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第7部 ヒバナ、ハーレムクィーン!

#14 ファンタスティックスリー②

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「青竜は、火と水を操ることができます」
 ヒバナがいった。
 額の青い宝玉が、輝き始めている。
 ブリリアンカットされたダイヤのようなその石の芯に、青い炎が灯ったようだった。
「行くよ、ブッチャー」
 傍らの巨人を見上げ、呼びかける。
 ブッチャーが、ヒバナのほうを見下ろした。
 その額でも、宝玉が燃えている。
 力強くうなずいた。
 ヒバナを後ろに従え、盾を構えて渚に向かって歩き出す。
 ブッチャーが足を踏み出すたびに、砂浜に深い穴があく。
 まるで戦車が通った後のように、見る間に浜辺がでこぼこになった。

 渚にたどり着くと、ヒバナが一歩前に進み出た。  
 夕陽を浴びて水際に立つヒバナの後姿は、美しかった。
 変身を遂げたとはいうものの、身体の女性らしいラインは元の黄金比率そのままだ。
 それが、夕陽をバックにして、影絵のようにくっきりと浮かび上がっている。
 やがて、ヒバナが腰をかがめた。
 砂地に片膝をつく。
 両腕を左右に広げる。
 叫んだ。
 それから、何か目に見えない大きなものを持ち上げるように、両腕をゆっくりと上げていく。
 次の瞬間、俺は目を見張った。
 ヒバナの立つ位置を起点にして、海に白い波の道が出来始めたのだ。
 ヒバナがおもむろに立ち上がる。
 その腕の動きに合わせて、海面が2つに割れていく。
 両側に海水の"崖"が出来ている。
 そこで海水が見えない壁にせき止められ、逆流しているのがわかる。
 その間に、幅20mほどの陸地が出現していた。
「モーゼの十戒か」
 隣で先輩がつぶやくのが聞こえた。
 ヒバナの口から声にならぬ気合がほとばしった。
 今や両腕は完全にヒバナの頭上に差し伸ばされている。
 その腕を、思いっきり両サイドに振り下ろした。
 轟音とともに海水の壁が左右に引いていき、目の前の陸地の面積が広がっていく。
 ついさっきまで、海の底にあった岩場である。
 あちこちで逃げ遅れた魚たちが飛び跳ねている。
 そのたびに、銀色のうろこがきらりと夕陽を反射して光る。

 そいつは、突如出現した"陸地"の奥のほうにいた。
「なんだあれ?」
 俺はあんぐりと口を開けた。
 ナマズに似ていた。
 海底にぺたりと腹這いになっている。
 のっぺりした流線型の体。
 長いひげ。
 ただし、おそろしくでかい。
 体長は、おそらく小型の漁船に匹敵するだろう。
 体色は灰色で、所々に黒い染みのような斑点がある。
「見たところ、無害そうだが・・・」
 先輩がいった。
「でも、あの巨体で体当たりされたら、船のほうがもたないだろうな」 

 が、無害と判断するのは、少し早計だったようだ。
 突然、ナマズの鰓が開き、何かが次々に飛び出してきた。
 鋭いナイフのような物体だ。
 ミサイルよろしく、ヒバナを狙って飛来する。
 ブッチャーが大地を蹴り、ヒバナを軽々と跳び越えて、前に立ちはだかった。
 腰を落とし、ヒバナを盾で隠す。
 構えた盾に音を立てて物体がぶつかってくる。
 見るとそれはおびたただしい数のトビウオだった。
 もちろん、普通のよりずっと大きい。
 鼻先が錐(きり)のように鋭く尖っている。
 これはこれで、まぎれもなく武器なのだ。
「ええーい!」
 ヒバナが叫び、舞いを舞うときのように両腕を激しく打ち振った。
 とたんに海水の崖が崩れ、凶暴なうねりと化して怪物をさらい、力任せに空中に持ち上げた。
「下がれ!」
 俺は怒鳴った。
 ひずみの手をつかむと、防波堤へと一目散に駆け出した。
 俺たちがコンクリートの階段を駆け上るのと、宙に放り上げられた怪物が砂浜に落下するのとが、ほとんど同時だった。
 ぐちゃ、という嫌な音がして、怪物がつぶれた。
 黄色い体液が巨体の下から滲み出し、じわじわと砂にしみこんでいく。
「あっけな」
 無意識のうちに、俺はつぶやいていた。
 これで終わりか。
 宇宙怪獣かなんだか知らないが、ヒバナたちの敵ではなかったらしい。
 格が違いすぎるのだ。

「出番、なかったな」
 俺は手を握ったままのひずみに笑いかけた。
 そして、気づいた。
 ミミがいない。
 さっきまで、ひずみの首にマフラーみたいに巻きついていたのに。
「あれ? ミミは」
 訊くと、ひずみが自分の口を指差した。
 なんだ?
 どういうことなのか、よくわからない。
「まさか、君が食っちまったとか?」
 軽口を叩いたときだった。
「ヒバナ、気をつけろ! そいつはまだ死んでない!」
 先輩の叫び声が聞こえてきた。
 驚いて振り向いた俺は、見た。
 怪物の2本のひげのうちの1本が、がふいに空中に伸び上がったのだ。
 ピンと鋼のように硬直すると、引き上げかけていたヒバナに後ろから襲いかかる。
 目にも留まらぬ速さだった。
 ヒバナの体ががくんと揺れ、背中から血しぶきが上がった。
 次の瞬間、みぞおちから怪物のひげの先が飛び出した。
 前のめりになったヒバナの口から、ごぼっと血の塊があふれ出す。
 精悍な顔が、激しい苦痛に歪む。
 腹を貫いているひげを抜き取ると、膝を突き、倒れた。
「ヒバナ!」
 そのときだ。
 飛び出しかけた俺の腕を、思いがけないほど強い力でひずみが引いたのは。
「来たよ、あたしの出番」

 防波堤のてっぺんに立つと、ひずみは倒れたヒバナに向け、両腕を伸ばした。
 体が光り始める。
 肩のあたりから光の触手が伸び広がり、頭上で花のように開く。
 そのまま宙を滑るように伸びていくと、ヒバナの上で広がって。網状のかたちをとった。
 光の網が傷ついたヒバナを包み込む。
 ヒバナの右腕が動いた。
 顔から苦痛の表情が消えていく。
 よろよろと立ち上がった。
 驚いたことに、血は止まっていた。
 傷口がみるみる小さくなっていく。
「すごいな。あの子は、本物のヒーラーだ」
 先輩が感に堪えたようにいう。
 立ち上がったヒバナが、怪物に向き直る。
 両手の掌を合わせ、前に突き出した。
「カメハメ波?」
 俺の予想は、まんざらはずれてもいなかったようだ。
 ヒバナの手の中に、炎の球が生まれていた。
 だんだん大きくなっていく。
「プラズマボール!」
 ヒバナが叫んだ。
 おお!
 俺は全身が感動にしびれるのを感じた。
 必殺技の名前を叫ぶなんて、
 あまりにもかっこよすぎるではないか。
 バレーボール大の火球が怪物のひしゃげた頭部にぶちあたる。
 爆発が起こった。
 盛大な炎がキャンプファイアのように立ち上がる。
 肉の焦げる臭いがあたりに充満した。
 黒煙でたちまち前が見えなくなる。
「すさまじいな。海の水を操ったかと思ったら、今度はプラズマ火球か」
 まったく正反対の属性を使いこなすとは、なんというスーパーなヒロインだ。
 これでは、いくら宇宙怪獣でも、ひとたまりもないに違いない。

 が、俺の認識はまだまだ甘かったようだ。
「ひずみちゃん、気をつけて!」
 そのとき突然、ヒバナがこっちを見上げて叫んだのだ。
 そして、俺はまたしても信じがたいものを見た。
 黒い煙が海風に吹かれて、薄れていく。
 その向こうに、前よりも巨大化したそいつがうずくまっていた。
 表皮が焼けてはがれ、その下から本体が姿を現したのである。
 切り出した岩のような頭部は、オコゼのそれに酷似している。
 胴体は、シャコだった。
 たくさんの体節に分かれ、その両側から無数の足が生えている。
 そして何よりもおぞましいのは、そこまでがどうやらその怪物の上半身にすぎないという事実だった。
 怪物の下半身、それは・・・。
 蛸だった。
 8本の太い脚が、下からシャコとオコゼの合体した上半身を支えている。
「2段階変身か。敵もなかなかやるな」
 先輩が銀縁眼鏡を光らせて、いった。
「ここまでくると、魔物とか化け物って概念を超えちゃってますよね。あれ、まるで怪獣じゃないっすか」
「確かに、B級のパニック映画そのままだ」
 俺たち外野が勝手な感想を述べ合っている間にも、ヒバナとブッチャーは反撃を開始していた。
 ひずみが再び癒しのオーラを展開しながら、階段を駆け下りていく。
 そして、激闘が始まった。
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