ヒバナ、オーバードライブ DX!

戸影絵麻

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第1部 ヒバナ、オーバードライブ!

#1 白昼夢

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 気を取り直し、散策を楽しむことにした。
 勤務先のマンガ喫茶『アイララ』は、基本深夜営業の店なので、夕方5時までに入ればいい。
 開店までまだ1時間以上もあるのだ。
 ゴールデンウィーク一日目ということもあり、アーケード街はものすごい人出でにぎわっていた。
 そもそも、ここ、那古野市名物『大猫観音通り商店街』には変わった店が多い。
 中古服、中古ゲームソフト、パソコンの部品、エスニック料理、骨董品、メイド喫茶、アニメグッズの店など、怪しいものはたいていそろっている。
 中でもヒバナのお気に入りは、ガチャポン専門店と出汁(だし)専門店の二つである。
 前者は、文字通り店内がすべてガチャポンの自動販売機という、アクセサリー好きのヒバナには夢のような店だ。
 後者も変り種という点では負けていない。店内の棚に並んでいるのは、ひたすら同じ形、同じ大きさの瓶である。その正体は、というと、北は北海道から南は九州まで、全国から集まったしょうゆ味だのかつお味だのといった出汁オンリーなのだから、このこだわり方はもう、すごいとしかいいようがない。
 どちらも、中を歩いているだけで幸せな気分に浸れる、ヒバナにとっては天国のようなお店だった。
 その二軒に行くには中央の日の丸広場を抜け、青門通りに入らねばならない。ちょうど職場もその方向なので、ヒバナは少し軽くなった足取りで、足早に広場にさしかかった。
 幼稚園の校庭くらいの広場の真ん中に、この商店街の名前の由来である、巨大な招き猫の像が立っている。そのまわりにベンチが並び、親子連れやカップルが座ってハンバーガーを食べたりおしゃべりしたりして、思い思いにくつろいでいる。その足元を、けっこうな数の鳩が、人を恐れることもなく、ポッポと鳴きながら餌を求めて歩き回っている。
 まさに絵に描いたような平和な光景だった。
 いちばんすいている屋台で、順番を抜かされながらも何とかミルクシェイクを買うことに成功し、空いたベンチに座る。
 まだゴールデンウィークに入ったばかりなのに、真夏のように暑い。
 おかげで一口飲んだミルクシェイクは、奇跡のようにおいしかった。
 半分ほど飲み干したときのことだった。
 ヒバナはふと、奇妙なものに目を留めて、小首をかしげた。
 左手の路地の入り口あたりで、空気が揺らいでいる。
 陽炎が立っているのか、向こう側がなんだかゆがんで見えるのだ。
 ヒバナはただぼんやりと、特に意識するでもなくその光景を眺めていた。
 なんだろう。蜃気楼かな?
 でも、蜃気楼って、こんな街中にできるっけ?
 揺らぎは次第に大きくなっていく。
 スッと空間に裂け目が入った。
 と、だしぬけに、お芝居の書割を裏側から突き破るように、両手で裂け目を広げながら、大きな黒い影が向こう側から上半身を現した。
 頭から迷彩色のフードをかぶった大男だ。
 ヒグマのような体躯だった。
 フードで顔は見えない。
 暗い中から、瞳のない真っ赤な眼だけがのぞいている。
 両手に、長さ1メートルほどもある特大の包丁のようなものを握っていた。
 いや、握っているというより、両の手首から先に刃物が生えているのだ。
 すべてが、人間離れしていた。
 ヒトの皮をかぶった獣、といった獰猛な雰囲気を周囲に発散している。
 ヒバナの手から、紙コップが滑り落ちた。
 得体の知れない恐怖が背筋を這い上がり、首筋の産毛がちりちりと音を立てて総毛立つのがわかった。
 半ば腰を浮かせかけたとき、男が吼えた。
 人々が、凍りついたようにおしゃべりをやめ、男のほうを見た。
「何あれ」
「頭おかしいんじゃない」
「キモい」
 ささやきが広がっていく。
 再び、男が吼えた。
 そして。
 咆哮しながら、両手を振り上げ、走り出した。
 悲鳴が上がり、ベンチがひっくり返った。
 逃げようとした若いカップルの女性のほうが、右腕を叩き切られて絶叫する。
 女性をかばおうとして前へ出た青年の首を、大男が一撃のもとに切断した。
 噴水のように血がしぶいた。
 大男は更に逃げ惑う群集の中に突っ込んでいく。
 またたくまに十人以上が切られ、絶命した。
 広場の白い敷石を、鮮血の川が赤一色に染め替えていく。
 マスコットの招き猫の周りを、逃げる人々を追い回しながら、男がヒバナのほうに向かってきた。
 逃げなきゃ、とは思うものの、金縛りにあったかのように足が動かない。
 狂人のおぞましい巨体がすぐそこまで迫ってくる。
 凶刃が日差しにきらめいた。
 やられる!
 反射的に、両手で頭を抱えてうずくまった。
 風が、頬を叩いた。
 巨大な影が、頭上を掠めすぎた。
 顔を上げ、振り返ると、青門のほうに向かって大股に駆けていく男の後姿が見えた。
 男はヒバナの上を飛び越え、別の獲物を求めて行ってしまったのだった。
 おそるおそる身を起こし、ほっとため息をつく。
 少し複雑な気分だった。
 通り魔にも狙われないほど、わたしって存在感が薄いんだ。
 そう思ったのである。 

  いつのまにそこにいたのか。
 ふと気がつくと、横に背の高い青年が立っていた。
 長い髪を後ろで縛り、着物に袴といった妙な出で立ちをしている。
 右手に、抜き身の日本刀を持っていた。
 一瞬、
 なんだ、これ、映画のロケだったんだ。
 と思ったヒバナだったが、あちこちに倒れている血まみれの死体は、どう見てもほんものである。
 あらためて恐くなってきた。
 濃厚な血の匂いに気分が悪くなってくる。
 ひどい、ひどすぎる・・・。
 これ、通り魔殺人ってやつ?
 でも、どうしてこんな、ひどいことを・・・。
 そうだ、警察に知らせなきゃ。
 背中のリュックを下ろし、震える手でスマートフォンを取り出したとき、
 傍らにたたずんでいた青年が、ふしぎそうにヒバナの顔を覗き込み、低い声で訊いた。
「なぜおまえだけ、生きている?」
 応えようがなかった。
 青年はびっくりするほど美しい顔をしていた。
 澄んだ目でヒバナを見つめている。
 本物のイケメンに声をかけられたのは、これが初めてだった。
 ヒバナが耳まで赤くなったとき、
 青年が再び前方に視線を戻し、だれにともなくつぶやいた。
「来たな」
 同時に、ヒバナも気づいていた。あの咆哮がまた近づいてくる。
 化け物が、戻ってきたのだ。
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