夜通しアンアン

戸影絵麻

文字の大きさ
上 下
150 / 249
第6章 アンアン魔界行

#53 風雲、阿修羅城⑤

しおりを挟む
 七色の光が世界に満ちた。
 とたんに身体が全方向に引っ張られるような、強烈な違和感が襲ってきた。
 目が回る。
 そのうちに内臓が口から飛び出し、身体がくるんと裏返った。
 うわあああああっ!
 気が狂いそうになり、絶叫した。
 そしたらもう一度、僕の裏と表が入れ替わり、気づくと元の姿で元の和式便所の中に立っていた。
 いや、転送に成功したのなら、似ているが、ここは別の場所ということなのだろう。
「な、なんなんだよ? これ」
 吐き気を懸命にこらえながら、誰にともなく僕はたずねた。
「ごめんね。転送って、どこもだいたいこんなものなのよ」
 済まなさそうに答えたのは、阿修羅である。
「マイクロホワイトホールを抜けたんですかねえ。なんだか2回程身体が裏返ったような」
 さしてダメージを受けたふうもなく、玉が言う。
「お、俺、もう、だめ」
 その玉を押しのけると、一ノ瀬が便器の端にうずくまり、ゲーゲーやり出した。
 先を越されて、仕方なく僕は込み上げてくる胃液を飲み込んだ。
「正直、これをあと99回繰り返すのは気が進まないな」
 苦虫を噛み潰したような顔で、アンアンがぼやいた。
「でも、これが一番早い移動手段なら、がまんするしかないか」
「そうね。99回跳んでも、物理的な時間はほぼ0だから、早いっちゃあ、早いよね」
 阿修羅はこの瞬間移動に慣れているからなのか、玉以上に平気な顔をしている。
 それに比べると、アンアンはいささかバテ気味のようだ。
「お、俺、死ぬかも」
 吐き終わった一ノ瀬が涙目で訴えたが、阿修羅もアンアンもガン無視だ。
「じゃ、次、行ってみよう」
 元気よく引き戸を開ける阿修羅。
 仕方なくあとに続くと、そこはさっきと同じような細長い掘立小屋の中だった。
 ただ違うのは、トカゲおばさんの襟巻の色と、縁台に並んでいる果物の種類である。
「ここが、道の駅ナンバー2。ナンバー3へ跳ぶのは、あの扉から」
 阿修羅が指さす先に、もうひとつの木戸が見えた。
 つまり、この駅にはクリスタルがふたつあるというわけなのだろう。
「あれをあと99回か…。身体が早く慣れるといいけどな」
 意気消沈した一ノ瀬が、横目で僕を見た。
「まあな。慣れる前に発狂する確率が高そうだけどな」
 自嘲気味に答える僕。
「はあい、みんな、入ってね」
 阿修羅が引き戸を開けると、クリスタルの輝きが目に飛び込んできた。
「ナンマンダブ」
 一ノ瀬が、口の中でぼそぼそつぶやくのが聞えてきた。
「天国のじいちゃんばあちゃん、どうか哀れな俺を助けてくれ」






 
しおりを挟む

処理中です...