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第6章 アンアン魔界行
#54 風雲、阿修羅城⑥
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「やった…100回目、ク、クリア…」
「ああ、俺たち、ついに…やったんだ…」
最後の便所の引き戸をよろめきながら抜け出すと、僕と一ノ瀬は折り重なるようにして床に倒れ伏した。
何度も嘔吐し続けたせいで、胃の中には吐くものは何も残っていなかった。
24時間ずっとジェットコースターに乗り続けていたかのように、三半規管が馬鹿になってしまっていた。
脳味噌がミキサーにかけられた豆腐みたいにぐずぐずになっていて、ろくに物も考えられないありさまだった。
「少し休もう」
僕の横に座り込んで、アンアンが言った。
横目で様子をうかがうと、さすがのアンアンも真っ青な顔をしていた。
「心配するな。おまえが立てるようになるまで、ここに居てやるから」
そっと手を握って、いつになくやさしい口調でそう言った。
その向こうでは、うつぶせになった一ノ瀬の脇に玉がうずくまり、心配そうに背中を撫でている。
「大丈夫ですかあ? 一ノ瀬君、ちゃんと生きてますかあ」
相変わらず背中に楽器ケースを背負った玉の姿は妙だったが、ほほえましい風景ではあった。
玉がアンドロイドだというのは別にして、一ノ瀬が女子に介抱されるというのは、生まれて初めてのことに違いない。
しばらくそうしてへばっていると、どこからか阿修羅が戻ってきて、僕らに声をかけてきた。
「さ、休憩はもういいかな。私としては、あんまりお城の近くで油売っていたくないんだよね」
阿修羅は自分ひとり健康そうだけど、気のせいかずいぶんいらいらしているようだ。
「立てるか、元気」
「うん。なんとか」
これ以上、アンアンに迷惑はかけられない。
ふらふら腰を上げると、隣では玉に支えられて一ノ瀬が立ち上がるところだった。
最後の道の駅には、最初の駅同様、和式便所、すなわち転送装置は僕らが出てきたひとつしかなく、そのことが僕を心底からほっとさせた。
やれやれ、これ以上、飛ばなくて済む。
それを実感できたからだった。
外に出ると、陽はまだ中天を少し過ぎた位置にあり、出発してからほとんど時間が経過していないらしいことを示していた。
「あれが、阿修羅城」
阿修羅が百メートル道路の突き当りを指さした。
なるほど、高い石垣の上に堂々たる威容の城が建っている。
立派な天守閣を備えたその建造物は、なぜか世界文化遺産のあの姫路城にそっくりだった。
ただ、決定的に違うのは、その色である。
真っ黒なのだ。
姫路城がその白さから白鷺城と呼ばれているのは、周知の通りである。
ならばこの漆黒の城は、さながら烏城とでも呼ぶべきだろうか。
「ついてきて」
阿修羅が言った。
「正門はいくらなんでもまずいから、秘密の抜け穴から忍びこむの」
「その轟天号とやらは、どこにあるんだ?」
歩き出した阿修羅の背に、アンアンが声をかけた。
「地下の私のラボにあるわ。いつでも動かせるよう、メンテナンスは済んでるから、乗りこみさえすれば大丈夫」
やれやれ。
ふたりの会話に、僕は心がどんより重くなるのを感じないではいられなかった。
城に潜入し、地底軍艦を強奪して、地獄界を襲撃する。
まだまだ作戦は端緒についたばかりなのだ。
つまり、とてつもなく先が長いということである。
果たして僕らは、生きて人間界に帰還できるのだろうか。
さすがにそう疑わずにはいられなったのだ。
「ああ、俺たち、ついに…やったんだ…」
最後の便所の引き戸をよろめきながら抜け出すと、僕と一ノ瀬は折り重なるようにして床に倒れ伏した。
何度も嘔吐し続けたせいで、胃の中には吐くものは何も残っていなかった。
24時間ずっとジェットコースターに乗り続けていたかのように、三半規管が馬鹿になってしまっていた。
脳味噌がミキサーにかけられた豆腐みたいにぐずぐずになっていて、ろくに物も考えられないありさまだった。
「少し休もう」
僕の横に座り込んで、アンアンが言った。
横目で様子をうかがうと、さすがのアンアンも真っ青な顔をしていた。
「心配するな。おまえが立てるようになるまで、ここに居てやるから」
そっと手を握って、いつになくやさしい口調でそう言った。
その向こうでは、うつぶせになった一ノ瀬の脇に玉がうずくまり、心配そうに背中を撫でている。
「大丈夫ですかあ? 一ノ瀬君、ちゃんと生きてますかあ」
相変わらず背中に楽器ケースを背負った玉の姿は妙だったが、ほほえましい風景ではあった。
玉がアンドロイドだというのは別にして、一ノ瀬が女子に介抱されるというのは、生まれて初めてのことに違いない。
しばらくそうしてへばっていると、どこからか阿修羅が戻ってきて、僕らに声をかけてきた。
「さ、休憩はもういいかな。私としては、あんまりお城の近くで油売っていたくないんだよね」
阿修羅は自分ひとり健康そうだけど、気のせいかずいぶんいらいらしているようだ。
「立てるか、元気」
「うん。なんとか」
これ以上、アンアンに迷惑はかけられない。
ふらふら腰を上げると、隣では玉に支えられて一ノ瀬が立ち上がるところだった。
最後の道の駅には、最初の駅同様、和式便所、すなわち転送装置は僕らが出てきたひとつしかなく、そのことが僕を心底からほっとさせた。
やれやれ、これ以上、飛ばなくて済む。
それを実感できたからだった。
外に出ると、陽はまだ中天を少し過ぎた位置にあり、出発してからほとんど時間が経過していないらしいことを示していた。
「あれが、阿修羅城」
阿修羅が百メートル道路の突き当りを指さした。
なるほど、高い石垣の上に堂々たる威容の城が建っている。
立派な天守閣を備えたその建造物は、なぜか世界文化遺産のあの姫路城にそっくりだった。
ただ、決定的に違うのは、その色である。
真っ黒なのだ。
姫路城がその白さから白鷺城と呼ばれているのは、周知の通りである。
ならばこの漆黒の城は、さながら烏城とでも呼ぶべきだろうか。
「ついてきて」
阿修羅が言った。
「正門はいくらなんでもまずいから、秘密の抜け穴から忍びこむの」
「その轟天号とやらは、どこにあるんだ?」
歩き出した阿修羅の背に、アンアンが声をかけた。
「地下の私のラボにあるわ。いつでも動かせるよう、メンテナンスは済んでるから、乗りこみさえすれば大丈夫」
やれやれ。
ふたりの会話に、僕は心がどんより重くなるのを感じないではいられなかった。
城に潜入し、地底軍艦を強奪して、地獄界を襲撃する。
まだまだ作戦は端緒についたばかりなのだ。
つまり、とてつもなく先が長いということである。
果たして僕らは、生きて人間界に帰還できるのだろうか。
さすがにそう疑わずにはいられなったのだ。
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