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#19 クソ現実
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言われた通りにやってみると、次の瞬間、俺は自分の部屋に戻っていた。
部屋といっても、うちは6畳間と8畳間のふた間しかないボロアパートだから、正確には俺の部屋というわけではなく、母親との兼用である。
ヘッドセットとゴーグルを箱に片づけていると、玄関の戸が開く音がした。
「やべえ」
急いで段ボール箱を机の下に押し込んだ。
振り返ると、スーツ姿の母が、パンプスをぬいで隣の部屋に上がってくるところだった。
母は40歳。
5年前、俺が中1の時に親父と別れて、以来保険の営業で生計を立てている。
息子の俺が言うのもなんだが、見た目はとても四十路とは思えないほど若作りだ。
スタイルも崩れていないので、化粧をしてスーツを着ると、30そこそこのキャリアウーマンに見える。
「あのさ、茂、ちょっと頼みがあるんだけど」
俺のいる8畳間に入ってくると、畳の上に横座りして、ほつれた髪を指先でかき上げた。
母が疲れた表情でこんな仕草をする時は、要注意だ。
フェロモンの出具合からして、またあれに違いないと身構えたら、やっぱりそうだった。
「隣町の康夫伯父さん、知ってるだろ? ほら、町工場で車の部品、作ってる。でね、その康夫伯父さんが、うちの保険に入ってくれそうなんだよ。それでさ、契約のために、今からうちに来てくれるって言うの」
「そんなの、何もこんなせまいうちに来なくたって」
無駄と知りつつ、俺は形だけ反撃を試みた。
「そいつの工場か、どっかの喫茶店でやればいいさろ」
だいいち、康夫伯父さんってだれなんだ?
町工場の社長?
そんな親戚、知らないぞ。
「わかってるでしょ。そういうこと、言わないの」
母の眼が三角になり、声が尖った。
もちろん、わかっている。
この不況の時代、民間の保険なんかに入りたがるやつなんてそうそういやしない。
でも、セールスレデイは完全歩合制だから、毎月契約のノルマを達成しないと、空雨量がもらえない。
そこで母が取ることにした最後の手段。
それがこれ。
いわゆる”枕営業”というわけなのだ。
月末が近くなると、母は見知らぬ男を家に連れ込んでくる。
女を武器に、契約を撮ろうという腹なのだ。
今のところ、母は若くて美人に見えるから、それは一応うまくいっているようだ。
だけど、割に合わないのは、この俺である。
事が済むまで、数時間の間、家を空けないといけないのだ。
「くそったれ」
俺はつぶやいて、母の顔から目を逸らし、右手を差し出した。
「悪いね」
手を引っ込めると、5000円札を一枚握っていた。
「何時まで?」
「できれば、明日の朝まで。明日からGWだから」
俺はため息をついた。
そう来ると思った。
机の下から段ボール箱を引き出し、リュックにヘッドセットとゴーグル、コントローラーを詰めていく・
「それ、何? いつ買ったの?」
「あんたにはかんけーないだろ」
乱暴にドアを閉め、アパートの廊下に出る。
見上げると、初夏の空が抜けるように青かった。
そうなんだよな。
その明るすぎる空を見るともなく眺めながら、俺は改めて思った。
忘れてた。
俺もこの世界には、居場所なんてないってことを…。
部屋といっても、うちは6畳間と8畳間のふた間しかないボロアパートだから、正確には俺の部屋というわけではなく、母親との兼用である。
ヘッドセットとゴーグルを箱に片づけていると、玄関の戸が開く音がした。
「やべえ」
急いで段ボール箱を机の下に押し込んだ。
振り返ると、スーツ姿の母が、パンプスをぬいで隣の部屋に上がってくるところだった。
母は40歳。
5年前、俺が中1の時に親父と別れて、以来保険の営業で生計を立てている。
息子の俺が言うのもなんだが、見た目はとても四十路とは思えないほど若作りだ。
スタイルも崩れていないので、化粧をしてスーツを着ると、30そこそこのキャリアウーマンに見える。
「あのさ、茂、ちょっと頼みがあるんだけど」
俺のいる8畳間に入ってくると、畳の上に横座りして、ほつれた髪を指先でかき上げた。
母が疲れた表情でこんな仕草をする時は、要注意だ。
フェロモンの出具合からして、またあれに違いないと身構えたら、やっぱりそうだった。
「隣町の康夫伯父さん、知ってるだろ? ほら、町工場で車の部品、作ってる。でね、その康夫伯父さんが、うちの保険に入ってくれそうなんだよ。それでさ、契約のために、今からうちに来てくれるって言うの」
「そんなの、何もこんなせまいうちに来なくたって」
無駄と知りつつ、俺は形だけ反撃を試みた。
「そいつの工場か、どっかの喫茶店でやればいいさろ」
だいいち、康夫伯父さんってだれなんだ?
町工場の社長?
そんな親戚、知らないぞ。
「わかってるでしょ。そういうこと、言わないの」
母の眼が三角になり、声が尖った。
もちろん、わかっている。
この不況の時代、民間の保険なんかに入りたがるやつなんてそうそういやしない。
でも、セールスレデイは完全歩合制だから、毎月契約のノルマを達成しないと、空雨量がもらえない。
そこで母が取ることにした最後の手段。
それがこれ。
いわゆる”枕営業”というわけなのだ。
月末が近くなると、母は見知らぬ男を家に連れ込んでくる。
女を武器に、契約を撮ろうという腹なのだ。
今のところ、母は若くて美人に見えるから、それは一応うまくいっているようだ。
だけど、割に合わないのは、この俺である。
事が済むまで、数時間の間、家を空けないといけないのだ。
「くそったれ」
俺はつぶやいて、母の顔から目を逸らし、右手を差し出した。
「悪いね」
手を引っ込めると、5000円札を一枚握っていた。
「何時まで?」
「できれば、明日の朝まで。明日からGWだから」
俺はため息をついた。
そう来ると思った。
机の下から段ボール箱を引き出し、リュックにヘッドセットとゴーグル、コントローラーを詰めていく・
「それ、何? いつ買ったの?」
「あんたにはかんけーないだろ」
乱暴にドアを閉め、アパートの廊下に出る。
見上げると、初夏の空が抜けるように青かった。
そうなんだよな。
その明るすぎる空を見るともなく眺めながら、俺は改めて思った。
忘れてた。
俺もこの世界には、居場所なんてないってことを…。
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