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#6 登校
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香椎エレナの通っていた桜丘中学は、下町と工場地帯の境にあった。
周囲に民家はなく、ばい煙で始終空気がいがらっぽい、そんな劣悪な環境のただなかである。
立地条件から推察される通り、何もかもがすさんだ感じのする学校だった。
生徒たちからして、そうである。
女子はおしなべて極端にスカートが短く、髪を染め、化粧を施した者も少なくない。
男子はおおむね、不良かオタクのふたつのタイプに分かれているようだ。
正門に一応教師が立っていたが、生徒たちの乱れた外見を特に注意するわけでもなかった。
登校する者たちにおざなりに朝の挨拶の声をかけているのだが、返事をする者などひとりもいなかった。
そんなマイルドヤンキー予備軍候の生徒たちに囲まれて正面玄関へ向かうエレナ自身も、際どいくらいに短いスカートにハイソックスといった出で立ちだ。
エレナの部屋に制服といったらそれしかなかったし、元のエレナより現在の彼女のほうが少し背が高いから、これは致し方のないことだった。
ただひたすら騒がしく意味のない会話を聞くともなく聞きながら、エレナは自身の特異性を意識せずにはいられない。
自分は彼らとは根本的に異なっている。
おそらく、種のレベルから。
だが、自分が何者なのか、という段になると、明確な答えが出てこないのだ。
”黒い羊”。
ふと、そんな単語が頭に浮かんだ。
人の群れに迷い込んだ、人に非ざる者・・・。
自分の靴箱は、すぐに見つかった。
2年C組の出席番号7番。
それが香椎レイナの靴入れだった。
上履きに履き替えている時である。
「あれ? エレナじゃん、あんた、生きてたの?」
だしぬけに声をかけられた。
顔を上げると、ショートカットの髪を赤く染めた背の高い娘が立っていた。
その隣にいるのは、明らかに日本人ではないとわかる肌の黒い天然パーマの少女である。
工場地帯という土地柄のせいだろう。
この学校には、色々な人種の生徒がいるらしい。
「・・・」
エレナは答えない。
昨日仕入れた記憶を探る。
エレナのスマートフォンの中に、この顔、あっただろうか。
結局、わからなかった。
胸につけた名札には、『浅見』と書いてあるようだ。
「きのうさあ、駅裏の駐車場で乱闘騒ぎがあって、5人くらい死んだっていうじゃん。あれ、シンジたちのグループだろ? あんた、最近シンジとよくつるんでたし」
「きのうは、私だけ先に帰ったから」
慎重に言葉を選んで、エレナは言った。
警察に訊かれても、そう答えるつもりだった。
「ちょっと、体調が悪くて・・・」
「ふうん、そうなんだ」
赤毛の少女は半信半疑といった面持ちで、エレナを見つめている。
「ま、関係ないならいいけどさ。でも、気をつけなよ。シンジの弟、タクヤが怒り狂ってるから。兄貴の仇、絶対取るんだとか言って、大騒ぎしてたらしい」
「タクヤ・・・?」
「忘れちゃったの? 3‐Aの木島拓也だよ。あの半分イッちゃってるやつ」
「ありがとう。でも、私には関係ないから」
うんざりしてきて早々に会話を切り上げようとすると、エレナの顔を探るように見て、少女が言った。
「エレナ、なんか雰囲気変わったね。大人っぽくなったっていうか、ふてぶてしくなったっていうか、きのうまでのキャピキャピしたエレナとは全然違う」
それには答えず、エレナはそっけなく少女に背を向けた。
どこからか自分を見つめる鋭い視線に気づいたからだった。
周囲に民家はなく、ばい煙で始終空気がいがらっぽい、そんな劣悪な環境のただなかである。
立地条件から推察される通り、何もかもがすさんだ感じのする学校だった。
生徒たちからして、そうである。
女子はおしなべて極端にスカートが短く、髪を染め、化粧を施した者も少なくない。
男子はおおむね、不良かオタクのふたつのタイプに分かれているようだ。
正門に一応教師が立っていたが、生徒たちの乱れた外見を特に注意するわけでもなかった。
登校する者たちにおざなりに朝の挨拶の声をかけているのだが、返事をする者などひとりもいなかった。
そんなマイルドヤンキー予備軍候の生徒たちに囲まれて正面玄関へ向かうエレナ自身も、際どいくらいに短いスカートにハイソックスといった出で立ちだ。
エレナの部屋に制服といったらそれしかなかったし、元のエレナより現在の彼女のほうが少し背が高いから、これは致し方のないことだった。
ただひたすら騒がしく意味のない会話を聞くともなく聞きながら、エレナは自身の特異性を意識せずにはいられない。
自分は彼らとは根本的に異なっている。
おそらく、種のレベルから。
だが、自分が何者なのか、という段になると、明確な答えが出てこないのだ。
”黒い羊”。
ふと、そんな単語が頭に浮かんだ。
人の群れに迷い込んだ、人に非ざる者・・・。
自分の靴箱は、すぐに見つかった。
2年C組の出席番号7番。
それが香椎レイナの靴入れだった。
上履きに履き替えている時である。
「あれ? エレナじゃん、あんた、生きてたの?」
だしぬけに声をかけられた。
顔を上げると、ショートカットの髪を赤く染めた背の高い娘が立っていた。
その隣にいるのは、明らかに日本人ではないとわかる肌の黒い天然パーマの少女である。
工場地帯という土地柄のせいだろう。
この学校には、色々な人種の生徒がいるらしい。
「・・・」
エレナは答えない。
昨日仕入れた記憶を探る。
エレナのスマートフォンの中に、この顔、あっただろうか。
結局、わからなかった。
胸につけた名札には、『浅見』と書いてあるようだ。
「きのうさあ、駅裏の駐車場で乱闘騒ぎがあって、5人くらい死んだっていうじゃん。あれ、シンジたちのグループだろ? あんた、最近シンジとよくつるんでたし」
「きのうは、私だけ先に帰ったから」
慎重に言葉を選んで、エレナは言った。
警察に訊かれても、そう答えるつもりだった。
「ちょっと、体調が悪くて・・・」
「ふうん、そうなんだ」
赤毛の少女は半信半疑といった面持ちで、エレナを見つめている。
「ま、関係ないならいいけどさ。でも、気をつけなよ。シンジの弟、タクヤが怒り狂ってるから。兄貴の仇、絶対取るんだとか言って、大騒ぎしてたらしい」
「タクヤ・・・?」
「忘れちゃったの? 3‐Aの木島拓也だよ。あの半分イッちゃってるやつ」
「ありがとう。でも、私には関係ないから」
うんざりしてきて早々に会話を切り上げようとすると、エレナの顔を探るように見て、少女が言った。
「エレナ、なんか雰囲気変わったね。大人っぽくなったっていうか、ふてぶてしくなったっていうか、きのうまでのキャピキャピしたエレナとは全然違う」
それには答えず、エレナはそっけなく少女に背を向けた。
どこからか自分を見つめる鋭い視線に気づいたからだった。
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