ヒバナ、オーバードライブ DX!

戸影絵麻

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第4部 ヒバナ、エンプティハート!

#25 リバース

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  真上から振り下ろされたサーベルの刃を、すんでのところでヒバナの肩から伸びた二本の角が受けた。
 コクピットの中のナギの顔が、驚愕で青ざめるのが見えた。
 仁王立ちになったままのヒバナの身体を巻くようにして、長い尾が背後からスルスルと持ち上がり、次の瞬間、すさまじい勢いで斜め下からアーマーの胸の装甲板を貫いた。
 耐え切れず、アーマーが後方に吹っ飛んだ。
 地面を回転しながら滑っていき、もうもうと砂埃を上げて横倒しになる。
 コクピットのフードがスライドして、よろよろと細身の青年が姿を現した。
 ナギである。
 額から血を流している。
「くそ」
 千鳥足でヒバナに近づいてくる。
 眼が血走っていた。
 そのナギが、ふいに歩みを止め、茫然と前方を見上げた。
「う、うそだろ・・・?」
 同時に、ヒバナもそれに気づいていた。
 暗黒細胞を吐き出し続けていた十体以上の次元獣。
 そのうちの一体が、なにやら乳白色の液体を吐き出し始めたのだ。
 ヒバナの記憶では、緋美子たちが中に飛び込んでいった次元獣が、たしかそれだったはずだ。
 液体は湯気を立て、威勢よく配水池に流れ込んでいく。
 温泉のお湯のようないい匂いが漂ってくる。
 あ、これって、ひょっとして・・・。
 ヒバナが液体の正体に思い至ったときには、すでに効果が表れ始めていた。
 ヒバナが操る水流と拮抗していたマガツカミ本体の力が、突然弱まったのである。
 津波のタールのような漆黒が、徐々に白濁していく。
 それに比例して、津波の圧力が減少していくのがわかった。
 ヒバナのウォーターハンマーが、勢いを増した。
 水流がそのアメーバ状の不定形の体を、一気に突き破った。
 寒天かゼリーのような無数のぶよぶよの塊となって、四方八方にマガツカミの破片が飛び散った。
 「うわああっ!」
 ナギが両手で顔を覆って、絶叫する。
「と、溶ける! か、からだが・・・」
 ナギの全身から、白い煙が上がっている。
 頬の表皮が液状化して、どろりと崩れる。
 その下にある筋肉が溶け、真っ白な頭蓋骨の一部が露わになる。
 ヒバナは茫然と、目の前で溶け崩れていく青年を見守った。
 もはや水流を操る必要もなかった。
 マガツカミの暗黒細胞群は、今や内部から侵食されて、完全に崩壊しかかっていた。
 そして、更に驚いたことに、次元獣たちは今、放出をやめ、逆に白濁した配水池内の液体を吸い上げ始めている。
 何が起こったのか、ヒバナにはまったくわからなかった。
 ただ、はっきりしているのは・・・。
これで戦いは終わったらしいという、ただそのことだけだった。
                 ◇
 根の国。コントロールセンター内。
 白煙を上げてナミの顔が崩れていく。
 だが、その口元には笑みが浮かんでいる。
「やっと来たね。待ちに待ったこのときが」
 含み笑いとともに、そうつぶやいた。
ーナミ、おまえは、さいしょから、わたしを-
「そう、人間たちを滅ぼすのは手間でしょ。なんせ70億もいるんだから。なので、先におまえを滅ぼすことにしたの。なんといっても、臭いし、醜いし、人使い荒いし。
 今、次元獣の機能を逆転してやったから、もうすぐこっち側にも常世細胞がなだれ込んでくる。おまえの息の根をとめるためにね」
ーそんなことをしたら、わたしのさいぼうでできたおまえらのからだもしぬ。それはわかっているはずだー
「もちろん、手は打ってあるよ。緋美子に"みたまうつし"した、五番目の御霊(みたま)、何だと思う? あれは、このあたしのタマシイの、いわばクローンみたいなもの。つまり、この肉体が滅びても、あたしは転生できる。最強の生体兵器、秋津緋美子としてね。そのうち、ヒバナから本物の神獣の腕輪を奪って、本物の四神獣を全部手に入れてやるんだ。その力で、あたしは、あたしの元型(アーキタイプ)、デミウルゴスに戻る。そして、真の自由を手に入れる」
ーで、み、う、る、ご、す、? そ、う、ぞ、う、し、ん、か?・・・-
それを最後に、思念は途絶えた。
「あんたは、しょせん、できそこない。デミウルゴスがつくった、失敗作だったのよ」
 ナミがさげすむように、言い放った。
 応えはなかった。
 沈黙が、死に瀕した世界を支配する。
 やがて、水飴のように透明になり、ナミも溶けた。
 蒸発する寸前、床いっぱいに広がった赤いナミの唇が、にやりと三日月形の微笑を形づくった。
 ナミの立っていた場所に、青い高校の制服と白い下着、それとブルーのフレームの眼鏡だけが残っていた。
                    ◇
 F15戦闘機から発射されたホーミングミサイルが、戦艦武蔵の甲板めがけ、空気を切り裂いて滑るように飛んでいく。
 命中するかに見えた、その瞬間だった。
 突然、戦艦の巨体がぶれた。
 アイスクリームケーキが溶けるように、ぐにゃりとひしゃげ、ゼリーのように海面に広がった。
 目標を見失ったミサイルが、次々に波の間に落下する。
 伊勢湾でも同じことが起こっていた。
 戦艦大和が溶け崩れた。
 あっけないほど、急な最期だった。
 音もなく、ただ海水に溶けて消えていってしまったのだ。
 二隻の戦艦の浮かんでいたあとには、ただ灰色の大量の液体が漂っているだけだった。
                    ◇
 極彩色の翼がはためき、ゆっくりと緋美子が舞い降りてくる。
 夕陽を背にしたその姿は、さながら大天使のように神々しく、美しい。
 着地すると、ひずみがその背中から降りて、駆け寄ってきた。
「ヒバナ!」
 今にも泣き出しそうな表情で、ヒバナを見つめた。
「怪我してるじゃない。ごめんね、ひとりで辛い思いさせて」
 うろこがはがれ、肉がむきだしになったヒバナの腹部に、ひずみが繊細な指先を当て、目を閉じた。
「ありがとう、ひずみちゃん」 
 ひずみの可憐な首筋を見下ろして、ヒバナは言った。
 傷口から見る間に痛みが引いていく。
 ひずみの指先から、ひどく温かいものが体に流れ込んでくる。
「終わったのね」
 目を細めて周りを見渡し、緋美子がつぶやいた。
 常世細胞に侵食されたのだろう、配水池の周囲に群がった次元獣たちも、今は動きを止め、枯れた植物のような姿で薄汚く壁にへばりついているだけだ。
「緋美子、あんたのおかげだ」
 ひずみの肩から鎌首をもたげて、目のない頭部を緋美子に向け、ミミが言う。
「ひょっとして、イザナミが動き出すかと思って警戒していたんだけど、どうやら杞憂だったみたいだね」
「イザナミって?」
 ひずみの治療を心地よさそうに受けながら、ヒバナがたずねる。
「この子に力を授けたのは、どうやら創造主のひとり、イザナミらしいってことさ。詳しいことは何もわからないんだが・・・」
 ミミの口調は、いつになく歯切れが悪い。
「守護獣が、この国をつくった神さまなんて、緋美子ちゃん、すごいね」
 単純に感心するヒバナ。
「守護獣っていうより、どこかで会ったことのある女の子・・・そんな感じがするんですけどね」
 緋美子が考え込むように、眉をひそめた。
「まあ、これからも様子を見る必要があるかもね。もっとも、この絶好のチャンスのときに動き出さないところを見ると、もうイザナミは近くにいないのかもしれないが」
「どこへ行ったの?」
 無邪気にヒバナがたずねる。
「天界かな。レイナふうに言えば、至高神アイオーンの住む、"言葉"だけで構成された真の世界・・・」
 ミミの言葉は、だんだんヒバナたちの理解を超えたものになっていく。
「それよりミミさん、どうして極楽湯につながるあの、亜空間の入り口の場所、知ってたんですか?」
 ふと思いついたように、緋美子が訊く。
「知ってたわけじゃない。根の国はここ、人間界と地形的にはほぼ相似形になってるから、浄水場から極楽湯への方角と距離から、だいたいの位置の当たりをつけただけだよ。うちは眼が見えないぶん、そういうのに勘が働くんだ」
「ミミちゃんすごいね。方向音痴のわたしではまねできないな」
 素直に感心するヒバナ。
 そのとき、
「よし、これでもうだいじょうぶ」
 ひずみがヒバナの下腹に頬をすりつけ、にこっと笑って言った。
「ほら、ミミ抜きでもここまで治せるようになったよ」
 ペチペチとヒバナのおなかをたたく。
 見ると、なるほど、傷口はもうすっかりふさがっている。
「さすがひずみちゃん。大好きだよ!」
 ヒバナがきゅっとひずみを抱きしめる。
 たちまち耳元まで赤くなるひずみ。
「これで根の国は滅びるのでしょうか」
 じゃれあうふたりをほほえましそうに眺めながら、緋美子が言う。
「そうだね。マガツカミがいなくなれば、あそこは空っぽの世界だ。遅かれ早かれ、超新星化した太陽に呑み込まれるだろうし」
 ミミが応える。
「じゃ、私もヒバナさんも、もう変身して戦わなくて済むんですね」
「んー、変身できないのはちょっと残念かも」
 緋美子の言葉を聞きつけてヒバナが口をはさんだとき、頭の中で声がした。
ーそれはどうかなー
 しゃべったのは、レオンだった。
「あ、レオン、あんたそこにいるの、コロっと忘れてた。なんで戦ってるとき、アドバイスとかしてくれなかったのよ!」
 独りで騒ぎ出したヒバナを、緋美子とひずみがぽかんと口を開けて見つめる。
ー今回はミミが居たから、まあいいかな、と思って。ていうか、オレ、ちょっと考え事してたんだー
「長い考え事だね!」
ーお前と出会ったときからのこと、ずっと思い返してみたんだけどよ。ひょっとして、今までのこれ、すっごい茶番だったんじゃねえのか、って思ったんだー
「茶番てなに?」
「ヒバナ、行くよ」
 気がつくと、ひずみが尻尾を引っ張っていた。
「人が集まってきてる。いったん、極楽湯に帰ろうって、ミミも言ってるよ」
「う、うん」
 ヒバナはひずみにうなずいてみせると、頭の中でレオンに言った。
ーあとで聞かせてくれる? その話ー

 夕陽の中を、二羽の大きな鳥が飛翔していく。
 朱雀の翼の緋美子と、青竜の翼のヒバナである。
 二隻の戦艦の砲撃を受け、町の南側が燃えている。
 その炎をかすめるようにして、二人は飛翔する。
 次なる戦いが、すぐそこにまで迫っていることも、知らずに・・・。
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