上 下
169 / 295
第9部 ヒバナ、アンブロークンボディ!

#5 発端

しおりを挟む
 学生食堂の片隅。 
 糸魚川貢と岬ヒバナは、ストレートの髪を肩に垂らした美少女と対面していた。
 部室ではさすがに狭かろう、ということで場所を移したのである。
「依頼人なんか」
 誰が連れて来いといった!
 と怒鳴りかけた貢が言葉を飲み込んだのは、少女があまりにも美しかったからだ。
 青沼美月と名乗った少女は、日本人形に命を吹き込んだかのような清楚な顔立ちをしていた。
 雪のように白い肌に、高級そうな生地のベージュのワンピースがよく似合っている。
 聞けば、軽音楽部に所属していて、お通夜の高校時代からの親友だという。
 サイトで超常研の活躍ぶりを知って、友人のお通夜に声をかけて来たのだった。
 ここに緋美子が加われば、まんまハーレムだな!
 と踊る心をぐっと押さえつけながら。何食わぬ口調で、貢はたずねた。
「で、鬼が出るとか? いったい、どこに出るんです?」
「笑わないでくださいね」
 青沼美月が、うつむいたまま、上目遣いに貢を見て、いった。
「うちのおばあちゃんの、夢の中に、なんです」
 なんだと?
 貢は危うく椅子ごとコケそうになった。
 いくら美女の頼みでも、それはないだろう、と思ったのである。
 しかし、そんなことを正直に口にするほど、俺は愚かじゃない。
 そう、思い直す。
 こんな美少女とお近づきになれるなら、鬼なんてどこに出たっていいじゃないか。
 というのが本音なのだ。
「美月の実家は、犬山でも有名な造り酒屋なんです」
 貢の顔色を察してか、横からお通夜がすかさず口を出す。
「犬山って、あのモンキーパークの?」
 ヒバナが瞳を輝かせた。
 サルが好きなのかもしれない。
「そうです。明治村もあるし、有名なお城もある、あの犬山です」
 お通夜が解説する。
「安土城だっけ?」
 ヒバナの歴史認識は相変らず小学生以下である。
「それをいうなら犬山城だろ」
 貢がにべもなく否定する。
「とにかく、酒造というのは古風でいいですな。純和風の香りがする」
「ありがとうございます」
 しとやかに、頭を下げる美月。
「で、酒造の裏に祖父が神主を務めている神社があるんですけど」
「お神酒も自給自足、というわけですか。ますますすばらしい」
 うんうんと貢がうなずいてみせる。
「その神社というのが、鬼童神社といいまして、代々あるものを守る役目を仰せつかっているのです」
「オニワラ神社ですか。それはまた勇ましい名前だ」
「犬山には、ここ愛知県には珍しく、鬼にまつわる伝説が多いんです」
 さすが情報収集担当のお通夜は色々知っている。
 それにしても、友だちと一緒だと、こいつ、けっこう普通にしゃべるんだな。
 貢は少しこの陰気な後輩を見直した。
「何を守ってるんです?」
 訊いたのはヒバナだ。
 かわいい子同士が会話しているのを眺めるのは、非常に心地よい。
「ご神体は一見普通の仏像なんですけど」
 美月が答えた。
「割と大きくて、高さ2mくらいあります」
「大きな仏様ですね。千手観音か何かかな」
「種類はよくわかりません。問題なのは、その中身なんです」
 美月が顔を上げた。
 切れ長の眼に、怯えの色が浮かんでいる。
「中身?」
 ヒバナが繰り返した。
「中身って、仏像の中って、何か入ってるんですか?」
「剣とか、経典が入っていたという事例は、全国でも報告されています」
 これはお通夜である。
「鬼童神社の場合は」
 美月がいったん口を閉ざす。
 貢たち3人の顔を順に見回すと、やがて。声をひそめ。いった。
「ここだけの話にしてくださいね。本来は、門外不出の秘密だそうですから」
「任せてください」
 重々しく、貢がうなずく。
「鬼の腕、なんです」
 美月がいった。
 声が震えている。
「鬼の、腕?」
 河童のミイラ、じゃないのか。
 貢は身を乗り出した。
 少し、話の中身に興味がわいてきたのだ。
 鬼の腕といえば、すぐに思い浮かぶのは、あの伝説だ。
 しかし、それがなぜ犬山に?
しおりを挟む

処理中です...