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第10部 ヒバナ、アブノーマルヘブン!

#21 跪いて脚をお舐め②

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 翌、11月14日は土曜日だった。
 学校は休みである。
 バスケ部の練習はあったが、ナミの命令は絶対だ。
 仕方なく、ナギは部活をサボり、安奈に会いに行くことにした。
 緋美子の家は西区にあるから、市の東に位置する双子の家からは、かなり距離がある。
 携帯ゲームを楽しみながら、地下鉄で行くことにした。
 目的地に着いたのは、昼を少し過ぎた頃である。
 きのうまでの晴天とはうって変わって、どんよりと曇った肌寒い午後だった。
 近くに公園があった。
 安奈が遊びにくるなら、このあたりだ。
 そう当たりをつけて入っていくと、案の定、見たことのある幼女がひとり、ブランコを漕いでいた。
「こんちは」
 手を振って近づいていく。
「秋津安奈ちゃんでしょ」
「そうだよ」
 安奈が顔を上げた。
 頬のふっくらした、可愛らしい女の子である。
 少しきつい感じの目元が、姉の緋美子にそっくりだ。
 お下げの髪が、小さな肩で揺れている。
「前に会ったことあるんだけど、覚えてるかな、僕のこと」
「うん」
 安奈がうなずいた。
「お姉ちゃんの学校の人」
「そうそう、一緒にバスケ、やったよね」
「何しに来たの? お姉ちゃんなら、今いないよ」
「どこいったのかな。デート?」
「ちがうよ。図書館で勉強。安奈も行くっていったのに、つれてってくれないの」
 好都合だった。
「きょうはさ、お姉ちゃんじゃなくって、安奈ちゃん、キミにお願いがあって来たんだ」
 勢い込んで、ナギはいった。
「何?」
「このくらいの大きさの、腕輪見たことないかな。うーん、ブレスレットなんて洒落た感じのじゃなくてさ、なんかオーパーツみたいな変わった形のやつ」
 両手で輪を作って、大きさを示してみせる。
 前の世界で麗奈が嵌めていたのを、何度か見たことがあるのだ。
「オーパンツ?」
「いや、パンツじゃなくって、腕輪だよ」
「源じいがもってるやつでしょ」
「あ、知ってるんだ。さすがだなあ、安奈ちゃんは」
「でもあれ、今は金庫に入ってるよ。前に源じいにもらったんだけど、あとでだめってお姉ちゃんが取り上げて、金庫にしまっちゃったんだ」
「それは残念だったね」
「うん。ほんとに安奈がもらったんだよ、源じい、確かにそういったんだから」
「じゃ、取り返さない?」
「え、いいの?」
「うーん、ほんとはよくないけど、僕も一度、その腕輪が見たくてさ」
「お兄ちゃん、どろぼうなの?」
「いやー、そうはっきりいわれると、否定しようがなくて、困るんだけどさ」
「お礼に、何くれる?」
 安奈の目が耀いた。
「え? やってくれるの?」
 こんなにうまくいっていいものか。
 半信半疑でナギは訊く。
「マックの二百円バーガーとね、ポテトのMサイズ、それからサーティワンのアイス」
「それだけ?」
「うーん、あと、ボーリングしたい」
「ボーリングかあ、いいね。僕、実はけっこう得意なんだ」
「お兄ちゃんは、勉強しなくて、いいの? お姉ちゃんみたいに」
「いやあ、それをいわれると辛いんだけどさあ、安奈ちゃんは、勉強、好きなの?」
「大嫌い」
「気が合うね。僕たち」
「うん」
「じゃ、まずマック行こうか。あ、ママに一言、いってこないとね」
「ママ、お仕事でいない」
「えー、じゃ、安奈ちゃんひとりなんだ」
「もう大きいから、お留守番くらいできるでしょ、だって」
「育児放棄かな」
「うん、イクジホーキ」
「よし、マックで計画立てよう」
「安奈、いい作戦、知ってるんだ」
 幼女が得意げにいった。
「おお、何なに?」
「お風呂を壊すんだよ」

 その夜。
 ナギは黒ずくめの格好で、緋美子の家の庭に居た。
 湯沸かし器を破壊するためである。
 安奈が教えてくれた作戦は、簡単かつ実用性の高いものだった。
 風呂が壊れると、緋美子の一家は必ず極楽湯にお風呂をもらいに行く。
 家族がお風呂に入っている隙に、安奈が金庫を開け、腕輪を盗む。
 それだけである。
「だってお姉ちゃんがしめるとき、番号見えたんだもん。安奈、勉強は嫌いだけど、いっぺん見たものは忘れないんだ」
 そう、安奈は自慢したものである。
 なんという都合の良さ。
 ナギはほくそ笑んだ。
 問題は極楽湯に同居しているひずみとブッチャーだが、ひずみは毎日塾で、夜11時過ぎないと帰ってこないし、ブッチャーは巡業で不在勝ちだという。
 当主の源造はは半分ボケているから、まったく問題にならない。
 タイミングを合わせれば、きっとうまく行くはずだった。
 慎重に、スパナでネジを緩め、音を立てぬよう、外側のフレームをはずす。
「お姉ちゃん、先にお風呂入っていい?」
 すぐ頭の上で、緋美子の声がした。
 反射的に見上げると、閉まった窓のすりガラスに、若い娘のシルエットが映っている。
 服を脱いでいるところだった。
 形のいいバスト。
 締まった腹。
 丸く、張りのあるヒップライン。
 ナギは思わず見とれた。
 すごい、
 麗奈と張り合うぐらいのパーフェクトボディがすぐそこにあるのだ。
 が、すぐにまずい、と思い直した。
 急がなくては。
 ニッパーで、手当たり次第、導線を切った。
「あれ、お母さん、お湯が出ないよ。全然熱くならないんだけど」
 また、緋美子の声がした。
 成功だ。
 ナギは立ち上がった。
 もう一度緋美子のシルエットを拝みたいところだったが、我慢することにした。
 庭から脱出したところで、スマホが鳴った。
「どう?」
 ナミだった。
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