207 / 295
第9部 ヒバナ、アンブロークンボディ!
#43 鬼首
しおりを挟む
地面と岩盤の間の隙間は1mほどだった。
よほど重いのだろう、岩盤を支えている二頭の鬼の貌には、東大寺南大門の金剛力士像さながらの、決死の形相が刻み込まれている。
「あと少し、頼むよ。僕らが出てくるまで」
鬼たちにそう声をかけて、ツクヨミが中に入っていく。
もし鬼が力尽きて蓋を落としてしまったら、と想像するとあまり気が進まなかったが、仕方なくナミも後に続いた。
腰をかがめて岩盤の下をくぐると、足元は階段になっていた。
先は、闇の底に消えていて、どれだけ続いているのか見当もつかなかった。
ツクヨミが首から下げた大型懐中電灯をつける。
ナミはおそるおそる下を覗いてみた。
急勾配の石段は意外と短く、10mほど降りたところで終わっていた。
そこからは横穴になっているらしい。
黴臭い湿った臭いに混じって、なにやら生臭い臭気が空気にこもっている。
ナミはセーターの袖に鼻を押しつけ、右手でツクヨミの腰の帯をつかみながら、そろそろと石段を降り始めた。
底にたどり着くと、案の定、目の前に横穴の入口があった。
「あれだ」
懐中電灯を掲げて、低い声でツクヨミがいった。
光の輪の中に、異形が浮かび上がっていた。
土を掘ってつくられた即席の祭壇。
その奥に、巨大な顔がある。
「うそ」
ナミはうめいた。
「ほんとにあったんだ。信じられない・・・」
それが人間の頭部でないことは、ひと目でわかった。
まず、頭に角が五本、生えている。
額にユニコーンのそれのような長く鋭い角が1本、
髪の生え際を取り囲むように、短い角が四本。
そこだけ見れば、太古の鎧竜さながらだった。
そして、もっと異様なのは、その眼の数である。
まぶたを閉じてはいるが、それが十個以上もあるのだ。
「あの面構えは、言い伝え通りだね」
ツクヨミが闇の中でくすくす笑う。
「酒呑童子は角が五本、目が十五個あったといわれてるんだ」
「噛みつかないでしょうね」
ナミは立ち止まった。
自分でも、声が震えているのがわかる。
精神感応を試してみたが、首の思考を読むことはできなかった。
何か、ブラックアウトしたテレビ画面のようなものに突き当たっただけだったのだ。
ツクヨミが、腰に下げた布袋から大きなビニール袋を取り出した。
「手伝ってくれないか」
ナミのほうを見て、いった。
「冗談でしょ」
ナミがしりごみする。
「この袋の口を広げて持っててくれればいい。あとは僕がやるから」
「・・・しょうがないわね」
しぶしぶそばに行き、袋を受け取った。
生臭い臭いが強くなっている。
この臭い、首がまだ生きている証拠だろうか、とナミは思う。
ツクヨミが祭壇に両手を伸ばし、慎重に鬼の首を持ち上げた。
「うわ、予想以上に重いよ」
腰が砕け、落としそうになる。
力仕事にはまったく向いていないらしい。
かといって、ナミには手伝う気などさらさらない。
生まれつき、手を汚すのが大嫌いなのだ。
相当な時間をかけて、ツクヨミがようやく首を袋の中に着地させた。
ナミが袋の口を縛る。
「半分、持ってくれない?」
袋に収まった首をへっぴり腰で持ち上げると、情けない声でツクヨミがいった。
「いや」
ナミはにべもない。
「手伝ってくれたら、君に世界をあげる。姉さんを殺して、呪いを解くことができたら、僕の”根の片津国”をそっくり君にあげるよ」
「いらないわよ。あんな暗い所」
ナミが肩をすくめて、首を振る。
「じゃ、オロチを復活させて、人間界を更地にできたら、その人間界をあげるってのは?」
「あたしはそんなちっぽけなこと、望んじゃいないの」
シガレットケースを取り出し、一本を口にくわえ、ジッポのライターで火をつける。
「あたしはね、決めたの」
「決めたって、何を?」
「観測者の観測者になるの」
「観測者の、観測者?」
ツクヨミが、鬼の首を抱えたまま、目を丸くする。
「いい? 観測者は確かに宇宙を創り、それを維持してるのかもしれないけど、この不完全さは何? それはたぶん、観測者を観測する者が不在だからじゃないかと思うわけ。あたしはそこを狙ってるのよ」
「つまり、神を超える神になる?」
「ま、そんなとこ」
「面白いな、君は」
ツクヨミが楽しそうに笑った。
「ますます好きになったよ。ナミ、君といると本当に楽しい」
「好き? 楽しい? なにそれ」
馬鹿にしたようにいいながら、ナミは頬が熱くなるのを感じていた。
暗闇でよかった、と思う。
「とにかく、せめて懐中電灯だけでも持ってくれないかな。早くここを出ないと、鬼たちがもたないかもしれない。そうなったら最後、僕らはここに生き埋めだ。もっとも僕にはテレポート能力があるから、なんとかひとりでなら脱出できるんだけどね。でも、君と一緒は無理だな。転移先の情報を書き換えるのって、これでけっこう大変なんだよ」
「なにわけのわかんないこといってるのよ。貸しなさいよ」
ナミはツクヨミから懐中電灯をひったくると、どんどん先に立って歩き始めた。
潜在意識の底に、かつて根の国=黄泉の国に閉じ込められたときのトラウマが刻み込まれているからなのか、ナミはずっと前から暗い所が大嫌いなのだった。
よほど重いのだろう、岩盤を支えている二頭の鬼の貌には、東大寺南大門の金剛力士像さながらの、決死の形相が刻み込まれている。
「あと少し、頼むよ。僕らが出てくるまで」
鬼たちにそう声をかけて、ツクヨミが中に入っていく。
もし鬼が力尽きて蓋を落としてしまったら、と想像するとあまり気が進まなかったが、仕方なくナミも後に続いた。
腰をかがめて岩盤の下をくぐると、足元は階段になっていた。
先は、闇の底に消えていて、どれだけ続いているのか見当もつかなかった。
ツクヨミが首から下げた大型懐中電灯をつける。
ナミはおそるおそる下を覗いてみた。
急勾配の石段は意外と短く、10mほど降りたところで終わっていた。
そこからは横穴になっているらしい。
黴臭い湿った臭いに混じって、なにやら生臭い臭気が空気にこもっている。
ナミはセーターの袖に鼻を押しつけ、右手でツクヨミの腰の帯をつかみながら、そろそろと石段を降り始めた。
底にたどり着くと、案の定、目の前に横穴の入口があった。
「あれだ」
懐中電灯を掲げて、低い声でツクヨミがいった。
光の輪の中に、異形が浮かび上がっていた。
土を掘ってつくられた即席の祭壇。
その奥に、巨大な顔がある。
「うそ」
ナミはうめいた。
「ほんとにあったんだ。信じられない・・・」
それが人間の頭部でないことは、ひと目でわかった。
まず、頭に角が五本、生えている。
額にユニコーンのそれのような長く鋭い角が1本、
髪の生え際を取り囲むように、短い角が四本。
そこだけ見れば、太古の鎧竜さながらだった。
そして、もっと異様なのは、その眼の数である。
まぶたを閉じてはいるが、それが十個以上もあるのだ。
「あの面構えは、言い伝え通りだね」
ツクヨミが闇の中でくすくす笑う。
「酒呑童子は角が五本、目が十五個あったといわれてるんだ」
「噛みつかないでしょうね」
ナミは立ち止まった。
自分でも、声が震えているのがわかる。
精神感応を試してみたが、首の思考を読むことはできなかった。
何か、ブラックアウトしたテレビ画面のようなものに突き当たっただけだったのだ。
ツクヨミが、腰に下げた布袋から大きなビニール袋を取り出した。
「手伝ってくれないか」
ナミのほうを見て、いった。
「冗談でしょ」
ナミがしりごみする。
「この袋の口を広げて持っててくれればいい。あとは僕がやるから」
「・・・しょうがないわね」
しぶしぶそばに行き、袋を受け取った。
生臭い臭いが強くなっている。
この臭い、首がまだ生きている証拠だろうか、とナミは思う。
ツクヨミが祭壇に両手を伸ばし、慎重に鬼の首を持ち上げた。
「うわ、予想以上に重いよ」
腰が砕け、落としそうになる。
力仕事にはまったく向いていないらしい。
かといって、ナミには手伝う気などさらさらない。
生まれつき、手を汚すのが大嫌いなのだ。
相当な時間をかけて、ツクヨミがようやく首を袋の中に着地させた。
ナミが袋の口を縛る。
「半分、持ってくれない?」
袋に収まった首をへっぴり腰で持ち上げると、情けない声でツクヨミがいった。
「いや」
ナミはにべもない。
「手伝ってくれたら、君に世界をあげる。姉さんを殺して、呪いを解くことができたら、僕の”根の片津国”をそっくり君にあげるよ」
「いらないわよ。あんな暗い所」
ナミが肩をすくめて、首を振る。
「じゃ、オロチを復活させて、人間界を更地にできたら、その人間界をあげるってのは?」
「あたしはそんなちっぽけなこと、望んじゃいないの」
シガレットケースを取り出し、一本を口にくわえ、ジッポのライターで火をつける。
「あたしはね、決めたの」
「決めたって、何を?」
「観測者の観測者になるの」
「観測者の、観測者?」
ツクヨミが、鬼の首を抱えたまま、目を丸くする。
「いい? 観測者は確かに宇宙を創り、それを維持してるのかもしれないけど、この不完全さは何? それはたぶん、観測者を観測する者が不在だからじゃないかと思うわけ。あたしはそこを狙ってるのよ」
「つまり、神を超える神になる?」
「ま、そんなとこ」
「面白いな、君は」
ツクヨミが楽しそうに笑った。
「ますます好きになったよ。ナミ、君といると本当に楽しい」
「好き? 楽しい? なにそれ」
馬鹿にしたようにいいながら、ナミは頬が熱くなるのを感じていた。
暗闇でよかった、と思う。
「とにかく、せめて懐中電灯だけでも持ってくれないかな。早くここを出ないと、鬼たちがもたないかもしれない。そうなったら最後、僕らはここに生き埋めだ。もっとも僕にはテレポート能力があるから、なんとかひとりでなら脱出できるんだけどね。でも、君と一緒は無理だな。転移先の情報を書き換えるのって、これでけっこう大変なんだよ」
「なにわけのわかんないこといってるのよ。貸しなさいよ」
ナミはツクヨミから懐中電灯をひったくると、どんどん先に立って歩き始めた。
潜在意識の底に、かつて根の国=黄泉の国に閉じ込められたときのトラウマが刻み込まれているからなのか、ナミはずっと前から暗い所が大嫌いなのだった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。
雪桜 あやめ
恋愛
✨ 第6回comicoお題チャレンジ『空』受賞作
阿須加家のお嬢様である結月は、親に虐げられていた。裕福でありながら自由はなく、まるで人形のように生きる日々…
だが、そんな結月の元に、新しく執事がやってくる。背が高く整った顔立ちをした彼は、まさに非の打ち所のない完璧な執事。
だが、その執事の正体は、なんと結月の『恋人』だった。レオが執事になって戻ってきたのは、結月を救うため。だけど、そんなレオの記憶を、結月は全て失っていた。
これは、記憶をなくしたお嬢様と、恋人に忘れられてしまった執事が、二度目の恋を始める話。
「お嬢様、私を愛してください」
「……え?」
好きだとバレたら即刻解雇の屋敷の中、レオの愛は、再び、結月に届くのか?
一度結ばれたはずの二人が、今度は立場を変えて恋をする。溺愛執事×箱入りお嬢様の甘く切ない純愛ストーリー。
✣✣✣
カクヨムにて完結済みです。
この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
※第6回comicoお題チャレンジ『空』の受賞作ですが、著作などの権利は全て戻ってきております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる