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第5部 ヒバナ、インモラルナイト!
#12 ヒバナ、奥の手を使う
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「ルールはこうだ。このゲームは、100円で4回できる。あたいとねーちゃんで、2回ずつトライする。先にどっちかが取ったら、そこで終了。どうだ。わかりやすくていいだろ?」
得意そうに低い鼻をひくつかせて、玉子が言った。
「4回終わってどっちも取れなかったら?」
ヒバナがたずねると、
「そのときは、あとくされのないように、機械ごとあたいが燃やしてやる」
そんなむちゃくちゃな答えが返ってきた。
「せめてどっちかが取るまで続けることにしない?」
食い下がるヒバナ。
が、あくまで玉子は頑固である。
「だめ。こんなつまんないもんに、100円以上使うなんて愚の骨頂だかんな」
「お金ならわたしが出すから」
「ダメだね。あたい、気が短いから、おんなじゲーム続けて2回やる気しないんだよ。もう、ガタガタうるせえな。やるのかやんないのか。何なら今ここでこんなもの、あたいが燃やしてやってもいいんだぜ」
ぼっと玉子の両手に炎がともる。
やはり、ただの悪がきではないらしい。
「やります! やりますって」
あわててヒバナは言った。
問題のクレーンゲームの中は、ガチャポンの丸いプラスチックケースでいっぱいだった。
ヒバナはため息をついた。
これでは肝心の霊界端末がどこにあるか、さっぱりわからない。
「じゃ、あたいから行くよ」
持ち場につくと、おもむろに玉子が言った。
「え? 順番はじゃんけんで決めるんじゃないの?」
「んなことひとことも言ってねーだろ。あたいからってきまってるんだよ」
理屈の一切通じないガキだった。
「ほら、ねーちゃん、早く100円」
やっぱりお金もわたしが出すんじゃないの。
心の中で愚痴りながら、ピンクのがま口から100円玉を取り出し、投入口に入れた。
ゲームは、よくある単純な構造のものだった。
左の隅にあるアームを、右方向に動かすボタンと、垂直に動かすボタンがある。
目標物の真上にアームを誘導したら、指をボタンから離す。
すると、自動的にアームが下がり、先端の二本の指を開いて、下にあるものをつかみ、上昇する。
そのまま旋回して、景品取り出し口に、獲物を落とす。
操作に重要なのは、最初の水平方向の移動と、次の垂直方向の移動をいかに正確に行うか、である。
あとは機械が勝手にやってしまうので、運を天に任せるしかない。
今目の前にあるこのマシンの難しいところは、アームの先がバケット型ではなく、二本の指であることだった。
バケットですくうタイプなら、多少操作を誤っても成功する可能性があるが、このタイプはまず無理だった。正確に獲物に狙いを定め、確実につまむ必要があるのだ。
「よーし、見てろよ」
玉子が言い、第一のボタンを押した。
ガン。
ものすごい勢いでアームが右に動き、ガラス壁にぶつかった。
「くそっ。こうか!」
第二のボタンを玉子が連打する。
ごおおん。
今度はアームが垂直に突進し、奥の壁にぶち当たる。
がらがらとガチャポンの球体の山が崩れた。
その底に、青く光るものが見えた。
あった。
ヒバナは息を呑んだ。
あれだ。
わたしのおでこにくっついてるのと同じ、霊界端末だ。
「もももももう!」
玉子がかんしゃくを起こした。
「やめだやめだやめだ! こんなクソめんどくせえもん!」
「そうはいかないよ」
ヒバナは毅然として、言った。
ここでわがままを許すわけには行かない。
なんといっても、緋美子の命がかかっているのだ。
「トヨタマヒメ、あんたも神様のはしくれなら、自分の言葉に責任を持ちなさいよ。まだあと3回ある。次は、わたしの番」
「わーったよ。ちぇっ、たかが人間のくせにえらそーな口ききやがって」
ふてくされる玉子。
ヒバナは集中した。
青く光る宝石を睨みながら、ボタンを押した。
「あ」
1センチも動かず、アームが止まる。
ーばか。指を離したら、そこで停まっちまうんだよ-
レオンがあきれたように言った。
「そ、そうだった」
ヒバナは目の前が暗くなるのを感じた。
ああ、貴重な1回が・・・。
ひみちゃん、ごめん。
泣きたい気分で、目をつぶる。
「うはははは! だっせーの!」
ギャハギャハと下品に笑う玉子。
ーまあいい。次に賭けるんだ。少し、地面をならしておけー
仕方なくその位置でアームを垂直に移動させ、邪魔なカプセルをいくつかはじきとばしておいた。
「よっしゃあ、行くぜえ!」
玉子が踊りあがってボタンに飛びついた。
ガン。
ゴン。
一瞬で終わる。
「ぐええええ! なんなんだこれは!」
頭を抱えて玉子がくるくる回り始めた。
学習能力のない神様である。
またヒバナの番がやってきた。
「レオン・・・どうしよう」
ヒバナは泣きそうになった。
ここで失敗すれば、すべてが終わってしまうのだ。
ー落ち着けー
レオンが頭の中で言った。
-おまえなら、できるー
「う、うん」
ひみちゃんを助けるんだ。
それには、正確に距離を目視する動体視力と、脳の命令にコンマ0秒のスピードで忠実に従う反射神経が必要だ。
ヒバナは再び目を閉じた。
人間を超える視力と反射神経を、わたしに。
いつもの変化ほどではなかったが、かすかに体が振動した。
「お、おまえ、何者だ? 何をしてる?」
玉子が泡を食ったように騒ぎ出した。
ヒバナの顔つきが変わっていた。
首から頬のかけての皮膚に細かいうろこ状の模様が現れ、目が切れ長に大きくシャープになり、髪の生え際から二本の触角が伸びた。
ーヒバナ、お、おまえ、変身しかけてるぞ。う、腕輪も使ってないのに!-
ゲーム機の中の空間が、隅々まで立体的に見える。
ヒバナは、ゆっくりと竜の指で第一のボタンを押した。
押したまま、今度は離さない。
アームの動きが、自分の腕の動きのように、じかに神経に伝わってくる。
青い宝石の横で、アームをぴたりと停めた。
第二のボタンで垂直方向の操作に入る。
やはり、目標物の真上で正確にとめることができた。
指を、離した。
アームが下降し、金属の指が宝石を見事に挟んだ。
「そうは行くか!」
玉子が叫び、頭上高く飛び上がったのはそのときだった。
「うざい!」
ヒバナの左腕が伸びた。
ドロップキックの体勢に入りかけていた玉子を、大きくなぎ払った。
ホームランボールよろしく、玉子の小柄な体が場外へと吹っ飛んでいく。
景品取り出し口から転がり出た宝石を右手でつかみ、
「レオン、取ったよ!」
高々と差し上げて、叫んだ。
満面の笑顔が、ひさしぶりにヒバナに戻っていた。
ひみちゃん、わたし、やったよ!
心の中で、緋美子に呼びかける。
今からこれ、持って帰るから、
絶対に待っててね。
まだ、死ぬなんて、絶対だめだからね!
本当に、久々に感じる充実感だった。
「イテテテ。乱暴な女だな。なんだあれ、なんかヘンシンしてやがったぞ」
ちょうちんブルマを泥だらけにして玉子が戻ってきたときにはすでに、ゲームコーナーの中にヒバナの姿はなかった。
「ははあ、あれがウワサの竜娘か」
腕組みして、考え込む。
「今度会ったら、ただじゃおかねえからな」
赤い頬を更に赤くして、つぶやいた。
得意そうに低い鼻をひくつかせて、玉子が言った。
「4回終わってどっちも取れなかったら?」
ヒバナがたずねると、
「そのときは、あとくされのないように、機械ごとあたいが燃やしてやる」
そんなむちゃくちゃな答えが返ってきた。
「せめてどっちかが取るまで続けることにしない?」
食い下がるヒバナ。
が、あくまで玉子は頑固である。
「だめ。こんなつまんないもんに、100円以上使うなんて愚の骨頂だかんな」
「お金ならわたしが出すから」
「ダメだね。あたい、気が短いから、おんなじゲーム続けて2回やる気しないんだよ。もう、ガタガタうるせえな。やるのかやんないのか。何なら今ここでこんなもの、あたいが燃やしてやってもいいんだぜ」
ぼっと玉子の両手に炎がともる。
やはり、ただの悪がきではないらしい。
「やります! やりますって」
あわててヒバナは言った。
問題のクレーンゲームの中は、ガチャポンの丸いプラスチックケースでいっぱいだった。
ヒバナはため息をついた。
これでは肝心の霊界端末がどこにあるか、さっぱりわからない。
「じゃ、あたいから行くよ」
持ち場につくと、おもむろに玉子が言った。
「え? 順番はじゃんけんで決めるんじゃないの?」
「んなことひとことも言ってねーだろ。あたいからってきまってるんだよ」
理屈の一切通じないガキだった。
「ほら、ねーちゃん、早く100円」
やっぱりお金もわたしが出すんじゃないの。
心の中で愚痴りながら、ピンクのがま口から100円玉を取り出し、投入口に入れた。
ゲームは、よくある単純な構造のものだった。
左の隅にあるアームを、右方向に動かすボタンと、垂直に動かすボタンがある。
目標物の真上にアームを誘導したら、指をボタンから離す。
すると、自動的にアームが下がり、先端の二本の指を開いて、下にあるものをつかみ、上昇する。
そのまま旋回して、景品取り出し口に、獲物を落とす。
操作に重要なのは、最初の水平方向の移動と、次の垂直方向の移動をいかに正確に行うか、である。
あとは機械が勝手にやってしまうので、運を天に任せるしかない。
今目の前にあるこのマシンの難しいところは、アームの先がバケット型ではなく、二本の指であることだった。
バケットですくうタイプなら、多少操作を誤っても成功する可能性があるが、このタイプはまず無理だった。正確に獲物に狙いを定め、確実につまむ必要があるのだ。
「よーし、見てろよ」
玉子が言い、第一のボタンを押した。
ガン。
ものすごい勢いでアームが右に動き、ガラス壁にぶつかった。
「くそっ。こうか!」
第二のボタンを玉子が連打する。
ごおおん。
今度はアームが垂直に突進し、奥の壁にぶち当たる。
がらがらとガチャポンの球体の山が崩れた。
その底に、青く光るものが見えた。
あった。
ヒバナは息を呑んだ。
あれだ。
わたしのおでこにくっついてるのと同じ、霊界端末だ。
「もももももう!」
玉子がかんしゃくを起こした。
「やめだやめだやめだ! こんなクソめんどくせえもん!」
「そうはいかないよ」
ヒバナは毅然として、言った。
ここでわがままを許すわけには行かない。
なんといっても、緋美子の命がかかっているのだ。
「トヨタマヒメ、あんたも神様のはしくれなら、自分の言葉に責任を持ちなさいよ。まだあと3回ある。次は、わたしの番」
「わーったよ。ちぇっ、たかが人間のくせにえらそーな口ききやがって」
ふてくされる玉子。
ヒバナは集中した。
青く光る宝石を睨みながら、ボタンを押した。
「あ」
1センチも動かず、アームが止まる。
ーばか。指を離したら、そこで停まっちまうんだよ-
レオンがあきれたように言った。
「そ、そうだった」
ヒバナは目の前が暗くなるのを感じた。
ああ、貴重な1回が・・・。
ひみちゃん、ごめん。
泣きたい気分で、目をつぶる。
「うはははは! だっせーの!」
ギャハギャハと下品に笑う玉子。
ーまあいい。次に賭けるんだ。少し、地面をならしておけー
仕方なくその位置でアームを垂直に移動させ、邪魔なカプセルをいくつかはじきとばしておいた。
「よっしゃあ、行くぜえ!」
玉子が踊りあがってボタンに飛びついた。
ガン。
ゴン。
一瞬で終わる。
「ぐええええ! なんなんだこれは!」
頭を抱えて玉子がくるくる回り始めた。
学習能力のない神様である。
またヒバナの番がやってきた。
「レオン・・・どうしよう」
ヒバナは泣きそうになった。
ここで失敗すれば、すべてが終わってしまうのだ。
ー落ち着けー
レオンが頭の中で言った。
-おまえなら、できるー
「う、うん」
ひみちゃんを助けるんだ。
それには、正確に距離を目視する動体視力と、脳の命令にコンマ0秒のスピードで忠実に従う反射神経が必要だ。
ヒバナは再び目を閉じた。
人間を超える視力と反射神経を、わたしに。
いつもの変化ほどではなかったが、かすかに体が振動した。
「お、おまえ、何者だ? 何をしてる?」
玉子が泡を食ったように騒ぎ出した。
ヒバナの顔つきが変わっていた。
首から頬のかけての皮膚に細かいうろこ状の模様が現れ、目が切れ長に大きくシャープになり、髪の生え際から二本の触角が伸びた。
ーヒバナ、お、おまえ、変身しかけてるぞ。う、腕輪も使ってないのに!-
ゲーム機の中の空間が、隅々まで立体的に見える。
ヒバナは、ゆっくりと竜の指で第一のボタンを押した。
押したまま、今度は離さない。
アームの動きが、自分の腕の動きのように、じかに神経に伝わってくる。
青い宝石の横で、アームをぴたりと停めた。
第二のボタンで垂直方向の操作に入る。
やはり、目標物の真上で正確にとめることができた。
指を、離した。
アームが下降し、金属の指が宝石を見事に挟んだ。
「そうは行くか!」
玉子が叫び、頭上高く飛び上がったのはそのときだった。
「うざい!」
ヒバナの左腕が伸びた。
ドロップキックの体勢に入りかけていた玉子を、大きくなぎ払った。
ホームランボールよろしく、玉子の小柄な体が場外へと吹っ飛んでいく。
景品取り出し口から転がり出た宝石を右手でつかみ、
「レオン、取ったよ!」
高々と差し上げて、叫んだ。
満面の笑顔が、ひさしぶりにヒバナに戻っていた。
ひみちゃん、わたし、やったよ!
心の中で、緋美子に呼びかける。
今からこれ、持って帰るから、
絶対に待っててね。
まだ、死ぬなんて、絶対だめだからね!
本当に、久々に感じる充実感だった。
「イテテテ。乱暴な女だな。なんだあれ、なんかヘンシンしてやがったぞ」
ちょうちんブルマを泥だらけにして玉子が戻ってきたときにはすでに、ゲームコーナーの中にヒバナの姿はなかった。
「ははあ、あれがウワサの竜娘か」
腕組みして、考え込む。
「今度会ったら、ただじゃおかねえからな」
赤い頬を更に赤くして、つぶやいた。
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