超短くても怖い話【ホラーショートショート集】

戸影絵麻

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第514話 冥府の王(65)

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『もがり』というのはね、日本の古代に行われていた葬儀の儀式みたいなもの。本葬にするまでの間、死体を棺に安置して別れを惜しんだり、死者の復活を願ったりしながら遺体の物理的変化をこの目で確かめて、その決定的な死を確認すること。もがりの間に遺体を安置した建物を『もがりのみや』って呼んだりもするそうよ。古くは万葉集にも出てくるらしいし、天皇家の喪儀のひとつとして行われたって話だわ」
 縁側に腰かけ、メロンをスプーンですくいながら、由利亜が言った。
 その日の午後、僕らは学校が引けるとすぐに、また剛の家に集まった。
 約束通り、剛の祖母が昼食にそうめんをごちそうしてくれ、僕らはデザートのメロンを食べているところだった。
 由利亜が見つめているのは、膝の上に置いたメモ帳である。
 もがりの森について、インターネットで調べてきたらしい。
 縁側には3つのランドセルと、布製の肩掛けかばんがひとつ。
 ランドセルはふたつが赤色で、ひとつが黒だ。
 みんな、僕らの装備である。
「よくわかんないけどよ、その遺体の物理的変化がどうのこうのってくだり、あんまりぞっとしねえな」
 3切れめのメロンを食べ終えて、剛が感想を述べた。
「そうだね。どうも、死体が腐って骨になるまで、ずっと埋めずに放置しておくらしいよ。もがりの森のどこかに、そのもがりの宮ってのがあるのかもしれないね」
 由利亜は平然としている。
「うわあ、ぞくぞくする。香澄、見てみたーい」
 香澄はときたら、むしろ興味津々といった表情だ。
 僕と剛は顔を見合わせ、首を縮めた。
 こういうのって、女の子のほうが強いのだろうか。
「さ、そろそろ出発の準備だ」
 ズボンの裾を払って、剛が立ち上がる。
 きょうの剛は、米軍払い下げの迷彩服の上下みたいなのを着ている。
 モヒカンカットの頭に帽子をかぶれば、そのごつい体からして、見習い兵士くらいには見えるだろう。
 由利亜はスキニージーンズに、体にぴったりフィットしたサマーセーター、香澄はTシャツの上にパーカーを羽織り、下は短パンとハイソックスだ。
 僕も同様にTシャツとパーカー、動きやすいように下にはゆったりしたコットンパンツをはいてきた。
「もがりの森って、里山の向こう側にあるんだろ? ばあさんの話だと、山をわざわざ越えなくても、旧墓地の近くから抜け道が続いてるって」
「そうね。新墓地から旧墓地までの道がちょっと大変かも。なんせ、旧墓地ってまだこのへんに土葬の習慣が残ってた頃のお墓だからさ、今は打ち捨てられてて、誰も世話してないみたいなのよ」
 剛と由利亜の会話をなんとなく聞き流しながら、僕は香澄の様子をうかがった。
 香澄はパーカーのポケットから例の地図を取り出し、膝の上に置いて熱心に眺めている。
「どうした?」
 小声で訊くと、
「あった。もがりの宮。きっとここに、黄泉の国への入口があるんだと思う」
「黄泉の国?」
「うん。ハンザキが住んでるところだよ」
 そこへ、
「何の話? あ、香澄ちゃん、それは?」
 由利亜が身を乗り出してきた。
 顔を上げ、なんでもないことのように香澄が答えた。
「森の中の地図。うちにあったの。”見るなの座敷”の屏風の中に」



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