ヒバナ、オーバードライブ DX!

戸影絵麻

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第5部 ヒバナ、インモラルナイト!

#26 ヒバナ、チェックインする

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 水平だった幸の身体が、ゆっくりと垂直に立ち上がる。
 目に見えない十字架に貼りつけられているかのように、両手を左右に伸ばし、頭を左側に傾けている。
 ミミを体内に取り込んだひずみが、光の触手を伸ばし始める。
 中天にまで伸び上がり、そこで複雑に絡み合うと、触手は輝く光の網と化した。
「行くぞ」
 ツクヨミが言った。
 いきなり、幸のセーラー服の前を引き裂いた。
 つぼみほどの胸のふくらみと、やせた下腹が顕わになる。
 幸の裸体は、かわいそうなくらい貧弱で、生白い。
 あまりの痛々しさに、ひずみは目を背けたくなった。
 だが、
 見るんだ。
 そう、自分に言い聞かせて、ツクヨミの一挙手一投足に神経を集中する。
 この先、どんな残酷なことが起ころうと、あたしは絶対に幸を助ける。
 そう、固く心に誓ったのだ。
 ツクヨミが、両の掌で、探るように幸の白い肌をなでている。
 その掌が、青い燐光を放っている。
 口の中で、何か呪文のようなものを唱えていた。
 やがて、幸のふたつの乳房の間、肩甲骨のあたりが不自然にふくらみ始めた。
 何か固いものが、中から外に出ようとしているように見える。
 皮膚が破れ、血がしぶいた。
 それは、刀の柄だった。
 幸の胸のすぐ上の皮膚を突き破って、刀の一部が現れたのだ。
「いいぞ」
 ツクヨミが柄に右手をかける。
 そのまま、力任せに引き抜きにかかる。
 ズズズ・・・。
 幸の肉体が、胸からへそのあたりまで、縦に一直線に裂けていく。
 噴水のように血しぶきが上がり、ピンク色の腸の一部をからみつかせながら、長さ1メートルほどの刀身が姿を現してきた。
 その瞬間、幸が目を開き、ひずみを見た。
 驚きの形に、口を開く。
 その顔が、すぐに苦痛にゆがみ始める。
 幸の両目から、涙があふれた。
「ああああ・・・」
 声にならぬ叫びを上げる。
 眼球が、反転して白目を剥いた。
 そして、糸が切れたマリオネットのように、がくんと首を垂れ、動かなくなった。
「サチ!」 
 ひずみは絶叫した。
 全身全霊をこめて、光のオーラを展開する。
 光の網が、血の奔流を吹き上げる幸をすっぽりと包み込む。
 ひずみの体から更なる光の粒子が生まれ、触手を伝って傷ついた幸の肉体に送り込まれていく。
 ちぎれかけた大腸が再びつながり、腹の中に戻っていく。
 停まりかけた心臓に光が結集し、エネルギーを注入する。
 失われた分を超える量の血液が急速に生産され、体中にめぐり始める。
 少しずつ出血が収まり、傷口がふさがっていった。
 ガラス玉のようにうつろだった幸の瞳に生気が戻ったとき、
「やったぞ!」
 ツクヨミが、剣を振り上げ、叫んだ。
 血まみれの、幸の肉でできた剣である。
 ブン、とツクヨミが剣を大きく振るった。
 剣の表面を覆っていた肉が飛び散り、その下からぎらつく刀身が現れた。

 癒しのオーラに包まれ、幸の出血は止まっている。
 ひずみはオーラを展開したまま、幸に駆け寄った。
 まだ宙に浮いているその体を、両腕で包み、そっと抱き下ろす。
 幸の肩甲骨からへそのあたりまで、みみず腫れが走っている。
 草薙の剣が引き抜かれた跡である。
 ついさっきまでぱっくりと口を開け、内臓までのぞかせていた深い傷が、もうふさがっているのだ。
「ひずみ・・・ちゃん」
 幸が、消え入るような声で、言った。
「来て・・・くれたんだ」
「あたりまえでしょ」
 ひずみはわざと怒ったような口調で応えた。
「あたしたち、友だちなんだよ」

 剣を左手に提げ、ツクヨミが近づいてきた。
「さすがだな。うわさには聞いていたが、見事なヒーリング能力だ」
 心底感心したように言って、ひずみを赤い目で見つめる。
「クシナダ、いや、幸と呼ぼうか。立てるか、幸」
 ひずみから幸に視線を移して、たずねた。
「はい・・・」
 苦しそうにうなずき、ひずみの方を借りて、幸がのろのろと自分の足で立ち上がる。
「ちょっと待って」
 ひずみはパーカーを脱ぎ、幸に着せかけた。
 ジッパーをあげ、前を留めてやる。
 幸の裸体は、見るに忍びないほど痛々しかった。
 それに、ここは寒い。
 寒すぎる。
 傷を負った身にはなおさらだろう。
 そう思ったのだ。
 ひずみの口からミミが這い出してきて、マフラーのように首に巻きついた。
 ひずみのおなかの中にいたミミはあたたかい。
 あたしには、ミミのぬくもりさえあればいい。
「次はどうするの? いよいよ、あたしたちを殺す番?」
 幸を背中にかばうようにして、ひずみは言った。
「僕を何だと思ってるんだ」
 ツクヨミが苦笑する。
「次は、オロチだよ。あれを、覚醒させる」
「オロチを、覚醒・・・?」
 ひずみは、熱田神宮で見たオロチの巨大な影を思い出した。
 ただの影だったにもかかわらず、あれは緋美子をたった一撃で葬ってしまった。
 レプリカとはいえ、四神獣の御霊をすべて宿して変身した緋美子を、である。
 もし、実体のある本物が蘇ったりしたら、いったいどんな恐ろしいことになるのだろう?
 ヒバナも緋美子も誰もかなわない怪物が、人間界に解き放たれてしまったら・・・。
「それを餌に、ツクヨミ、おまえは」
 強い口調でミミが言った。
「女神を呼び寄せようというんだね。ヤマトの国最強だった、あの方を」
「ミミ、相変らず君は鋭いな」
 ツクヨミが、ヒルのかっこうをしたミミの丸い頭部をのぞきこむ。
「そうさ、今度こそ、決着をつけてやるんだ。僕たちの、あの偉大な姉さんとね」
                     ◇
 緋美子の視界を借りて外界を眺めながら、ナミは思索に没頭していた。
 緋美子の大脳がつくる複雑精緻な神経ネットワークの中に、ナミの意識はいわば独自の"磁界"を形成して存在しているのだが、他人の脳組織と融合して初めて、気づくことがあった。
 人間の脳機能の、なんと3割近くが視覚の調整に使われているのだ。
 ただ"見る"だけのために、なぜそんなに大容量の脳の部位が必要なのか。
 これは大きな謎だった。
 が、内部から"観察”を続けるうちに、ナミはとほうもない事実に気づいたのだった。
 文字通り、大脳は視覚を"調整"している。
 見なくていいものは見えないように、見る必要のあるものはより鮮明に見えるように、網膜に映った画像を脳が改変しているのだ。
 つまり、人間は、『あるがままの世界』を見ているわけではない、ということになる。
 もっといえば、今ナミが緋美子の目を通して見ている世界は、本物ではない、ということなのだ。
 これはおそらく緋美子だけの問題ではなく、ナミが以前『乾ナミ』という名の女子高生の肉体を持っていたときも、同じだったろうと思われた。
 人間の目には、『本物のリアル』は映っていない。
 それが、ナミが到達した結論だった。
 人間だけでなく、地球上の生物すべての目には、と言い換えてもいいかもしれない。
 ならば、『本物のリアル』とは何なのか。
 本当の世界の姿とは、いったいどんなものなのか。
 ナミはそれを突き止めようと思った。
 緋美子の体の主導権を取り戻すのは、それからでも遅くはない。
 今はそう考えている。
 とりあえず、緋美子の脳幹の付け根にある視床下部に、ちょっとした仕掛けをほどこした。
 たいしたものではないが、使い方によっては面白いことが起こるだろう。
 ここはホルモンの宝庫である。
 中でも、性腺刺激放出ホルモンの作用は強烈だ。
 男なら精巣を、女なら子宮を直撃する。
 ナミは、緋美子の頭の奥の奥に、爆弾を仕掛けたのだった。
 性的爆弾、cherry bombを。
                 ◇
 天理駅からホテルまでは、送迎バスが出ていた。
 着いてびっくりしたのは、ホテルが『健康ランド」に隣接していたことだった。
「こんなとこ、よく予約取れたね」
 バスの窓からホテルの外観を眺めながら、ヒバナが言った。
「お盆の最終日の夕方といったら、ちょうどみんな帰省した直後でしょ。だから運よく空いてたと思うんだけど」
 降りる支度をしながら、緋美子が答える。
「すげーじゃん! あたい、思いっきり泳ぐよ! 泳ぎまくる!」
 玉子は今にも駆け出しそうに腰を浮かせている。
「遊びに来たんじゃないの」
 ヒバナが後ろから玉子を抱えあげ、通路に降ろした。
「ひと風呂浴びて食事を済ませたら、いよいよ決行なんだから」
「いちいちうざいな、ヒバゴンは」
 玉子がふくれっつらをする。
「ね、そのヒバゴンって何なの?」
 バスを降りながら、緋美子がたずねた。
「1970年代に広島県で目撃された未確認生物、つまりUMAの一種ね。類人猿型の、日本版イエティみたいなものだよ」
 魔物図鑑を独自に作成しているだけあって、ヒバナはこういうことだけには詳しい。
「雪男ってことだね」
「そうそう。どっちにしても、わたしには似てないんだけど」
「似てるぞ」
 玉子が茶々を入れる。
「知能程度は同じくらいだろ」
「てめえー!」
 玉子を追いかけて飛び込んだロビーは、素敵に豪華だった。
「いらっしゃいませ」
 従業員が整列して、一斉に頭を下げる。
 修学旅行以外でホテルに泊まったことのないヒバナにとっては、衝撃の体験だった。
 それは離島育ちの玉子にしても、同じだったのだろう。
 ふたりはロビーの入り口で、ぽかんと口を開けて仲良く立ちすくんだ。
 その点、緋美子はもの慣れていた。
 カウンターの女性と二言三言言葉を交わすと、部屋のキーを手に戻ってきた。
「3階の12号室だって」
 ホテルマンの青年の荷物運びの申し出を断って、3人でエレベーターに乗る。
「うおう」
 部屋の中に一歩足を踏み入れるなり、玉子がうなった。
 けっこう広い洋室である。
 左手に、寝心地のよさそうなセミダブルのベッドが2つ。
 正面の窓から、遠くの山並みが見える。
 窓の前にはテーブルと2脚のデッキチェア。
 それとは別に、ふかふかのソファもある。
「ター!」
 ベッドにダイビングしかけた玉子を、すんでのところでヒバナが捕まえた。
「だめだめ! そんな汗臭い体で! シーツ汚れちゃうでしょ」
「まずはお風呂にはいろうか」
 自分の荷物を手際よく片づけて、緋美子が言った。
「そうだね。わたしはお部屋のユニットバスを使うから、先にふたりで大浴場に行っててくれる?」
 ヒバナが言うと、
「え? ここ、天然温泉なんだよ。そんな、ユニットバスだなんて、もったいないじゃない」
 心外そうに、緋美子が眉をひそめた。
「なんだ、ヒバゴン、生理かよ」
 玉子が単刀直入すぎる横槍を入れてくる。
「違います! わたしは、ただ・・・」
 ヒバナが目を伏せる。
 ひみちゃんと一緒にお風呂だなんて・・・。
 そんな恥ずかしいこと、できるわけがない。
 そう、思ったのである。
「だめだよ、ヒバナ」
 そんなヒバナの心のうちを見透かしたように、緋美子が言った。
「私の裸だけ見ておいて、自分のは見せないなんて、いくらなんでもそれは不公平でしょ。さ、行くよ。背中、流してあげるから」
 耳まで赤くなったヒバナの思いを知ってか知らずか、能天気な調子で玉子が口を挟む。
「ひみねえ。あたいの背中も頼むわ」
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