夜通しアンアン

戸影絵麻

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第6章 アンアン魔界行

#96 アンアンとアンダーバベルの恐怖⑩

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「ちょ、ちょっと、みんな、どうしたんだよ? イケニエって聞いただけで、なんで一斉に俺のほうを?」
 青ざめる一ノ瀬。
 股間を押さえているのは、恐怖でキン〇マが縮み上がっているからか。
 はたまた小便が漏れそうだからなのか。
「なんでって…それは…。ねえ、アンアン?」
「だな。この中で、生贄の実績あるの、蚊トンボだけだからな」
「ですよねえー。ゴーレムの時も、メデューサの時も、それはそれは立派なイケニエぶりでしたもんねえ」
 女子会で嫌いな男の噂をするように、ひそひそ話に打ち講じる阿修羅、アンアン、玉。
 いやはや、どこの世界に行っても、女はドライでおそろしいものである。
 まあ、しゃーないか。
 短い付き合いだったけど。
 人間界と魔界の両方を救うためだ。
 一ノ瀬よ、迷わず成仏しておくれ。
 観念して、僕がそうはなむけの言葉を口にしようとした、その瞬間である。
「ノンノンノンノン! だめですよ、男は」
 ナイアルラホテップが、激しく首を横に振りながら拒否反応を示した。
「クトゥルフは美食家、いわゆるグルメというやつなのです。そんなまずいもの喰わせたら、怒髪天を突く勢いで怒り出すに違いありません。あなたたちは、彼に魔界を滅ぼさせたいのですか? クトゥルフへの捧げものといえば、見目麗しき処女と決まっているでしょう?」
「あ、そうすると、その条件に合うのは、玉ってこと?」
 きょとんとした顔で丸眼鏡の玉がつぶやいたけど、それも違うと思うぞ。
 第一、おまえ、アンドロイドなんだろ?
 どこに喰うところがあるんだよ?
「うーん、難問だよね」
 玉を無視して、阿修羅が腕組みした。
「見目麗しき美少女なら、立候補してやるんだけどさ。そこに処女がつくとなると…ちょっとわたしは無理かな」
 えー?
 阿修羅、おまえ、それ、自分はヴァージンじゃないって告白してるようなもんだぞ!
 高校生がいいのかよ、それで!
「あたしは一応、オールクリアだと思う」
 渋い顔をして、アンアンがつぶやいた。
「こう見えても、阿修羅ほど遊んでないしな」
 そうなのだ。
 そこでちらっと僕のほうを見たりするところが、アンアンの可愛らしさである。
 え? 
 でも、そうなると、生贄は…?
「だよね、そう来ると思ったよ。俺なんか骨と皮ばっかりで、食べても全然うまくないもんね。なんせまだ、童貞で仮性包茎だしさ」
 難を逃れたうれしさからか、一ノ瀬は今にも躍り出さんばかりのはしゃぎようである。
「だがな、あたしはイケニエってのは、性に合わないんでね」
 決意したように言って、アンアンがナイアルラホテップのほうを振り向いた。
「悪いが、もうひとつの選択肢を選ばせてもらおうか。つまり」
 アンアンの身体がぶれ始めた。
 ハイレグアーマーごと、大きくなっていく。
 遠近法が狂ったのではなく、例の巨大化が始まったのだ。
 いけない。
 僕は焦った。
 このままでは、またアンアンひとりを死地に赴かせてしまう。
 もし万が一彼女が死んだりしたら、僕は残りの一生を、ずっと後悔してすごさねばならぬに違いない。
 もっとも、もしそれが、残っていればの話だけれど…。
「あのさ、アンアン」
 なので、心を決めて、僕はアンアンに呼びかけた。
「できれば、俺も連れてってくれないかな。いざという時のために、俺がアンアンの保険になるからさ」
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