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第10部 ヒバナ、アブノーマルヘブン!
#49 千の貌を持つもの
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飛び出してきたのは、ノズチの頭部だった。
ショゴスと呼ばれるこの液体生物は、どうやらノズチを中に取り込んで、自分の身体の一部にしてしまったようだった。
周囲に鑢のような歯がぎっしりと並んだ巨大な円形の口がヒバナを襲った。
やられる!
思わず目をつぶりかけたとき、何か大きな円盤のようなものが飛来して、その首を一気に切断した。
明日香の投げた盾だった。
玄武の甲羅は、取り外すと盾にもなれば武器にも変わる。
甲羅はブーメランのように弧を描くと、地上の明日香のほうに戻っていった。
「さんきゅー! ブッチャー」
大声で叫ぶと、ヒバナは翼を力強くはばたかせて、高度を上げた。
ショゴスロードは怒り狂っていた。
咆哮しながら、全身を激しく波打たせている。
タール状のショゴスが蛇状のミズチと融合した結果、見るからに嫌らしい怪物が生まれていた。
直立した軟体動物のような、太い煙突ほどもある胴体。
その下部から伸びる無数の長い触手の群れ。
頭頂部は花が開いたように平らになり、そこにも大きな円形の口が開いている。
口の周りを髭のように覆っているのは、これまた細いミミズのような触手だった。
ヒバナは宙に浮かんだまま、両腕を大きく左右に広げた。
精神を集中し、両の掌に気を集める。
触手の群れが襲いかかってきた。
ショートパンツから伸びた左脚に、一本が巻きついた。
物凄い力で締め上げてくる。
引きずり落とされそうになるのを、羽ばたきで何とか耐える。
掌の中に火球が生まれた。
「プラズマボール!」
叫ぶなり、両腕を交差させ、火球を放つ。
ヒバナが狙ったのは、怪物の本体ではなかった。
周囲の森である。
乾燥した空気。
葉が一枚もない冬枯れた枝。
燃える材料はそろっていた。
触手が腰にも巻きついてきた。
ちょうどくびれた下腹のあたりをぐいぐいと締めつけられた。
たまらずバランスをくずしながらも、第2波を放つ。
轟っと音を上げて森の木々が燃え始めた。
見る見るうちに古墳全体が火だるまになっていく。
ショゴスロードが絶叫した。
じゅうじゅうと油のこげる臭いがあたりに立ち込める。
怪物に炎が燃え移ったのだ。
脚と腰に巻きついた触手の力がゆるんだ。
ヒバナは上腕部の外側に生えたひれを、最大限広げた。
ヒバナの逆三角形のひれは、端が鋭い刃物のようになっている。
そのひれカッターで、触手を切り裂いた。
自由を取り戻し、針路を90度変えて、元来たほうへ戻る。
古墳から少し離れたところに着地すると、明日香が駆け寄ってきた。
「また派手にやったもんだな」
「ごめんね。これしか思いつかなくって」
ぺろっと舌の先を出して笑った。
「いや、名案だと思う。お札は火が消えてから貼りに行けばいいし」
「喉、かわいちゃったね」
「一度、車に戻るか。貢にも連絡取りたいからな。玉子たちの様子も心配だ」
「だよね」
森林公園の入り口の無料駐車場にまで戻ったときだった。
「あれ? 誰かいる」
ワゴン車の脇にたたずむ人影に目を留めて、ヒバナはつぶやいた。
黄色い目立つダウンジャケットを着た、ひょろっとした少年である。
どこかで見た顔・・・。
と思ったら、向こうから声をかけてきた。
「やあ、ヒバナ。おひさしぶり。そっちのおっきな人が、噂のブッチャーさんかい?」
金髪に近い髪の色。
細面の整った顔。
が、双子の妹に比べると、なんとなく抜けていて愛嬌がある。
「あ、ナギ」
ヒバナは立ち止まった。
「なんであなたがここにいるの?」
乾(いぬい)ナギは、元はといえば双子の妹ナミとともに、根の国の死天王のひとりだった。
だが、強力な超能力を持つ妹とは異なり、ナギはただの飄々とした少年にすぎなかった。
立場は明らかに敵なのだが、たまにヒバナを助けてくれたり、あるいは突然愛の告白をしてきたりと、行動が予測できない奇妙なキャラクターの持ち主である。
が、ナギと行動をともにしてろくな目に遭ったことのないヒバナは、自然警戒した口調になった。
「なんでっていわれてもなあ」
ナギが頭をかいた。
「まあ、君に会いに来たっていうか、あのさ、僕思い出したことがあるんだよ」
「思い出したこと?」
ヒバナが眉をひそめる。
「うん、それを君にも教えてあげたくってさ」
「何なの?」
「実はね、僕、自分の正体を思い出したんだよ。今まで、ナミに比べてなんで僕はこう何もできないんだろうって、悩んでたんだけど、おかげでその悩みも晴れちゃったよ」
ナギに悩み?
それはかなり意外だったが、その正体というのはもっと気になった。
「あなたの正体って、根の国の死天王じゃないの?」
ヒバナの問いに、ナギがにやりと笑った。
「いや、それがこの世界では違うんだよ。もっとずっとすごいものっていうか」
「もったいぶらないで、早く教えなさいよ」
ヒバナが目を怒らせ、頬を膨らませた。
「聞いて驚くなよ」
真顔になると、ナギは改まった口調でいった。
「僕の正体は、何を隠そう、”千の貌を持つもの”、ナイアルラトホテップなんだ」
「ナイアル、ラテ、ホイップ? 何なの、それ?」
ヒバナがいぶかしげに眉間に皺を寄せる。
「ケーキかお菓子の名前みたい」
「ああ」
ナギが大袈裟によろめいてみせた。
「ヒバナ、君がそういうキャラだってこと、僕、すっかり忘れてたよ」
ショゴスと呼ばれるこの液体生物は、どうやらノズチを中に取り込んで、自分の身体の一部にしてしまったようだった。
周囲に鑢のような歯がぎっしりと並んだ巨大な円形の口がヒバナを襲った。
やられる!
思わず目をつぶりかけたとき、何か大きな円盤のようなものが飛来して、その首を一気に切断した。
明日香の投げた盾だった。
玄武の甲羅は、取り外すと盾にもなれば武器にも変わる。
甲羅はブーメランのように弧を描くと、地上の明日香のほうに戻っていった。
「さんきゅー! ブッチャー」
大声で叫ぶと、ヒバナは翼を力強くはばたかせて、高度を上げた。
ショゴスロードは怒り狂っていた。
咆哮しながら、全身を激しく波打たせている。
タール状のショゴスが蛇状のミズチと融合した結果、見るからに嫌らしい怪物が生まれていた。
直立した軟体動物のような、太い煙突ほどもある胴体。
その下部から伸びる無数の長い触手の群れ。
頭頂部は花が開いたように平らになり、そこにも大きな円形の口が開いている。
口の周りを髭のように覆っているのは、これまた細いミミズのような触手だった。
ヒバナは宙に浮かんだまま、両腕を大きく左右に広げた。
精神を集中し、両の掌に気を集める。
触手の群れが襲いかかってきた。
ショートパンツから伸びた左脚に、一本が巻きついた。
物凄い力で締め上げてくる。
引きずり落とされそうになるのを、羽ばたきで何とか耐える。
掌の中に火球が生まれた。
「プラズマボール!」
叫ぶなり、両腕を交差させ、火球を放つ。
ヒバナが狙ったのは、怪物の本体ではなかった。
周囲の森である。
乾燥した空気。
葉が一枚もない冬枯れた枝。
燃える材料はそろっていた。
触手が腰にも巻きついてきた。
ちょうどくびれた下腹のあたりをぐいぐいと締めつけられた。
たまらずバランスをくずしながらも、第2波を放つ。
轟っと音を上げて森の木々が燃え始めた。
見る見るうちに古墳全体が火だるまになっていく。
ショゴスロードが絶叫した。
じゅうじゅうと油のこげる臭いがあたりに立ち込める。
怪物に炎が燃え移ったのだ。
脚と腰に巻きついた触手の力がゆるんだ。
ヒバナは上腕部の外側に生えたひれを、最大限広げた。
ヒバナの逆三角形のひれは、端が鋭い刃物のようになっている。
そのひれカッターで、触手を切り裂いた。
自由を取り戻し、針路を90度変えて、元来たほうへ戻る。
古墳から少し離れたところに着地すると、明日香が駆け寄ってきた。
「また派手にやったもんだな」
「ごめんね。これしか思いつかなくって」
ぺろっと舌の先を出して笑った。
「いや、名案だと思う。お札は火が消えてから貼りに行けばいいし」
「喉、かわいちゃったね」
「一度、車に戻るか。貢にも連絡取りたいからな。玉子たちの様子も心配だ」
「だよね」
森林公園の入り口の無料駐車場にまで戻ったときだった。
「あれ? 誰かいる」
ワゴン車の脇にたたずむ人影に目を留めて、ヒバナはつぶやいた。
黄色い目立つダウンジャケットを着た、ひょろっとした少年である。
どこかで見た顔・・・。
と思ったら、向こうから声をかけてきた。
「やあ、ヒバナ。おひさしぶり。そっちのおっきな人が、噂のブッチャーさんかい?」
金髪に近い髪の色。
細面の整った顔。
が、双子の妹に比べると、なんとなく抜けていて愛嬌がある。
「あ、ナギ」
ヒバナは立ち止まった。
「なんであなたがここにいるの?」
乾(いぬい)ナギは、元はといえば双子の妹ナミとともに、根の国の死天王のひとりだった。
だが、強力な超能力を持つ妹とは異なり、ナギはただの飄々とした少年にすぎなかった。
立場は明らかに敵なのだが、たまにヒバナを助けてくれたり、あるいは突然愛の告白をしてきたりと、行動が予測できない奇妙なキャラクターの持ち主である。
が、ナギと行動をともにしてろくな目に遭ったことのないヒバナは、自然警戒した口調になった。
「なんでっていわれてもなあ」
ナギが頭をかいた。
「まあ、君に会いに来たっていうか、あのさ、僕思い出したことがあるんだよ」
「思い出したこと?」
ヒバナが眉をひそめる。
「うん、それを君にも教えてあげたくってさ」
「何なの?」
「実はね、僕、自分の正体を思い出したんだよ。今まで、ナミに比べてなんで僕はこう何もできないんだろうって、悩んでたんだけど、おかげでその悩みも晴れちゃったよ」
ナギに悩み?
それはかなり意外だったが、その正体というのはもっと気になった。
「あなたの正体って、根の国の死天王じゃないの?」
ヒバナの問いに、ナギがにやりと笑った。
「いや、それがこの世界では違うんだよ。もっとずっとすごいものっていうか」
「もったいぶらないで、早く教えなさいよ」
ヒバナが目を怒らせ、頬を膨らませた。
「聞いて驚くなよ」
真顔になると、ナギは改まった口調でいった。
「僕の正体は、何を隠そう、”千の貌を持つもの”、ナイアルラトホテップなんだ」
「ナイアル、ラテ、ホイップ? 何なの、それ?」
ヒバナがいぶかしげに眉間に皺を寄せる。
「ケーキかお菓子の名前みたい」
「ああ」
ナギが大袈裟によろめいてみせた。
「ヒバナ、君がそういうキャラだってこと、僕、すっかり忘れてたよ」
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