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第1部 ヒバナ、オーバードライブ!
#6 霊脳石
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どれくらい気を失っていたのだろう。
目を覚ますと、ヒバナは相変わらずベッドの上だった。
両手の拘束具ははずされているものの、額がじんじん痛む。
右手で触ってみると、眉間の1センチほど上あたりに、何か固いものがある。
指でつまんで取りはずそうとしたが、頭蓋骨に根を張ったみたいにぴくりとも動かない。
「ちょっと、何これ? 鏡見せてよ、鏡」
ヒバナはがばっと起き上がった。
「その棚に三角縁神獣鏡が一つあるだろ? 卑弥呼が魏の皇帝からもらったやつ」
ベットのそばに小さなテーブルがあり、その上に寝そべっていたレオンが言った。
それは鏡というより、青銅でできた丸い小さな盾のようなものだった。
半信半疑でのぞいて見ると、ぼんやりとだが、自分の顔らしきものが金属の表面に映った。
「わ。やば」
ヒバナはうめいた。
額にあの青い宝石がくっついている。
くっついているというより、めりこんでいる、といったほうが正しいかもしれない。
「これ、取れないじゃない。どうしてくれるのよ!」
泣き声で抗議すると、
「だから『もう元には戻れない』ってちゃんと忠告したじゃねえか。霊界端末はいわば"第三の目"。脳神経と融合して、もうおまえの肉体の一部になっている。取りたければ、大脳ごと取り替えるしかないね」
レオンがそんなミもフタもないことを言った。
「くう・・・」
絶句するヒバナ。
やばい、と思う。
これではあまりに目立ちすぎる。
第一、ママがこれを見て何と言うだろう?
「はちまきでもすればいいだろ? 『必勝』とか書いてあるやつさ」
オンナ心をまったく解さない爬虫類が、涼しい顔で言う。
「わたし、受験生じゃないし」
と怒りつつ、仕方ない、それで行くか、と思う。
必勝はちまきはいくらなんでもナシだろうが、バンダナでごまかすことはできそうだ。
細いバンダナをリボン風に結べば、けっこうかわいいかもしれない。
そんなことを考えていると、レオンが言った。
「霊界端末が完全におまえの脳に同調するまで何時間かかかりそうだから、あとはきょうの夜だな。おまえ、仕事あるんだろ? 仕事が終わったら、決行ってことでどうだ?」
「え? まだ何かあるの?」
ヒバナがうんざりしたような表情になる。
「こんな痛い思いしたのに、わたしまだ魔法少女になってないわけ?」
「当たり前だろ。そんなに簡単に行くかよ。今はまだ準備が終わった段階に過ぎない。問題は次だ。おまえが何になるかは、次のステップをいかにうまくクリアできるかによって決まる」
レオンの台詞は相変らず説明不足で、ヒバナには意味不明である。
「なんかテストみたいでやだな」
ヒバナは落ち込んだ。
子供の頃からテストは苦手だ。
普段なら解ける問題も、試験本番になるとやたら焦ってできなくなる。
小学生の頃から高校卒業まで、ずっとその繰り返しだった。
「がんばってもらわないとオレが困る」
ヒバナの内心を見透かしたように、レオンが言った。
「あの化け物を、いつまでも野放しにしておくわけにいかないだろう?」
その一言を聞いて、ヒバナは嫌な予感にとらわれた。
え?
それって、ひょっとして・・・?
自分の頭の回転の遅さを呪いたくなった。
この自称神様の目的って、それだったのか。
「あのさ、もしかしてあんた、わたしを改造して、あの殺人鬼と戦わせようとしてない?」
疑心暗鬼丸出しの表情で、訊いてみた。
「そうさ。トロの代役になってもらうって、ちゃんと言ったじゃねえか」
あっさりと、レオンが答えた。特に隠す気もないらしい。
「うそぉ」
ヒバナは青ざめた。
「そんなの、無理に決まってるじゃない。わたし、殺されちゃうよ。ずたずたに切り刻まれて、刺身にされちゃう!」
首を激しく左右に振って抗議する。
きのう目の当たりにした惨劇が、あのとき感じた恐怖とともに生々しく脳裏に蘇る。
レオンの首根っこをつかまんばかりの勢いで、くってかかった。
「だいたいさ、そんなの、どうしてあんたがやらないのよ! レオンは神様なんでしょ? 世界を創造したり壊したり、何でもできるんでしょ?」
レオンがちょっとバツの悪そうな顔つきになり、言い訳めいた口調で答えた。
「あのさ、神にも色々あってだ、常世の神ってのは創造神とはレベルが違う。ずっと下等なんだよ。それに白状するとな、オレにはもともと実体がない。だから霊界端末を装着できないんだ。このカメレオンの肉体では無理だしな。オレはあくまでも傀儡師。マリオネットを操るのが専門で、実戦には向いてないのさ」
「・・・なんか、すごくだまされた気分。これは『魔法少女詐欺』だよ」
がっくりと肩を落として、ヒバナはつぶやいた。
「オレは一言もウソは言ってない。それに、おまえ次第でどれだけでも強くなれるんだぞ。そんなに落ち込むことはないさ」
なぐさめるように、レオンが少し優しい口調で言った。
おまえ次第ってのが、嫌なのに・・・。
ヒバナは、ますます深く落ち込んだ。
◇
日の丸広場の周辺だけはまだ警察の非常線が張られたままだったので、『アイララ』に行くには商店街のへりをぐるっと大回りしなければならなかった。
深夜マンガ喫茶『アイララ』は、商店街の奥の奥、路地の突き当たりに位置する、等身大の狸の置き物がトレードマークの小さな店である。
ちなみに『アイララ』というのは、SF好きの店長が古いSF小説から取ってつけた店名だそうで、なんでも超古代に地球と火星の間にあった幻の太陽系第四惑星の名前なのだという。
『かき氷』と書かれた白と青ののれんをくぐる。
店内に流れているのは、ずいぶんとレトロな歌謡曲だ。
ピンクレディーとかキャンディーズとか、ヒバナが生まれる前に流行っていた歌手の曲が中心である。
きょうは多少なじみのあるユーミンの初期の曲がかかっていた。
「あ、ヒバナちゃん、きのうは大変だったってね。大丈夫か? 怪我してないか?」
入ってきたヒバナを目に留めるなり、店長の今岡さんがそう声をかけてきてくれた。
今岡さんは、以前ヒバナが動画で見た『8時だよ! 全員集合』の加藤茶に激似の中年男性である。
ヒバナの存在を認識できる希少な人間であり、しかもなぜかヒバナにやさしいという特技を持っている。
そして、なんといっても、高校卒業寸前まで就職が決まらなかったヒバナを拾ってくれた、いわば命の恩人でもあった。後で聞いたところによると、ヒバナの母薫とは小学校時代の同級生で、その縁もあってヒバナを雇ってくれたらしい。
「あ、ああ、い、いえ、だ、大丈夫です」
だいたいにおいて、ヒバナの受け答えは、滑舌が悪い。
相手が人間だと、たとえそれが今岡店長でも、つい、しどろもどろになってしまうのだ。
更衣室で店の制服であるメイド服に着替えていると、
「あら、ヒバナ、いたの? 相変らず存在感ないわねえ」
香水の匂いを振りまいて、先輩ウェイトレスの熊田沙紀、通称クマちゃんが入ってきた。
クマちゃんはヒバナより二つ年上の女性で、存在感ありすぎのダイナマイトボディの持ち主である。
きょうもトレードマークのボディコンワンピースを身につけている。
さながらバブルの頃の女王様といった貫禄だった。
「でもコワイよねー。きのうの殺人鬼、まだ捕まってないんでしょ? だいたいさ、被害者の死体も見当たらないってどういうことなんだろ?」
てきぱきと下着姿になり、ヒバナと同じメイド服に着替えながらクマちゃんが言う。
「さ、さあ・・・」
曖昧な微笑を顔に浮かべるヒバナ。
「まあ、ヒバナは超目立たないからダイジョウブだと思うけど、あたしなんかやばいよなあ。ちょっと帰り、カレシに迎えに来させるとすっかなあ」
さすが女の中のオンナだけあって、評価が的確である。
ヒバナの笑いがひきつった。
図星なだけに、返す言葉がなかったのだ。
クマちゃんに気取られないように、カメレオン入りのリュックをロッカーにしまう。
「ちょっと狭いけど、おとなしく待っててよ」
扉を閉める直前に、レオンに向かって念を押す。
「わかってるよ」
リュックの口から目だけのぞかせて、カメレオンが答える。
「ヒバナったら、何ひとりごと言ってんの。そんなんだから、変人扱いされるんだよ」
とたんにクマちゃんのきつい一言が飛んできた。
「ごめんなさい」
あわてて更衣室を飛び出した。
店内は個別のブースに仕切られていて、それぞれにテーブルと椅子、そしてデスクトップPCが設置されている。その周りをマンガを2万冊収めた棚が取り巻いており、さながら小迷宮の観を呈していた。
その迷宮の中をめぐりながらテーブルの拭き掃除をしていると、
「ヒバナ、ちょっとこっち手伝ってくれる?」
厨房から半身を乗り出して、厨房長の松尾さんが声をかけてきた。
松尾さんは、ひげ面の、一見強面の中年男である。
厨房長といっても、厨房にはこの松尾さんしかいないのだが、ヒバナの仕事の大半は掃除と厨房の手伝いだった。存在感がなさすぎてたびたび客にスルーされてしまうため、レジや給仕の作業は向いていないからだ。
「まあ、きのうあんなことがあったばかりだから、大して客は来ないと思うが、一応サラダの準備、頼む」
クマちゃんは料理や食器洗いがまったくできないため、母子家庭で鍛えたヒバナのほうが、厨房内では自然、重宝されることになる。
松尾さんの予想通り、客はいつもの半分くらいの入りだった。
それでも暇というほどではなく、そこそこ忙しく立ち働いているうちに時間は過ぎた。
従業員が少ないので、営業時間は深夜2時までだ。
最後の客を見送ると、ヒバナは暗い気分になってきた。
いよいよレオンの言う『決行』のときが近づいてきたからだ。
いったい今度は何をさせられるんだろう?
更衣室のロッカーの前で、そっとため息をついたとき、
「ヒバナ、きょうはいつもに輪をかけて暗いよ! 元気出しなって」
何を勘違いしたのか、ヒバナの背中を平手でばしっと叩いて、クマちゃんが言った。
「い、いえ、わたしは、べ、別に」
へどもどするヒバナの目の前に掌を突き出すと、
「これあげる。梅干グミ。あたしの元気の素なんだ。けっこう効くよー」
とにっこり笑う。
「あ、ありがとうございます」
わけもわからず頭を下げるヒバナに、
「今度合コン連れてってあげるからさ、それまでこの梅干グミ食べてがんばりなよ」
そんなことを言うと、じゃね、と肩のところで手をひらひらさせて、颯爽と帰っていった。
この人、けっこういい人なのかも。
その様になる後姿を眺めながら、そうヒバナは思った。
目を覚ますと、ヒバナは相変わらずベッドの上だった。
両手の拘束具ははずされているものの、額がじんじん痛む。
右手で触ってみると、眉間の1センチほど上あたりに、何か固いものがある。
指でつまんで取りはずそうとしたが、頭蓋骨に根を張ったみたいにぴくりとも動かない。
「ちょっと、何これ? 鏡見せてよ、鏡」
ヒバナはがばっと起き上がった。
「その棚に三角縁神獣鏡が一つあるだろ? 卑弥呼が魏の皇帝からもらったやつ」
ベットのそばに小さなテーブルがあり、その上に寝そべっていたレオンが言った。
それは鏡というより、青銅でできた丸い小さな盾のようなものだった。
半信半疑でのぞいて見ると、ぼんやりとだが、自分の顔らしきものが金属の表面に映った。
「わ。やば」
ヒバナはうめいた。
額にあの青い宝石がくっついている。
くっついているというより、めりこんでいる、といったほうが正しいかもしれない。
「これ、取れないじゃない。どうしてくれるのよ!」
泣き声で抗議すると、
「だから『もう元には戻れない』ってちゃんと忠告したじゃねえか。霊界端末はいわば"第三の目"。脳神経と融合して、もうおまえの肉体の一部になっている。取りたければ、大脳ごと取り替えるしかないね」
レオンがそんなミもフタもないことを言った。
「くう・・・」
絶句するヒバナ。
やばい、と思う。
これではあまりに目立ちすぎる。
第一、ママがこれを見て何と言うだろう?
「はちまきでもすればいいだろ? 『必勝』とか書いてあるやつさ」
オンナ心をまったく解さない爬虫類が、涼しい顔で言う。
「わたし、受験生じゃないし」
と怒りつつ、仕方ない、それで行くか、と思う。
必勝はちまきはいくらなんでもナシだろうが、バンダナでごまかすことはできそうだ。
細いバンダナをリボン風に結べば、けっこうかわいいかもしれない。
そんなことを考えていると、レオンが言った。
「霊界端末が完全におまえの脳に同調するまで何時間かかかりそうだから、あとはきょうの夜だな。おまえ、仕事あるんだろ? 仕事が終わったら、決行ってことでどうだ?」
「え? まだ何かあるの?」
ヒバナがうんざりしたような表情になる。
「こんな痛い思いしたのに、わたしまだ魔法少女になってないわけ?」
「当たり前だろ。そんなに簡単に行くかよ。今はまだ準備が終わった段階に過ぎない。問題は次だ。おまえが何になるかは、次のステップをいかにうまくクリアできるかによって決まる」
レオンの台詞は相変らず説明不足で、ヒバナには意味不明である。
「なんかテストみたいでやだな」
ヒバナは落ち込んだ。
子供の頃からテストは苦手だ。
普段なら解ける問題も、試験本番になるとやたら焦ってできなくなる。
小学生の頃から高校卒業まで、ずっとその繰り返しだった。
「がんばってもらわないとオレが困る」
ヒバナの内心を見透かしたように、レオンが言った。
「あの化け物を、いつまでも野放しにしておくわけにいかないだろう?」
その一言を聞いて、ヒバナは嫌な予感にとらわれた。
え?
それって、ひょっとして・・・?
自分の頭の回転の遅さを呪いたくなった。
この自称神様の目的って、それだったのか。
「あのさ、もしかしてあんた、わたしを改造して、あの殺人鬼と戦わせようとしてない?」
疑心暗鬼丸出しの表情で、訊いてみた。
「そうさ。トロの代役になってもらうって、ちゃんと言ったじゃねえか」
あっさりと、レオンが答えた。特に隠す気もないらしい。
「うそぉ」
ヒバナは青ざめた。
「そんなの、無理に決まってるじゃない。わたし、殺されちゃうよ。ずたずたに切り刻まれて、刺身にされちゃう!」
首を激しく左右に振って抗議する。
きのう目の当たりにした惨劇が、あのとき感じた恐怖とともに生々しく脳裏に蘇る。
レオンの首根っこをつかまんばかりの勢いで、くってかかった。
「だいたいさ、そんなの、どうしてあんたがやらないのよ! レオンは神様なんでしょ? 世界を創造したり壊したり、何でもできるんでしょ?」
レオンがちょっとバツの悪そうな顔つきになり、言い訳めいた口調で答えた。
「あのさ、神にも色々あってだ、常世の神ってのは創造神とはレベルが違う。ずっと下等なんだよ。それに白状するとな、オレにはもともと実体がない。だから霊界端末を装着できないんだ。このカメレオンの肉体では無理だしな。オレはあくまでも傀儡師。マリオネットを操るのが専門で、実戦には向いてないのさ」
「・・・なんか、すごくだまされた気分。これは『魔法少女詐欺』だよ」
がっくりと肩を落として、ヒバナはつぶやいた。
「オレは一言もウソは言ってない。それに、おまえ次第でどれだけでも強くなれるんだぞ。そんなに落ち込むことはないさ」
なぐさめるように、レオンが少し優しい口調で言った。
おまえ次第ってのが、嫌なのに・・・。
ヒバナは、ますます深く落ち込んだ。
◇
日の丸広場の周辺だけはまだ警察の非常線が張られたままだったので、『アイララ』に行くには商店街のへりをぐるっと大回りしなければならなかった。
深夜マンガ喫茶『アイララ』は、商店街の奥の奥、路地の突き当たりに位置する、等身大の狸の置き物がトレードマークの小さな店である。
ちなみに『アイララ』というのは、SF好きの店長が古いSF小説から取ってつけた店名だそうで、なんでも超古代に地球と火星の間にあった幻の太陽系第四惑星の名前なのだという。
『かき氷』と書かれた白と青ののれんをくぐる。
店内に流れているのは、ずいぶんとレトロな歌謡曲だ。
ピンクレディーとかキャンディーズとか、ヒバナが生まれる前に流行っていた歌手の曲が中心である。
きょうは多少なじみのあるユーミンの初期の曲がかかっていた。
「あ、ヒバナちゃん、きのうは大変だったってね。大丈夫か? 怪我してないか?」
入ってきたヒバナを目に留めるなり、店長の今岡さんがそう声をかけてきてくれた。
今岡さんは、以前ヒバナが動画で見た『8時だよ! 全員集合』の加藤茶に激似の中年男性である。
ヒバナの存在を認識できる希少な人間であり、しかもなぜかヒバナにやさしいという特技を持っている。
そして、なんといっても、高校卒業寸前まで就職が決まらなかったヒバナを拾ってくれた、いわば命の恩人でもあった。後で聞いたところによると、ヒバナの母薫とは小学校時代の同級生で、その縁もあってヒバナを雇ってくれたらしい。
「あ、ああ、い、いえ、だ、大丈夫です」
だいたいにおいて、ヒバナの受け答えは、滑舌が悪い。
相手が人間だと、たとえそれが今岡店長でも、つい、しどろもどろになってしまうのだ。
更衣室で店の制服であるメイド服に着替えていると、
「あら、ヒバナ、いたの? 相変らず存在感ないわねえ」
香水の匂いを振りまいて、先輩ウェイトレスの熊田沙紀、通称クマちゃんが入ってきた。
クマちゃんはヒバナより二つ年上の女性で、存在感ありすぎのダイナマイトボディの持ち主である。
きょうもトレードマークのボディコンワンピースを身につけている。
さながらバブルの頃の女王様といった貫禄だった。
「でもコワイよねー。きのうの殺人鬼、まだ捕まってないんでしょ? だいたいさ、被害者の死体も見当たらないってどういうことなんだろ?」
てきぱきと下着姿になり、ヒバナと同じメイド服に着替えながらクマちゃんが言う。
「さ、さあ・・・」
曖昧な微笑を顔に浮かべるヒバナ。
「まあ、ヒバナは超目立たないからダイジョウブだと思うけど、あたしなんかやばいよなあ。ちょっと帰り、カレシに迎えに来させるとすっかなあ」
さすが女の中のオンナだけあって、評価が的確である。
ヒバナの笑いがひきつった。
図星なだけに、返す言葉がなかったのだ。
クマちゃんに気取られないように、カメレオン入りのリュックをロッカーにしまう。
「ちょっと狭いけど、おとなしく待っててよ」
扉を閉める直前に、レオンに向かって念を押す。
「わかってるよ」
リュックの口から目だけのぞかせて、カメレオンが答える。
「ヒバナったら、何ひとりごと言ってんの。そんなんだから、変人扱いされるんだよ」
とたんにクマちゃんのきつい一言が飛んできた。
「ごめんなさい」
あわてて更衣室を飛び出した。
店内は個別のブースに仕切られていて、それぞれにテーブルと椅子、そしてデスクトップPCが設置されている。その周りをマンガを2万冊収めた棚が取り巻いており、さながら小迷宮の観を呈していた。
その迷宮の中をめぐりながらテーブルの拭き掃除をしていると、
「ヒバナ、ちょっとこっち手伝ってくれる?」
厨房から半身を乗り出して、厨房長の松尾さんが声をかけてきた。
松尾さんは、ひげ面の、一見強面の中年男である。
厨房長といっても、厨房にはこの松尾さんしかいないのだが、ヒバナの仕事の大半は掃除と厨房の手伝いだった。存在感がなさすぎてたびたび客にスルーされてしまうため、レジや給仕の作業は向いていないからだ。
「まあ、きのうあんなことがあったばかりだから、大して客は来ないと思うが、一応サラダの準備、頼む」
クマちゃんは料理や食器洗いがまったくできないため、母子家庭で鍛えたヒバナのほうが、厨房内では自然、重宝されることになる。
松尾さんの予想通り、客はいつもの半分くらいの入りだった。
それでも暇というほどではなく、そこそこ忙しく立ち働いているうちに時間は過ぎた。
従業員が少ないので、営業時間は深夜2時までだ。
最後の客を見送ると、ヒバナは暗い気分になってきた。
いよいよレオンの言う『決行』のときが近づいてきたからだ。
いったい今度は何をさせられるんだろう?
更衣室のロッカーの前で、そっとため息をついたとき、
「ヒバナ、きょうはいつもに輪をかけて暗いよ! 元気出しなって」
何を勘違いしたのか、ヒバナの背中を平手でばしっと叩いて、クマちゃんが言った。
「い、いえ、わたしは、べ、別に」
へどもどするヒバナの目の前に掌を突き出すと、
「これあげる。梅干グミ。あたしの元気の素なんだ。けっこう効くよー」
とにっこり笑う。
「あ、ありがとうございます」
わけもわからず頭を下げるヒバナに、
「今度合コン連れてってあげるからさ、それまでこの梅干グミ食べてがんばりなよ」
そんなことを言うと、じゃね、と肩のところで手をひらひらさせて、颯爽と帰っていった。
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その様になる後姿を眺めながら、そうヒバナは思った。
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