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第10部 ヒバナ、アブノーマルヘブン!

#48 ショゴスを倒せ!

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 -そっちは大丈夫か? おい、ヒバナひょっとして・・・。
「今忙しいの。あとで連絡する」
 ヒバナはスマホをショートパンツの尻ポケットにしまうと、更に高度を上げた。
 黒いアメーバーに覆い尽くされたノヅチが、息を吹き返し、こっちに迫ってこようとしている。
 アメーバのあちこちに、気味の悪いことに、目玉が開いていた。
 あれだ。
 ダゴンが現れる前に浜辺に打ち上げられたという、ひとつ目のスライム。
 あれは、このアメーバ状生物の断片だったのだ。
 目玉はそこらじゅうに現れていた。
 タールのように古墳を覆ったアメーバは、全身に目玉を浮き上がらせて脈動している。
 その中に飲み込まれた明日香は黒い山のようになり、微動だにしない。
 まず、このドロドロをなんとかしなきゃ。
 ヒバナは空中にホバリングしたまま、ふたつの武器をベルトにおさめると、おもむろに両手を広げた。
 額の宝玉に意識を集中する。
 頭の中で、波を思い描いた。
 すべてを呑み込むビッグウェーブだ。
「ウォーターハンマー!」
 叫んだ。
 両手を勢いよく前方に振り下ろす。
 怪物に向けて伸ばした指先から、水流が迸った。
 ヒバナはこれまでに3段階の変身の過程を経てきている。
 その間に身につけたのが、ファイアボールとこのウォーターハンマーだ。
 水流は勢いを増し、太い水の柱に変化すると、うねりながらノヅチに襲いかかった。
 水の圧力に叩かれた怪物がのたうち、表面から黒いタールを弾き飛ばした。
 ヒバナは水流を地面に向けた。
 轟々と音を立てて溢れ出す奔流が瞬く間にタールを押し流していく。
 うずくまった明日香の巨体が見えてきた。
 ヒバナは高度を下げると、明日香の腕をつかみ、空中に引っ張り上げた。
 重い。
 が、なんとか体勢を立て直す。
「大丈夫? ブッチャー?」
「ああ」
 明日香が呻いた。
 ヒバナに吊り下げられたまま、ぶるんと大きな頭を振った。
「油断しちまったよ。まさかあんなのが降ってくるとは」
「貢君が、ショゴスとかなんとかいってたけど」
 安全なところまで明日香を運びながら、ヒバナはいった。
「ショゴスって、何だと思う?」
「俺のにわか勉強によるとだ」
 ヘリコプターに吊り下げられて運ばれるアフリカゾウのような格好で、明日香が答えた。
「ショゴスは古きものどもが生み出した人造生命体、古きものどもというのは、旧支配者であるクトゥルーたちと敵対する、超古代の神みたいなものかな」
「じゃ、あれはわたしたちの味方なの?」
「ところが話はそんなに単純じゃなくて、あのショゴスどもはどうやら大昔に主人の古きものどもに反乱を起こして、クトゥルー側に寝返ったらしいんだ」
「なんだ、やっぱり敵なんだ」
「どう見ても、友好的には見えないだろ?」
「確かに、そだね」
 いったん古墳の外に着地した。
 テケリ・リ、テケリ・リ!
 例の奇妙な鳴き声が盛んに聞こえてくる。
「ひみちゃんたちも、あれに襲われてるんだって。大丈夫かな」
 ヒバナの表情が曇る。
「あっちには玉子がいる。なんとでもなるだろうよ。それより、問題は俺たちのほうだ」
「ちょっと手荒なまね、してもいいかな」
 明日香の巨体を見上げてヒバナはいった。
「文化財保護法違反で捕まるかもしれないけど」
「警察も今頃この街から逃げ出してる頃だろうよ。明らかにルルイエ浮上の影響が本土にまで広がってきてる感じだ、なんでもやりたい放題さ」
 どす黒い雲が走る空を見つめ、明日香がつぶやく。
「なら、行くよ。ブッチャーは、開けたところまで下がって見てて。もしあのノズチが現れたら、そのときはよろしくね」
 そういい残すと、ヒバナは助走をつけて三たび空に舞い上がった。
 古墳の上空に戻ると、水流に押し流され、丘の上は丸裸になっていた。
 タール状のものは陰も形もなくなっている。
 ノヅチの姿もなかった。
「あれ? もう終わり?」
 肩透かしを食って、一瞬気を抜いた、その瞬間だった。
 突然、前方の森が爆発した。
「うわ!」
 木々の破片がミサイルのように降り注いできた。
 腕で顔を守りながら目を開けたヒバナは、見た。
 古墳に覆いかぶさるように、とほうもなく巨大な影が立ちはだかっていた。
 全身を無数の目玉に覆われた、うす気味の悪い大きな肉の塔。
 高さ数十メートルはありそうだ。
「ヒバナ、気をつけろ!」
 明日香が叫ぶのが聞こえてきた。
「それは、ショゴスロードだ! ショゴスの大ボスみたいなものだ!」
 ショゴスの・・・。
 大ボス?
 目玉が一斉にヒバナを見た。
 あまりの気持ち悪さに、全身に鳥肌が立つのがわかった。
 と、ふいにショゴスロードの前面が裂けた。
 何かが物凄い勢いで飛び出してきた。
 ヒバナは叫んだ。
 それは、初めて上げる恐怖の叫びだった。

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