超短くても怖い話【ホラーショートショート集】

戸影絵麻

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#445話 終業式インフェルノ

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 その異変に気づいたのは、私が一番出入口の近くにいたからだ。
 体育館に整列した生徒たちの最後列。
 壇上では、校長先生が訓話を垂れている。
 その内容があまりにくだらないので、いい加減眠気を催してきたその時ー。
 突然、背後で扉が開く音がしたのである。
 軋みに続いてかすかな空気の動きと妙な匂い。
 こっそり振り向くと、逆光の中に異様な人影が浮かび上がった。
 壊れたマリオネットみたいなぎこちない歩き方。
 折れたみたいな首を右に傾げ、片足を引きずるように歩いてくる。
 制服は吐瀉物にまみれたようにドロドロで、顔の筋肉は弛緩して眼は白目をむいている。
 入ってきたのは、同じクラスの野窓幹夫だった。
 きょうは終業式だというのに、1時間以上遅刻というのは、いい度胸だ。
 それにしてもなんであんなに汚いんだろう。
 あれじゃまるで肥え溜めかくみ取り式の便所から抜け出してきたみたいだ。
「おい、おまえ」
 少し遅れて体育教師が声をかけた。
 体育担当の山崎は、角刈り頭のヤクザみたいな中年男だ。
 その制止の声を無視するように、ずるっ、ずるっと、足を引きずりながら、幹夫が歩き出す。
「きさま、今、何時だと思ってるんだ!」
 シカトされて激高した山崎が幹夫に駆け寄り、その痩せた肩をつかんだ時だった。
 うげえっ。
 突然幹夫が身体をくの字に折り、床にゲロを吐き出した。
 大便とグリーンカレーを混ぜたような気色の悪い液体が、どぼどぼと塵一つない床面に広がっていく。
 またたくまに強烈な悪臭が拡散し、周囲から一斉に悲鳴が上がった。
「だ、誰か!」
 駈け寄ってきた若い女教師が、吐き続ける幹夫の傍らに立ちすくみ、悲鳴混じりに叫んだ。
 私はセーラー服の袖で鼻と口を覆ったまま、茫然とうずくまる幹夫を見つめた。
 信じがたい光景だった。
 ゲロの海はどんどん広がっているのに、幹夫の吐瀉はまだ続いていた。
 その量と言ったら、どこにあんなに吐瀉物が入っていたのだろう、と首を傾げたくなるほどだ。
 ドロドロ、ぐちゃぐちゃした茶色と緑色の混ざった恐ろしく臭い液体は、吐き続ける幹夫の口から壊れた蛇口から
噴き出す水のように噴出し、恐怖で棒立ちになった生徒たちの足元を覆っていく。
 そして更に―。
 本物の悪夢はそこから始まった。
 うあああ。
 うぐううううう。
 あああああああ。
 幹夫のゲロに触れた生徒たちが、幹夫と同じように白目をむき、不気味な声でうめき始めたのである。
 そうー。
 まるで人間を生きた屍に変える、謎のウィルスに感染したかのようにー。
 こうしてはいられなかった。
 ハッと我に返った私はとっさに踵を返すと、出入り口に向かってダッシュした。
 最後列でラッキーと思った。
 少なくともこの位置からなら、幹夫の吐瀉物を踏まずに外に逃げられる。
 両開きの扉に肩から体当たりして、体育館の外に転がり出た。
 体勢を立て直し、前方に目をやった私は、そこで棒を呑んだように立ちすくんだ。
 そ、そんな…まさか…。
 學校の正門から、ぞろぞろと人影がなだれ込んでくる。
 幹夫と同じー。
 壊れたマリオネットみたいな、ぎこちない歩き方で。
 折れたように首を右に傾げ、片足を引きずるように歩いてくるそいつらは…。
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