7 / 295
第1部 ヒバナ、オーバードライブ!
#5 幻工房
しおりを挟む
翌日の午後。
近所の牛丼屋で朝昼兼用の食事を済ませると、ヒバナはリュックを背負って、再び大猫観音商店街に出かけた。
リュックの中にはもちろん、あの自称神様のカメレオンが入っている。
「ねえ、カメレオンって長くて面倒だから、これからあんたのことレオンって呼んでいい? それとも神レオン? 神様のカメレオンで神レオン」
「なんでも好きにしろよ。オレにだって名前ぐらいあるが、八百神(やおろずのかみ)の名なんて、どうせおまえの頭じゃ覚えきれないだろうし」
「じゃ、レオンに決定」
ご機嫌な口調で、ヒバナが言う。
ヒバナは普段、寡黙なほうだ。自分から他人に話しかけるのが、苦手なのだ。
他人からほとんど声をかけられないのでこれはある意味仕方ないのだが、母親以外とはあまり会話を交わしたことがない。それが不思議なことに、このカメレオンが相手だと、何のためらいもなくスラスラ会話できるのである。
相手が人間でない分、構えなくて済むからかもしれなかった。
ヒバナはそれが心地よい。
たとえそれが自称『神』のへんてこなカメレオンでも、話し相手がいるというのは、いいものである。
「ところでさ、レオン、わたしたち、これからどこ行くの?」
はずむような足取りで歩きながら、たずねた。
「オレの工房だよ。そこでおまえにあるものを取りつける」
「誘導ミサイルとか?」
「アホか、端末だよ。おまえの空っぽの頭を霊的なPCやスマホみたいにする装置だ」
「頭をスマホにするって、何それ。わけわかんない」
「おまえはわからなくてもいいの。ほら、そこを右だ」
一夜明けた商店街は、幸いなことに警察の非常線も解かれ、つつましやかではあるものの、客足も戻りつつあるところだった。
レオンの指示に従って、迷路のように入り組んだ商店街の路地を歩いていく。
きのうとは反対側の、黄門通りの方角だ。
古着ショップのひしめく一角を抜けて、民家の連なる更に細い路地を入った突き当りが、今時珍しい草ぼうぼうの空き地になっていた。
「そこだ」
レオンが長い尻尾をぴんと伸ばして指し示した先に、それはあった。
空き地の隅に、崩れかけた大きめの犬小屋のようなものが建っている。
道祖神を祀った祠である。
リュックからするりと抜け出て地面に降りると、レオンが祠の裏側に回る。
カチっと、何かスイッチを入れるような音がした。
とたんに、祠の中の地蔵が音もなく下降していき、中にぽっかりと入り口らしきものが開いた。
「えー、ここに入るの? あんたはいいけど、わたし、だいじょうぶかなあ」
ヒバナがショートパンツのお尻を掌でパンパン叩いて、言う。
「人目につくとまずい。急げ」
さっさと中に入っていくレオン。
仕方なく、ヒバナもあとに続く。
案の定、お尻が少し引っかかったが、無理に通り抜けるとあとは比較的楽だった。
避難訓練で使う脱出用チューブを滑り降りる感じで、頭から一気にダイブした。
「うわあああ」
悲鳴を上げたときには、すでに下降は止まり、ヒバナは奇妙な部屋の入り口にたどり着いていた。
人間の部屋にしては天井が低く、間取りも狭い。
映画で見た、ホビットの住居に似ていた。
四方の壁には棚がしつらえられており、さまざまな人形のパーツが乗っている。
部屋の奥に手術用みたいなベッドが一つ、置かれていた。
蛍光灯も裸電球もないのに明るいのは、天井自体がぼんやり光っているかららしい。
「確かこのへんに一個あったはずなんだが・・・」
木屑でいっぱいの床をぴょんぴょん飛び跳ねて行って、左手の棚の下にもぐりこむと、レオンはしばらくの間ごそごそ何かを探しているふうだったが、やがて、
「あったあった」
と、両の前脚で青い宝石のようなものを抱えて出てきて、二本足で立ち上がった。
「これが"霊界端末”だ。常世を脱出するとき、念のためにと思って持ってきたんだが、まさか実際に使うことになるとは、思ってもみなかったぜ」
「きれいな宝石ねえ。で、それで何するわけ?」
無邪気な声でヒバナがたずねる。
「"みたまうつし”さ。今風に言えば、こいつを装着することで、霊獣や神獣のタマシイをダウンロードできるようになる」
「タマシイをダウンロード? なんかそれってキモくない?」
眉をひそめるヒバナ。
「何を言うか、この罰当たりめが。いいから、そこに横になって寝ろ」
レオンが例の手術用ベッドを指さして、命令口調で言った。
「痛いのはやだよ」
おそるおそるベッドによじ登り、仰向けになった。
30度ほど、上体が起きたかっこうになる。
「よし、オレがいいと言うまで目をつぶっていろ。多少痛くても我慢するんだ。すぐに終わるから」
レオンがおなかの上に乗ってきて、ヒバナのへそのあたりを踏んで両脚で立ち上がると、青い宝石を手術台の上に垂れ下がっているマジックハンドみたいなものにとりつけた。
更に、ヒバナの両手首を革バンドでベッドの柵に固定する。
「これはオレがトロみたいな戦闘用土偶を作るための工具なんだが、まあ、人間にも使えるかなと」
「わたしは木じゃないんだから、やさしく扱ってよね」
ヒバナが懇願する。
「それは保障しかねる」
レオンはそっけない。
「ちょ、ちょっとお」
ヒバナが泣き声を上げかけたとき、ふいにマジックハンドが動いた。
「さ、行くぞ。目をつぶるんだ」
ギュイーン。
歯医者で聞いたことのある、ドリルの回転するような嫌な音がした。
次の瞬間、眉間に激痛が走った。
思わずヒバナはのけぞった。
そして、失神した。
近所の牛丼屋で朝昼兼用の食事を済ませると、ヒバナはリュックを背負って、再び大猫観音商店街に出かけた。
リュックの中にはもちろん、あの自称神様のカメレオンが入っている。
「ねえ、カメレオンって長くて面倒だから、これからあんたのことレオンって呼んでいい? それとも神レオン? 神様のカメレオンで神レオン」
「なんでも好きにしろよ。オレにだって名前ぐらいあるが、八百神(やおろずのかみ)の名なんて、どうせおまえの頭じゃ覚えきれないだろうし」
「じゃ、レオンに決定」
ご機嫌な口調で、ヒバナが言う。
ヒバナは普段、寡黙なほうだ。自分から他人に話しかけるのが、苦手なのだ。
他人からほとんど声をかけられないのでこれはある意味仕方ないのだが、母親以外とはあまり会話を交わしたことがない。それが不思議なことに、このカメレオンが相手だと、何のためらいもなくスラスラ会話できるのである。
相手が人間でない分、構えなくて済むからかもしれなかった。
ヒバナはそれが心地よい。
たとえそれが自称『神』のへんてこなカメレオンでも、話し相手がいるというのは、いいものである。
「ところでさ、レオン、わたしたち、これからどこ行くの?」
はずむような足取りで歩きながら、たずねた。
「オレの工房だよ。そこでおまえにあるものを取りつける」
「誘導ミサイルとか?」
「アホか、端末だよ。おまえの空っぽの頭を霊的なPCやスマホみたいにする装置だ」
「頭をスマホにするって、何それ。わけわかんない」
「おまえはわからなくてもいいの。ほら、そこを右だ」
一夜明けた商店街は、幸いなことに警察の非常線も解かれ、つつましやかではあるものの、客足も戻りつつあるところだった。
レオンの指示に従って、迷路のように入り組んだ商店街の路地を歩いていく。
きのうとは反対側の、黄門通りの方角だ。
古着ショップのひしめく一角を抜けて、民家の連なる更に細い路地を入った突き当りが、今時珍しい草ぼうぼうの空き地になっていた。
「そこだ」
レオンが長い尻尾をぴんと伸ばして指し示した先に、それはあった。
空き地の隅に、崩れかけた大きめの犬小屋のようなものが建っている。
道祖神を祀った祠である。
リュックからするりと抜け出て地面に降りると、レオンが祠の裏側に回る。
カチっと、何かスイッチを入れるような音がした。
とたんに、祠の中の地蔵が音もなく下降していき、中にぽっかりと入り口らしきものが開いた。
「えー、ここに入るの? あんたはいいけど、わたし、だいじょうぶかなあ」
ヒバナがショートパンツのお尻を掌でパンパン叩いて、言う。
「人目につくとまずい。急げ」
さっさと中に入っていくレオン。
仕方なく、ヒバナもあとに続く。
案の定、お尻が少し引っかかったが、無理に通り抜けるとあとは比較的楽だった。
避難訓練で使う脱出用チューブを滑り降りる感じで、頭から一気にダイブした。
「うわあああ」
悲鳴を上げたときには、すでに下降は止まり、ヒバナは奇妙な部屋の入り口にたどり着いていた。
人間の部屋にしては天井が低く、間取りも狭い。
映画で見た、ホビットの住居に似ていた。
四方の壁には棚がしつらえられており、さまざまな人形のパーツが乗っている。
部屋の奥に手術用みたいなベッドが一つ、置かれていた。
蛍光灯も裸電球もないのに明るいのは、天井自体がぼんやり光っているかららしい。
「確かこのへんに一個あったはずなんだが・・・」
木屑でいっぱいの床をぴょんぴょん飛び跳ねて行って、左手の棚の下にもぐりこむと、レオンはしばらくの間ごそごそ何かを探しているふうだったが、やがて、
「あったあった」
と、両の前脚で青い宝石のようなものを抱えて出てきて、二本足で立ち上がった。
「これが"霊界端末”だ。常世を脱出するとき、念のためにと思って持ってきたんだが、まさか実際に使うことになるとは、思ってもみなかったぜ」
「きれいな宝石ねえ。で、それで何するわけ?」
無邪気な声でヒバナがたずねる。
「"みたまうつし”さ。今風に言えば、こいつを装着することで、霊獣や神獣のタマシイをダウンロードできるようになる」
「タマシイをダウンロード? なんかそれってキモくない?」
眉をひそめるヒバナ。
「何を言うか、この罰当たりめが。いいから、そこに横になって寝ろ」
レオンが例の手術用ベッドを指さして、命令口調で言った。
「痛いのはやだよ」
おそるおそるベッドによじ登り、仰向けになった。
30度ほど、上体が起きたかっこうになる。
「よし、オレがいいと言うまで目をつぶっていろ。多少痛くても我慢するんだ。すぐに終わるから」
レオンがおなかの上に乗ってきて、ヒバナのへそのあたりを踏んで両脚で立ち上がると、青い宝石を手術台の上に垂れ下がっているマジックハンドみたいなものにとりつけた。
更に、ヒバナの両手首を革バンドでベッドの柵に固定する。
「これはオレがトロみたいな戦闘用土偶を作るための工具なんだが、まあ、人間にも使えるかなと」
「わたしは木じゃないんだから、やさしく扱ってよね」
ヒバナが懇願する。
「それは保障しかねる」
レオンはそっけない。
「ちょ、ちょっとお」
ヒバナが泣き声を上げかけたとき、ふいにマジックハンドが動いた。
「さ、行くぞ。目をつぶるんだ」
ギュイーン。
歯医者で聞いたことのある、ドリルの回転するような嫌な音がした。
次の瞬間、眉間に激痛が走った。
思わずヒバナはのけぞった。
そして、失神した。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
62
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる