鬼会⑭
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夕食後、母がやったのだろう。
台所の冷蔵庫はやはりガムテープでぐるぐる巻きにされていた。
ーただ、おなかが空いてるだけなんだってー
今朝、離れに行った時に、亜季がつぶやいた言葉が耳の奥によみがえる。
ーとりあえず、水を飲ませておくからー
自然と、昨夜の光景が目に浮かんだ。
全裸で台所の床に座り込み、狂ったように生肉を貪り食っていた勇樹。
そして、今朝見た球状に隆起した掛け布団の形。
あの布団の下にあったのは、父の上に蹲っていた巨大な”蜘蛛”そっくりの肉体ではなかったのか。
そういえば、と思う。
おとといの夕方、井戸端から現れた半裸の勇樹を初めて見た時感じた違和感。
今になって思うと、あれは、彼の身体のバランスからくるものだった気がする。
手足が細く、あばらの透けて見える上半身に対して、下腹だけが突き出ている、まるで中年男のような…。
餓鬼。
水底から嫌なにおいのする気泡が浮かび上がるように、記憶に亀裂が走り、その単語が浮上した。
何かの絵で見たことがある。
ザンバラ髪に木乃伊のような四肢。
しかし,腹だけが奇怪なほど膨らんでいて…。
餓鬼とは、もともと飢饉で餓死した者たちの、地獄での姿だったように思う。
ひょっとして、勇樹はその餓鬼になってしまったのではないだろうか。
そして、食べ物を求めてさ迷った挙句、一番抵抗力の弱い父を襲って食うことにした…。
あり得ない。
私はぶんぶん首を横に振った。
いくらここが都会から遠く離れた田舎だからといって そんな荒唐無稽なことが起こるはずがない。
だが、それでもやはり、確かめてみることは必要だろう。
離れへ向かう途中、母屋の角を曲がった時だった。
ざばっ。
ひとつだけ明かりのついた窓から、ふいにお湯をかぶるような音がして、私は立ち止まった。
こんな時間に、誰か、風呂に入っている…。
覗くつもりはなかった。
けれど、気がつくと、私はつま先立ちになり、開いた窓から中を覗き込んでいた。
湯気の向こうに、桜色の何かが蠢いていた。
それが、艶めかしい少女の裸体だとわかったとたん、心臓が鼓動を止めた。
亜季だった。
全裸の亜季が、惜しげもなく全身を晒し、私を誘っている…。
喉が干上がり、股間で灼熱のこわばりが膨張した。
私は足音を忍ばせ、勝手口をくぐった。
頭にピンク色のもやがかかり、自分が何をしようとしているのか、まるっきりわからなくなってしまっていた。
物置の横が、風呂だった。
すりガラスには、優雅な曲線を描いた桃色の裸身が映っている。
引き戸に手をかけた。
やめろ!
頭の中で警報音が鳴り響く。
が、遅かった。
手を引っ込まれる前に引き戸が開き、中から現れた手がいち早く私の手首をつかんだのだ。
台所の冷蔵庫はやはりガムテープでぐるぐる巻きにされていた。
ーただ、おなかが空いてるだけなんだってー
今朝、離れに行った時に、亜季がつぶやいた言葉が耳の奥によみがえる。
ーとりあえず、水を飲ませておくからー
自然と、昨夜の光景が目に浮かんだ。
全裸で台所の床に座り込み、狂ったように生肉を貪り食っていた勇樹。
そして、今朝見た球状に隆起した掛け布団の形。
あの布団の下にあったのは、父の上に蹲っていた巨大な”蜘蛛”そっくりの肉体ではなかったのか。
そういえば、と思う。
おとといの夕方、井戸端から現れた半裸の勇樹を初めて見た時感じた違和感。
今になって思うと、あれは、彼の身体のバランスからくるものだった気がする。
手足が細く、あばらの透けて見える上半身に対して、下腹だけが突き出ている、まるで中年男のような…。
餓鬼。
水底から嫌なにおいのする気泡が浮かび上がるように、記憶に亀裂が走り、その単語が浮上した。
何かの絵で見たことがある。
ザンバラ髪に木乃伊のような四肢。
しかし,腹だけが奇怪なほど膨らんでいて…。
餓鬼とは、もともと飢饉で餓死した者たちの、地獄での姿だったように思う。
ひょっとして、勇樹はその餓鬼になってしまったのではないだろうか。
そして、食べ物を求めてさ迷った挙句、一番抵抗力の弱い父を襲って食うことにした…。
あり得ない。
私はぶんぶん首を横に振った。
いくらここが都会から遠く離れた田舎だからといって そんな荒唐無稽なことが起こるはずがない。
だが、それでもやはり、確かめてみることは必要だろう。
離れへ向かう途中、母屋の角を曲がった時だった。
ざばっ。
ひとつだけ明かりのついた窓から、ふいにお湯をかぶるような音がして、私は立ち止まった。
こんな時間に、誰か、風呂に入っている…。
覗くつもりはなかった。
けれど、気がつくと、私はつま先立ちになり、開いた窓から中を覗き込んでいた。
湯気の向こうに、桜色の何かが蠢いていた。
それが、艶めかしい少女の裸体だとわかったとたん、心臓が鼓動を止めた。
亜季だった。
全裸の亜季が、惜しげもなく全身を晒し、私を誘っている…。
喉が干上がり、股間で灼熱のこわばりが膨張した。
私は足音を忍ばせ、勝手口をくぐった。
頭にピンク色のもやがかかり、自分が何をしようとしているのか、まるっきりわからなくなってしまっていた。
物置の横が、風呂だった。
すりガラスには、優雅な曲線を描いた桃色の裸身が映っている。
引き戸に手をかけた。
やめろ!
頭の中で警報音が鳴り響く。
が、遅かった。
手を引っ込まれる前に引き戸が開き、中から現れた手がいち早く私の手首をつかんだのだ。
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