上 下
179 / 295
第9部 ヒバナ、アンブロークンボディ!

#15 神主

しおりを挟む
「だれだ、ぬしらは」
 いきなりそう声をかけられ、貢はばね仕掛けの人形のように、ぴょんと飛び上がった。
「こんなところで、何をしておる」
 石段の中央、踊り場のように少し平たくなったあたりに、白い神主の衣装を着た老人が立っている。
 筋張った顔はよく陽に焼け、眼光が異様に鋭い。
「おじいさま・・・」
 美月が老人のほうを振り仰いで、つぶやいた。
「あ、あの、僕ら」
 ヒバナが役に立たない以上、ここは貢が前に出るしかなかった。
「鬼退治に来た、超常研の者です」
「鬼退治だと?」
 老人がじろりと貢を睨んだ。
「ぬしらに、そんなたいそうなことが、できるのか」
「え、ええ」
 貢は曖昧に笑った。
「一応、実績はあります」
 これは嘘ではない。
 蓬莱山の廃病院に巣くっていた蛇女。
 猿投グリーンロードのトンネルに取りついていたお化け少年。
 新舞子海水浴場に出た謎の宇宙怪獣。
 全部、倒すところを見届けたのだ。
 もちろん、倒したのは貢ではない。
 ヒバナ、緋美子、玉子、ブッチャー、ひずみの"人外少女隊"である。
 貢は文字通り、見ていただけだった。
「ふん、大方ゴキブリ退治が関の山だろう」
 老人が鼻で笑った。
「帰った帰った」
 手に持った竹箒で追い払うしぐさをする。
「んもう、おじいさんたら、私のお客さんなんですよ」
 美月が怒った。
「ご神体を守ってもらうよう、わざわざ来てもらったのに」
「由緒正しい秘仏を、そんなどこの馬の骨ともわからぬ輩に見せられるか。ご神体はわしが守る。おまえはよけいな口出しをするな」
「でも、おばあちゃんが・・・」
「あれはもう歳だ。耄碌婆の戯言を本気にするやつがあるか」
「あの、ちょっといいですか」
 貢が、教室で先生に質問する中学生のように、右手を挙げた。
「そのご神体なんですけど、ここは神社なのに秘仏、というのはどういうことなんでしょう?」
 こういうどうでもいい話題になると、貢は強い。
 天性のオタク気質が全開になるのである。
「ひょっとして、廃仏毀釈の名残ですか? でもそれだと話が逆ですよね。神道に統一するために、仏像を壊せというのが明治政府の方針だったはずですから」
「理屈っぽいやつだな」
 老人が勢いをそがれ、鼻白んだ。
「廃仏毀釈なぞ関係ない。それに、正確に言うとあれは仏様ではない。源頼光さまの像だ」
 源頼光?
 まただ、と貢は思った。
 またこの名前だ。
 最近、どこかで見たか聞いたはずなのだが、どうしても思い出せない。
「鬼を近寄らせないために、鬼退治のプロフェッショナルの像をつくって、その中に鬼の腕を封じ込めた、ということですか?」
 源頼光は、四天王を引き連れて、酒呑童子をはじめとする鬼どもを退治して回った、いわば平安時代の妖怪ハンターである。
「そうだ。ご神体は中に収められている酒呑童子の腕。それを頼光さまにお守りいただいておるのだ。ぬしらの助けなど、はなから必要ないというわけだ」
「なるほど」
 貢はいったん引き下がった。
 だが、ここで帰るわけには行かない。
 敵はおそらく、ただの鬼ではないのだ。
「俺の推測なんですが、ちょっとやっかいなやつが、その腕を狙っています」
「やっかいなやつ?」
 老人が眉をひそめる。
「神主様ならよくご存知だと思うのですが」
 貢はひと呼吸置き。老人の反応を待った。
「鬼ではないというのか」
「天照に対峙する、夜の神。神道で夜の神といえば・・・おわかりですよね」
 そのとき、背後で叫び声がした。
「ツクヨミ!」
 ヒバナの声だった。
 呂律がまわっていない。
「な、なんだ、おまえは?」
 老人の目が驚愕に見開かれる。
「あちっ」
 貢は背中に熱を感じ、飛び跳ねた。
 そして、見た。
「う、うそ、だろ?」
 思わず、そう、うめいていた。
 信じがたい光景が、そこに展開していたのである。
しおりを挟む

処理中です...